「ラグネルが・・・ない」

 外は真昼間でよく晴れているにもかかわらず、そこは窓から差し込んでくる光を除いてひっそりと暗かった。あまり人の立ち入らないそこは、いささかかび臭い。自らが動くたび、なにかを動かすたび、埃が舞い上がって鼻と喉を刺激した。
 神剣ラグネル。あの剣はあまり持ち出すべきではない、あのとき以来長らく蔵に置いてあった。しかし、いくら女神の加護を受けているとはいえ、剣というのは放っておくと錆びてしまう。そろそろ手入れくらいせねば。仕事の依頼も落ち着き、暇を持て余していたアイクはふとそう思い立ったのだった。
 だが、かび臭さと埃に耐えながら幾度探せど見つからない。確かにここへ置いたはずなのに。ぱたぱたと箱のふたを開けてみたりかぶせてある布をどかしてみたりするのだが、一向に見つかる気配がない。いい加減、この埃にもうんざりしてくる頃である。
 どこへ行ってしまったのやら。狭い蔵の中をこれだけ探しても見つからないのだから、きっと他の場所にあるのだろう。部屋にはなかった気がするが、誰かが見たかもしれない。とりあえず手当たり次第に聞いていけば、誰かしら行方を知っているだろう。それにもともとアイクは探し物が得意でない。諦めた彼は、埃の舞う蔵から這い出した。
 薄暗い蔵を出ると、陽の光がひときわ眩しく感じた。目をすがめながら辺りを見回し、目についたのは、馬の手入れをするティアマトであった。

「ティアマト、俺のラグネルを知らないか?」

 馬の背にブラシをかけるその手を止めて、ティアマトはアイクに振り向いた。そのウェーブのかかった赤い髪がふわりと揺れる。非番の日とあって重たい鎧など一切身に着けない彼女は、さすが女性らしくほっそりしていた。

「ラグネル? 蔵にないの?」
「あぁ、いくら探しても見当たらない」

 ティアマトは手を顎に当て思案する。あれは彼以外がそう扱えるものではないし、お金に替えられない大切なものだから、よく包んで蔵にしまっておいたのだ。彼以外に扱えないのだから、持ち出すものなどいるはずがない。手入れも彼の仕事である。あの剣に触るものはアイクに限られるはずなのだが。
 最後に見たのはいつだったか、うつむいて考え込む。しかし、たぐり寄せやっとたどりついた記憶は相当に古いもので、今と季節がずれてしまうほど前の記憶であった。
 これでは当てになったものではない。ティアマトは小さなため息をついた。

「ごめんなさい、わからないわ」

 他に誰が知っているだろうか、アイクは唸って考え込んだ。シノンが腹いせに隠したとか。否、彼も大人だ、そんなに幼稚ではない。ワユが訓練にと持ち出したか。否、彼女にはあれを持ち出さないようにとよく言ってある。ならば、他に誰が。
 ・・・・・・単に、蔵の中にどこか見ていないところがあるのかもしれない。自身一人で探したのだから不安が残る。セネリオでも連れてもう一度蔵を探してみようか。
 アイクが考えをめぐらせていると、そこへキルロイがぱたぱたと走ってきた。以前より体が強くなった彼ではあるが、しかし普段あまり走らない彼だ、何やら様子がおかしい。慌てているようだ。
 アイクとティアマトの傍までくると、息も絶え絶えに叫ぶように言った。

「ティアマトさん、アイク、大変なんだ! こんな手紙が・・・!」

 アイクは、かさ、と差し出された一通の手紙を受け取る。その手元を覗き込むティアマト。封筒を見れば、それは個人ではなく傭兵団に宛てられていた。裏返す、差出人は・・・タナス公オリヴァー。三人は顔を見合わせた。
 封筒を急いで開け、中に入れられた紙を取り出して広げ、その内容を走り読みする。
 ――――これではいくら蔵を探してもないはずだ。セネリオと蔵を探しなおす手間が省けたが、一体いつの間に。あの貪欲たぬきめ、卑怯な真似する。アイクは砦へ走っていった。








六月の花嫁









 団員全員を一室に呼び集め、緊急の作戦会議を開いた。久々の依頼か、はたまた戦かと、会議室には緊張感が蔓延っていた。皆一様に身構えている。
 そんな重々しく張り詰めた空気の中、団長アイクが口を切った。それは皆の予想だにしないものであった。

