newly married

 梅雨入り前にめでたく結婚して『堂上』の姓を名乗るようになってからこちら、周囲から聞かれる事柄の第一位は『新婚生活はどう?』である。
 挙式後、休み明けに出勤するとあちらこちらから祝いの言葉を掛けられた。そういう時、そこに殆どと言っていい程にセットで付いてくるのがその問いだった。
 『結婚祝いだ』という名目で、梅雨入りの合間の晴れたその日、柴崎ほか業務部にいる同期の数名に誘われて外にランチに出掛けた。そして、やはりその席でも同期たちが同じ質問を繰り出してきた。
 一通り注文をし、食前の飲み物が届いたところで代表として柴崎による乾杯の音頭が行われた。
「笠原、改めて結婚おめでとう!」
「ありがとー!」
「笠原が先に結婚するなんてびっくりだったよねー」
「あーんなに面倒見てあげたあたしを寮に置いてけぼりにしたのよ、この娘ったら。でもねー、堂上教官が笠原にべったべたに甘いのを見てたら遅いくらいじゃないかしら」
「ええー、そんなに堂上一正って甘い彼氏だったの? 確かに結婚式の時はいちゃいちゃしてると思ったけど」
 一人が疑問の声を上げると、柴崎と他数名が「甘いわよ!」と言い切った。見事に声が揃っている。
 そこでハモらなくていいよね、とは突っ込めない勢いで皆が喋り始めた。
 自分では気にしていなかった堂上とのやりとりを、いちゃいちゃしていたと口々に言われ、どんどん頬が熱くなっていく。そろそろ、と思った所でとうとう柴崎が口を開いた。
「ほんと〜〜〜にべた惚れでラブラブよー。とっておきのネタがあるんだけど聞く?」
「柴崎そこまでっ! それ以上の暴露はプライベートの侵害だってば!」
 柴崎のとっておきは本当の「とっておき」だ。親友だからこそ相談していたアレコレや、見られたやりとりは心当たりがあるだけでもそれなりの量だ。必死になって止めると柴崎は笑った。
「笠原がそこまで言うなら、仕方ないし残念だけど内緒にしといてあげるわ。でも、この席で半数以上が見てるってことは、他にも見られてたかもしれないわよー?」
「でも知らない人にわざわざ教えるはどうかと思う〜」
 ぺしょんとテーブルに伏せて見せると皆が一斉に笑った。
そうしているうちにランチが運ばれてきた。冷めないうちにと運ばれてきた人から順に食べだしたが、まだまだ合間に話が続いていく。
「結婚生活はどうなの?」
「まだ荷物が片付かなくってさー。家の中がごちゃっとしてるし、なんだかバタバタしてるよー」
「笠原ってバタバタしてない時あるの?」
「失礼な! あたしにだって落ち着いてる時は普通にあるわ! 教官には、片付かないのはいらない荷物多いからだ、って言われちゃったよ」
 物を捨てるのが片付けの鉄則なのは郁も知っているので、不要だと思ったものを積極的に捨てるように心がけながら荷造りをしたつもりだった。自分としては荷物の整理も出来て満足していたが、堂上からすると十分ではなかったらしい。
 正面に座る同期が「んー?」と記憶を探るように上の方に視線を彷徨わせてから、問いかけてきた。
「あれ、笠原ってそんなに荷物あったっけ? 部屋は普通だった気がしたけど。柴崎―、元同居人としてその辺はどうだったの?」
 同期たちとは頻繁ではないにしろ、お互いの部屋を訪ねる機会もあった。その時を思い出して疑問に思ったらしく、聞かれた柴崎も、そうねえ、ときょろりと目を動かした。
「まー、細かい小物なんかが色々ある感じかしら。荷解きするのに引っ越しの手伝いしたんだけど、笠原の荷物見た堂上教官ってばぎょっとしてたわよー。逆に教官は余計なものがあんまりなさそうに見えたわ」
「そこはきっと男女の差だよー。でも、どこにこの量の荷物しまってた、ハムスターかおまえは、って言ったんだよ! ひどくない?」
 堂上夫妻の引っ越しは堂上班と柴崎、特殊部隊の有志が手伝いを申し出てくれた。おかげで荷物や家具の運搬は楽勝で本当に助かった。そしていざ荷解きを始めると、堂上が唖然とした顔で郁の手元を見ているではないか。
 どうしたんだろ、と思っていたところに、突然のハムスター発言だ。その場に居合わせた小牧は、笑いすぎてしばらく使い物にならなかった。
「それはひどいわー。笠原サイズならハムスターじゃなくてモルモットでしょ。いやむしろカピバラ?」
「誰がげっ歯類よ! あんたの例えの方がもっとひどい! もー、あんたのおごりでお替りしてやるわ」
「やめてよ、せめてここにいる皆で割り勘!」
 同期で同性ということで遠慮のない冗談を交わしているうちに食べ終わってしまった。基地に戻ることを考えると長居も出来ないので、今日の尋問はここまでとなった。


本文より抜粋。



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