Let's Play ハメハメクイズ☆


 


はぁ。
 福富の口から幸福がまたひとつ逃げ出した。
 荒北は横目で金髪の男を見る。先ほどから福富は険しい表情で携帯電話の画面を見つめていた。ガキが見たら裸足で逃げ出すような顔だ。
 声をかけようか迷い、荒北は白い机を挟んで向かいに座る新開へと視線を送る。さっきから新開は東堂と新発売のパワーバーについて噛み合わない会話をしている。聞きたくないが、聴こえた。少人数で打ち合わせする時に使われるこの部屋はあまり広くない。
 荒北の視線に新開はすぐに気付いた。目が合い、新開は福富へとちらりと視線を寄越す。そして、先ほどと寸分の変化もない福富を確認し、荒北へと肩を竦めつつ視線を返した。
 役に立たない奴。
 荒北ははっきりと舌打ちをして福富に向き直る。
「福ちゃん」
 相手は微動だにしない。だが、意識がこちらに向いてる事は気配でわかる。長年の付き合いの賜物だ。
「まだメールの文面決まんねェの?」
 福富の黒目が睨むように動く。だが、そんなものは全然怖くない。
「なんでも平気だっての」
「最初が肝心なんだ」
 放り出されるように発せられた荒北の言葉に福富の太い眉が微かに動く。
「それにできれば会う約束まで取り付けたい」
「初メールでそれは無謀だな。フクよ」
 新開と話していた東堂が得意気に声を上げた。
「いくら金城が巻ちゃんよりは気安いと言ってもだな……」
「寿一。とりあえず無難に今日あった話でも書けばいいんじゃないか?」
 話を遮るな、と騒ぐ東堂の横で涼しい顔をして新開が言う。
「今日、クラスであった事とか楽しかった事とか」
 ハッ。荒北は鼻で笑う。
「そんなんで金城がなびくかよ。そんなんじゃデートも誘えねェ」
「荒北。デートじゃない」
 すかさず福富から訂正が入る。
 ヘイヘイ。荒北は首を振った。
 つまりこういう事だ。インハイで福富は金城とメアド交換をした。それから今まで福富は特に行動を起こすようなことはなかった。
 それが、今日。唐突に。金城にメールを送る事を決心したのだという。だがしかし、良い文面が思いつかないとこうしてぐだぐだと思い悩んでいる。らしくないその姿に少しだけ荒北は苛つく。
 荒北としては何でも良いからさっさと送ってしまえと思うのだが。
「いっそのこと電話しちまえばァ」
「それは良いな」
「だ、ダメだ」
 思わず呟いた荒北の言葉に東堂と福富が同時に反応した。福富など椅子から腰を軽く浮かしているから、その動揺ぶりがよくわかる。
「靖友。寿一はメールって言ってんだから」
 新開だけがのんびりと言った。
「だが、電話の方がずっと良いぞ。巻ちゃんに電話していたオレが言うんだから間違いない」
「そうなのか?」
「騙されちゃダメだ、寿一。あくまで何気ない日常をメールした方が良い」
 新開は自分の案をあくまで推す。
「いや、電話だ」
 面倒くせェから。とは言わず荒北は反論する。
「福ちゃんは口数少ねェだろ? メールだと変な誤解されるかもしんねェ」
「だからこそ、オレはメールが良いと思う。寿一は口下手だから」
 荒北は新開を睨めば、大きな瞳もまた自分を見返していた。
「電話」
「メール」
 あーだこーだと口論を続ける二人を福富は腕を組んで見ている。
「埒があかないな」
 東堂がそう零した瞬間、福富の唇が動いた。
「久しぶりに“アレ”で決めるか」
――アレ?
 荒北が疑問に思うと同時に新開が嬉しそうな顔をする。
「お、アレやるのか。久しぶりだな」
「フク、司会はオレでいいか?」
 目を輝かせて東堂が自分を指差す。
「あぁ。任せる」
「わかった。オイ、荒北、隼人。机をどけるぞ」
「ハァ?」
 何がわからないまま、荒北は机を端に移動させる。その間に部屋の中央に椅子が三つ並べられた。
 そこへ左から福富、新開、荒北の順へ座る。
「それでは始めるぞ」
 東堂は福富の横に立つとわざとらしく咳払いをした。
 そして、高らかにこう宣言した。

