怪奇 まわるミミッキュ
一人の青年の命が尽きた。
青年はある時病に倒れ、余命も短いものを宣告されていたという。しかし周囲の人々は、一つの事実から多大なる疑念を持つ事となる。
青年の傍らにいたポケモン、ミミッキュが姿を消したのだ。
窓からは曇天が見える。光は身を焼くので、外を眺めるには好都合だ。寝台にある身の重々しさは天気に負けず、かけているブランケットでさえも体を潰しにかかるようだった。
「きゅう」
目覚めを察知して傍らのミミッキュが鳴く。此処のところ食べ物さえ満足に用意出来ていないが、ミミッキュが不満げな態度を取った事は無かった。
家は町から少々遠く、人はあまりやってこない。様子を見に誰か来ているのかもしれないが、殆ど意識が無いので解らなかった。
食事を自力で準備するのも難しくなり、寝台も汚物で惨たらしいものに変貌している。人が住める家の形は、最早留めていないだろう。
「きゅっきゅきゅっ、きゅっきゅきゅっ」
ミミッキュはその場で回る。口ずさむように鳴きながら、被り物の耳を揺らし、踊る。それがいつもの光景だった。
見ていた映像を覗き込み、ミミッキュが首を傾げた。
「これはね、ロンドっていうんだよ。みんなで輪になって、歌って踊るんだ。歌には同じ音楽が何回も出てくるんだよ」
するとミミッキュはその場で回り出す。
「きゅっきゅきゅっ」
「もう覚えたの?」
「きゅっきゅきゅっ」
笑い混じりの声にミミッキュはやはり同じように歌い、目が回るのにも構わず踊り続けた。
晴れの日、ミミッキュは屋根の上で陽に当たる。少しでも清潔でいたいと、青年を想っての行動だった。
もう少し経てば、青年が午後の間食を持ってくるだろう。ミミッキュの腹の虫が期待にざわめく。
「おーい、おやつだよー」
期待通り、木の実を盛った皿を手にした青年を見付け、ミミッキュは降りようと歩を進めた。踏み締めた部分は僅かな重みにも耐えきれず、剥がれる。ミミッキュの足が滑り、体が宙に投げ出されたか否かの時に青年は走り出していた。
皿が落ち、木の実が転がる。
青年の手が無事に腕へ収まったミミッキュを軽く叩く。ミミッキュの意識は無かった。
「あー……」
声にミミッキュは動きを止める。その久しい事に、その変わり果てた枯れように、驚いて固まった。
「ごめん、ね」
ミミッキュは体全体で否定を示すが、次の言葉にまた止まった。
「あの時、君に、嫌な事を、した」
衝撃にミミッキュの記憶が奔流となる。いつの事かと思い出そうとして、思い出せない箇所にある答えへと辿り着いてしまった。
ミミッキュが決して見せたがらない、被り物の中身を見た者は皆命を落とす。噂はいつしか、人の作った図鑑に載る程の危険性となった。真相は解らないが、あくまで謎の存在であるポケモンのする事、不思議としか言いようのない事だと、少なくとも人々は否定せずにいる。
「でも、ね、僕は、気付い、たんだ」
今にも尽きそうな声を止めさせるべきか、此処まで来て尚もミミッキュは葛藤していた。そうして時は過ぎ、声は続いてしまう。
「死んだ人、は、みんな、言いふらして、いた」
ミミッキュの中身を見た人間が死んだ。それは、第三者が事実を知らなければ記せない。秘めてしまえば、中身を見た事実は死と共に闇へ消えてしまうだろう。
「でも、君に、言ったから、駄目、かな」
ミミッキュの足元には水溜まりが出来ていた。
青年は微笑もうとしたが、少し瞼が下りてきただけに終わる。
「……ねえ。また、踊ってよ」
「きゅ!」
ミミッキュは再び回り始めた。
「きゅっきゅきゅっ」
小さな飛沫を上げながら踊る。
「きゅっきゅきゅっ」
旋律を繰り返して歌う。
「きゅっきゅきゅっ」
しかしある時、目が回り転んでしまう。
起き上がると、白いがらんどうがミミッキュを見ていた。
確かに見た、その言葉だけが一人歩きする。噂はゴシップ紙をも賑わせ、やがて消えてもいつかに復活するのを繰り返していた。
ある廃屋にて、二匹のミミッキュが鳴き声を上げながら、くるくると円を描いて回り続けているらしい。
何かの儀式なのか、二匹の関係性は何なのか、目まぐるしく様々な憶測が飛び交う。
そして今日に至るまで、巡り続けている。
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