その男は、館の前で倒れていた。

紅い紅い館。人が恐れ、妖精すらも近付かない。

主は恐ろしい吸血鬼。あらゆる災いが取り囲む、ここはまさに人外魔境。

館の名は紅魔館。どんな色とも交わらない、それは気高く深い紅。

 

 

「うう……ん……?」

男は目を開いた。ピントが合わない。頭が痛む。

その痛む頭を押さえ、全力で上体を起こす。

そうして起き上がって初めて、自分が柔らかいシーツの上に横になっていたことを知った。

「……え、あれ?」

何か違和感を感じていた。どこかズレていた気がした。

汚らしい自分の部屋とは大違い。置いてあるものはすべてしっかりと整理整頓され、ゴミの一つも落ちてはいない。天井にはシャンデリアがあり、部屋全体を丁度良い明るさに照らしている。

そこはまるで絵本の中の世界だった。

だから、どこかに違和感を感じた。

当然だ。ここは自分の家じゃない。

そこまで理解して、男はまた気絶しかけた。

ふらーっと倒れていく体。大丈夫、すぐ下にはシーツがある。

きっと優しく包んでくれるだろう、そんなことを考えていると。

コンコン。

ノックの音がする。

それと同時に動き、つまり重力に従いベッドの中心へと吸い込まれていくことを無理やり中止し、扉の方へと体を向けた。

突然で且つ全く関係のない余談なのだが、男の住んでいたのは学生寮だった。しかも相部屋である。そのため部屋の扉がノックされることなど日常茶飯事だった。

だから、ノックに思わず反応してしまうのも無理はなかった。

「あ、はい。どうぞ」

言ってから口に手を当てる。しまった、ついいつもの癖で。

しかし、返ってきたのは本当に予想外な声。

「失礼します」

女の声。落ち着いていてとても聞き取りやすい。話上手な人の声だった。

女? と疑問に思っている暇もない。次いで中に入って来たその姿がとても現実離れしていたからだ。

例えるならメイド。というかそのもの。頭にはヘッドドレス。エプロンだって忘れていない。ミニスカートであることが少々不思議に思えたが、それも二―ソックスで全て帳消しだ。プラマイゼロ。寧ろプラス。

そのメイドは瀟洒に扉を閉め、瀟洒に歩き瀟洒に口を開いた。

「お目覚めでしたか。ご気分は如何ですか?」

「え? あ、うん、はい、大丈夫です」

男はテンパりながら、こう解釈した。

これは夢である、と。

成程夢なら合点が行く。全く、こんなことが現実にあるわけないじゃないか。男は次第に落ち着いてきた。心に余裕ができたのだ。

そうなると気も楽になった。パニック状態も収まったので、冷静に状況を分析した。

目の前にいるのは女というよりかは少女に近かった。幾分か大人びた仕草や口調だが、やはりどことなく幼いところがある。

第一どこからどう見ても自分より年下じゃないか。年齢差というアドバンテージを得た男は段々と調子を取り戻す。

「そうだ。ここはどこなのかな? 僕の記憶にないところなんだけど……」

夢の中で夢と気付く。いわゆる明晰夢と分かると自分は自由に行動できる。折角だから遊んで行こうと男は考えていた。

少女は瀟洒な笑顔を浮かべてこう答えた。

「紅魔館でございます。……我が主があなたとご食事を同席することを許すと仰られています。如何でしょうか?」

ここの主? と疑問を口にしかけて止める。どうせ行けば分かることだ。何だか随分と傲慢な態度の主人だと思ったが、まぁこの位の方が貫録あるよな、と男は納得する。

それに、男はとてもとても空腹だった。倒れていた理由もそれだった。物が食べれるのなら丁度良い。下手なことを言って怒らせてもマズいだろう。

男は、二つ返事で了承した。

 

 

部屋から出ると、男の思いの外暗い。というより、紅い。

どこもかしこも紅い。部屋や屋敷の装飾だけでなく、視界に入るもの全てが赤みがかっていた。

勿論、先程のメイドも。

そして、男自身も。

そこで男は漸く結論に至る。

「……空気が……紅い?」

男のつぶやきを、メイドは聞き洩らさず素早くこたえる。

「はい。紅い霧ですわ」

「あ……え……?」

男は唖然とする。口にしながらも自分の見ている物が半信半疑であったからだ。

それを肯定された、ということは。

男はこれが夢であることをより強く確信しただけだった。

「我が主のご要望でして……。今夜は暑かったものですから。どうかご了承下さい」

「……うん? 別にいいけど」

これはクーラー代わりなのか。ほー。

男はただ感心していた。

 

