my precious

 武蔵野第一図書館・図書館業務部に所属する関東図書隊が誇る才媛が男女交際を始めた――という事実はかなりのビッグニュースだった。
 それは同時期に起きたスキャンダルよりも盛り上がったことから良く分かる。その上、第一報が入った後から一月近く経った今も、その話題は隊内を賑わせている。
 まさに渦中の人である柴崎は、しばしば質問攻めを食らう日々を送っている。
それは食事中だったり業務の合間の休憩中だったり、果てには入浴中に体を洗っている最中に突然問いかけられたりと、まさに時と場所を問わず行われる。だが柴崎は質問される度に軽くあしらっていた。
 今回の質問は、午後の休憩中、同じシフトの同僚の一人から投げかけられた。
「ねえ、手塚ってどういうデートに連れてってくれるの?」
「あーっ、それはあたしも気になるぅ! 柴崎ぃ、その辺どうなのよぉ」
 柴崎が答えるよりも先に、向かいに座っていた広瀬が身を乗り出してきた。この手の話が好きなので表情がいきいきとしている。すると同席していた他の同僚たちもじわじわと柴崎の方に頭を寄せてきた。
 気付いた時には休憩している全員で内緒話でもするような態勢になっていて、流石の柴崎も内心少したじろいだ。
「別にごくごく普通だと思うけど」
 しかし動揺などはおくびにも出さない。さらっと答えてから、手にしていたマグカップの中で湯気を上げている紅茶を口に含む。いつの間にか、冷たい物よりも温かい物が嬉しい季節になってきていた。
 柴崎の答えと態度が気に入らなかったのか、はたまた内容が信用できないのか、「嘘だあ!」という声が一斉に上がった。
 その時、何人か振り向くのが視界の隅に入った。移動するのが面倒で事務室の隅っこに陣取って休憩していた。なので仕事をしている人間に配慮して静かに話をしていたのだが、今の声の大きさでは驚いても仕方がない。
「うっそー! 柴崎がそう思ってるだけでさあ、実際は結構いいデートしてそうだよね」
「手塚の地元って都内だよね。だったら遊ぶ場所も色々知ってそうじゃない?」
「でもさー、あんだけ頭良くて真面目だと学生時代も遊び歩いてなさそう。同期と遊んだって話もあんまり聞かないし」
「ええー、でも頭も見た目もレベル高いし、色々そつなくこなすくらいだし、きっと気の利いた店とか知ってるって。それに、なんと言っても柴崎にベタ惚れなの丸分かり!」
 ほんと羨ましーい、というため息が同僚一同から漏れる。


本文より抜粋。



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