林檎と行方


「どういう事なんだ」
 ウェスロギーは夕暮れの街を行く二人へ疑問と不満を投げた。
「あの時確かに剣は林檎を通った。それは俺が一番よく見てる。だが手応えも無かった、あれはどういう事だ? いかさまなら俺はギルドに入るって話を降りるぜ」
 訝る言葉にフレイアルトが歩きながら振り返り、楽しげに笑う。セメンツァは憂いの表情の侭で様子を見ており、特に口を開こうともしなかった。
「ふふ、いかさまでも手品でもありませんよ。俺の実力です。もう一度やってみましょう、手を出してください」
 ウェスロギーが懐疑的に手を差し出す。五歩程離れているフレイアルトは、足を止めてそっと告げた。
「其処に、林檎があります」
「無いぞ」
「林檎があります」
 瞬間、虚空から林檎が掌に落ちる。ウェスロギーは思わず止まり、辺りを見回した。高い建物も無い、飛ぶ鳥もいない。通行人から投げられたにしても不自然な落ち方だ。
「食べてみてください」
 言われるが侭に恐る恐る林檎を齧る。軽やかな歯応え。広がる果汁。香る甘み。美味い林檎だった。
 フレイアルトが再び背を向けて言う。
「其処に林檎が、ありません」
 言葉と共に掌の林檎が消え失せる。驚いて、口の中に果汁の一滴も残っていない事に気付き、また驚いた。
「ドクトルマグスともカースメーカーとも、勿論アルケミストとも違います。俺オリジナルの幻術です」
 口を半開きにしていたウェスロギーへフレイアルトはもう一度振り返り、セメンツァとは対照的な人懐こい笑みを向ける。
「貴方は最近此処に来たんですってね。じゃあ俺の事を知らないのも当然です。幽霊なんて、ですね」
 言葉にウェスロギーは思わずフレイアルトの足元を見て影があるのを確認するが、それでもフレイアルトの力の説明は付かない。それを非常に面白く感じた時、自身が笑みを浮かべていると気付いた。



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