二人は並んで歩き続ける。長い長い廊下。しかし男は道中ちっとも飽きることはなかった。

妖精。

膝下くらいまでの背丈しかない伝説上の生物が、屋敷内の至る所にいたからだ。

しかし、男の知っている妖精の容姿とは違った。小さく背中から羽が生えているところは一致しているが、その顔は可愛らしい少女のそれだったのだ。

そんなのが物陰、曲がり角、上空その他あらゆる所から顔を覗かせ、もの珍しさからか全員が全員男を見つめていたのだ。数が多いだけにどこを見てもその姿が視界に入り、男はとても落ち着くことはできなかった。

その上ひそひそ声が重なり重なり、軽く混雑した食道の喧騒に近いものとなっていた。

たまらずメイドの少女に話しかける。

「……あの、さっきからいるのって……」

「えぇ、妖精ですわ。我らがメイド隊の一員でございます。とは言っても、見ての通り仕事の方はさぼりがちですが」

そう言って少女は冷ややかな視線を妖精たちに向ける。すると妖精たちはそそくさとどこかへ消えて行ってしまった。

「さぁ、急ぎましょう。少々時間を掛け過ぎましたわ」

少女は瀟洒に喋り、欠点のない笑みを男に向けた。

 

 

重厚な扉を目の当たりにする。それだけで男は目眩を起こしそうだった。

それはまるで地獄への扉。人々が苦悶し生を呪うその醜態が克明に刻まれていた。

「この先が食堂ですわ。どうか主の前で粗相を致さぬよう、ご留意下さいませ」

思わず男は背筋をぴんと張った。動きもどこかぎこちなくなる。

この少女がそう言うということは、それに従わないと本当にいけないということを本能で理解していたからだ。

扉の奥から途轍もない恐怖を感じる。いや、実際に扉の隙間から洩れ出ているのは紅い霧なのだが。

しかしその量も凄まじい。例えるならドライアイスを水の中に入れたばかりの状態だ。足元などはまるで見えない。

もしこれだけの量の霧を“一人”で発生させているとしたら、余程の実力者だろう。その方向は不明だが。

何にしろ、この先にいる「主」というのは凄い人なのだろうと男は結論を出した。

「では……」

少女が扉をノックする。固く響く音、向こう側からの返事はない。

しかし少女はそのままノブを回し、手前側に引いた。

見かけより軽いのだろうか、大した苦もなさそうに簡単に開く。

少女は小さく、

「私の後に続いて下さい」

と呟いた。男は頷き了解の意を示す。

少女はそれを確認した後に、よく通る声で失礼します、と言った。

そのまま中へ入って行ってしまったので、男もそれに倣い弱弱しい声で失礼します、と言う。

中に入る。

そこは、とんでもなく広かった。

入口からは想像もできないくらい広い。男は思わず高校時代の体育館を思い出していた。

その他調度品も、その広さに違わぬ豪華さ。男は嘆息する。

壁にはどこの家のものなのだろうか、家紋を織られたタペストリーが幾つも貼られており、その数から交流の多さが窺える。

天井には男がこれまでに見た中でも匹敵するものがないくらいの大きさのシャンデリア。但し色は赤。

そんなものが幾つもあるのだから、男は面食らう他なかった。

そもそも歩いていた時間が結構長かった。つまりこの屋敷はかなり大きいということなのだ。

そのことに気付いた男は、この厚く紅い霧の向こうに一体どんな屈強な男がいるのだろうかと恐ろしくなった。

そうと決まったわけではないのだが、男のイメージがそうだったのだから仕方がない。ましてやこんな大きな館を所有しているのだから、そのイメージはより堅固なものとなった。

ぼうっと立っていると、少しずつ霧が薄くなってきた。

とうとうどんな者が自分を呼んだのかを知ることができると分かって、男は興奮し始めた。

霧が、晴れる。

 

 

「……やぁ、人間。ようこそ紅魔館へ」

紅い紅い館。人が畏れ、妖精すらも近付けない。

「今夜はとても気分が良いんだ。晩餐を共にしようじゃないか」

主は恐ろしい吸血鬼。あらゆる災いも恐れをなす、ここは正に人外魔境。

「そう……最期の晩餐を、ね」

館の名は紅魔館。どんな色も交われない、それは気高い真の紅。

世界のどこかで、誰かが断末魔の叫びをあげた――

 