「レッツプレイ。ハメハメクイズ!」

「はめ、? ハァ?」
 荒北の疑問をかき消すように新開と福富が歓声を上げる。
「司会はオレ。登れる上にトークもできる。更に美形。天はオレに三物を与えた!  箱根の山神天才クライマー東堂尽八」
「どこ見てんだよ」
 誰もいない方角に指さしポーズをする東堂に突っ込む荒北だったが、福富も新開も聞いていない。呑気に拍手している。
「じゃ、解答者は簡単に自己紹介よろしく頼むぞ」
 福富が腕を組んで頷く。
「福富寿一だ。箱根学園三年。自転車競技部の主将をやっている」
 拍手する東堂と新開。
「じゃ、オレ。新開隼人。同じく三年。好きな食べ物はチョコレートとバナナ。ウサ吉、見てるかー」
 にこやかに手を振る新開。再び拍手する東堂と福富。
「見てねぇヨ。誰に手を振ってんだ」
 呆れながら毒づいていると、重たい視線を感じた。顔を向けると東堂、福富、新開が無言でこちらを見ている。
「な、なんだよ」
「荒北、早くしろ」
 福富の低い声が響く。
「無理! なんだよ、このゲーム」
 反射的に言い返すと隣の新開が物知り顔で頷いた。
「そういえば、靖友はまだこのゲームをやったことなかったな」
 中学の頃に流行ったゲームなんだ。と新開は説明する。
「まぁ単純なゲームだからすぐにわかるサ。とりあえず、靖友。自己紹介してくれ」
「……荒北靖友。三年」
 渋々荒北言った。拍手する三人を醒めた目で見つめる。
「それではゲームスタートだ。回答権は初心者の荒北からでいいな?」
「構わない」
「了解」
 東堂の言葉に福富と新開が頷く。
「荒北。今から問題を出すから答えればいい」
 そう言いながらメモを片手に東堂が荒北の右隣へと移動する。
「では、いくぞ。神奈川県の県庁所在地は?」
「横浜?」
「はずれだ。惜しいな。正確には横浜市だ」
「アァ?」
 なんだ、そりゃ。思わず隣の新開を見るが奴はにやけた顔で肩を竦めるだけだ。
「司会の言うことは絶対だ」
 その向こうで福富が言う。仕方なく荒北は東堂へ視線を戻す。
「フクに解答権を移すぞ。だが、邪悪なワンゴーカードが引けるがどうする?」
「邪悪なワンゴォーカァードォ?」
「そうだ。どうする?」
 あくまで東堂はノリノリだ。
「それ引くとどうなんだヨ」
「邪悪なワンゴーカードは邪悪なワンゴーカードさ」
 新開が荒北の肩へ手を置く。その新開の言葉を引き継ぐかのように福富が続ける。
「上に行くか、下に行くか。決めるものだ」
「何の上と下ァッ?」
 荒北の絶叫も虚しく謎のゲームは続いていく。

 十数分後。
「では、フクへの問題だ。息を止めてくれ」
 東堂がそう言うと息を吸う音が聴こえた。福富が一文字に口を引き結ぶ。
「そのまま答えるまで息を止めて置くんだぞ。では、ロシアの文豪――
 その時、ドアをノックする音がした。
「誰だ、こんな時に」
 東堂がメモを片手にドアへ近づく。そのまま、ドアを開けて何者かと話している。声の感じから言っておそらく後輩の誰かだろう。得意気に髪を掻き上げている。
 手持ち無沙汰になった荒北は部屋を見回す。隅に追いやられたホワイトボードを眺める。端に描かれたうさぎの落書きはおそらく新開の仕業だろう。隣の男を見ようとして荒北は福富の様子に気が付いた。
「福ちゃんッ」
 表情だけはいつもの鉄仮面だが、その顔は真っ赤に染まり身体は細かく震えている。
「まさか――まだ、息止めてんのォ?」
「靖友。そういうルールなんだ」
 新開が真面目な口調で告げる。
「頑張れ、寿一」
 その励ましに福富が頷く。気のせいか震えが大きくなっている気がする。今にも白目を剥きそうだ。
「死んじゃうッ。福ちゃん、死んじゃうからァッ」
 荒北は立ち上がる。急いで東堂へと駆け寄るとその頭を叩く。
「何をする」
「このボケナスッ。福ちゃんを殺す気かァ」
 顔をしかめて頭を擦る東堂を怒鳴る。その剣幕に廊下に立っていた後輩が「荒北さん……?」と戸惑った表情を浮かべる。
「悪ィな、黒田。福ちゃんの命が懸かっているんだ」
 荒北は無慈悲にドアを閉めると東堂を引きずるように連れていく。
「襟を持つな。伸びる」
「ウッセ。早く問題を出せ」
 有無を言わさず福富の前に立たせる。福富は首まで顔が赤くなり試合でも見たことないほど苦しそうな表情をしていた。
「待たせたな。ロシアの文豪ドストエフスキーが書いた貧乏な青年が金貸しの老婆を殺す物語のタイトルは?」
――罪と罰ッ」
 言った瞬間、福ちゃんは激しくむせた。その背を新開が慌てて撫でる。
「正解」
 フクがワンポイントリードだな。と呟く東堂を声を聞きながら荒北は一刻も早くこのゲームを終わらせようと思った。
――でないと死人が出る。

