happy endingの向こう側

 年度末が目前に迫ってきたある日、風呂上がりに部屋で一息ついていた郁は堂上からメールで呼び出しを受けた。
 その文面は例のごとく用件のみ、という至ってそっけないものだ。しかし今回は文末に「暖かい格好で来い」という気遣いが添えてあった。こういうの、なんか嬉しいよねえ、とにやけてしまう。
 携帯を閉じて立ち上がると、テーブルの向こう側に座っている柴崎が頬杖をついてこちらを見上げていた。目を細め、常日頃からケアが行き届いてつやつやしている唇の両端がきゅっと上がった。
「堂上教官からの呼び出しでしょ。ニヤニヤしちゃって、本当にあんたってばわっかりやすーい」
「ああもう、分かってるならわざわざ突っ込むな!」
「いやあよ。弄れる時に弄らないとー」
「ほっとけ! 弄るな!」
 なおもくすくすと笑う柴崎に憮然としながらも、それ以上突っ込むのを諦める。反論しようとすればするほど面白がられるのが常だからだ。
「ちょっと行ってくるからねっ」
「はいはい、行ってらっしゃいな」
 ジャージの上から厚手のパーカーを羽織り、ポケットに携帯を突っ込んでから部屋を出た。
 共同ロビーへ足を運ぶと、先に来ていた堂上がこちらに向かって軽く手を上げた。小走りで駆け寄ると、出るぞ、と告げて踵を返したのでそのままついて行く。
 いつもの呼び出しかな。
 そう思ったのは、連れて行かれた先が寮の周りにある物陰の、いわゆる逢い引きスポットだったからだ。
 先を歩いていた堂上が足を止めて建物の外壁に背を預ける。郁もそれに倣って同じように壁際に立った。
 この先の触れ合いを思うとどきどきしつつも嬉しい。それを待っていたが、しかし一向に触れてくる様子がない。
 堂上の方を伺うと、そこには腕組みをして正面を見つめている横顔があった。
 あの、と声を掛けるが「待て」と止められた。それに従ってはみたものの沈黙が続くばかりで、郁は少々落ち着かない気分になる。
 何かなかったかなあ、と今日の出来事を思い浮かべて会話の糸口を探していると、ようやく堂上が郁の名を呼んだ。
「なんですか、教官?」
「いや、そのな」
 堂上は歯切れ悪くそう言ったきり、再び口をつぐんだ。どうしたのだろうと首を傾げていると、一つ息をついてから口を開いた。
「意向のすり合わせは出来たって思っていいんだよな」


本文より抜粋。



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