支配欲







 こつ、こつ、こつ。
 駒が盤面を叩く音が部屋に響く。
 外ではボーレやヨファが鍛錬しているらしく、窓越しに掛け声が聞こえてくる。
 アイクは口元に手を当て、むむむと唸って考え込んだ。

「そうきたか・・・」

 こううして頭を使うのは、どうにも苦手らしい。
 必死に思案する傍ら、鳥のさえずりが意識せず耳に入る。

「アイク、あなたは軍の指揮を執る人なんですから、これくらいできてもらわないと」

 ティーカップを口元へ運び、セネリオは紅茶をすすった。
 机上で、白と黒が交錯する。ふたりは息抜きと教養をかねてチェスをしていた。
 これまで何度かやったことはあるのだが、依然アイクが勝利を収めたことはない。否、やる前から決着がついているようなものだ。もともと頭脳派のセネリオが負けるはずがない。しかし軍の総指揮を任されるアイクには、こういったことが得意でいてもらわねばならない。そこで息抜き、兼、“教養”として時々、こうして手合わせをするのだ。
 時刻は、ちょうど眠気の差す午後3時。アイクが黒のルークをこつ、と動かした。
 しかし。

「チェックメイト」

 白のナイトが、アイクのキングを追い詰めた。逃げ場はない。完全にアイクの負けだ。本当に、こういうのは不向きらしい。ぐしゃぐしゃとその青い髪を掻く。
 くすくす笑うセネリオ。力では到底敵わないが、これなら勝てる。

「やっぱり強いな、おまえは」
「こんなことしか、取り柄がありませんから・・・」

 アイクはすっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。心地のよい苦味が口の中に広がる。
 そしてセネリオの目を見て。

「で、なにをご所望だ?セネリオ」
「そうですね・・・じゃあ、」

 勝てば天国、負ければ地獄。
 セネリオは控えめな笑顔をつくって、無慈悲な言葉を紡いだ。




















 月が輝き、夜も更けるころ。
 セネリオはアイクのその体を、ベッドへ押し倒した。
 まるで甘えるようにその首筋に顔を埋め、赤い舌を這わす。舌全体でべろりと舐め上げれば、そのざらざらとした感触とくぐもった熱い吐息に、体が震えた。喉仏を甘く噛むと、ちうときつく吸い付く。時間をかけて、ゆっくりゆっくりそこへ印を刻み込む。ついた印は、赤を通り越し痛々しい紫色になっていた。
 それを見て満足したのか、今度は鎖骨のくぼみを執拗に舐め、肩に噛み付く。
 ふと顔を上げると、その唇にそっとキスを落とす。

「アイク、どうですか?」
「・・・喉が痛い」

 セネリオの望みは、セネリオが上になることだった。
 いつも力で組み敷かれていた。確かに、自分は上よりも下の方が役割としては似合っている。でも、一度くらい。主導権を握ってみたい。彼のその体を好きなようにしてみたい。そう思うようになっていた。
 そこで、敗者が勝者の言うことを聞く、という条件でチェスをすることになった。もちろんそのままでは勝敗が見えすぎている。アイクも承諾するわけがなかったので、セネリオはクイーンとルークを抜く、という大幅なハンデを与えた。
 そして、今に至る。

「紫になってますから、当たり前です」

 首筋ならともかく、喉仏にキスマークをつけられてはどうにも隠しようがない。どうやって隠そうか。
 ぼーっとそんなことを考えているアイクの目に、そっとくちづける。アイクはぎゅっと眼を閉じたが、無理矢理に舌を目頭とまぶたの隙間にねじ込み、目の表面をやさしく撫でる。
 少しの不快感に、アイクが呻く。しかしセネリオは気にも留めない。
 唾液でべとべとになってしまった目をべろりと舌で拭うと、その標的を変えた。耳に舌を突き入れ、唾液をたっぷり含ませてくちゅくちゅと塗り広げる。