「それじゃ、オレは天使のパスを使う」
 青森県の世界遺産が答えらなかった新開がそう言って荒北から回答権を取り戻す。
「クッソ。卑怯だぞ」
「これもルールさ」
 新開はそう言うながら東堂に宣言する。
「暴力のルーレットを回す」
「わかった」
 東堂がパチンとお菓子のオマケのようなルーレットを回す。タッタッタと軽い音を立てて矢印が回転する。それが徐々にゆっくりになり紫のマス目を指す。
「超スピードラウンドだ」
「ぴょんぴょんボーナスは出るかい?」
「あぁ」
 東堂の答えに新開は軽快に椅子から立ち上がる。そして、片足だけでその場で跳躍を繰り返す。
「準備はオーケー。尽八、問題出して」
「よし。東京ディズニーランドがある県は?」
「千葉県」
「正解」
「水泳の個人メドレーで最初に泳ぐ泳法は?」
「バタフライ」
「正解」
「よしッ」
 飛び跳ねながら新開がガッツポーズをする。思わず荒北の口から笑い声が漏れた。
「このバカチャンがッ。途中で足を変えるのを忘れたなッ」
「しまった」
 青い顔をして新開がその場に崩れ落ちる。
「その通りだ。ぴょんぴょんボーナスはなしだな」
 追い打ちのかけるように東堂が告げる。
「だが、まだ解答権はお前だ。どうする?」
 がっくりと肩を落としたまま新開が椅子に座る。
「こうなったら、金の泥の小屋への階段へと登るッ」
「何段?」
「五段だ」
 キーキーキーと東堂が声を上げる。
 この鳴き声は。
 荒北は咄嗟に福富を見た。目が合う。
「ハンフリーモンキー」
 二人の声が綺麗に重なった。新開がうめき声を上げながら頭を抱える。
「そう、回答権を荒北に移すぞ」
「よっしゃ。邪悪なワンゴーカードだ」
 荒北は隣にやってきた東堂へと早口で伝える。
「わかった。イントロクイズだ。この曲で有名なアニメのタイトルは?」
 ちゃらららららーちゃらららららーちゃららららら。
「ドラ○もん」
「正解。逆から読むと?」
「ハァ? んもえドラッ。あーーーー」
「不正解。次の解答者はフクだ」
 無情にも東堂は去っていく。その背を恨めしげに見ていると新開が肘で腕を突いてきた。
「結構、楽しいだろ? このゲーム」
「ハッ。こんなくだらないゲームのどこが。さっさと終わらせてェよ」
 荒北がそうぼやくと新開は意味深な顔で笑った。

「ギョロ目カードだ」
 荒北がそう宣言した瞬間、部屋の空気が変わった。ぴんとした緊張感が漂う。
「いいのか?」
 既に負けが確定した福富が真意を問うように尋ねる。その強い視線に少しだけ躊躇したが、荒北は首を縦に振る。
「あぁ。それしかねェ」
 ちょうだいカードで新開にポイントを全取りされた荒北にはもはやそれしか逆転する方法はない。
「荒北。後悔しないな」
「あぁ」
 祈るような気持ちだった。東堂がメモを捲る。心臓の鼓動がどんどん大きくなっていく。
「おめでとう」
 東堂が微笑んだ。
「とうど、」
「隼人、優勝だ。荒北はハメハメを喰らった」
「やった」
 新開と東堂が握手を交わす。
 荒北はそれを呆然と見つめた。だが、すぐに正気を取り戻す。
「もう一回だッ」
「え? いいのか?」
「ッたりめェだ。勝ち逃げは許さねぇ」
 すると新開は優勝者の余裕からかニヤリと口の端を上げた。
「このゲーム、楽しいだろ?」
「ちょっとだけなッ」

