跡塚(テニプリ)+福受
練習後、呑みに行こうと同僚に誘われた。
チームでもムードメーカーの彼は福富が返事をする前に他のチームメイトにも声をかけ、気付いたらしっかりと行く雰囲気になってしまっていた。
「じゃ、行こうか。ジュイチ」
白い歯を見せて陽気に笑う彼に今更断るのも悪い気がして、福富は大人しくついていく。
特に用事もないしな。と思いながら。
着いた店はチームで何度か訪れた事があるバーだった。日本人がマスターの珍しい店だ。
しかし、様子がおかしい。
いつもは静かな店がなんだか騒がしい雰囲気がする。外からでも客がいっぱいいることがわかった。
「もしかして、今日は貸し切りか」
同僚が慌てて中へと入る。福富もそれに続いた。
中に入ると尚更騒がしかった。人々が赤い顔をしてうろつき、にこやかに談笑したりしている。まるで立食パーティだ。
木目調で整えられた穏やかなバーの雰囲気などどこにもない。
「今日はただで呑み放題らしいぞー」
マスターに話を聞いていた同僚が外で待っていたチームメイトに怒鳴る。すると、雪崩のようにメンバーがなだれこんできた。
「本当か」
「最高だ」
口々に言いながら彼らな人の波へと溶けこんでいった。
呆然とした福富だけがその場に取り残された。
「どういう事だ、これは」
「久しぶりだね。福富選手」
と、後ろから声が聞こえた。振り向くと空のグラスを磨くマスターがそこに立っていた。
「お久しぶりです」
軽く頭を下げるとマスターは苦笑した。目尻に皺が寄る。
「驚いただろう。跡部財閥って知っているかい?」
「名前だけは」
日本を代表する財閥のひとつだ。それがこの状況と何の関係があるのだろう。首を捻る福富にマスターは声を潜めた。
「その御曹司が来ていてね。今日は全部奢ると言い出したんだ。テニスで日本人が勝ち進んでいるからそのお祝いだと」
「テニスですか」
そういえば、テニスの大きな大会でとある日本人が健闘しているらしいとニュースで聞いたような気がする。自転車の事以外に疎い自分が知っているくらいだから、きっと大ニュースなのだろう。
その選手は名はなんだったろうか。
福富から考えていると、すっと自分の前に誰かが立った。
顔を上げるとグラスを手にした整った顔立ちの青年がいた。彼は迷わず福富を指さす。
「オイ、飲んでねーじゃねぇか。マスター、彼に飲み物を」
日本語で彼はそう言った。
「いや、オレは」
言い澱む福富だったが、マスターがカウンターの中に入ってしまったので仕方なくカウンターに座った。何故か青年も自分の隣に座る。
「福富選手は何がいい?」
「シードルを」
「福富? あぁ」
青年は合点いったように頷いた。
「何処かで見た顔だと思った。お前、ロードレーサーの福富寿一か」
「よく知っているな」
福富は素直に感心した。テニスと違ってロードレースは日本ではマイナーな部類だ。海外のプロチームに所属しているといえど、大きな大会で高順位でゴールしていない福富を知ってる日本人はそう多くないはずだ。
「俺を誰だと思ってる」
得意気に青年が微笑む。少し幼く見えるその笑顔を眺めながら福富は考える。そういえば、この男は何者なのだろう。
彼が身に纏うスーツに目をやる。仕立てのよいそれは彼ほどの年齢においそれと手が出せる代物ではない。
それに、妙に手慣れた雰囲気をこの場で発しているのも変だ。
「あいよ」
黙る福富にマスターがグラスを差し出す。そして、福富の隣に座る青年に穏やかに言った。
「跡部さん。福富選手は練習で疲れているのでお手柔らかに頼みますよ」
跡部。この男が。内心そうではないかと思っていたが、福富は目を瞠った。
わかっている。そうマスターに跡部は返すと彼は頬杖をついてこちらを見た。
「あんまり驚いてねぇな。俺が“跡部”だと知っていたか」
「いや、知らなかった。一応、これでも驚いている」
すまない。福富が謝ると跡部は愉快だと言うように口の端を上げた。
「何謝ってんだ。いいじゃねぇか。まるで
――みたいだな」
「なんだ?」
後半、小声で呟かれた内容が聞き取れずに福富は聞き返した。すると跡部は肩を竦める。
「なんでもねぇ」
彼はグラスを一気に飲み干した。喉仏が綺麗に上下する。見事な飲みっぷりだ。
跡部は空になったグラスを置くと福富へと向き直る。
「お前、気に入ったぞ」
跡部は不敵に笑い、新たに酒で満たされたグラスを手に取ると宙に掲げた。
「乾杯」
「……乾杯」
福富も付き合いでグラスを掲げる。跡部はクックと笑った。あまりに上機嫌な様子なので福富は疑問に思っていた事を言ってみた。
「それにしてもこんなパーティを開くとは、今日試合に勝ったという選手のファンなのか?」
「はぁ?」
跡部が形の良い眉を露骨にひそめた。
「俺があいつのファン? 馬鹿言ってじゃねぇ」
「違うのか?」
単純に日本人が勝つ事が嬉しかったのだろうか。そんな郷土愛溢れる人物には見えないが。
福富の視線を跳ね除けるように跡部はしっかりとした口調で言い放った。
「あいつは俺様の生涯のライバルだ。今はまだ、それだけだ」
「今は?」
まだ。とはどういう意味だ。ぼんやりと首を傾げる福富。
チッと跡部が舌打ちをする。
「そこに触れるな。大体、あいつは何を考えているんだか
――」
跡部はそこで手を顎にやった。
「そうだ。たまにはあいつを動揺させてやるか」
思いつきのようにぽつりと呟かれた言葉に福富は嫌な予感がした。気持ち、後退る。
「おい、お前。協力しろ」
跡部は言うなり福富の肩に手を回し、いつの間にか取り出した携帯電話で写真を撮った。
文句を言う暇もなかった。跡部は携帯を弄くると得意気に福富に画面を向けた。画面には投稿完了と表示されている。
「これで良し。見てろよ、手塚」
日本にいる恋人がなんて言うか。
仲よさげに跡部と顔を寄せている自分の画像に福富は深いため息をはいた。
その後、福富の携帯に日本にいるとある人物から大量に着信があったのは言うまでもない。
跡部に手塚から連絡があったかどうかは
――定かではない。
【跡部様と福ちゃん】