「・・・っ、セネリオ・・・!」
「どうしました?」
「耳は・・・んっ・・・」

 セネリオの舌が蠢くたび、アイクの体がぴくりと反応を示す。
 耳から舌を引き抜くと耳たぶを甘く噛み、耳の裏側を舐め上げる。

「耳は、なんです?」
「耳、は・・・、っあ・・・」

 今まで自分でも聞いたことのないような、おかしな声が喉のどこからか出てきた。とっさにぎりと唇を噛む。
 すぐそばで聞こえるいやらしい水音に、ぞわぞわと背筋に鳥肌が立つ。自分が自分でなくなりそうな、そんな感覚が腹の底でぐるぐると渦を巻く。
 顔に血が集まってくるのがわかった。体の疼きが昂ってやまない。アイクは悶絶した。
 抵抗したい。したいのだが、約束は約束だし、そしてなにより、体に力が入らない。

「変な声が出ちゃうから嫌なんですか?」
「出てない・・・っ」
「それとも、感じちゃうからですか?」
「ぅぁ・・・っ」

 耳元で囁く。あたたかい吐息がかかり、びくりと体が大きく震える。
 セネリオはようやく耳への愛撫をやめる。すっかりと膨張しきって、先端からだらしなく先走りを垂らすそこへ手を伸ばした。液を塗り伸ばすように、指で雄の先端をぬるぬると滑らせる。
 同時に、よく筋肉のついた二の腕を甘噛み、舌でそっと撫でる。くまなく唾液で濡らして、腕の内側は特に丁寧に舐める。それから脇、胸、腹、脇腹、とアイクの体をだんだんと下っていく。

「セネリオ・・・」

 切なげに名を呼ぶ。
 しかしセネリオは耳に入らないといったふうに、しつこくしつこくアイクの体を舐る。わざと雄を避け、内股を舌の表面で、小刻みに軽く擦る。べっとりと唾液を含ませ、舌全体を押し当ててゆっくり撫で上げる。

「っあぁ・・・や、め・・・」

 彼の反応を愉しみながら、膝に噛み付く。くすぐったいのかじたばた抵抗する脚を押さえつけた。歯でこりこりと膝の骨の形を堪能し、最後、足へたどり着いた。
 ぱく、と足の親指を口に含む。冷たい足の指が、セネリオの口内の熱でとかされていく。指と爪の間を舐め、指と指の間を舐め、歯で軽くしごく。セネリオの舌が動くたび、アイクの体が跳ねた。

「やめろ、セネリオ・・・!」

 絡みつく唾液。融和していく体温。
 アイクの足が、セネリオの唾液で汚れていく。余すところなくすみずみまで。足の甲から裏から、指の間、爪の間に至るまですべてを。
 えぐれてしまいそうなほどの体の疼きに、アイクは弱々しい声を上げた。

「やめろ・・・っ、おかしく、なる・・・!」
「さっきからうるさいですよ、アイク」

 セネリオは至極面倒くさそうに顔を上げた。
 服の袖で、濡れた口元をごしと拭く。

「だって・・・!」
「だってじゃありません。・・・そんな目をして。あなたらしくない」
「・・・っ」

 普段のあのアイクを思い出して、そして目の前の、うっすら涙に濡れた目で恨めしそうにこちらを睨むアイクを見る。その豹変ぶりにセネリオはせせら笑った。
 そっと、アイクの雄に触れた。
 びくりと大袈裟なほど体を震わせ、アイクはぎゅっと目をつむった。その拍子に涙が頬を伝う。
 横一文字に口を結んで堅く閉ざし、セネリオを睨む。しかし上気して赤らんだ頬ではいまひとつ迫力に欠ける。それどころではない、逆にそんな彼が愛おしくなるほどだ。
 ゆっくりとそれを扱く。とろとろと垂れる先走りが手に絡みつき、上下するたびにくちゅくちゅといやらしい水音を立てた。
 堅く結んだその口元が歓喜に緩むのを見逃さない。

「く、あ・・・っ」

 緩んだ口の端から、どこから出るのやら甘い吐息と嗚咽が漏れる。どんなに口をきつく結んだところで、自然と声が出てしまう。アイクはどうしようもなくなって手で口元を押えた。しかし声が多少くぐもったくらいで大した変化はない。
 だんだんと手の動きを速めていけば、水音がいっそう大きく部屋に響いた。
 しかし不意にぴたりと扱くのをやめる。

