その刺客が森の小人の家を訪れるのは、その数日後。 なにも知らない小人たちはいつものように仕事に出かけます。 「じゃあ行ってくる。何度も言うが気をつけろよ」 「大丈夫だって。自分の身くらい自分で守れるよ」 「・・・・・・」 アイクは唐突にマルスを抱き締めました。なんだか、もう会えない気がしたからです。 慌ててアイクの体を受け止め、背中をぽんぽん叩いてマルスは言いました。 「どうしたの、急に。アイクらしくない」 「・・・・・・今日は一日おまえとスイーツな時間を」 「アイク・・・あっ、ちょっとどこ触って・・・」 「おまえの体を見て触らずにいられるか」 「だからって・・・んっ」 「あの、えっと・・・アイクさん、・・・まだですか?」 リュカがふたりの部屋のドアをちょっとだけ開けて、顔を覗かせていました。とてつもなく困り果てた顔で。 ふたりはとっさに離れましたが、青少年に非常によくない影響を与えてしまった気がして気まずくなりました。 もちろんリュカも気まずかったようでした。 「わ、悪い。今行く」 「・・・なんか、ごめんね、リュカ」 「こちらこそ・・・ごめんなさい。・・・じゃあ、早く来てくださいね」 リュカはよく気が利くお利口さんでした。 すこしだけ開いたドアが閉まったのを確認して、ふたりは名残惜しそうな切ないキスを交わし、アイクは部屋をでました。 もう薄暗い夕方でした。刺客ゼルダが小人の家を訪れたのは。 こんこん、と戸を叩く音。こんな森の深くに来客が、と訝しみながらマルスはドアを開けます。 「・・・どちら様?」 「・・・りんご売りの少女です。お一つどうでしょう」 「(少女・・・?)いえ、間に合ってますから・・・」 「そう仰らず」 「・・・?!」 少女、否女性がにっこり笑みを浮かべたと思うと、マルスの体は急に動かなくなりました。見ると、ゼルダの手が怪しい光を放っています。瞬間、それがなにかの魔法だということに気付きましたが時すでに遅し。 魔法で砕かれたりんごが、無理矢理口に詰め込まれました。じわりじわり甘い蜜が口の中に広がります。 同時に、りんごに仕込まれた甘い甘い毒が、体を侵食していきました。 痺れる思考。薄れる意識。魔法が解かれ、マルスはその場に倒れました。 ゼルダは冷たい目で地に伏すマルスを見下すと、踵を返し小人の家を後にしました。 異変に気付いたナナが、玄関にやってきました。 ぐったりと血の気のないマルス。ナナはマルスに駆け寄り、目に涙をいっぱいため、悲痛に叫びました。 「マルスさん!マルスさん!ねぇ起きて!」 何度呼んでも、いくら揺すっても、マルスは起きません。目すら開けてはくれませんでした。 涙がぽろぽろこぼれて、マルスの服にしみを作りました。泣いても意味がないとわかっていながら、勝手に頬を伝う涙。ナナはそれを乱暴にぬぐって、立ち上がりました。 こうしていても意味がない。とりあえず、みんなを呼んでこよう。 ナナはみんなのところへ走っていきました。 残念なことにマルスの心臓はもう、動くことをやめていました。 寝台に寝かされたマルスのその死相は、信じられないほどに綺麗で。みんな口々に哀しみの言葉を呟きました。月がよく見える夜なのに、小人の家の中だけに雨は降りました。 幾度となく同じ軌道を伝って涙が流れます。 子供たちは泣き疲れ、そのうちに眠ってしまいました。アイクとファルコン、オリマー、メタナイトは子供たちを各々のベッドに運び、そっと涙のあとをなぞって、布団をかけてやりました。 「・・・・・・明日、どこかに墓を作ってそこに埋めてやろう」 アイクがぽつりと呟きます。ファルコンは無言で頷きました。 「悪いが・・・ここで一人にしてもらえないか」 「あぁ、すまない。じゃあ、・・・おやすみ」 「では私も・・・」 「あまり無理をしないよう・・・」 3人は、アイクとマルスを残してその部屋を出ました。 「・・・・・・・・・・・・」 いちばん大事な人から、失ってゆく。 どうしてなにもしていない彼女が、こんな目に遭わなくてはいけないのか。 できることなら自分が彼女の代わりに死にたかった。 ・・・あの日より、強くなったつもりでいたのに。結局、守れなかったじゃないか。 アイクは自分の非力さを恨みました。 しかしどんなに泣いて喚いて嘆いたところで、マルスは還ってきません。それをよく知っているアイクはただただ、彼女の、もう変わることのない表情を黙って見つめていました。 その頬はひどく冷たくて。触れたくても触れたくない。 その体はもう堅くなっていて。抱きたくても抱きたくない。 