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森の贈り物 (ローサマ)
 

「うわ!」「わあっ!」「きゃあ!」
 僕たち三人は同時に叫び声を上げた。

 日中でも薄暗い森の中を歩いていた僕は、そこに自生していた巨大なキノコが気になり――多分に空腹
だったこともあるが――ついつい剣の先で突き刺してしまったのだ。
 ぼふっ!
 途端に巨大キノコから黄色い煙状の胞子が噴出し、瞬く間に辺りに拡散した。
 僕の真後ろを歩いていたが為にキノコの直撃を受け、まともに胞子を吸い込んでしまったサトリの苦しそうな
怒声が僕の耳をつんざく。
「ロランッ! てめ……っ、ゴホッ! ……何、しやがっ――ゴホゴホッ!」
「サトリごめん、大丈夫?」
 木に手をついて激しくサトリが咳込む。
「これ、飲んで!」
 ルーナが急いで水筒のフタを外して彼に手渡した。
 呼吸困難の所為でろくに物も言えないサトリは、やっとの思いで彼女に謝意の仕草を手で表すと、息を整
え、くっと水をあおった。
 こんな極限状態でも礼儀を欠かさないなんて、やっぱり彼は凄いなあ。
 尊敬の眼差しで見つめる僕に、冷たく彼の碧い瞳が光った。よっぽど苦しかったんだろう。可哀想に大粒の
涙を浮かべている。
「あー……うう〜、苦し……畜生っ……ゴホッ!……まだ、喉が……。いざって時に、呪文、唱えられなかった
らっ、てめーのせいだからなっ!」
 言い終わったサトリが再び盛大に咳込む。
「そんなに大声出したら駄目よ。暫く大人しくしてなさい」
「……ん」
 ルーナに諭されて、苦しさで涙目になったサトリが、しぶしぶ木に寄りかかり呼吸を整える。
「こんな事になるなんて思わなかったんだ。本当にごめん」
 僕は彼に頭を下げた。
 風に乗り、胞子の煙が僕らのすぐ近くに漂ってくる。僕は一生懸命ロトの盾で扇いで、けぶる塊を散らした。
 その様子を眺め、サトリがあーあ、といった表情をする。
「お前……御先祖に後で謝っておけよ」
「そうする」
 御先祖様も、まさか自分の盾が、こんな風に団扇代わりに使われるなんて夢にも思わなかったろう。
「このまま少し休んだら?」
 ルーナが木の根元にうずくまったサトリの背中をそっとさすった。
「そうもいかねえよ。ここは危険だ。魔物も……コホッ! 多いし……」
 まだ頬を紅潮させたまま、サトリが荷物を手に立ち上がろうとする。
「僕が持つよ」
「いいって。待たせたな。さ、出発しようぜ」
 差し出した僕の手を軽くいなし、彼は先頭に立って歩き出した。
 彼の後姿は、まだフラフラしている。無理しなくてもいいのに。多分、自分じゃ気付いていないんだろうな。
 ルーナは、と振り返れば、彼女もまた僕と同じ気持ちなのだと見え、苦笑しながら僅かに肩を窄ませる。
 暫くそのまま歩き続けていると、突然サトリが僕らの視界から消えた。
「きゃっ!」「サトリ! どうしたんだ?!」
 うつ伏せで地面に倒れたサトリに、僕たちは慌てて駆け寄った。
 僕が肩に腕を渡して彼を引き上げても、くにゃんとサトリは宙ぶらりんのまま。 
 下半身に力が入らないようだ。さっき赤かった彼の顔は今や蒼ざめ、意識は朦朧としている。
 これはかなりマズイぞ。もしかして命に係わるかも――僕の直感が訴える。
 僕は彼を負ぶった。早く街に行って治療しなきゃ。


