触れたい激情


 初めて感じた瞬間でも確信出来た。
 裁縫も手に付かなくなり、重く溜め息をついて寝台へ沈む。思い浮かぶのはやはり彼の事ばかりで、何と卑しいのかと自己嫌悪したが、次第にその余裕さえ無くなった。
 体を再構築された当時、先に目覚めた催花はレキエータから聞かされた事実に動揺するしかなかった。無性である催花の体へ、女性の形だけ設けたのだという。
 何故そのようなものを仕込んだのかと問えば、レキエータは真剣味を帯びた声で告げた。
「望んでいたんだよ。お前と、朝霧が」
 最後に出てきた人物に催花は言葉を失う。疑問と困惑で満たされる思考の片隅に、小さくだが確かな喜びを見付けてしまい、取ってくれとは遂に言えなかった。
 思わず手でさすり、すぐに後悔する。より耐え難い疼きに襲われ、助けを求めたい心地だった。



 呼び声に薄く目を開けると、焦る朝霧の姿が見えた。どうやら寝てしまい、その間に工房から帰ってきたようだ。
「おかえりなさい……」
 ぼやけた心地で告げる裏で、疼きが少し引いている事に気付く。
「寝てただけか?」
「はい、少しと思ったんですけれど……」
 すると朝霧は困ったように顔をしかめる。
「もしかして今、嘘をついたのか」
 初めての嘘への不安は、今度こそ自覚出来る程に顔へ表れてしまった。
「どうして……」
「目を逸らしたから」
「あ……。目立つんですね、やっぱり……」
 一つ目である事を悔いたのは初めてだろう。催花は観念して頭を下げる。
「ごめんなさい……」
 後悔と不安で押し潰されそうになり朝霧の顔を直視出来ずにいたが、ふと朝霧が催花の手を取った。
「催花」
 温かで力強い手から、今はどれだけの繊細な作品が生み出されたのだろうか。
「誰の為に嘘をついたんだ」
 問われて、自制は最早出来なかった。溢れる涙を拭うより先に、堪らず朝霧へ飛び込む。
「朝霧……うう、朝霧っ……」
 催花を抱き留めた朝霧は己の不安よりも催花を優先して、努めて穏やかに囁いた。
「おまえの気持ちは嬉しい。だけど無理をしないでくれ」
 催花は言葉と感覚に喜びを覚える一方で、疼きが再度襲いかかるのを知った。



 勇気よりは苦悶に駆られて朝霧へ全てを告げ、今現在苦しい事も全て伝える。催花は腕の中で漸く涙を止めたが、疼きとは引き続き戦わねばならなかった。
「一つ、不思議なんです」
 レキエータに言われた付け加えの理由へどうしても納得がいかずに、催花は意を決して告げる。
「望んだのはどうして、わたくしだけではないのでしょう……」
「それは多分、俺のこれまでから来たんだろう」
 答えながら朝霧は催花の背を撫でるが、催花を宥めるのではなく、自身を宥めていたのかもしれない。
「色んな場所を巡る内に、色んなやつに会って……中には多分、想い合ってるやつらもいた。そいつらは、これまで出来た事も、これから出来る事も、沢山持ってた」
 感情の行き場に困り果て、朝霧は催花の肩口に顔をうずめる。こうして甘えていられる事の貴重さを知るようだった。
「俺はそいつらが羨ましかった。レキはそんな俺が見えたんだろう」
 レキエータとしてはこれもお節介であると表現するのだろうが、レキエータは読み取ったデータへ素直に応えただけだ。素直になれなかった自分達とは違う。
 吐露へ強い情を感じていると、ふと朝霧が顔を上げる。
「催花……」
 窮屈そうな声は、涙声に似ていた。
「俺も、苦しい……」
 催花の状態を知らなかった朝霧にとって、忍耐は終わりの無い苦しみだった。苦しみを吐き出す行為は、朝霧の甘えと安心がさせた催花への信頼なのだろう。
「……いい、か」
 勇気を振り絞った言葉へ、催花は静かに頷いた。



