1機の旅客機がゆく。
 成田を飛び立ち、遠く南の楽園、パラオをめざして一直線に。
 この便には、強敵ラーシマとの一戦を終え、夏休みを迎えたラムネとミルク、
ココア、そしてレスカが乗っていた。
 そう、福引きでミルクが当てた旅行券があったので、それを使っての旅である。
 この旅行券は、4人分あったので、引き当てた当事者であるラムネとミルクのほか、二人が
元に戻れる様尽力したココアが行くことには異論がなかった。最後の一人は、レスカがダ・サイ
ダーとのじゃんけんに勝利して決まったのである。
 「実はね、お姉様。私、あの戦いの間、ラムネスと入れ代わってたのよ。」
 「それはダ・サイダーから聞いたわ。でも、ほんとにあるのね、他人と人格が
入れ代わっちゃうことなんて。」
 「それで〜、二人が元に戻れるように〜、散々いろんなことをしてみたのですが〜、
なかなかうまくいきませんでしたわ〜。最後のキングスカッシャーに感謝してますわ〜。」
 三姉妹が機内でこんな会話に興じている間に、ラムネは一人読書に熱中していた。
 ものは、どういうわけだか出発前にダ・サイダーから渡されたTSものの小説の全集だった。
 (ダ・サイダーの奴、人の気も知らないで餞別とかぬかしてこんなもんよこしやがって....。)
 そう、そこに描かれている、男から女になってゆく主人公の過酷な運命たるや、想像を絶する
ものばかりだった。ラムネが体験したように、男の性欲を失い、性格や思考回路もどんどん女の
子らしく変化していく者、女の姿になっても男の性欲を失わず、奇行に走り変態扱いされる者、
さらには元から女性だった者におもちゃ扱いされるものなどなど。彼等改め彼女らの壮絶な日々
の生活に比べれば、ミルクになっていた時の自分は、まだましだったような気がする。確かに、
女の子のスクール水着を着るはめになったり、お風呂にも入ったり、もっと言うと、慣れ親しんだ
男の性欲を失ったり、異常な食欲を感じたり、さらには生理痛まで体験したけれど、そのことを
知って一生懸命尽くしてくれたココアが、そして自分の姿になり、男の...自分の性欲に精神汚染
されそうになっても、なお自分を愛し続けていたミルクが近くにいてくれたことが、大変な救い
になっていたことを、この上なく有り難く思えた。
 (それにつけても、この全集に出てた元男の女の中では、この小拓改めレモンって奴に何か親
近感を感じるなぁ。俺と違って思いっきりカッコ悪いけど、その姉貴のいかれた天才ぶりと、素
直に好きと言えない、大飯食らいの智佐って娘との人間関係が、恐ろしいぐらいに似てるんだよ
なぁ。でも、こいつの運命の凄まじさときたら....。それ以外の周りの人間も濃いめだし。うん、
俺がこいつでなくてほんとによかったよ。)
 そんなことを思いながら本を読んでいたら、客室乗務員のシートベルト着用の合図がかかる。
 どうやら、着陸の態勢をとるようだ。
 機体が、前方が下になって急降下する。ややあって、地震でもあったかのような衝撃が体に走
る。そしてしばらくして水平に戻る。着陸は成功したようだ。
 飛行機が止まると、乗客達はそそくさと出口へと急ぐ。ただ、ラムネたちは、あせらず他の
乗客がおりるのを待って出口へ向かった。
 出口にはタラップが接続されていた。その出口から、赤い髪の少女が姿をあらわす。彼女は、
 ピンクのノースリーブのシャツに真っ赤なミニスカートを履いていた。出る時に、かわいらし
くくるりと一回転した。何となくうれしそうである。
 「それはそうでしょ、女の子に....本来の私に戻れたんだから!」
 いかにも、かの一件で一度はラムネと入れ代わったが、さらなる偶然が重なって元の姿に戻る
ことができたミルクである。そのように、全身で女の子に戻れた喜びを表現するミルクの体に、
ふいに一陣の風が吹き付け、スカートがまくれてしまう。
 「きゃっ!」
 ミルクは反射的にスカートの裾を押さえた。そのとき、ふと数日前の風景がミルクの脳裏に蘇っ
た。
 それは、ココア、レスカと3人で、今回パラオで着る水着を買いにいった日のことだった。
 「これなんかどうかしら〜?」
 ココアがまず手にとったのは、いかにもおばさん臭いデザインのセパレーツだった。
 しかし、ミルクとレスカが制止する。
 「ココアお姉様、せっかく女の子に生まれたんだから、もっと女の子を楽しまなきゃ。」
 「そうそう、ミルクの言う通りだよ。だからさ、こんなのきてみたらどうだい。」
 「えーっ、こんなすごいのですか〜?でも〜、カフェオレお姉様とミルクが言うのです
から〜、ちょっと冒険してみてもいいかも知れませんわ〜。」
 という具合に、ココアをうまく丸め込んで、大胆な水着を買わせてしまったのだ。
 (あの水着を着たお姉様の姿、ちょっと楽しみ.....。)
 そのとき、後ろに人の気配を感じた。振り向いてみたら、ラムネだった。
 「おい、ミルク。何物思いにふけってるんだ。」
 「ラムネス、そんなのあたしの勝手でしょ!」
 「....悪かった。変な質問して。」
 (なんか、今日のラムネス、いつもと違う。今までなら、下手な言い訳とかしてなんとか
言い逃れようとしてたのに。)
 そこに、一人の金髪の女性が、スカートを振り乱して駆け込んで来た。
 「ほら、どいたどいた!私は、パラオをうんと楽しむんだからね!」
 レスカである。それにつけても、物凄い勢いである。このままでは、ラムネとミルクに激
突する。この前はタラップ、すなわち階段だ。レスカに突き飛ばされてまた階段から二人で
落ちてしまうのか?
