もう少しだけ、
窓の外がすこし明るくなってきた。
セネリオは時計と窓の外を交互に見、すこし何かを考えた素振りを見せたが、やがて吹っ切ったようにベッドから立ち上がった。
それから部屋を出てできるだけ音が立たないようドアを閉め、できるだけ音が立たないよう足早に廊下を歩いていく。
その足に迷いはない。
すこし空が明るいとはいえ、まだ明朝だ。誰も起きてはないないだろう。
けれど、彼は容赦なくある部屋のノブを回して寝込みを襲う。
「おはようございます、アイク」
もちろん当の本人は寝ているが。そんなことはお構いなしにセネリオはつかつかと侵入していく。
寝台の前でアイクを見下ろす、彼は今だに夢うつつである。
この気の抜けた寝顔を崩してしまうのは心許ないが、しかしそこはセネリオ、心を冷酷な鬼の参謀にしアイクを揺さぶる。
「アイク、起きてください。もう朝ですよ」
「ん〜・・・」
くぐもった、すこしばかりの苛立ちを含んだような唸り声、深く刻み込まれた眉間のしわ。
さらに声をかけるのはためらわれるが、眉間のしわがのびきったころまた揺さぶりをかける。
「おーきーてーくーだーさーいっ」
ゆさゆさ。
自分の手の動きとアイクの体の動きが若干ずれるのにふしぎな感覚を覚えた。
彼の体が揺れるごとにベッドが軋む。
そして唐突にアイクは体をもたげ、時計を見る。
「起きました?」
「むにゃ・・・」
ぱたん。また体を布団に埋め、寝息を立てはじめた。
セネリオのこめかみに静かに青筋が浮き、なにかが静かにはち切れた。
「・・・・・・・・・・・・」
見下す目は死に逝く敵兵を見る目。
(なんですかこの平和の象徴のような寝顔は。まだ起きないというなら・・・)
頬をぎゅうぎゅうつねり、鼻をつぶし、目をぐりぐり押す。
アイクはまた唸って寝返りを打った。無意識にセネリオに背を向ける。
「・・・アイクのばか」
寝返りを打ってちょうど目の前にきた耳たぶを甘噛みし、舌を突っ込んで唾液でべとべとにする。
「っ?!」
それには耐えられなかったのか、アイクはものすごい速さで布団を跳ね退け跳ね起きた。
耳をがりがりこする。よほど彼を刺激したのだろう。
セネリオはしてやったりという風にか、やっとという苦労の風にかため息を混ぜて鼻を鳴らした。
「やっとお目覚めですか、アイク」
「相変わらず早いな・・・」
「今日はこれでも、結構待ったほうです」
もっと早くに起こされていたかもしれないと思うと、血の気が引く。
「もうすこし・・・「ダメです」
むう、と口をへの字に曲げるアイク。
やがてため息を吐いてつぶやいた。
「まったく世話のかかる・・・」
セネリオの背に手を回し、強引に引き寄せる。突然のことにとっさにベッドに膝をついたが、さらに引き寄せられいつのまにかアイクにまたがる格好になっていた。
顔が近い。赤い瞳がひとまわり大きく見開かれ、数瞬遅れて顔に火が点く。きっと真っ赤なのだろう、セネリオは思わず下を向いた。
「べつに変なことはしないぞ。少し、期待したか?」
「そ、そんなこと・・・っ」
必死になって否定しようとしたが、顔が真っ赤で説得力もない。セネリオは諦めて唇を噛んだ。
うな垂れるセネリオを抱いてベッドに仰向けになるアイク。下へ手を伸ばして布団を掴むと、ぐいとセネリオの肩あたりまで引っ張り上げた。
窓の外は大分明るくなり、鳥の声がひっきりなしに聞こえている。しかしそれでも起きるにはまだ早い。
アイクは眼を閉じた。セネリオの髪をなでながら。
「あ、あの、アイク」
「なんだ?」
「重くないですか・・・?」
「まぁ平気だ」
“まぁ”という表現に疑問を感じたのか、セネリオはむくりと起き上がった。
・・・いつもと逆の見下す立場になって、いくらかの違和感と新鮮味を覚える。途端いたずら心がむくむくと湧き上がった。
「・・・セネリオ?」
そう言った彼の口が閉じる前に自らの口で塞ぎ、ぬるりと舌を滑り込ませる。
一瞬驚いた様子を見せたアイクだが、眼を閉じセネリオの舌に応える。
くちゅくちゅと絶え間なく響くいやらしい水音。煽るようにこぼれる吐息。
乱雑に舌と舌をぶつけるような。そんな拙いキスではあったが、ふたりにはそんなことどうでもよかった。本能に身を任せ夢中で舌を絡め、口内を貪る。
キスの最中に眼を開けるのは反則だと聞いたことがあったが、なにを見るでもなくセネリオは眼を開けた。開けた眼には、少し色づいたアイクの表情が映った。
「・・・っ、セネリオ・・・」
やんわりと胸を押し返された。長い長いくちづけがようやく終わる。
アイクは自分の口の端から流れた二人分の唾液を、ごしと服の袖でぬぐった。
「どうしたんだ?急に・・・」
いつも自分からはこんなことしないのに。もちろんアイク自身喜んではいるが。
軽いキスでも恥らいながらなのに、自らこんな熱烈なキスをするとはどういった風の吹き回しだろう。それに、見ればセネリオの頬は少しの朱もない。
「嫌、でしたか?」
「いや、そうじゃなくて!いつもおまえからはこんなことしないから・・・」
「たまにはいいかなって・・・思っただけです」
「そ、そうか」
「お望みなら僕が攻めてみせますよ?」
ずいと詰め寄って笑いかけるその顔には、確かな色っぽさと妖艶さがあった。
普段とまるで違うその表情に心臓が跳ねる。下半身に熱が集中するのが分かった。
「なんて。嘘ですよアイク。期待しましたか?」
あぁ、ものすごく。
アイクは心の中でそう呟き、大いに肩を落とし、してやられたと眼を閉じた。
仕返しが出来たからだろうか満足げに笑ったセネリオはアイクの隣に横になり、ぴったり寄り添う。
――――早く起きてほしかったのは、一分一秒がもったいない思ったから。
自分と比べて、短すぎる彼の寿命。その短い時間を、できるだけ長く一緒に過ごしたかった。
なんてわがままなのだろう。自分でもそう思った。何度もためらった。
でもある晩絶えられずに彼にそう言ったら、あっさりと許してくれた。
今もこうして、抱いて受け入れてくれる。
アイクはセネリオの背に腕を回す。
自分の居場所は、ここだ。傭兵団じゃない。他でもない、アイクの腕の中なのだ。
「少しだけ・・・ですよ、アイク」
もう少しだけ、こうしていたい。セネリオはそっとまぶたを伏せた。
あとがき。
まさかのアイセネアイ。
セネアイもいいんじゃまいか。こんどセネアイでえろ書く。(そんな宣言ばっか