忘却の晩餐







 午前2時をすぎた頃。セネリオはそろりと拠点の自室を抜け出した。
 ちょうど1時間ほど前に眼が覚めてから、どういう訳か寝付けない。何度寝返りを打ったところで意味はなく、否応なしに自室を出たのだ。
 明日も早い。ここのところ仕事の依頼がひっきりなしだ。
 短くため息をついて後ろ手にドアを閉める。静かに、なるべく音が立たないように。
 ――――部屋を出たはいいが、しかしどこへ行く当てもない。
 どうしたものかとセネリオは考えた。歩きながら自然と目線が落ち、手があごに添えられる。
 どうしたら寝付けるだろうか。やはり部屋で横になっていたほうがいいのか。眠れないときの対処法は、よく言われるもので適度に運動をするとか、暖かい牛乳や酒を飲むとか、・・・・・・
 それ以上思い浮かばなくて、思わず足が止まる。
 そもそもの寝付けない原因と言えば――――
 奇しくも足を止めた、否足が止まったそこは、アイクの部屋の前であった。

「・・・・・・・・・・・・」

 彼の傍でなら、眠れる気がする。だが今入っていいのか。音を立てなければ平気だろうか。しかし万が一起こしてしまったらそれは迷惑この上ない。
 セネリオはぎゅうぎゅうと眉間にしわを寄せて悩んだ。自身と葛藤した。
 そしてその葛藤の末、本当に少しの間だけ、傍にいさせてもらうことにした。

「・・・失礼します・・・」

 ちいさくちいさくそう断りを入れて、ノブをゆっくり回して押し開ける。
 部屋の奥に据え置かれたベッドには盛大に腕を投げ出して眠る部屋の主。あまりに予想通りだったのでセネリオは思わず口元を綻ばせた。
 そろりそろり足音を立てないようにベッドへ近付く。
 眠るアイクの顔を見下ろした。いつもは逆だからなんだか変な感じがした。
 そっとその頬に手を伸ばして、体温を確かめるように。

「・・・!」

 その寝顔が一瞬、翳ったのをセネリオは見逃さなかった。心臓が飛び跳ね、胸を圧迫する。
 しかしその後唸るでもなければ寝返るでもなく、寝息は規則正しいままだったのでほっと胸を撫で下ろした。
 膝を折って、彼と目線を合わせる。
 いつもの眉間のしわが伸びきっていて、それはとても愛おしく映った。どうしても触れたいと手が伸びてしまうのだが、起こしてはいけないとその手を引っ込める。
 そんないたちごっこを幾度繰り返し、どれほどの時間が経っただろう。

 急に、思い出した。眠れなくなった原因を。
 永すぎる寿命。必然的に訪れる彼との別れ。その後の世界。
 自分はいつか、遅かれ早かれひとりになる。ひとりにされる。その後の世界でひとりひっそりと生きる。最早存在の意義なんてない。ひとりになったらまた仲間を作ればいい、なんて簡単な問題じゃない。仲間を作ったところでまた別れは来る。それを何度繰り返せば、自分の寿命は尽きるのだろう。
 それに、彼は、アイクは特別なのだ。異端な存在である自分をああもあっさり認めてくれた。この傭兵団の人たちは変わっている。彼らこそ自分を認めてくれるだろうが、ほかの人たちはどうだ。成長が遅くいつまでも姿の変わらない自分を訝しみ、化け物と言って罵り石を投げるのは眼に見えている。
 自分の居場所は、ここにしかない。もっと狭めて言えば、アイクの傍にしか。なのに、この人を失ったら――――
 赤い瞳が揺れ、耐え切れず涙と嗚咽がこぼれた。

「・・・っ、ぅ・・・、あい、く・・・」
「なんだ?」
「?!」

 返事が来るとは思わず、びくりと肩が跳ね上がった。
 冷や汗が体じゅうから吹き出て、思考が一瞬停止する。
 睡眠の邪魔をされたことをまるで厭わずアイクは上体を起こした。

「あ、アイク・・・起こしましたか・・・?」
「まあな」
「ごっ、ごめんなさい!明日も早いですから、それじゃ、おやすみなさい!」

 逃げるように立ち上がってくるりと踵を返す。
 涙を服の袖で拭って、足早に立ち去るべく足を出す。
 が、アイクがそれを許さない、腕を掴んで半ば乱暴に引き戻す。

「ちょ・・・」

 気付いたときにはアイクの腕の中だった。

「どうした?怖い夢でも見たのか?」
「・・・・・・ええ・・・」

 夢といえば夢かもしれない。これから起こるおぞましい未来を描いた予知夢。
 ただの悪い夢であってほしい。
 忘れたい。記憶のそこに埋めてしまいたい。深く深く、もう二度と思い出せないように。
 
「アイク・・・」

 彼の名を呼ぶたびに、彼がいる幸福と、彼を失う不幸が交錯する。
 そのたびに悪夢が脳裏をよぎるのだ。だったら。

「忘れさせてください・・・」

 思い出したら、彼に忘れさせてもらえばいい。

「しばらく思い出せないように・・・忘れさせてください」
「セネリオ・・・」

 アイクの胸を押し返して少し離れると、セネリオは服の襟を緩めた。
 はだけて見えた白い胸元にはすで赤い所有の証はない。
 いっぱい涙をためて彼の反応を伺い見るその眼は、彼を煽るには十分だった。

「途中で弱音吐くなよ?」
「はい。」

 夜も更けてから始まった晩餐は、窓の外が白むまで続いた。













あとがき。
最後の締めに30分くらい悩んだ。終わりよければすべてよしっていうし大切だとおもう。
いつかこれのえろしーん書くよ。