「ねえ、サトリ本当に大丈夫なの?」
 ルーナが僕の肩越しに部屋の中を覗こうとする。
 僕は体を張って彼女の視線をブロックした。
 今、サトリは床にぺたりと座ったまま、完全に自我を失っている。
 彼の名誉の為にも、彼女に彼のあんな姿を見せるわけにはいかない。
「ロラッ! ロランッ! ロラァン……ッ!」
 入口に背中を向けたままの状態でへたり込んでいる彼が、顔を天井に向け、しきりに僕の名を呼ぶ。
「あ、ほら、サトリが呼んでる。これから彼を着替えさせて寝かせるよ。後のことは僕に任せて。ねっ?」
「ええ……それじゃあ……何かあったら言ってね」
「うん!」
 まだ何か言いたそうな彼女の前でドアを閉めると、僕はすかさず閂をかけた。
 ほっとして振り返ると、僕の足元にサトリがしがみつく。
「なあ、ロラン、早くぅっ! 俺、もう待てねーよぅ……」
 僕を見上げるサトリの綺麗な碧い瞳から、ぽろぽろと真珠の涙が零れる。
 どうしちゃったんだサトリ……信じられないほど か わ い い 。
 思わず片膝突いて抱きしめると、彼も僕の背に腕を回す。
 情熱的な深いキスをサトリと交わすだけで、僕は頭がくらくらしてきた。
 彼はキスをせがむだけでは飽き足らず、それどころか僕の服のハイネック部分をずり下げ、首筋に歯を立て
た。
「待っ……待って! まずお風呂に入って綺麗にしてからにしよう。ねっ」
「いいじゃんか。俺が許すってんだからよぉ!」
 サトリはそう言うと、じれったそうに僕のベルトを外しにかかる。
「わあ! サトリ、せめてベッドの上で!」
 僕は彼を抱え上げ寝台へと走った。
 とろんとした目をしたサトリは、僕の腕の中で小さく笑い声をあげた。
「んふふ、ロラァン……おせーぞ。もと、早く走れぇ」
 人の気も知らないで。もう、どうなっても構うものか。サトリ、君が命令したんだからね。


「痛え」
 寝台に伏したまま、サトリは最高に機嫌の悪い朝を迎えていた。
「てめえ、俺が寝ている間に何しやがったっ! あ、いて……」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでくれよ!」
 布団の中にもぐって睨み付ける彼に向かって僕は叫んだ。
「君、酔っ払ったみたいに前後不覚になって、自分からけしかけて来たんだからねッ!」
 サトリが、顔をしかめながら自分の疼痛の元に回復魔法をかける。
 ぽうっと光に包まれると、サトリは布団から這い出してきて寝台に腰掛けた。
「俺が、どうしたって?」
「クダ巻いて大変だったんだから」
「ほほう。それで?」
「えっと……サトリが自分から僕の上に乗って……」
「上に乗って?」
「跳ねてた」
「なんだとう!?」
 ぱっと彼の頬に朱が差した。僕はうんうんと頷く。
「覚えてねえ……。俺、どうしてそんなことに……」
「それは――僕が森でヘンなキノコを潰して、その毒をサトリが吸ってから……」
 じろりとサトリが僕に一瞥をくれた。
「じゃあ、やっぱり元凶はお前じゃんか!」
「あ……はは……そ、そういうことになるのかな……そうだね、ごめん……」

 それから朝食の時間を知らせにルーナがノックする迄のかなりの時間、延々と僕はサトリのお説教を受けた。
 未知の植物に対する慎重さを持て、とかそんな事をしでかすのは普段から落ち着きがないからだ、とまで戦
闘から生活態度にと、サトリのお説教は多岐に渡った。
 確かにアレが猛毒を持つ植物だったら、全員に危害が及んだかもしれなかったのだし、深く反省はしているん
だ。
 でも、今、森を通るたびにあのキノコを無意識に探してしまう僕がいる。
 ちょっとでも似ているキノコを見つけると、みんなに見つからないようにそうっと剣先で突付いてみたり。
 勿論、あの時のように黄色いガスが噴射する事はないのだけれど。
 再びあの夜の悦楽に身を任せた彼が見たい。もう一度、本能のままに快楽を追求する彼を身をもって味わ
いたい。
 突付いたキノコが裂け、湿った樹の根元にコロリと転がるのを、がっかりした眼差しで僕は見つめた。


( 完 )  2010/09/20
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最初のタイトルは「きのこ」でしたが、図鑑みたいだったのでこのタイトルに。
騎●位に果敢に挑戦してみましたが、色っぽさの欠片もないものになりました。
拍手用の全年齢向けというのを、つい忘れてしまいます。
















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