 

――そんなことは全然なく。

「お嬢様! お客様には敬意を払うようにして下さいって言ったじゃないですか!」

メイドの少女が叫ぶ。

「はん。私が人間なんかを敬うか。なぁ? 人間」

そう、……十歳前後の齢にしか見えない女の子が答えた。

フリルのついた桃色の洋服。室内というのに帽子まで被っていて、アクセントとしてリボンまで付いていた。

肌の色は病的なまでに青白く、青みがかった灰色の髪も相まってどこか暗い雰囲気を漂わせていた。

その尊大な物言いと釣り合わない外見に、男は目を疑った。

「……どうした黙って。この私が聞いているだろう?」

より幼い少女が冷たく言う。男は竦み上がってか細い声で返事をした。

心臓を射抜くような鋭い視線。……外見こそ幼いが、その内に秘められたモノは正に支配者のそれであった。

「ふん。まぁいい……咲夜、ディナーの始まりだ。十秒と待たせるなよ?」

「かしこまりました、お嬢様」

咲夜と呼ばれたメイドの少女はそう言って一礼する。

そして、男が瞬きした次の瞬間。

テーブルの上には豪華な食事が並んでいた。

肉やスープからは湯気が立ち上り、出来立てのフルコースであることを証明している。

男はたった一度の瞬きの間に何が起こったのか理解できず、気絶しないでいることで精いっぱいだった。

「上出来だ。座れ人間。折角の料理が冷めてしまう」

幼い少女が言う。男はそれで我に返り、その言葉に従い一番手前の椅子に座った。

そこは丁度、幼き少女と対面する位置の椅子だった。

 

食事の間中、男は落ち着くことができなかった。

幼い少女の凍りつくような瞳が、男には何よりも恐ろしかった。全てを見透かすような、その紅い瞳が。

彼女は間髪入れず男に話し続けた。時折小さく切った肉を口に頬張りながら喋っては、メイド――咲夜に窘められていた。

十分ほどしてからだろうか。突如男の背後に位置する扉が開け放たれた。

男は驚いて振り向いた。するとそこには紫色の長い髪の少女がそこにいた。

まるで寝間着姿。表情もどこか眠たげで、まさに今目覚めたばかりのようだと男は思った。

その少女は小さく、「ごめんなさい。遅れたわ」と呟くと、長テーブルの横側に幾つも並ぶ椅子の一つに座った。

幼い少女の説明が始まる。

「この子はパチェ。私の友人だ。ディナーに遅れたことは私からも謝ろう」

まるで謝る気のない尊大な言い草だが、男はそれで納得した。

暫く無言の状態が続いてから、パチェと呼ばれた少女はぽつりと言った。

「……パチュリー・ノーレッジよ」

「え?」

それが自己紹介だと気付くのに男は少々時間を要した。

いつまで経っても意味を解せない男に、幼き少女は見かねて助け船を出す。

「……おい人間。お前の国では自己紹介を無言で返すのか?」

「え? ……あっ」

そうしてようやく気付いた男は、自らを主観、客観交えた説明を始めた。

 

「ほぅ……お前、酒を飲むのか」

「はい。三度の話より酒という有様です」

お恥ずかしい限りですが、と男は少々俯きがちに言う。

幼き少女は笑った。

「気に入った! 咲夜、どんどん酒を持ってこい。こいつがどれ程飲めるのか、飲み比べをしてやりたくなったぞ!」

パチュリー・ノーレッジは呆れた顔で幼き友人を見ていた。予想外の反応に男は頭の中をクエスチョンマークで埋めていた。

咲夜に肩を叩かれ、男はまた我に返る。

「お客様……止めておいた方がよろしいかと思われます。見た目こそは幼いですが、お嬢様は相当の酒豪。並の量では到底お嬢様を酔わせることなどできません。どうか賢明なご判断を」

額に皺を寄せてひそひそ声で話す咲夜。しかし男はそれを一蹴する。

「大丈夫ですよ。僕も酒には相当の自信があります。それに、ここのお酒を僕も飲んでみたいので」

楽しげに、本当に楽しげに男はそう言った。

今までのような態度ではなく、ともすれば不遜とも取れるような言い草だった。

咲夜もそんな男の様子に呆れ、相手にするのをやめた。

 

