summer memory

 日本全国が梅雨入りし、しとしとと降り続ける雨とまとわり付くような湿った空気に悩まされる日々が続く中、その日は偶然梅雨の晴れ間に恵まれた。
 郁と本日のバディの小牧が市街哨戒を行っている最中、学校帰りであろう小学生グループとすれ違った。
 手には赤や青の円錐型のバッグや人気キャラクターが描かれたビニールバッグを提げ、首からタオルを下げた格好で元気に駆け抜けていく。その子ども達は、皆揃って髪の毛が濡れてぼさぼさになっていた。
「あー、小学生はもうプール入ってるんですね!」
 思わず郁があげた声に、隣の小牧から「そうみたいだね」と同意の言葉が返ってくる。
 確か、早い小学校では六月上旬にはプール開きが済んでいるはずだ。今走っていった子ども達の学校では、梅雨の晴れ間に恵まれた今日は水泳の授業が行われたのだろう。
「こんな暑い日には気持ち良いだろうね」
「ですね! きっと嬉しかったんだろうなー」
 暑い日にプールの授業があった時ってすごく嬉しかったなあ、と自分の幼い頃を思い出す。逆に物凄く暑い日に水泳がない時は、天気の良さすら恨めしく思ったものだ。
「笠原さんはプールが待ち遠しかったタイプ?」
「そうですねー。泳ぐのも好きだったんで結構楽しみにしてました。懐かしいなあ」
「笠原さん運動神経良いから泳ぎも得意そうだよね。水泳大会のリレーとか選ばれたでしょ」
 郁はちょっと照れて、頭を掻きながらえへへと笑ってみせる。小牧の予想は大当たりだ。
「自慢になっちゃうんですが、ほとんど毎年選ばれてました」
「やっぱりね。最近は泳いだりするの?」
「全っ然ですねー。泳ぎに行く機会もないですし」
 再び前方からやってきた、先ほどの子たちと同じような格好の小学生達を眺めながら、郁はいいなあーと呟いた。

 郁が堂上との『お付き合い』を始めてから、かれこれほぼ一年が経とうとしている。
 去年の夏は、堂上は当麻事件で負った脚の怪我で入院生活を送っていて、退院出来たのは夏の盛りを過ぎてからだった。そのため付き合い始めに当たる時期は外を出歩くことがほとんど出来ず、海や花火、お祭といった恋人らしいイベントは悉く逃してしまった。
 郁も堂上も図書館に勤める身で、しかも図書特殊部隊所属である。一般の職員に比べて勤務体系が特殊な分、世間一般の恋人達のようなイベントをこなせるとは思っていない。
 それに去年の件に関しては、堂上が無事に職務に復帰できただけで嬉しくて、どこかに行けなかった事に郁が文句を言うはずがなかった。
 しかし彼氏モードになると甘い堂上には去年のことがいささか引っ掛かっていたようだった。だからだろう、すっかりお約束になっている夜の呼び出しの時にその提案はなされた。
「この夏はどっか遠出でもするか。海とか。山でもいいが」


本文より抜粋。



-back-