現実的夢幻






 ベッドが規則的に軋む。ふたり分の荒い呼吸音と、粘膜と粘膜が擦れる淫らな水音が、部屋の空気を震わせる。
 時折響く甘い悲鳴と拒否の声。しかし行為がやむことはなく、やめようとする素振りすら見せない。混じる体液の官能的な香りに制止力などなく、むしろふたりを昂ぶらせるばかりである。
 時刻はとうに真夜中12時を回り、月も傾きかける夜更けである。ふたりは今夜何度めになるかもわからない秘めごとの最中だった。

「・・・っ、あっ・・・」

 中性的な声が快感に上ずって甲高い声に変わる。喉のどこから出るのやら、それは女の嬌声に他ならなかった。どうにか声を抑えるべく努めるのだが、どうしても小さな喘ぎが喉からこぼれ落ちて出てしまう。声が出るたび、顔に熱がこもるのがわかる。
 真っ赤な顔を、快感にひどく歪んだ顔を見られまいとそっぽを向く。しかし覗き込まれ、手で顔を覆った。

「・・・よくなったか?」
「奥・・・痛い・・・っ」

 苦痛と快感が入り交じった悲鳴。アイクはその言葉を受けて、猛牛のように突く腰の速度を緩め、遠慮がちに攻める。
 目の前の、すっかり変わってしまったその体を抱いた。熱を帯びた白い肌は、それはそれはやわらかく暖かかった。否、暖かいと言うより、熱い。お互いの体温がまざってさらに熱は高まるばかりだった。

「・・・ファルコ」
「はやく・・・!」

 まったく注文の多い。アイクは“彼女”に気取られないように小さくため息を吐くと、一気に絶頂までのぼりつめた。















「どうだ、女は」

 脱力感に苛まれ、くたりと横たわったまま動かないファルコに問う。
 そこに横たわるのは、アイクのみが知るファルコであった。・・・正確に言えばドクターマリオも含まれるが。
 その、白くすらりとした手足。なめらかな曲線を描く肢体。青い髪。目の周りに赤い隈取りのような化粧を施されたそれは、ファルコであってファルコではない。
 彼女は一生に何度あるだろうかの一大決心の末、ドクターからもらい受けた薬を飲み、人型を取っていた。

「疲れる・・・」

 人型、という注文だったのだが、試験していない薬は何が起こるかわからない。どういうわけかファルコは見事性転換を遂げてしまったのだ。もちろんこれは故意ではなく、完全な事故である。
 身長はアイクを見上げなければならないほどに縮んでしまった。もうこれだけで十分癪なのだが、筋力も格段に落ちたようで、何をしようにも彼に力で押し負ける。もっとも、もとからあまり彼に敵うことはなかったのだが。
 申し訳程度にふくらんだ控えめな胸に、腰はほっそりとしていて、くびれが流れるような曲線を描いている。しかしどちらかというと、女性というより少女である。そして何より、下半身の男の証がすっかりなくなり、代わりに女性のそれに取って代わっている。違和感を感じずにはいられないのだが、それにもだんだんと慣れつつある。
 それどころか、ぎこちなかった仕草までもが女性のようになってきている。慣れとは恐ろしいものである。あとは言葉遣いがもう一歩といったところだろうか。

「・・・恥ずかしい・・・」
「何が?」
「・・・変な声が・・・出るのとか・・・」

 無理に出しているわけではなく、どうも不可抗力的に出ているらしい。
 アイクはふっと笑った。笑って、そのやわらかい頬にそっと口づけた。

「・・・かわいいな」
「・・・うっ、うるせぇ!」

 ファルコはアイクを払うように押しのけて声を荒げた。その顔は相変わらず真っ赤である。
 ――――言葉遣いは、どうやらよくなる気配はなさそうだ。もっとも、この口調までも変わってしまえば、今度こそ本当に“彼”の片鱗がなくなってしまう、できるならこのままでいてほしいところだ。・・・その心配はいらないようだが。