次々と運ばれるボトル。

しかし、未開封のままテーブルの上に置かれることはなかった。

幼い少女と男の飲みっぷりは、その場にいる誰よりも凄まじいものだった。

どちらも一歩も譲らない。全く同じタイミングでボトルを手に持ち、全く同じ動作で酒を飲み干す。

無駄などという言葉を否定しきるその動きは、ただ酒を飲むことのみを追求した動きだった。

ワイングラスなど最初から必要はなく、故にコルク栓と空き瓶はテーブルの上に山高く積まれていた。

二人のその激しさは、妖精全員をボトル運びに終始させても衰えることはなかった。

未だかつてない忙しさ。妖精たちの悲鳴はただのディナーに喧騒というデコレーションを施し、パチュリー・ノーレッジを苛立たせるには十分なものだった。

パチュリーは二人の顔を見比べる。

片や未だ平然とした顔。

片や今にも倒れそうな真っ赤な顔。

幼き少女とその友人に取って計算違いだったのは、男が想像以上に酒に強いことだった。

まるで水であるかのように、ごくごくと酒を飲む男。

いや、彼にとっては或いは水なのかもしれない。それどころか本当に水なのかも。

そうでなければ、あれはありえない。

酒の臭いをぷんぷんと振りまいている程にも関わらずそう思わせる程、男の勢いは異常なものだった。

全くこの友人は毎度厄介なことをしてくれるわ、とパチュリーはぼやいた。

その友人を見やる。

もう飲むスピードは落ちつつあり、男との差はどんどん広がって行く有様だった。

それでも飲む。飲んで飲んで、飲み続け。

……そして少女は、酔い潰れた。

積まれたボトルの上に突っ伏し、飲むことを止める。

それは事実上の降参だった。

対して男はまだ飲み続ける。少し顔が赤みがかった程度の様子。

それを見た少女は、自分では到底敵わないことを知った。

「……おいィ、人間ん」

「……はい?」

飲むことを一時中断し、顔を上げる男。

「お前、ろうしてそんなに酒を飲めるぅぅ?」

呂律が回りきらない舌で、ゆっくりと喋る少女。

男は快活に笑い。

「それは……僕は、お酒が大好きだからですよ」

と言った。

それを聞いた少女はにやりと笑う。

「そーか……そーかぁ……なーるほどォ……」

うわ言のようにそんな言葉を少女は繰り返し。

そして。

 