 しかし、二人は、絶妙のタイミングでレスカをかわした。哀れレスカは、勢いあまって階
段から転落してしまう。その後ろから、ココアが落ち着いた様子で出て来た。
 「カフェオレお姉様(レスカの本名)〜、そんなに焦らなくてもいいじゃないですか〜。
それにしましても〜、ラムネスにミルク〜、うまくかわしましたわね〜。」
 「もちろん!」
 「タラップも階段だもん、十分警戒してたわ!」
 さすがに、一度ひどい目にあったことにたいしては、十分な警戒をするものである。
ところが、想定外のことがおこった。前方から、かなり強い風が吹いて来たのである。
これにあおられ、思いっきりミルクのスカートの中身が丸見えになる。一方のココアの
方はというと........パンツルックだった。
 (あたしも、今度飛行機乗る時は、パンツにしよう)
 かたくそう心に誓うミルクであった。

 さて、一行はホテルへのチェックインを済ませると、早速水着姿に変身して、南の島独特の
美しい砂浜へとくり出すことになった。
 まず先陣を切ってラムネが飛び出して来た。ここへ来てやることと言えばただ一つ。美しい
女性に声をかけることだ。ミルクの立場を経験した記憶も、ミルクとココアの恩も忘れて、ち
ょっとでもきれいな女性を見かけると、「象さん」が荒れ狂い、陳腐な台詞で声をかけまくる。
 続いて出て来たのは、ミルクであった。新調したピンクのセパレーツも、ボーイッシュな体
型によく似合っている。ふと前を見ると、抜けるような南の島の青空の下で、いつも見なれた
あの風景が展開していた。今までのミルクなら、この風景を見ると怒り心頭に発して、凶器を
片手にラムネを追い掛け回してしまうところだ。しかし、今のミルクは、一度ラムネの立場を
経験している。あの火の玉のような「象さん」から発する男の性欲、ひいては征服欲の凄まじ
さたるや筆舌に尽くしがたいものがあることを。重ねて、キングスカッシャーのコクピットの
中で見せたラムネの誠意ある言葉と優しい態度も、彼女の心に強く残っていた。
 (どんなに浮気したって、ラムネスが最後に選ぶのは、わ・た・し!!だから、あれはこれ
からはもう少し多めにみてあげることにしたの。)
 ミルクは確固たる自信にあふれた目で、遠くからどっしり構えてラムネの行状を見届ける。
 そんなミルクの肩を、ビキニスタイルの二人の姉がぽんとたたく。
 「ミルク、余裕だねぇ。」
 「ミルク〜、対応が大人ですことよ〜。」
 「あら、お姉様。面白いから、もう少し見てましょ。それよりも、二人とも大胆な水着が
似合ってうらやましいな。」
 このとき、レスカは黒のビキニを、ココアは白のビキニをそれぞれ身につけていた。裸出度
は、驚いたことにココアの方が大きい。そう、これこそがパラオで着るようにと、レスカとミ
ルクが勧めた一着である。
 「でも、やっぱりなんだか恥ずかしいですわ〜。」
 「だからいいんじゃないか。『女を楽しむ』ってのは、こんなもんじゃあないのよ。」
 「ほらほらココアお姉様、そのくらいで恥ずかしがってちゃ女の子は楽しめないわよ。ほん
とは女の子を一番楽しみたいの、私なんだからね。」
 「言われてみれば〜、それはその通りかもしれませんわね〜。ミルクもラムネスになってみ
て〜、何だか精神的に成長したみたいですわね〜。」
 「え?自分ではよくわからないけど、そうなのかなぁ?でも、ラムネスのこと、前よりもよく
わかるようにはなったみたい。.....そうだ、カフェオレお姉様も、ダ・サイダーと入れ代わってみ
たら?ダ・サイダーのこと、前よりもよくわかるようになるかもしれないわよ。」
 「(真っ赤になって)あ、あんなダジャレバカと入れ代わるなんて、願い下げよ!第一、入れ