「照れ隠しか?」
「ちがっ、・・・もう寝るっ」

 照れ隠し。否定してはいるが、まったくもってその通りなのは一目瞭然である。それを自ら肯定するように、ファルコは布団の中に潜り込んだ。あてつけのように枕にぼすっと頭を乗せる。
 アイクは口元をさらに緩めた。どうして彼はそんなに照れ隠しが下手なのだろう。微笑ましい限りである。
 ・・・・・・体も、その仕草も女性らしくはなったものの、やはり心まではそうもいかないものなのかもしれない。その口から出てくる言葉は、男勝りそのものであった。というものの、もともと男なのだから、“男勝り”と言っては語弊があるが。

「随分早いな」
「疲れたんだよ、悪ぃか」

 おまえのせいでな、そう嫌味を込めて布団の隙間からアイクをきっと睨んだ。しかし当のアイクはまったく気にする風もない。

「・・・少し悪いな」

 ぼそりと呟いて、アイクはその布団を引き剥がしにかかる。

「ちょっ、やめろコラ!」
「まだ足りない」
「足りないじゃねぇ、ガキはもう寝ろ!身長伸びねぇぞ!」
「身長よりおまえがほしい」

 ともすれば布団が引きちぎれてしまいそうなくらいの壮絶な引っ張り合いである。最早綱引きといったところか。引き剥がすべく引っ張り、剥がされまいと引っ張り。しかし勝敗は目に見えている。
 腕がだるくなってくる。女性の体とは不便なものだ、腕力の限界にとうとうファルコは布団を引き剥がされてしまった。アイクはファルコに覆いかぶさり、無表情で彼を見下ろした。

「おまえ立ち直りはえーんだよ・・・!」
「・・・悪い」

 ぎりと歯噛みし、懸命に睨む。できるかぎりの殺気を込めて睨む。しかし彼は眉一つ動かさない。動かない視線が刺さるように降り注ぐ。本当に謝罪する気があるのだろうか、そう言いながらもアイクは退こうとしなかった。
 ファルコの肩口に顔を埋め、腰を落とす。ファルコはいよいよ危機を感じ取り、慌てて彼を押し返した。

「おい、少しくらい休ませろっ」
「嫌だと言ったら?」
「少し休んだらまた相手してやるから!」
「・・・・・・・・・わかった」

 必死に抵抗する様子に、アイクはファルコをそっと解放してやる。
 女の体というのは、案外に負担のかかるものなのかもしれない。否、それよりも、彼は男だったのだ。急に異性の体へ変化したことで相当なストレスや疲労を感じてるのではないか。
 まだ夜も始まったばかりだ。少し休息を入れるのも悪くはない。彼はファルコの隣に寝転んだ。

「ったく・・・」

 大袈裟にため息をつく。ため息をついてふと見遣れば、アイクのそれは先程吐精したにもかかわらず、天を仰いでいた。
 若さゆえなのだろうか。いやしかし、自分が彼と同じほどの年齢のとき、ここまでに元気だっただろうか。考えて、やはり若さゆえではない。彼が正常を逸しているだけだと結論づける。
 毎晩この様子では、とっくに自分の体はおかしくなっているだろう。幸い、毎日求めてくるわけではない。ないのだが、一晩で二桁ともなれば翌日に支障をきたしかねない。
 ファルコはそろりと遠慮がちにそれに手を伸ばした。そっと手のひらで包むと、上下に扱き出す。

「・・・ファルコ?」
「黙ってろよ」

 上体を起こしかけたアイクを、余った腕で再びベッドへ押し戻す。彼はそれに抵抗することもなく、またベッドに体を預けた。
 その間も手を止めず、しばらく上下を往復しているうちに先端から透明な先走りがあふれ出す。それが手のひらになじみ、くちゅくちゅといやらしい音を立て始める。
 アイクはいつものように ファルコの額に口づけた。むっとしてファルコは彼の唇を強引に奪うと、起き上がる。
 そそり立つ雄と対峙すると、威嚇されるような威厳に息を呑む。息を呑んで、思い切って、それを口に含んだ。