 催花の体は人の体と金属を組み合わせたような姿だった。輪郭だけ見れば人魚に似ているかもしれない。下腹部に切り込みのようなもの、つまり問題の箇所が見えたが、見られる事に催花が酷く動揺していたので目線を外す。
 寝台に沈む体を抱き締めてみると、金属部分は思ったよりも冷たさを感じない。体を付けた事で自身の鼓動がやけに煩くなっているのに気付き、この目立つ動揺は催花へも伝わってしまうだろうが、それで良いとさえ思う。
 耐える必要性を感じられなくなり、深く口付ける。思う侭に舌を差し入れて絡め取ると、催花が苦しげに呻いたが止めたくはないようで、強く背中を抱いてきた。息が苦しくなったので離れると、荒い呼吸で茫然と見詰めてくる催花の表情に強い疼きを覚える。
 何処まで感覚が伝わるのか解らないが、金属で構成された腹回りを撫でながら、人に近い首筋や胸元へ軽く吸い付いてみると、催花の吐息が震えだしたので無事に伝わっているのだと密かに安堵した。
 指を滑らせて下腹部にある割れ目をなぞってみると、催花は体が跳ねる程に反応する。急かないよう努めて優しく撫で続けると、やがて内部から染み出したもので濡れてきた。ある時、爪に注意して少しだけ指を差し入れてみる。
「いっ……」
「痛いか?」
「いえ、それ程は……。少しびっくりして……」
 朝霧ははやる気持ちを抑え、一旦指を抜いて長らく気になっていた事を尋ねる。
「レキから、仕組みについては聞いたのか?」
「その……、初めては殆どの場合痛いもので、裂けて血が出る事もある、そうで……」
 催花は明らかに恥じらって目を逸らしたが、その仕草も朝霧の体の奥に疼きを呼んだ。
「そうか……。済まん、言いにくい事を訊いたな」
 知らない侭激痛を与える事は避けたかったものの、直接的な言葉も申し訳無く、葛藤の末に尋ねた朝霧へ催花は微笑む。
「いえ……、心配してくださったので、嬉しかったです」
 微笑みにも熱が差しており、朝霧は頭を揺らされるような感覚で理性の崩壊を自覚した。
 内部の浅い部分を指でなぞりながら、もう一度口付ける。口内は熱さを増しているようで、全身に熱が広がる気分だった。先程からかなり疼いていた体も遂に反応しきり、催花に触れる。
 熱を持つ朝霧の体へ催花は最初こそ驚いたが、長く耐え忍んでいた自身への求めなのだと理解した瞬間に不安は溶け、その中から渇望が溢れ出した。何処までも求めて求められたい、ただそれだけの願いが激しく暴れ回る。
「あさ、ぎ、り」
 唇の合間で催花が呼んだので少し離れてみる。
「もう……大丈夫、です」
 割れ目からは粘液が溢れており、少し動きながら開いてもいた。朝霧は頷いて、硬くなった体を宛がう。
 あくまでもゆっくりと埋めていく中で、予想以上の蠢動に危うく好き勝手な動きをしそうになる。今まで堪えていたものの何よりも更なる忍耐を強いるが、苦悶に耐える催花へ何としてでも応えたい心が勝った。
 全てが埋まると、思わず二人で息をつく。朝霧は激しい疼きを耐え続け、催花の肩口で荒い呼吸を繰り返していた。
「だい、じょうぶ、か……?」
 額に汗を滲ませる朝霧の実直さへ、催花は打ち震えるような心地を覚える。
「少し、痛いですが……、大丈夫です……」
「そう、か……。少しずつ、する、から……」
「はい……」
 催花の腕がそっと背を抱いたところで、少しだけ腰を引いてみた。
「あっ!」
 甲高く上がった声に朝霧の表情へ焦りが広がったが、催花はそれを宥める事も出来なかった。
「あ、つづ、けて……」
 求められる通りにゆっくり引いてみると、催花の体が震える。
「うああ、あぁっ」
「う……」
 激しい感覚が朝霧にも伝わり、思わず呻きが漏れる。限界に忍耐も屈してその侭動いてみると、意外にも催花が痛がる様子はなかった。押さえ付ければ痛くても逃げられない体の催花を注意深く見ていたので、表情が次第に変わるさまも見えてしまう。
「ん、んっ、あ……はぁあ……」
 催花の声に篭もる熱が甘さに蕩けてくるのを聞いていて、朝霧は熱くなった思考まで蕩けてしまいそうになり、それでいいのかもしれないと思い当たった。形振り構わず感覚へ夢中になっている自身を拒絶されない事は喜びであり、喜びがある事そのものに感謝する。
 充分に濡れた内部は柔らかだが、きつく吸い付いてくるように動き、今までに無い強烈さを朝霧へも与える。差し入れられた体が反応して更に質量を増すのを感じ取った催花は、朝霧の余裕の無さとその訳へ高揚する自身を認めた。
「あぁ、は、あんぅっ……」
 多少はやはり痛むが、苦悶する程ではない。苦悶は寧ろ駆け巡る感覚に対してであり、行き場の無さが貪欲に朝霧を求めさせる。
 互いの吐息が熱く、やけに耳に付く。視線が絡み合った頃には夢中で口付けていた。全身が熱く、やがて互いの存在だけに意識が向く。
 不意に朝霧が弱々しく告げる。これも初めて聞く声音だった。
「催花……もう、駄目そうだ」
 揺れる声に催花は朝霧を抱き寄せて肩口で囁く。
「ください……」
 辛うじて残っていた朝霧の理性を押し流すには充分だった。
 互いが望む侭に動きを速めると、催花から悲鳴のような悦びの声が上がる。
「あっ、あうっあぁ、ああぁっ……!」
 催花の体が一段と跳ね、同時に内部が強く締まる。朝霧も己の限界に従い、最奥に欲の丈を注ぎきるまで其処を離れなかった。
 感覚が余韻になってから漸く離れると、広がった其処から早速白濁が溢れ出てくる。ひとまず血は見受けられない事に朝霧は心の底から安堵した。
「朝霧……」
 熱い吐息の中で催花から呼ばれ、伸ばされた腕に甘えて抱き留められる。後始末をせねば催花が不快だろうと思うも急激に眠くなり、駄目押しに頭を撫でてくる手が心地良く、やがて意識が落ちていった。



 失敗を悟って目を覚ましたが、既に遅い。傍らへ目を遣ると、その姿が無い事に驚いて飛び起きる。
「あっ、おはようございます」
 穏やかな声に振り向くと、椅子に座って裁縫をしている催花の姿があった。昨夜残していた分の作業を早起きして取り返しているらしい。普段通りの姿に安堵したもののばつが悪く、朝霧は身支度をしながら萎縮した声で告げた。
「済まん……」
「えっ?」
「先に寝たらいけないと、思っていたけど……」
 すると催花は嬉しそうに笑う。
「いいんです、かなり無理をさせてしまいましたし。それに……」
 言葉の途中で催花は照れた顔になり、朝霧は自身が動揺するのを自覚した。
「安心した様子でしたから……嬉しかったですよ」
 朝霧は思わず片手で顔を覆うが、催花の顔は指の隙間から見るしか出来ない。
「……ありがとう」
 こうとしか言えないのも、想いの深さだった。



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