「みんな聞いてくれ。・・・オリヴァーにラグネルを盗まれた」
「はぁ? 盗まれた? ばっかじゃねーの?」
「ちょっとシノン!」

 団員はどよめく。それもそのはず、ともすれば生活にも支障をきたす、もっと重大な話だと思っていたからである。・・・・・・それが盗まれたことも、重大でないわけではないのだが。
 しかし団員全員を集めてアイク個人の失態を話すとはどういった了見だろう。そして犯人がわかっているというのも引っかかっていた。

「盗まれたって・・・蔵にあったのでしょう?」
「あぁ。いつのまにか盗まれていたらしい」
「しかしなんで犯人がわかってんだぁ? わかってんだったら、取り返しにいけばいいじゃねーか」

 声に出せずにいるものの言葉を代弁するかのようにボーレが言う。
 しかしそうできない理由がある、それが、とアイクは続ける。

「オリヴァーから手紙が届いた。こんな内容だ」

『神剣ラグネルは預かった。返してほしくば白鷺の美姫に、一流の職人に作らせた純白のドレスを着せて我が花嫁として納めよ。武力で奪還しようというものなら、これを焼き溶かす。』

 “美”に異様なまでに執着するタナス公が、いかにもしでかしそうなことであった。

「セネリオ。何かいい策はないか?」
「そうですね・・・」

 セネリオは少しうつむいて考えはじめた。
 白鷺の美姫・・・と書いてはあるが、これは明確にリアーネ個人を指している。リアーネ姫本人を行かせることは、もちろんできない。そんなことをすれば鳥翼族が黙ってはいないだろう。特に鷹王は鷺の民にはとてつもなく甘い。下手すると彼らを的に回してしまいかねない。それだけは避けねば。
 とすれば、答えは簡単だ。



「・・・・・・アイク、白鷺姫に変装してください」



 ぽかん・・・とその場の空気の流れが止まった。止まったかと思うと、次には笑いが湧き起こっていた。
 アイクはセネリオを見る。まさか。この有能な参謀がそんなことを言い出すはずはない。体格も髪の色も目の色も肌の色すら似ても似つかない自身に変装など、無謀すぎる。
 その笑いがおさまるのを待っていたが、アイクは低い声で言った。

「・・・セネリオ、本気か?」
「僕が侍女としてついていきます。ラグネルを奪取したらあなたに渡しますから、敵を牽制しながら脱出しましょう」
「いや、そうじゃなくて・・・ティアマトとか、他に適役がいるだろ?」
「ラグネル奪取後、すばやく反撃に移れるのはアイク、あなただけです」

 確かにその通りだ。まったくもってその通りなのだが、変装がばれたら元も子もないではないか。せめて“本物の”女性に任せた方がその作戦の成功率も上がるというものだ。それに反撃なら、屋敷の周辺に団員を潜伏させておいて、奪取後の合図と共に突撃させればいいではないか。その上、女装など御免だ。・・・・・・それが本音である。
 ごねるアイクに、笑いに腹を抱えたシノンが言い放った。

「いいんじゃねぇの? てめぇのなくしたものくらいてめぇで取り返せよ」
「・・・・・・頑張って、お兄ちゃん!」

 かくして、アイクの変装大作戦は企てられたのであった。




















 ――――六月某吉日。タナス領、公爵邸前。純白で、ふわりとした清廉なドレスに身を包んだアイクは、いささか粗暴な仕草で馬車を降りた。ドレスと同じく白い、ヒールの高い靴がかつんと音を立てる。この華奢な靴にも随分と慣れたようだ。それも当然で、脱出の際のことを考えてここ何週間かはずっとヒールを履かされていたのだ。
 長いドレスの中の靴など見えない、この歩きづらい靴を履かなくてもいいだろうとアイクは抗議したのだが、セネリオがそれを許さなかった。こういうのはふとしたときに見えてしまう、そういうものらしい。・・・・・・どこから仕入れた情報だろうか、それはあえて追求しなかったが。
 太くはないが、かといってリアーネほど細くもないアイクの体型がばれないよう、ドレスはふわりと広がるものを選んだ。オーガンジーのやわらかなフリルが斜めに何段にも重なっていて、ゆらと風に揺れる。ウエストはコルセットで締め、なだらかな流線形を描いている。後頭部でまとめた髪にコサージュをつけ、裾に綺麗な刺繍の入った、流れるようななめらかなヴェールが顔を覆い隠し背中まで垂れている。よく白粉を塗った白い顔がヴェールの下から覗く。腕には総レースの長いグローブをつけ、首元に豪華な首飾りが揺らめく。そして、本物かと見紛うほど精巧なつくりの、鷺を象徴する白い翼が背中につけられていた。
 何も知らない人が見れば、綺麗な白鷺の花嫁だ。少し、背が高いか。