「ファルコ、何を・・・」
「黙ってろっつってんだろ・・・っ」

 真っ赤になって切羽詰ったように声を荒げて、また事に集中する。
 それに舌を這わせれば、先走りの独特の味がする。ほんのり苦いような、お世辞にもおいしいとは言えない味に眉をしかめる。そして呼吸をするたび独特のにおいがする。これも同じく褒められたようなものではなく、不快感は募り募る。
 それでも行為をやめようとしないのはどうしてだろう。うすうす気付いてはいるのだが、なぜかそれを自覚するのは躊躇われた。
 極力それを見ないようにぎゅっと目を閉じて、下から上へ、舌で撫で上げる。まとわりつく唾液がはしたない水音を上げ、聴覚を犯した。

「・・・ん・・・」

 ふると体が震える。
 ぬるりとした舌が蠢くたびにぞくぞくと背筋が粟立つ。ファルコを押し返そうと頭に手を宛てて、しかしこみ上げる快感にその手はそれ以上動かなかった。
 情けなさと申し訳なさを感じるのだが、同時に本能的な男の悦びを感じてしまってどうしようもない。しばし抗うのも忘れ、意識を下半身に集中させれば、限界はそう遠くなさそうだ。
 ファルコは雄を口に含んで、舌を絡みつける。邪魔な髪を手で押えながら顔を上下させる。動くたびに部屋中に淫らな音が響き、それがぞわぞわとした背徳感となってアイクの背筋を駆けのぼった。
 自然と腰が揺れる。だんだんと階段を昇るような感覚に、腰の律動は速くなっていく。それに合わせてファルコの動きも速くなっていった。

「・・・・・・っ」

 一層それが速くなったと思えば、ふつりと止まり、ファルコの口内へ精を吐き出した。びくびくと震えながら白濁を吐き出し終えると、強張っていた体からくたりと力が抜ける。
 顔をいっぱいに歪めて、ファルコは放たれたそれを飲み下した。

「っ、いきなり出すな馬鹿野郎・・・!」
「すまん・・・」
「まじぃ・・・」

 喉に絡みつくような、喉が焼けるような感覚に、思わず咳き込む。
 何か飲み物を、と思ったのだが、疲労で体が言うことを聞かなかった。ぱたりとベッドに倒れ込む。

「何も飲まなくてもよかったのに・・・」

 横でごほごほと咳き込むファルコの背に腕を回し、背筋を撫でながらアイクが言う。

「吐き出されたら嫌だろ」
「してくれただけで嬉しい」
「・・・そうかよ」

 ファルコは顔を真っ赤に染めて、つんとそっぽを向いた。

「でもどうして急に?」
「・・・気が向いただけだ」

 こうして処理しておけば自分にかかる負担が減ると思っただけだ。
 きっと、元の姿に戻ってしまったら、願ってもできないことなんだろうと思った。やらないで後悔するよりは、やって後悔した方がいいと思った、わけではない。決して。
 ただ、気が向いただけ。ただ、負担を減らしたかっただけ。それだけで、他意はない。決して。

「そうか」

 笑いながらアイクは言った。
 彼とそれなりに付き合いがある。もう、今更そんな見え透いた嘘は通らない。通らないのだが、アイクはあえて追求しないことにした。本人は隠せたつもりでいるくらいがちょうどいい。
 しかし笑われたのが不服らしく何か言っているが、ぐりぐりと頭を撫で回してやる。

「おいっ、聞いてんのか?」
「それで、体は休まったか」
「・・・え?」

 ファルコが、ぴしりと音を立てて固まる。対するアイクは、まだまだ序の口といった涼しげな顔。
 顔が引きつる。しかしアイクは止まる様子もなく。

「は、早すぎるだろ・・・!待て、もう・・・」
「そう言うわりには濡れてるぞ」
「っ・・・」

 今晩幾度めかの戯れが始まった。
 ――――ファルコの抵抗むなしく、結局、夜会は空が明らむまで続いたとか。















あとがき。
がんばれファルコ〜