少女は突然起き上がる。

「……決めた」

先程とは全く違う喋り方。ただの酔っ払いのような雰囲気は微塵もなくなっていた。

赤ら顔も初めの青白い顔へと戻っている。

少女が左足でテーブルの足を蹴飛ばすと、テーブルは見事なまでに横に吹き飛んだ。

場が静まり返り、テーブルが部屋の壁に叩きつけられる音だけが大きく響いた。

当然酒や料理も吹っ飛ぶ。男と少女の友人は、その様を残念そうに眺めていた。

「咲夜。片付けておけ」

メイドが淀みなく答える。驚きもしないあたり、毎度のことだというのが窺える。

幼い少女は男の方へと真っ直ぐ歩く。

コツコツと規則正しい足音を鳴らしながら前進し、男の目の前で立ち止まる。

「お前、私の眷属になれ」

そう、少女が言った。

空気が、紅い霧が二人を包む。

世界は二人だけになった。

「鬼という言葉……知っているな?」

男は微かに頷く。

「人に……人間に忌み嫌われたものの総称……」

鬼は元来人間である。いわば一種の差別用語だ。

その時代の人々が、自分達と「彼ら」とを区別するための言葉……それが、鬼だった。

男は多少民俗学を齧っていたため、そのことを知っていたのだ。

少女はその通り、と呟く。

「ただ、それだけでは語弊がある。嫌われていたのは同じではあるが……。

つまり、恐れられていた者も含まれるってことだ」

「恐れ……られて……」

「そう。そして恐れは畏れに通じる。忌み嫌われ、そして恐れ崇められていた者。

……それが鬼だ」

男は息を呑む。その少女の姿が、徐々に変化していっているからだ。

いや、変化と言うべきではない。……それは、ただ広げただけなのだから。

少女の背中から、大きく光沢のある毛の生えた羽が広がっていた。

その羽はまるで、蝙蝠のよう。

そんな羽を広げた少女を、男はいつの間にか畏れていた。

「鬼と言えば酒呑童子が代表されるな。奴は酒に強い。まぁこいつは規格外だが……。

その他の多くの鬼も、酒呑に及ばずとも酒には強いんだ。無論人間などが勝てる筈もなく、な」

「…………」

少女は笑う。

「お前と飲み合って分かったよ……。酒豪などが及ぶものか。お前はうわばみだよ、正真正銘のうわばみだ。

私に何かで勝つ奴が、咲夜以外にいるなんて……全く、全然思わなかった。

だから」

少女は笑う。口元から長く鋭い歯が見えた。

そして、男の耳元に顔を近付け、

「お前を、私のモノにしたくなった」

と囁いた。

その囁きは一種の媚薬。男の脳を蕩けさせ、感覚を麻痺させてしまう。

「……自己紹介がまだだったな。私はスカーレット家現当主、レミリア・スカーレット。

お察しの通り……」

そして少女は、男にしか聞こえないような声で言った。

・ ・ ・

「吸血鬼、だよ」

男の心臓がどくんと跳ねる。これはいけない、だめだ、このままでは、

殺されてしまう。

でも、逃れられない。逃れてはいけない。だって、目の前にいるのは絶対の支配者。

被捕食者は黙って食べられるのを待つのみなのだ。

「お前の体ごと、血を頂くよ」

大きく口を開ける少女ことレミリア。鋭い牙がギラギラと光を反射していた。

そうして、男の首筋に狙いをつけた彼女は。

ゆっくりとその箇所に牙を宛がい。

……そこで男の意識は飛んだ。

 

 

「お、起きたかー」

聞き覚えのある声。ここはどこだろうか。

……そうだ。自分の部屋だ。

「やけにうんうん唸ってたからさ、これ終わったら起こそうと思ってたんだよ」

そう言って男の友人は下品に笑う。お気に入りのバラエティ番組を見ているようだった。

「そう、か……夢か……」

男は呟く。そして夢の中であった出来事を、頭の中で反芻する。

……なんだ、最初から夢だと分かっていたんじゃないか。

その上で夢の中の話に引きずり込まれたのだから、ある意味では自業自得だ。

男は苦笑する。

「……顔洗ってくるよ」

「んむ」

友人はテレビに見入っているようだった。

 

うがいをし、顔を洗う男。

全く変な夢を見た。汗もかいているし、後で風呂に入るか……。

そんなことを思いながら、顔を拭う。

そして、ふと鏡を見る。

「……こ、れは……?」

首筋にある、小さな小さな二つの点。

普通では気付かないような本当に小さな紅い点。

それは、夢の中の出来事を男に思い出させるには十分だった。

「う、うわぁぁぁっ!!」

思わず声を上げてしまう。

首筋に手を当てる。

それは、穴。

点は穴だった。

そう、ちょうど、牙を持つ動物に噛まれた後のような。

まさか、だってあれは、夢の筈では……?

混乱する。

その時、男の耳元で声がした。

「お前の運命を変えることなんて、造作もないんだよ」

驚きそこから飛び退く。すぐにキョロキョロとその場を見回すが、誰もいないことは明白だった。

幻聴か……。そう男が思い込もうとしたとき。

「だから、今はまだ放っておく」

また、耳元で声がした。

男は足が竦んだ。もう、理由を付けて逃れることはできないことを理解したからだ。

次は何をしてくるのか。そんな恐怖に包まれて、男はただ怯えていた。

声が聞こえる。

「忘れるな。いつか、きっと。お前の血を飲み干し、我が眷属に加えてやる。

その時まで、私の名を決して忘れるな。いつか、お前の主となる者の名なのだから……」

狂おしいまでの笑いがこだまする。

男の頭は割れそうなまでに痛んだ。

直後、隅に積まれた生活用品から黒い影が飛び出した。

男は腰が抜けて動けず、ただその影を目で追うことしかできなかった。

その影は、蝙蝠。

どこか紅みを帯びたように見える蝙蝠だった。

蝙蝠はそのまま窓から飛び出し、夜の闇に溶け込んでいった。

男は余りの出来事に、心配した友人が様子を見に来るまで微塵も動くことができなかった。

 

 

男はこの体験を基に、ある一つのゲームを製作する。

ゲームの名は東方紅魔郷。後のZUNである。

あとがき

「かっこいいレミリア」と「後のZUNである」を書きたかった。混ぜた。

オリキャラと見せかけてオリキャラじゃないんだけど実際オリキャラだったり。ある意味ではキャラ崩壊ですね。

東方のルーツを辿る、みたいなそんなコンセプトでした。