唇はキスを拒み、手は握り返してはくれない。 触れたくて手を伸ばしては、その触れた先が彼女の死を鮮明に伝えてくるのが怖くて、手を引っ込める。それを幾度も幾度も繰り返して・・・気がついたときは、夜が明けていました。 アイクは最後に一筋だけ涙を流して、マルスの体を抱き上げました。 まだ早朝だというのにみんな起きて支度をしていました。誰が起こすでもなく子供たちは自ら起きたようです。その表情は、どこか暗くて。死の恐怖と闇をはらんだような。 ナナの目は真っ赤でした。リュカの目元は真っ黒でした。ふたりともふと起きては夜な夜な泣いていたのでしょう。 アイクとオリマーは目で言葉を交わすと、静かで重い空気の流れる中、森のなかをみんなで歩きます。 どれくらい歩いたでしょう。少し木々の開けた場所に出ました。そこにマルスの墓を作ることにしました。 「・・・ねぇファルコンさん、アイクさん、本当に、埋めちゃうの?」 「・・・あぁ。」 「マルス姉ちゃんかわいそうだよ・・・」 「まだ生き返るかも知れないじゃん・・・」 目にいっぱい涙を溜めて、リュカ、ネス、ポポが言います。 そんな彼らの悲痛な訴えを余所に、アイクとファルコンはスコップで土を掘っていきます。 ざくり、ざくり。森の動物たちに掘り起こされないように、深く埋めよう。彼女のためにも。 「土の中で生き返ったらお姉ちゃんきっと苦しいよ・・・」 「そうだよ、だから・・・」 「マルスは、」 これ以上子供たちの声を聞きたくなくて。アイクはそれを遮るように言いました。 そんなことが起こり得るなら、できれば生き返ってほしい。自分だって、最愛の彼女を埋めるのはつらい。けれど、この冷たく動くことのない人形と過ごす方がもっとつらい。 アイクはゆっくり、言葉を続けました。 「・・・・・・マルスは、これから旅に出るんだ。天国へ。土の中へ埋めてやらないと、天国には行けないんだ」 「う・・・っ、うぅ・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 ざくり、ざくり。無情にも穴は次第に大きく、深くなっていきます。 そろそろ手を止めるとアイクは傍に横たえておいた彼女の体を抱き、穴の中へ、そっと寝かせました。 さようなら。 でも、どうしたことでしょう。あと土をかけるだけなのに、それがどうしてもできません。 代わりに、奥深くへしまいこんでいた涙がぼろぼろとこぼれて彼女の頬を濡らします。 涙が止まらなくて、アイクはその場に膝を、つきました。 「できるわけないだろ・・・こんな馬鹿げたこと・・・!」 涙も拭かずに彼女を掻き抱きました。 あんなに触れるのが嫌だった冷たい唇に、食らいつくようなキスを。 その、途端。 「ん・・・」 アイクの腕の中で、彼女は確かに身じろぎました。 さっきまで鉄のように冷たく、硬直していた彼女の体が、どんどん熱を取り戻しています。 彼は自分の目と感覚を疑いました。それもそのはず、彼女は本当に、間違いなく死んでいたはずだったのだから。 「あ・・・アイク?」 「生き返った・・・!」 「なんという奇跡・・・」 「やったー!マルス姉ちゃんが生き返ったー!」 「ぽよー!」 「諦めなければこんなこともあるのだな・・・」 いまいち状況がつかめずきょとんとするマルス。 子供たちの生き返ったコールに、自分は死んでいたのだろうか、とぼんやり思いました。 「本当に生きてるんだな?」 「君の目の前で動いてるじゃないか」 「夢じゃないんだよな・・・」 「・・・えい」 「いて・・・」 「な、泣くほど痛かった?」 アイクはマルスを抱いて、穴から出してやりました。 「・・・あぁ。痛かった」 「ごめ・・・んっ」 謝ろうとする彼女の口をキスで塞いで。それを合図に何度も何度も、ふたりはくちづけを交わしました。 軽く触れるだけのキスは、気付けば舌を絡める濃厚なキスに変わっていました。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 ぽかんと口をあんぐり開けてふたりを見つめる子供組。 すかさず大人組が彼らの目を塞ぎ、見ないように促しました。 「お二人さん、・・・・・・・・・って、聞いてないな・・・」 「随分見せつけてくれるな。カービィ、私たちも」 「やだ」 「orz」 「さぁ、ふたりの邪魔をしてはいけない。帰ろう」 オリマーの言葉を受け、小人たちはくるりとふたりに背を向けて家に向かって歩き出しました。 ふたりが帰ってきたのは、もう日が落ちてからだったとか。 おしまい。 あとがき |