「アイク、もう少し女性らしく振る舞ってください」
「す、すまん・・・」

 セネリオは馬車を降り、ドレスの乱れをぱたぱたと直してやる。
 せっかくの婚礼の日なのだから吉日を、と今日を選んだのだが、それまでの間に結構な“花嫁修業”をした。この場合、料理や裁縫ではなくて、女性的な立ち居振る舞いのことである。
 立ち方、座り方、歩き方、その他いろいろな仕草に、マナーなど。普段意識すらしないことを、一から叩き込まれたのだ。セネリオに。
 しかしいくら練習をしたからといって、その飾り立てた姿にそぐわない野太い声はどうしようもない。

「いいですか、絶対に声を出してはいけませんよ」
「ん・・・」
「この作戦には結構な資金がかかってますから、失敗は許されません。アイク姫のために繕ったドレス、アイク姫のために作らせた馬車・・・」
「セネリオ!」

 アイクが顔を赤くしてセネリオの言葉をさえぎる。
 返り血で汚れてしまうであろうそのドレスは、指定通り職人に一から繕ってもらった。彼の体型に合わせつつ、それがばれないデザインを選んだのだ。ウェディングドレスのカタログを吟味するティアマトとセネリオは、傍から見て夫婦になるのかと思わせるくらい楽しそうであったとか。
 芸術品には金を惜しまない、美にうるさいタナス公にばれないように、ぎりぎりまで経費を注ぎ込んで作らせたのだ。・・・・・・というのは建前で、本当は彼の人生初にして最後であろうウェディングドレスくらい、いいものを着せてやろうという傭兵団のみんなの図らいである。
 馬車は、さすがに彼のためといえどそこまでお金が回らなかった。作らせたというのは冗談で、こればかりは借り物である。

「すみません、さぁ行きましょう、リアーネ姫」

 白い翼を掲げたた彼は、黒い鴉の女に扮した侍女セネリオのあとについて屋敷へと入っていったのだった。










 屋敷の中は、以前侵入したときとは比べものにならないほどきらびやかであった。白鷺の姫を迎えるのだ、当たり前といえば当たり前なのだがここまで徹底されていると圧倒されてしまう。
 荘厳な絵画の金色の額縁や、要所要所に置かれた像はもちろん、各室のドアの取っ手までも光を反射するほどに綺麗に磨かれている。足元で輝く大理石は、思わず足を滑らせてしまいそうなほどなめらかで、まるで鏡のようにふたりの足元を写した。天井から見下ろすように吊り下がるシャンデリアには、埃など一切積もっていないように見えた。
 武装を解除した兵が、扉の前に立っている。姫を恐がらせないようにとの配慮だろうか、しかしそれは好都合であった。こちらに気付いたようで、兵が走り寄ってきた。

「白鷺姫! お待ちしておりました!」
「私、キルヴァスから遣わされたリアーネ樣の従者です。どうか中へお入れください」
「結構です、どうぞ」

 二人の兵によって、大きな扉が音を立てて開かれる。目に飛び込んできたのは、長い食卓にところ狭しと並べられた色とりどりの料理、果物。一段高いところに据えられた玉座に座るオリヴァーと、その奥のテーブルに置かれたラグネルだった。
 思わず走りだしそうになるアイクだが、しかしぐっと拳を握ることでこらえる。

「よくぞ来た、我が愛しの白鷺姫よ!」

 衛兵が彼・・・彼女を、一層きらびやかに飾り立てた椅子へ案内した。多少ぎこちなくはあるが、セネリオに教えられたとおりの仕草で椅子に座るアイク。
 その椅子はなかなかに座り心地がよかった。緊張や不安といった類のものが一気に吹き飛ぶ。
 セネリオはアイクの隣についた。残念ながらセネリオの座る椅子はなく、彼の斜め後ろに身を落ち着ける。

