F.L.O.R.I.A -イン ザ プール-


 事の発端は彼が六歳の時だ。
 父を目の前で悪魔に殺された。母も兄も妹も、外出していて難を逃れた。父だけが、ほんの些細な道楽で殺された。
 その時の彼は羨望に溢れていた。この世で最も強い存在であると思っていた父を、悪魔は容易く殺したのだ。
 彼は悪魔へ告げた。
「いいなあ、ぼくにそのちからをちょうだいよ。そしたらぼくは、いちばんつよくなれる」
 すると悪魔は答えた。答えたのも単なる道楽だった。
「ならばあげよう、悪魔の許可証、悪魔の目を。これで手に入れたい力を探すといい」
 彼は喜び、血溜まりの上で飛び跳ねた。すると悪魔は笑って続ける。
「この目は、お前の誰かを愛する心と交換だ。簡単だろう」
 彼は頷いた。彼は交換に出すものがどのようなものなのか、まだ知らなかった。
「ぼくはつよくなって、だれもかれもまもるんだ」
 彼は転がっている父を蹴った。役立たず。嘘吐き。どのような罵倒も込めて。
 そうして交換が終わり、悪魔が去った後には、残虐な子供が残された。



 彼は早速悪魔を召喚した。仲介の悪魔だ。これに契約したい悪魔を呼び出させ、事を円滑に進める。
 仲介を使うには許可証がいるが、問題無く認められて悪魔を呼び出させた。



 悪魔と契約するには段階を踏まなければならない。こちらの力の大きさによって、より上位の悪魔と契約が出来るようになると言われていた。
 彼は手始めに、下級の悪魔を片端から呼び出し契約した。その度に、まず家族を、続いて町の人間を、贄とした。
 そして遂に、町に生き物が一つも存在しなくなった頃、彼は大きな契約を四つした。



 一つ目。森の悪魔。
 これは苛立ちを持っていた。
 大地に囚われし悪魔は言う。
「俺にその足をくれ大地を踏み付けたいんだ」
 彼は言う。いいだろう。
「もう自由だ!」
 森の悪魔は走り去り、彼の足は木となった。
 それから彼は、他の生命力を吸収出来る体となった。



 二つ目。海の悪魔。
 これは嫉妬を持っていた。
 揺蕩いし悪魔は言う。
「あたしにその髪を頂戴海の生き物に髪が無いのだもの」
 彼は言う。いいだろう。
「お洒落が出来る!」
 海の悪魔は泳ぎ去り、彼の髪は海草となった。
 それから彼は、水の中で呼吸をしなくなった。



 三つ目。人形の悪魔。
 これは退屈を持っていた。
 笑いし悪魔は言う。
「おいらにその顔を頂戴同じ顔は飽きたのさ」
 彼は言う。いいだろう。
「怒ってやる怒ってやる!」
 人形の悪魔は消え去り、彼の顔は人形となった。
 それから彼は、老いる事を捨て去った。



 四つ目。死霊の悪魔。
 これは慈愛を持っていた。
 揺らめきし悪魔は言う。
「私にその腕を下さい温かな腕で抱きしめてやりたい」
 彼は言う。いいだろう。
「やっと幼子の涙も止められる!」
 死霊の悪魔は溶け去り、彼の腕は幽霊となった。
 それから彼は、実体と影を失った。



 さて此処で、彼は自分の目が、頭が、髪が、腕が、足が、既に自分のものではない事に気付く。
 残ったのは痩せぎすの胴だけだ。これを渡してはいけない。何故か。自分だけは好きだったからだ。



 さて。
 彼にはどうしてもやらなければならない事があった。
 自分を守る為、自分は死なないようにせねばならなかった。
 仲介の悪魔は、彼の言葉を聞いて竦み上がった。
「今すぐ。死神を呼べ」



 仲介の悪魔は見事に死神を呼び出した。ただし、その体は負荷に耐え切れず塵芥と化した。
 塵へは目もくれず、彼は死神と向き合う。死のにおいが彼を包む。
 彼は言った。
「私に死を知らない命を。止まらない命を」
 死神は言う。
「ならば魂を喰らう力を与えよう。死神の姿を与えよう」
 死神は条件を告げる。
「我に死を捧げよ。この問いに答えよ。でなければお前の命を刈り取る」
 彼は。
 彼は言う。
「私の過去を捧げよう。私の命の道を捧げよう」
 死神は言う。
「成る程確かに答えを聞いた。では与えよう」



 果てに出来上がったのがF.L.O.R.I.Aだ。
 過去に名前を引き摺り込まれて存在を失った彼は、淋しさのあまり名前を六つ奪い、F.L.O.R.I.Aとなった。
 この先に何があったろうか、F.L.O.R.I.Aは考えない。



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