キャラメルアソート

 年が明けて数週間、これから冬一番の冷え込みがやってくるという時期である。武蔵野第一図書館周辺も多分に漏れず、雪さえ降ってはいないが刺すように冷たい風が吹きすさんでいた。
 しかし一歩館内に踏み込めば、そこは利用者に快適に利用してもらう為、暖かく保たれている。
 郁はこの季節の館内業務はありがたいと心底思っている。例えば訓練ならば、刺すような寒さに身を竦めながら励まなければならなくなる。図書館を守っていくには欠かせない事だからおろそかにするつもりはないのだが、これだけ寒ければ外に出たくないと思ってしまうのが人情というものだろう。ちなみに真夏も同じく、館内業務を天国に感じるのは言わずもがなである。
 郁が館内の暖かさに密かに感謝しながら巡回をしていると、『596』――食物・料理関連の棚の間に、見覚えのある後姿を見つけた。遠目にも分かる華奢な肩に、柔らかくウェーブした髪が流れ落ちる。服装も相まって、誰が見ても可愛らしい女子大生、という印象を受ける女性だ。
 少し俯きながら手に取った本を熱心に見つめているその女性に郁は歩み寄る。近づいて確認すれば、やはり郁の予想通りの人物だった。
「こんにちは、毬江ちゃん」
 声を掛けながら、とんとん、と軽く肩の辺りを叩く。その瞬間、毬江はぴくりと肩を跳ねさせたが、肩を叩いた手の主が郁だと気付くとふわりと笑って頭を下げた。
「今日は何を探してたの?なんか随分熱心に読んでたみたいだけど」
 毬江とその彼氏である小牧は互いに好きな本を薦めあう習慣がある。それを知っている郁には、毬江はいつも小説を読んでいるという印象があった。
 なので毬江を見つけた時、珍しい場所にいるなと感じた。それと同時に、小説以外には何を読んでいるのだろうと興味が沸いた。
 郁はそうして思わず疑問を投げかけたのだが、口に出した後に、少しばかり不躾だったかもしれないと気付いて内心頭を抱えた。
 郁が毬江に尋ねた事は完全にプライベートの範疇だ。
 いくら知り合いとはいえ、何でも聞いていいというものでもない。入隊した頃に比べればだいぶ良くなったとは思うが、この迂闊さはどうにかならないものか。
 自分が至らないせいで毬江を不快にさせてはいないだろうか。そんな郁の心配に反し、毬江は特に気にならなかったようだ。ポケットから携帯を取り出し、そしていつ見ても惚れ惚れする速度で携帯のキーを叩き出す。両手を駆使してのタイプはこれがまた本当に早い。
 凄いなぁ、と郁が考える間もなく、毬江から文章が綴られたメール画面を見せられた。
『チョコのレシピを探してたんです バレンタイン直前になると本の争奪戦になるから 早めに探そうと思って』
 郁は毬江の携帯画面を読んでから、本を持っている逆の手を見やった。雑誌程の厚みのそれはレシピ本で、表紙に踊るチョコレートの文字といかにも美味しそうな茶色や白が郁の目に映った。


本文より抜粋。



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