「疲れました。・・・そろそろ、やめにしましょう?」
「え・・・?」

 突然のことにアイクは目をまんまるくした。急に何だというのだ。
 まったく分からずきょとんとしていたが、一呼吸の間に彼は、それがいわゆる“放置”に他ならないのだと悟った。・・・・・・少し、気付くのが遅いが。
 気付いた途端まるですがるように声を荒げる。

「嫌だ、セネリオ・・・!」
「ほら、あなたにも手はあるでしょう?」
「・・・・・・っ」

 セネリオはアイクの手を掴んで、彼自身に触れさせ、握らせる。
 恥辱と屈辱と羞恥とにまみれて顔を耳まで真っ赤に染め、目には涙がたゆたう。彼のその表情は至って扇情的で、セネリオをさらに煽るには十分すぎた。
 しかし自慰行為を見られる羞恥心からかアイクの手は一向に動き出す気配を見せない。
 彼の手を掴んだまま、まるで幼い子に教えるように、一緒に手を動かしてやる。

「動かさないと気持ちよくないですよ」
「いやだ・・・」

 つまらない意地や自制心を少しずつ、その手の動きが剥ぎ取っていった。
 そのうちセネリオは手を離す。快楽に負けたのか、ぎこちなくはあるがその手はセネリオの支えなしでゆっくり上下に動き始めた。
 だんだんとその速度が上がっていく。

「・・・気持ちいいですか?」
「・・・・・・ッ、見るな・・・!」
「・・・ふふ」

 手が、とまらない。すごく恥ずかしいのに。こんな姿、絶対誰にも見られたくないのに。
 これ以上我慢すれば体が疼きに犯されて壊れてしまいそうなほど、自らの手が与える刺激に餓えていた。
 アイクの中で、なにかががらがらと崩落していくのが手に取るように見え、セネリオは笑った。もっと、自分の前で狂えばいい。自分の前でだけ、汚れればいい。
 その手の動きがいっそう速まったかと思えば、体を震わせてぴたりと手が止まった。

「う、あぁ・・・、・・・・・・っん・・・」

 小さな小さな、甘い吐息混じりの歓喜の叫び声が上がる。
 ぱたぱたと自らの腹を自らの白濁で白く染め上げていく。ひく、ひくと雄は脈動しながら、やがてすべてを出し切ったようで。しばらくの後、くたりとうな垂れた。
 満足げにセネリオは笑い、指をその白い水溜りに浸け、液を掬い上げる。

「いっぱい出ましたね」

 ぺろ、と見せつけるように指に絡みつく白濁を舐め取る。
 独特の粘り気、苦味。
 恥ずかしさからかアイクは声を荒げた。

「舐めるな、そんなもの・・・!」
「おいしいですよ、ほら」
「やめ、・・・っ!」

 人差し指と中指で白濁をたっぷり掬うと、アイクの口へ無理矢理指ごと突っ込んだ。
 はじめは体を、口元を強張らせてセネリオの指を拒否していたが、諦めたのか無抵抗になった。

「どうですか?自分の精子のお味は」
「・・・・・・まずい・・・」

 ふたくち、みくちと次々アイクの口に精液を含ませる。終始眉間にしわを深く刻んではいたが、素直に指を舐めた。液のあらかたを舐め取り、それから自ら指に舌を絡ませる。
 ぞくりと加虐心が身震いした。
 腹の白濁のほとんどをアイクに舐めさせ、セネリオは掬いきれなかった残りを舌で拭い取ってやる。
 ふと、また熱を持ちはじめた雄が目に入る。

「・・・アイクってもしかしてこういうのが好みなんですか?またここをこんなにして・・・」
「ちが・・・っ!」
「ふふ、今日はたのしかった。またやりましょうね」
「もうこんなのは嫌だ!」
「チェスの話ですよ、アイクったら」
「・・・・・・っ、次は覚悟しろ・・・っ」

 彼がセネリオに勝てる日はくるのだろうか、甚だ疑問である。













あとがき
初えろがセネアイ変態プレイってなんだこれ
でも喉仏にキスマークと肩噛みと目舐めは譲れぬ(変態