新福。大学生、同棲設定。
二十歳の誕生日を二人でお祝いしようと告げたら、断られた。
「わりぃ。学部の奴らと呑みにいくんだ」
そう新開は申し訳無さそうに言った。今朝の出来事だ。
勿論、新開が悪いわけではない。前々からちゃんと約束していたわけではなかった。
当日の朝、唐突に誘ったのだ。先約があっても無理はない。
箱学にいた頃は自然と皆で誕生日を祝う流れになっていた。
だから、つい福富は新開も誕生日を予定を開けているだろうと思い込んでいた。
事実、去年も二人でお祝いした。バイト帰りの新開とファミレスに行ってささやかなケーキを頬張った。
だから、今年も当日で大丈夫だと油断していた。
福富は椅子に座りながら頬杖をつく。新開とルームシェアしているこのアパートは一人でいると広く感じてる。
壁に掛けている時計が規則正しく時を刻む音がする。
今頃、新開は友人たちと楽しくお酒を飲んでいるのだろうか。
その笑顔を思い浮かべ、心臓が痛む。福富は大きく息を吐いた。
新開が好きだと自覚したのは大学生になってからだ。
ぼんやりと思い返す。
あれは一緒に暮らし始めた年の冬のことだったか。
福富はたちの悪い風邪を引いて寝込んでいた。つらくてつらくて。高熱のせいで意識が朦朧としていると部屋に誰かが入ってきた。
最初は誰だかわからなかった。目を瞑っていたからだ。
その人物が福富の顔を覗きこむ気配がする。福富は息を潜めた。何故だか起きていることを知られてはいけない気がしたのだ。
身動きひとつしない福富をその人物はしばらく見守っていたが、やがて気配が遠ざかる。
福富は安堵した。
しかし、その次の瞬間、布団が僅かにめくられ手が侵入してきた。福富は驚きのあまり声も出せない。
その手は福富の手に触れると優しく握りしめた。ドキンと心臓が跳ねる。
冷えた指先が暖められる。幼い感じたような幸福を感じて。福富はそのまま眠りについた。
目が醒めたときには既に手の主は部屋から去っていた。
あれは誰だったのだろう。
わざとらしく考えてみたものの、福富には誰だかわかっていた。
この部屋に入れるのは新開しかいない。
以来、福富は新開を少しずつ意識するようになっていった。
何気ない表情や仕草。そのどれもが福富を惹きつけてやまない。
福富は新開を愛していた。
想いを告げるつもりはない。
新開を困らせたくはなかった。親友のままでいいと思った。
だが、こんな夜は少しだけ迷ってしまう。
この先、新開に恋人はできればこんな風に過ごすことが当たり前になる。
自分はそれに耐えられるだろうか。
いっそ告白してフラれてしまった方が吹っ切れるのではないか。
答えのでない問いがぐるぐると回る。
福富は大きめの冷蔵庫へ視線を向けた。その中にはいらないと知りつつも買ってしまったコンビニのケーキはある。
無駄なもの。
あのケーキも福富の想いも。新開にとっては。
ピンポーン。
不意に玄関のチャイムが鳴った。無意識に詰めていた息を吐く。
こんな夜更けに誰だ?
首を傾げる福富だったが連打されるチャイムに促されるように玄関へと向かった。
ドアを開ける。
「じゅいちー、ただいまー」
顔を赤くした新開がにへりと笑いながら立っていた。
「酔っているのか」
随分、楽しんできたようだ。
「じゅいちー」
「おい、新開。まず靴を脱げ」
にこにこしながら新開が抱きついてこようとする。なんて酔っ払いだ。
福富に言われて大人しく靴を脱いでいるつむじを見下ろしながら、福富はため息をついた。
しかし、試練はそれだけで終わらなかった。
よろける新開に肩を貸してリビングまでやってくるとまた新開が抱きついてきた。
「じゅいち」
咄嗟のことで避けられず、体勢が崩れて床に押し倒される。
「おい。いい加減。酔いを覚ませ」
心臓の音が大きい。新開に聞こえてしまうのではないかと福富は不安になる。
「じゅいちー」
だが、そんな福富の様子も気付かずに新開は身体を密着させてくる。
「すき」
なんだって。新開の口から発せられた一言に福富は固まる。
「じゅいち。すきだ。じゅいちー」
幼い口調で新開は繰り返す。
冷静になれ。福富は心の中でその呪文のように唱える。
これはただの酔っ払いだ。本気にしてはいけない。
「すきだよ、じゅいち」
ふっと身体に乗っていた重さが消えた。新開が福富の顔を覗きこんでいる。
「し、んかい?」
どことなく不穏な空気を感じ、福富は新開の下から逃れようとする。
だが、新開はそれを許してはくれなかった。
新開の顔が視界いっぱいに広がる。唇に柔らかい感触。
キスされた。
カッと身体が熱くなる。
「ん、新開、まて」
「じゅいち、だいすき」
解放されたと思ったらまた口付けられる。口も、頬も、目の上も。キスのシャワーが降ってくる。
この酔っぱらいが。
逃れようとしても強引に床に縫い止められた。新開は何度も福富に囁く。
「すき」
その言葉に身体が震える。
それが羞恥の為か幸せのせいか。福富にはもうわからなかった。
死ぬかと思った。
自分の上に乗ったまま寝てしまった新開を福富は見つめる。
福富の胸の辺りにある寝顔は実に幸せそうだ。
まったく、人の気もしらないで。
明日からどんな顔で会えばいいんだ。
福富は残酷で、でも大好きな男の頬を軽くつねり静かに目を閉じた。
【ろくでもないよっぱらい】