ひっそりと、暗闇にまぎれて 「どうしててめぇはいつもいつも・・・!」 「おまえな、俺は何も・・・」 「じゃあどこにあるってんだ?あ?!」 その部屋では、青い鳥と青い剣士が果敢に言い争っていた。どちらもお互い譲る気はないようで、口論の熱は冷めそうにもない。 それは陽もどっぷりと沈んだ夜のことだ。ちょうど、本日の最終試合を終えたアイクがファルコの部屋に立ち寄ったところだった。それが運の尽きであったか、話を伺うあたり、アイクはあらぬ疑いをかけられているようである。 いまだ冷めない口論だったが、それはふたりの予想しないかたちで、それも突然途切れることになる。 「どうせまたてめぇが、・・・?」 「・・・なんだ?」 突如として部屋が暗転する。カーテンに遮られ月の光も入らないその部屋には、大きな黒布がかけられたかのように一面闇がたれ込めた。 ふたりはしばし固まって、考えた。どうやら、停電のようだ。口論は否応無しに中断され、ふたりは辺りを探るべく口をつぐんで押し黙り、なにかを聞き取ろうと耳をそば立てる。 しかし部屋の中にいては、物音はおろかふたりの呼吸音すら聞こえない。だんだん闇に慣れた目でアイクは部屋のドアを探り、押し開けて廊下の様子を伺った。 「・・・何も見えないな・・・」 当然のように廊下にも暗闇が広がっていて。いくら目が慣れたとはいえ見えないものは見えない。 アイクは部屋へ戻り、ドアを閉めた。目を閉じて部屋の構造を頭に思い描きながら窓の方へゆっくりと歩いていく。見慣れた部屋ならば、手探りでなにかに少し触れれば大体の家具の配置はわかる。手を伸ばしてカーテンを掴むと、しゃっと左右へ引き裂くように開けた。 わずかではあるが月の光が差し込み、うっすらとだが部屋の中の家具たちが見える。 茫然と立ち尽くしたままのファルコの肩を叩く。 「まぁ、すぐ直るだろう」 「うおっ?!きゅ、急に叩くな!」 「・・・そんなに驚くことか?」 彼の過剰とも言えるその反応に、アイクは小首をかしげる。しかし少し考えるとある答えにたどりついた。 ファルコの目の前に手をかざしてひらひらと動かす。思ったとおり、彼は何も反応を示さない。アイクは、彼によく似た種族が自分の故郷にいたことを思い出す。 アイクは手を止めると、ぽんと頭に乗せた。やわらかな羽毛が手に吸い付く。 「もしかして、鳥目か?」 「わ、悪ぃか!」 テリウスにいるのは、こんなにも獣じみてはいない。体じゅう羽毛に覆われていないし、くちばしすらない。ちょうど、自分に羽をつけたような種族だ。鷹の民はよく、夕暮れになると目が見えなくなるのだと言っていた。見た目の違いはあれど、“鳥”ということに変わりはないようで。春先にしては暖かすぎる室温にも納得がいく。 なんだか愛おしくなって、アイクは彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「本当になにも見えないのか?」 「見えねぇよ・・・」 本当に見えない。なにも。まさに一寸先はなんとやらである。どんなに目をこすっても、指で押し開いてもその瞳にはなにも映らない。月の明かり程度では光の量が足りなすぎるのだ。 アイクの手に頭を撫でられながら、いくぶん落ち着いたのかファルコは目を閉じた。 「まぁ、すぐに復旧するだろう」 ・・・・・・アイクはふと、ファルコを抱きすくめた。ファルコの体がびくりと大袈裟に跳ね上がる。 「っ?!ちょ、放せバカ!」 「嫌だ」 「ガキのくせに・・・!」 どっちがガキなんだか、と思わず突っ込みたくなるのは、アイクの腕の中でファルコがばたばた暴れるからだ。必死でもがくも、いくら男であるとはいえ普段あの大剣を片手で振るう彼の腕力にはかなわない。 ある程度抵抗して、かなわないのに気が付いたのか諦めたのかはたまた疲れたのか、ファルコは急にぴたりと動くのを止め、大人しくなった。