 その様子を福富と東堂は少し離れた場所で見守っていた。
「やれやれ。荒北もこのゲームにすっかり夢中だな」
「そうだな」
 嬉しそうに言う東堂に福富も頷く。
「ところで東堂」
「何だ。フクよ」
「このゲームを始めた目的がなんだったか?」
 東堂が黙る。饒舌な彼が何も言わないと言うことは東堂も思い出せないのだろう。
「ほら、福ちゃん。始めるよ」
「尽八。よろしく」
 荒北と新開が騒ぐ声がする。福富は椅子に座り直しながら思った。
 楽しいから、まぁいいか。


 単調な電子音が連続して鳴り響く。
 机に向かっていた金城はノートにシャープペンを転がした。夕食を食べてからずっと三角定理について考えていたのだ。少しくらい休んでも構わないだろう。
 携帯電話を手に取る。ディスプレには思ってもみなかった名が表示されていた。
 金城は思わず通話ボタンを押す。
「もしもし」
『オレだ』
 記憶していたよりも低い声が鼓膜を揺らす。
「久しぶりだな、福富。元気か?」
『あぁ。金城は』
「毎日、勉強の日々だ」
 自嘲気味に言うと電話の向こうの相手が息を呑む気配がした。
「福富?」
『迷惑だったか?』
 決まり悪そうに福富が言う。あの固い表情の彼がそんな声を出しているかと思うと、金城は何だかおかしかった。
「いや、大丈夫だ。ちょうど休憩中だ」
『それならば良かった』
 安堵したように福富が言う。
「福富は推薦か?」
『そうだ』
「羨ましいな」
 早くオレも自転車に思いっきり乗りたいものだ。金城は青空の下、風を切って走る自分を想像する。
 今度の週末にでも走りに行こうか。
 金城は考える。勉強も大切だが、息抜きも大切だ。
――そうだ。福富も誘ってみよう。
 彼は推薦だから、勉強の邪魔にはきっとならない。それに彼ほどのレーサーと共に走る事はきっと何よりも楽しいに違いない。
 金城は思いついたばかりの素晴らしい提案を口にしようとしたが、先に福富が話を始めた。
『ところで今日、ゲームをしたんだ』
「ゲーム?」
『本当はメールするつもりだったんだが、荒北にやられた』
「どういう事だ?」
 さっぱり意味がわからない。
『つまりこういう事だ』
 一呼吸おいて福富が語りだす。
『最初、新開に荒北がハメハメされたんだがすぐに再戦したんだ。オレは今日はカードの出が悪くて新開からも荒北からもハメハメされ続けた』
「な……」
 金城は絶句する。
『最後は荒北と新開が残った。新開がマウントを取ろうとしたが、荒北に返り討ちにされてハメハメを喰らっていた。荒北はすっかりハメハメ中毒だ。なんだかんだで明日もヤリたいと言っていた』
 なんだこれは。乱交の告白か。箱学がそんなに性に奔放だとは知らなかった。
 背中に冷たい汗がゆっくりと伝う。
『だから荒北の案を受け入れて電話に、ってこれはお前には関係ない話だったな。……どうした、金城?』
 黙っている金城を不審に思ったのだろう。福富が怪訝な声を出す。
 金城は大きく息を吐きながら応えた。
「楽しそうだな」
『あぁ。楽しかった』
 その様子に金城は思い直す。恐らく何かの勘違いなのだろう。でなければ福富がこんなに平然としているはずがない。何か自分を騙す目的がなければ。
『だから』
 電話の向こうから微かに張り詰めたような緊張感が漂う。金城は無意識に姿勢を正した。
『金城もこのゲームを一緒にヤラないか?』
 その時、確かに自分の心臓は止まった。と金城は後々語る。
「悪いが、断る」
 それじゃ。とそれだけ言って何とか金城は通話を切った。
 これはきっと悪い夢だ。間違いだ。
 本能的な寒気に襲われながら金城は必死に自分に言い聞かせる。そうでもしないと、良きライバルだった箱学のイメージが粉々に崩れてしまいそうだった。
 だが、総北の皆にはしばらく箱学には近づかないように言っておこう。
 金城はそう堅く心に誓ったのだった。

 通話の切れた携帯電話を福富はいつまでも見つめていた。
 やはりまだ誘うには早かっただろうか。
 切る間際の金城の態度を思い出して福富はため息をつく。
 明日また新開たちに相談しよう。
 ゲームでもしながら。
 福富はベッドに横になってゆっくりと目を閉じた。

――後日談。
田所「新開にゲームに誘われたから箱学に行ってくるぜ。ん? どうした、金城。顔が真っ青だぜ」




【Let's Play ハメハメクイズ☆】

2015/08/30