「好きなだけ食べるといい、婚礼の儀はそれからじゃ」

 アイクは空腹を感じていた。目の前を見れば、肉や魚や果物が隙間なく並べられている。それらはすべて、一般人には手も出せないほどの高級品を惜しみなく使った料理であった。
 肉を目の前に出されては食べないわけにはいかない。据え膳食わぬは男の恥というものだ。口内で勝手に溢れるよだれを飲み込むことも忘れ、それにかぶりついた。

(ちょ・・・っ、アイク・・・!)

 セネリオは顔を引きつらせる。叫びを声に出せずにいるというのに、そんな間にも彼は肉をつぎつぎと平らげ、皿を空かしていった。まるごとの七面鳥を2匹も平らげ、魚を5匹も飲み込むように胃におさめていった。
 嗚呼、せっかくうまく騙せたと思ったのに、これでは素性を疑われるではないか。彼女が彼であることがばれてしまったら、経費が水の泡になってしまう。否、今は経費のことなんて心配していられない、作戦が失敗したら・・・・・・強行突破するしか道がなくなる。
 オリヴァーも、そしてその場に居合わせた兵たちもこれには驚いたようだ。目を丸くしてその樣を傍観しながら、オリヴァーは多少の怒気をはらんだ声で言った。

「すさまじい・・・、誰か今までにこんなに腹を空かせた花嫁を見たことがあるか?」

 アイクの傍らに立っていた頭の鋭い侍女セネリオは、かわりにオリヴァーに答えた。

「・・・リアーネ樣はこの八夜の間、なにも召し上がらなかったのです。この婚礼の日をそれはそれは待ち望んでいましたから」
「そ、そうか・・・ならばよい」

 ほっと胸を撫で下ろし、息をつく。白鷺がこんなにも派手に食べる様を目の当たりにしても、どうやらオリヴァーは目の前の彼を疑うことはしなかったようだ。
 そんなセネリオとオリヴァーの会話など耳に入っていないようで、アイクはがつがつと食べ続ける。コルセットを締めるからといって、事前になにも食べさせなかったのは失敗であったようだ。それに、もっときつくくびれを作っておくべきだった。彼を気遣って少し緩めにしたのだが、もっときつくしておけばこんなにも食べられなかっただろう。
 セネリオとオリヴァーに見守られながら、やがて満腹になったようで、今度は用意された酒をがぶがぶと飲み干していく。酒びんがどんどん空になっていく。

「よ、よく飲む花嫁じゃのう・・・!」
「リアーネ樣はこの八夜の間、なにも飲まれなかったのです。この婚礼の日をそれはそれは待ち望んでいましたから」

 アイクが手を合わせた頃には、ほとんどの皿が綺麗になってしまっていた。その食欲に圧倒されながら、兵たちがせっせと皿を下げていく。
 食事を終えた彼は高座の椅子へ案内された。これもまた芸術品のように綺麗な細工が施してあった。細かい彫刻はもちろん、ところどころに宝石が散りばめられ、輝いている。しかしそれに座る彼の仕草は少々乱雑であった。

「さて、白鷺姫よ。誓いの言葉を聞かせてみよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・どうしたのじゃ? ん?」
「リアーネ樣はこの八夜の間、歓喜に声を枯らしてしまったのです。この婚礼の日をそれはそれは待ち望んでいましたから」

 オリヴァーは戸惑いを隠せない様子であったが、気付かないふりをする。さて、そろそろこの茶番を終わらせよう。セネリオは言った。

「・・・私はそろそろ下がらせていただきます。オリヴァー樣、神剣ラグネルをお返しください」
「あぁ、そうじゃったな。おまえ、返してやりなさい」

 オリヴァーの傍についていた兵が、ラグネルに触れる。布でそれを何重にもくるむと、大事に両手で抱えてセネリオのもとへ歩み寄る。重いそれを受け取って、アイクに背を向けた。
 これが、反撃のときが近い合図である。アイクの心臓は残酷に脈打った。