部屋がしんと静まり返る。 唐突に、アイクはファルコを抱き上げると、ベッドへ放り投げた。 「ンのやろ・・・!」 ぎしりとベッドのスプリングが軋む。ファルコは反射的に上半身を起こし、見えない敵に応戦しようとする。 「少し、黙れ」 「・・・・・・チッ」 文句を言おうとしたのだが、アイクにしては鋭い声色が彼の喉にぐさりと刺さり、出かけた言葉を慌てて飲み込む。一発殴ってやろうにも、辺りが見えるか見えないかの差があるこの状況下ではあまりにも分が悪い。どうすることもできず苛立ち、ちりと舌を打つ。 ぎし。ベッドが押し付けられ、形が変わるのがわかる。アイクがベッドに乗ってきたようだ。いやな予感がする、逃げたいのだが、ともすればベッドから落ちてしまいかねない。ファルコは身を堅くした。 「ファルコ」 急に名を呼ばれびくりと肩が跳ねる。先程と打って変わったその声音は、まるでそろりそろり背筋を這うようで。文字通り鳥肌が立つ。 彼がどこにいるかはわからない。しかし本能的に身の危険を感じ、じりじりと後ずさった。 「・・・ダメだ。我慢できない」 「な、何の話・・・、・・・っ?!」 月明かりの下、アイクはファルコの体をゆっくり組み敷く。青くふわふわとした手を掴み、彼の頭の上で押さえつけて固定する。 瞬間、アイクがこれから何をしようとしているのかすべてを悟った。 アイクの手を振りほどこうと、両の手をがちがちと揺する。逃がすまいと手を押さえつける力が強くなり、うまく抜け出せない。もがく間に胸の辺りから衣擦れの音がやかましく聞こえる。 「やめろアホ!そうめんみたいにすんぞ!」 凄んで言ってみても、耳にも入っていないのかアイクはそんなことお構いなしといった風で、手を止めようとはしない。片手で、その複雑な服を紐解くように器用に扱う。 服が、魚の開きみたく開いていく。やがて胸が外気に晒された。停電で暖房が切れてから少々時間が経つ。今の部屋の温度では、彼には少しばかり肌寒い。 しかしそんなことを気にかけていられるほどの余裕はなくて。 「そうめんじゃなくて、なんだ、・・・蜂の巣にすんぞ!いいのか!」 「・・・やっぱりここはもふもふなんだな」 「聞けコラ!やめろ、・・・っ」 ふわふわの羽毛に覆われた胸元を、その毛の流れに沿って撫でる。病みつきになりそうな手触り。もっと堪能したいところだが、アイクはそれを程々に留める。 彼は口角も上げずに笑った。 ここからが本番、と言わんばかりにファルコのズボンに手をかけた。 途端。 「「・・・あ。」」 お約束。止まっていた電気が供給され、ぱっと部屋の明かりがつく。急に辺りが明るくなって、ふたりは思わず目を眇めた。まぶた越しにも入ってくる光に、次第に慣れていく。やがて、目を開いた。 いくらやめろと言っても止まらなかったアイクの手が、ぴたりと止まっている。目と目が合う。流れる空気は、それはそれは鋭利で。 にやりとファルコの目が、口元が、怒りを含んで笑った。 「この・・・変態が!!」 ごん! 酷い音が部屋に響く。アイクは額を押さえて涙目になっている。 さすがにくちばしで突くのはまずいと思ったのか、ファルコはくちばしの少し丸い部分でアイクの額めがけて思いっきり頭突き?した。 ベッドの上でのた打ち回るアイクを見てふんと鼻を鳴らすと、乱れた服をぱたぱたと直していく。まだ怒りはおさまらないのだが、これ以上殴るのも哀れだ。先程、ものすごい音もしたことだし。 「痛い・・・」 「おまえが悪い」 「・・・いつかは通る道だろう」 「・・・どうやらまったく反省してないみてぇだな」 「お、落ち着け・・・」 「殴る!殴らせろ!」 バタバタバタバタ・・・ こめかみに青筋を立てて追うファルコ、必死の形相で逃げるアイク。狭い部屋の中で、生死をかけた壮絶な鬼ごっこの火蓋が切って落とされた。 あとがき。 |