翔べない鳥の羽休め それは食後のひと運動のあと、まだ日も高い午後のことであった。 冷房をよくきかせた涼しいその部屋で、ふたりは同じベッドの中で身を寄せ合っていた。寄せ合っていた、というのは語弊がある、ファルコはそっぽを向いており、アイクがそれを後ろから抱きかかえるかたちで寝台に横たわっていた。 少し前までは、服を着ようとするファルコと、それを阻止せんとするアイクとの間で決死の攻防が繰り広げていたのだが、結局ファルコが折れた。それからだいぶ落ち着き、今に至る。 言葉はなく、時計の秒針が進む音、間隔の整った呼吸音、そして時折聞こえる身じろぎの音。背後に熱いくらいの彼の体温を感じながら、ファルコは彼の手を取った。 もう、眠ってしまったのだろうか。起きていたとしても特に話したいことがあるわけでも、何かしたいわけでもない。寝ているのならそれはそれで構わないのだが、しかしやはり物悲しいものがある。この小さな部屋にひとり取り残されてしまったようだ。しかし起こしたところで、何か用かと問われるだけだ。その問いには答えかねる。ファルコは彼を起こすことはしなかった。 アイクのその手をまじまじと見つめる。ところどころに血管の浮き出た、男の手だ。自分のそれとは違って力強そうに見えた。ぴしゃりとその甲を軽く叩いてみるが、彼は何も反応を示さない。きっと寝ているのだと都合よく解釈すると、躊躇ってから、恐る恐る手を絡めてみた。 ・・・・・・反応は、ない。 自分は何をしているのだろう。彼と深く関わるようになってから、自分はずいぶんと変わってしまった。以前は絶対に認めたくなかったものを、次々に受け入れてしまっている。もう片方の手で浮いた血管をなぞりながらぼんやりと考える。これから、もっとそうなっていくのだろうか。自分の跡形もなく彼に順応していくのだろうか。 ファルコは自嘲と諦めをまぜたため息をついた。 どうにでもなればいい。 そう思えてしまうことすら、変わってしまった証拠に他ならないのだが。 堕ちるところまで堕ちてしまえばいい。彼に依存してしまうのは多少怖くはあるが、それなら彼ごと引きずり堕としてしまえばいい。ファルコは嗤った。 眼を閉じると、ふうと息をつく。体はくたりと疲れているのに、どういうわけか頭は眠ろうとしない。眠る気になれない。暇に耐えかねたファルコは、目の前の彼の手をいじる。 まるで犬がじゃれるように、アイクのその手のひらにくちばしの背をすりつける。 どうしてもその手が好きだ。自分に触れてくれる、その手が。くちばしで甘噛みするようにぱくぱくとついばむ。彼が背後でぴくりと反応を示したが、それ以上はなかった。 くちばしの先で指をなぞる。手首から指先に向かって。指先から手首に向かって。彼がくすぐったそうに身をよじって、ファルコを抱きなおす。ファルコは人知れず笑うと青い指先で手首から腕の血管をなぞっていく。つうと肌の表面を滑らせれば、アイクがまたもそもそと身悶えた。 そろそろ起きてしまいかねない、ファルコはそこでぱたりと手を下ろし、眼を閉じた。その口元はやんわりと弧を描く。どうしても頭がふわふわと浮ついてしまって、いつもの自分はどこかへ追いやられている。それに気付きつつも、今の自分に抵抗する気はなかった。これが“幸せ”とやらだろうか。 「 」 「・・・ん? 何か言ったか?」 「うおっ、起きてやがったのか!」 「あぁ。ずっとな」 「・・・っ、起きてるならそう言え馬鹿野郎っ」 「で? 何て言った?」 「・・・誰が言うかよ」 「・・・撫でてほしいのか」 「誰がそんなこと・・・」 「急に大人しくなったな」 「・・・・・・るせぇ」 いつかちゃんと、彼のその目を見て言葉にできる日が来るだろうか。来るとすれば、それはかなり先の話になりそうだ。 あとがき。 |