帝国の糸はその指に


 母親の指が本の頁をめくる。子は興味深そうに仕草を見ていた。



 むかぁし、むかし。
 あるところに一人の人形師がおりました。
 独りぼっちの人形師でした。
 人形師には変わった魔力行使法が備わっていました。『演劇』とでも名付けましょうか。
 人形師は生きていないものを操作出来るのです。何処でも同時に、何体も、声まで演じさせる事が出来ました。
 ただ、人形師は独りぼっち、でしたから。喋るのは苦手でした。



 人形師はやがて国を作りました。
 人形師以外はみんな、人形の国です。
 人形は人形師のお手製でした。
 人形師は皇帝となって、人形達に国民を演じさせました。
 人形師は帝国をグロードートと名付けました。
 帝国の愛は、人形師の為に光るのです。
 帝国は人形師にとって、まるで毛布のような、温かく安心出来るものでした。



 けれども、帝国は人々に見付けられてしまいました。
 人々は言います。暫く住まわせてくれないか。
 人形師は断れませんでした。断り方が解りませんでしたから。
 人は住み続け、その果てに、繁殖してしまいました。
 帝国の民は、次第に人の数が多くなりました。
 毛布がびりびり破けた気がしました。



 人形師はうんうん悩みます。
 追い出し方が解らない事を。
 人形師ははたと気付きます。
 人形師は皇帝だという事を。
 人形師はふと思い付きます。
 人へ命令すればいいのだと。



 そうして生まれたのが、遺伝子検査。
 遺伝子検査という、ただの無作為。
 引っかかれば、国外追放。
 何て事はありません。次第に数を増やせばいい。
 そうしてまた、元に戻りたい。
 ちくちく、毛布を少しずつ、繕うのです。



 人と人形師との堂々巡り。
 反乱の企ても演じて、人形師のやる事は増えるばかり。
 人形師はいつになれば、また温かくなるのでしょう。
 人はいつになれば、全て冷たくなるのでしょう。



 母親も子も、その体は生きていない。
 白紙の本をめくる指を操作しながら、一人溜め息をつく。
「『愚か者』に『ロバ』は丁度いいよね」
 返事を演じる気力も無かった。
 不出来な自身を呪いながら、今日もアズィーナは演劇を見遣る。



 àsino(-a:女):伊「ロバ、愚か者、頑固者、愚かな、粗野な」

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