代わるとあいつが私になるんでしょ?それは私の品位にかかわるわ。」
 「ですけど〜、それはそれで面白いと思いますわ〜。」
 「私も、カフェオレお姉様になったダ・サイダー、見てみたいなぁ。」
 妹二人から意外なネタを振られて、すっかり当惑するレスカ。しかし、なぜかこの妹達の攻撃に
有効な反論をできずに、硬直してしまった。
 そうこうしている間、ラムネは他の女の子たちにナンパ三昧であった。ミルクの襲撃もないのも
全く気にかけない。ココアとミルクの恩義も忘れて、ただひたすらに「象さん」から沸き出す男の
欲望に身を任せ切っている。いくらミルクが男の性欲を理解したからと言っても、そのまま行くと
きっとぶち切れるぞ!
 そのとき、ミルクが叫んだ。だが、いつものように怒り狂って追い掛け回すようなことはしない。
あくまで落ち着いて、一度女の子を経験したラムネの弱点を正確に突く一言を発したのである。
 「ラムネスー、お姉様がねー、これ以上浮気するようなら、女の子に改造するって言ってたわよ!」
 突如、ラムネの背筋を、寒気がミルクを経験した記憶とともに襲ってくる。機内で読んだTS小説の
主人公たちの姿が、とりわけ小拓改めレモンの姿がオーバーラップしてくる。こともあろうに、この
まま浮気を続けたら、ココアに女の子の姿にに改造されるというではないか。そしてミルクやレスカの
おもちゃにされる。ゆくゆくは男の性欲を失い、スカート、ブラジャーや小さなリボンのついたショー
ツ、胸まである水着などを抵抗なく身につけられるようになるまでに女の子に順応していく。そんな思いが
ラムネの脳を支配する。そして、「象さん」からの粗暴なエネルギーの供給がぴたりと止まる。
 「うわぁぁぁぁぁ、ミルク、俺が悪かったよー、それだけは勘弁してくれー!!!!」
 ミルクのところに駆け寄り、平謝りに謝るラムネ。これを見たミルクは、
 「わかったわ。取りあえず今回は、許してあげる。」
 と、素直に許した。
 「でも〜、ラムネスのことですから〜、またきっと浮気しますわよ〜。」
 「うん、ココアの言う通りなんじゃないかしら。何せラムネスのことだから。」
 「だけど、私はもうこの点は仕方ないと思ってるのよ。ラムネスになってみて感じたあの、男の
性欲の凄まじさ、なってみないとわからないんだから。ラムネスはあの性欲と年がら年中一緒なん
だもん、私一人では性欲のはけ口が足りないのよ、きっと。ラムネスは懲りずに浮気を続けると思
うけど、私は最後にラムネスは私を選ぶって、信じてるから。」
 ミルクの心に、ラムネの姿になっているときに感じた、オ○ニーの気持ちよさ、海水パンツの履
き心地、ココアの着替えを見ての興奮、そして「象さん」を直撃した打球の痛みなど、男の感覚が蘇っ
てきた。ミルクの言葉には、これらミルクがラムネとして....男性として体験した事実に裏打ちされた
説得力があった。男性の立場を経験していない二人の姉も、十分に納得した。
 その後、数日をパラオで過ごしたが、この間ラムネは懲りずにナンパを続けた。その様子をみて、
ミルクはもはや動じることはなかった。

 一方、じゃんけんに負けたダ・サイダーは、自分に政務がつとまらないのをいいことに、昼寝を決め込
んでいた。こちらはこちらで、うるさい女どもがいない状況を楽しんでいるようだ。しかし...。
 「はーくしょん!(誰か俺様のことうわさしてやがるな。だが、何をうわさしてやがるんだ
か)。」
 うわさをしている人間が誰かはもちろん、そのうわさと言うのがレスカと入れ代わったらどうか、
ということだとは、ダ・サイダーには知る由もなかった。

 完




戻る トップに戻る