廻る運命






 長いようで短かった、大乱闘大会が今日で終わる。
 戦士たちは皆、“元の世界”へ戻るために準備をしていた。土産物をたくさん持ち帰ろうとする者、やたらと写真を撮る者、最後に気のあう者と別れを惜しむ者。今夜ばかりは、皆浮かない顔をしていた。
 アイクとマルスは一通りの荷造りを終え、紅茶をすすっていた。これで最後になるかもしれない、別れの茶会。
 いつもどおりゆっくりと穏やかに流れる時間は、しかし今日だけは短く感じられた。
 静かな空気をそっと震わせたのはアイク。

「今日で終わりか・・・信じられないな」

 大会中はとてつもなく長かったように感じた。寮の生活にも慣れ、永遠ともつかず続くのだとも思ったほどだ。しかし大会終了を明日に控え、思い返してみればいささか短かったようにも思える。
 ふたりは小さくため息をつく。

「もう会えないのかな」

 紅茶の入ったカップをじっと見つめながら、マルスが悲しげな声でつぶやくように言う。

「次回があれば会える・・・かも分からないな」
「次回があるとして、また僕らが呼ばれるとは限らないし、ね」
「おまえは呼ばれるんじゃないか?今回で2回目なんだろ?」
「そうだけど、君がいなきゃ意味がないよ」

 困ったような、寂しそうな表情でくしゃと笑う。その横顔は、ひどく儚げで。しかしそれをどうにもしてやれない自分にアイクは少しの苛立ちを覚えた。
 会話が、途切れる。時が流れては止まり、また流れ出す。今度時を動かしたのはマルスだった。

「・・・紅茶が美味しくないね」
「・・・そうだな・・・」
「色はこんなにも綺麗なのに」

 ゆらゆらと蒸気が立ちのぼる、赤々とした紅茶を見つめる。それは綺麗な綺麗な赤色だった。“紅茶”と言われる由縁がわかる、綺麗な色。
 ふたりは押し黙った。部屋の空気はふたりに冷たかった。茶をすするかすかな音、かちゃとカップがソーサーにぶつかる音、時計の針の進む音。気まずい沈黙ではなく、その沈黙は確実に別れを惜しんでいた。

「・・・・・・ふふ」
「・・・なんだ?」

 うつむいたまま、マルスの口元はかすかに弧を描いている。その瞳は紅茶の赤を映していて。

「僕、赤が好きだよ」
「そうなのか。てっきり青が好きなものだと思っていた」

 そういえば、大会中こんな会話をしたことがなかった。話すことといえばもっぱら戦闘に関しての話であった。それを除けば、互いの故郷の話とか。
 そんなことを思えば、余計に別れがつらくなった。
 まだまだ話したいことがたくさんある。

「生憎僕に赤は似合わなくてね・・・。アイク、君にならよく似合うと思うよ」
「・・・どうだろうな」




「・・・やってみるかい?」




 マルスはにたりと冷たく笑った。もともと弧を描いていた口元が、さらに深く湾曲した。三日月のように鋭いその笑みはまるで切り裂くようだ。しかし目はまったく笑っていない。その目はぎらりと輝いていて、それと目を合わせたが最後、目を逸らすことができない。身の毛が逆立つ。
 その不気味なほどに不釣り合いなマルスの表情に、さっと血の気が引いた。

「やってみる・・・って・・・?」

 体じゅうから冷や汗が吹き出し、背筋がぞくぞくと粟立つ。相変わらず口元だけで笑ってマルスは言う。

「そんなの、決まってるじゃないか」

 この大会には、剣を扱う者が複数いた。豪快に大剣を振るうアイク。剣だけでなく多種の飛び道具を操るリンク。音にも並ぶ速さで剣を薙ぐメタナイト。マルスの特徴と言えば、そのすばやさと流麗な剣筋であった。アイクは、否応なしにそれを再確認させられた。
 マルスが立ち上がるのと、剣を抜くのと、アイクの胸を貫いたのは、ほぼ同時であった。それらに要した時間は、ほんの一瞬だった。目にもとまらないというのはこのことだろう。
 それを理解し終える頃、遅れて血しぶきが空を舞う。鮮やかなそれは、彼の体を赤く染め上げた。

「マルス・・・?」

 突き刺した剣を、いたぶるようにゆっくりと引き抜く。剣と一緒にどろりと血が流れ出し、それがアイクをことごとく赤く塗り立てていった。
 引き抜かれ、アイクの体は支えをなくして床に倒れた。まるで糸の切れた操り人形のように。

「ほら、やっぱり似合う・・・」

 うっとりと目を細め、マルスはまるで美術品の類を見るようであった。
 神剣ファルシオンを彩る、アイクの赤い鮮血を指で拭う。拭って、その指をぺろりと舐める。それはそれは、甘美な鉄の味がした。















「前にもいたんだ。赤がとてもよく似合う人が・・・何ていったかな
 ろ、ろ・・・、・・・何だっけ?忘れちゃった、あはは!」



 マルスはう。















リストラ?いいや、奴らは“消されちまった”のさ。
――――破壊の化身 クレイジーハンド