「それでは失礼します。リアーネ樣をどうかお幸せに・・・」
「この私の傍では不幸になどさせぬ、ご安心くだされ」

 セネリオは部屋の出口へ向かって歩いていく。その背を不安げに見守るアイクであったが、オリヴァーの言葉に、そちらへ向き直った。
 ヴェール越しに見えるオリヴァーのその表情といえば、それは気味の悪いそれだった。興奮による発汗だろうか、顔がてかてかと光を反射している。口元は緩みきっていやらしい笑みを浮かべていて、鼻息も荒いようだ。

「さぁ、誓いの接吻を・・・」
「・・・すみません、ひとつだけ姫に言い忘れたことが・・・」

 ちっ、とオリヴァーは舌を打った。まるで邪魔者を見るような冷たい目で見下す。しかし当のセネリオといえば、何も知らないかのようにしれっとしてアイクを振り返った。
 セネリオは小走りにアイクのもとへ舞い戻る。ラグネルを抱えたままオリヴァーの前をうろつくセネリオに衛兵たちは眉をしかめたが、誰も止めはしなかった。アイクの傍まで駆け寄ると、彼に耳打ちした。

「さぁ、あなたの剣です」

 途端アイクはヴェールをかつらごとかなぐり捨て、布を取っ払いむき出しにされたラグネルの柄を力強く握る。青い髪、青い瞳。怒りにたぎるその目でオリヴァーをにらむと、オリヴァーは飛び上がった。しかし声を上げる間すら与えずアイクは一気に距離を詰め、剣を横一文字に薙ぎ払う。
 セネリオも負けじと懐に忍ばせておいた魔導書を取り出し、呪文を唱える。風がごうごうと荒れ、兵を巻き上げて切り裂いた。

「てっ、敵襲!! 白鷺姫は偽物だ!」

 叫んだ兵も、次の一瞬には風に切り裂かれ、倒れていた。
 ふたりは部屋の出口へ向かって弾丸のように走り出す。とてもヒールを履いているとは思えないほどの速さで扉を押し破って部屋を飛び出した。彼らを止めるべく唸りをあげて正面からぶつかってくる兵を次から次へ薙ぎ倒し、遠心力で剣を返している間に後方からのセネリオの風魔法が兵を吹き飛ばす。そしてまた叩き切る、ふたりの息はぴたりと合っていた。
 最後の兵の悲鳴が屋敷に響き、それが静まる頃にはふたりは館を後にした。










「お疲れ様です、アイク。無事うまくいきましたね」
「あぁ・・・」

 まったくこんな無謀な策を提案されたときはどうなるものかと思ったが、何事もなくラグネルを取り戻せた。さすがはグレイル傭兵団の参謀である。・・・・・・というよりは、鈍感なオリヴァーが助けてくれたようなものだが。
 セネリオは、ため息をついたアイクの顔を見上げた。その表情は疲労を隠しきれていないそれだった。

「さぁ、帰りましょうか」
「そうだな・・・」

 追っ手に見つからないように、馬車は遠くへやっていた。館を振り返れば、どうやらその心配はなかったようだ、追ってくるものはいない。ふたりで並んで、馬車まで歩きながら。

「・・・アイク、綺麗ですよ」
「やめてくれ、もう茶化されるのはごめんだ」
「茶化してなんかいません! 本当に綺麗なんです」
「・・・・・・そうか」
「・・・お嫁にもらいたいです」
「明らかに逆だと思うんだが・・・」
「まさか」
「おまえも着るか? これ」
「丁重にお断りします。絶対嫌ですよドレスなんて」
「・・・他人には着せたくせに?」
「アイクだからです」
「嫌がらせか?」
「すごく似合ってますよ、アイク姫?」
「このやろう・・・」

 アイクはセネリオをひょいと抱き上げた。慌てるセネリオだが、しっかりと抱かれて身が落ち着いたのか大人しくなった。
 花嫁が花婿を抱えるかたちになってしまった。お互いに顔を見合わせて。

「このまま教会で式でも挙げるか?」
「いいですね、それ」

 不釣り合いなふたりは、しかし本当の夫婦のように笑いあった。













あとがき。
北欧神話「スリュムの歌」パロディ。花嫁です。6月です。
後日女々しい仕草が抜けないアイクさんとかね!