四人目



福ちゃんが複数存在する世界観です。荒福、新福、金福、福受。


――かっわいいなァ。
 荒北は珍しく相好を崩していた。視線の先にはスマホの四角い画面。林檎を頬張る“彼”がいる。
 そこへ大きな声が響いた。
「靖友っ! 久しぶり」
「アァ?」
 荒北が顔を上げると喫茶店の入り口で新開が片手を上げて立っていた。
「ッセ。遅れてんじゃねェ」
 荒北が言うと新開は苦笑しながら歩いてくる。
「悪いって。まだ真護くんたちはまだか」
 そのまま新開は荒北の向かいの席に座った。今日はこのカフェで荒北たち四人は集まる約束になっている。
「遅れるってよ」
 さっき連絡があった。
「へェ〜」
 新開が意味ありげに荒北に視線を送る。
「んだよ」
「靖友さァ」
 コン。地味なエプロンを身につけたウェイトレスがグラスを置いていく。それに軽く頭を下げて応えると新開は荒北に指を向けた。
「さっき“福ちゃん”の写真でも見てたじゃないか」
「なッ」
 図星だ。図星である。だが、それをすんなり認められる荒北ではない。
「ちッげェ」
「そうか?」
 新開が首を傾げる。
「嬉しそうな顔をしてたから、てっきりそうかと思った」
 マジかよ。荒北は顔を引き攣られせる。
「で、“福ちゃん”とはどうなんだ?」
 新開がカフェのメニュー表に手を伸ばす。
「どうってなんだヨ」
 ずっと片想いしていた福ちゃんと付き合う事になったのは高校を卒業したその日の事だった。
踏ん切りをつけるための告白だったはずが、気付いたら福ちゃんに抱きしめられていた。
 『オレもだ』常とは違う弱々しい声が今も耳に残っている。
 それから始まった関係。大学が遠い為、遠距離恋愛になってしまったが片想いだった頃を思えばなんでもない。その分二人だけに会う時は濃密な時間を過ごしている。
「うまくいってんだな」
 荒北の表情から何を読み取ったのか。新開がニヤける。
「ッぜ。オメーの方こそどうなんだよ」
 オレ? 新開が驚いたように目を瞬かせた 。
「とぼけんなよ……“寿一”とはうまくやってんのか」
 新開が中学からの幼馴染と付き合い始めたのは最近の事だ。今まで散々おかしな雰囲気を漂わせていたくせに、肝心の当人たちは自身の感情には気付いていなかったらしい。
 だが、大学に入って本格的にモテ始めたお互いに嫉妬という炎が燃え上がった。そこから何があったかは荒北は知らない。派手な喧嘩をしたと聞いた後、新開から『寿一と付き合うことになった』と報告された。
「あー喧嘩した」
 メニューのサンドイッチを眺めたまま新開は事もなげに言い放った。
「ハァ?」
「だって寿一。オレのプリン勝手に食ったんだぞ」
「そっかァ」
 はぁー。荒北は深いため息をついた。このパターンは高校時代にもよくあった。おそらく今日は福富がプリンを新開に買ってくるに違いない。それに新開も『寿一。最ッ高』とかなんとか言ってころっと機嫌を直すのだろう。心配するだけ無駄ないつもの痴話喧嘩だ。
「安心したよォ」
「靖友、なに遠い目してんだよ」
 新開は口を尖らせると通りかかった店員に「デラックスパフェひとつ」と声をかけた。
「ホントにおめェらは変わんねェな」
「何が変わらないんだ?」
 からかうような声は頭上から降ってきた。金城だ。
「すまない。電車が遅れてな」
 そう言うと金城は荒北の横に腰を下ろした。
「新開の話だよ。付き合ってんのに友達の頃と全然かわんねェの」
 ほう。金城が興味深そうに頷く。
「という事は荒北は変わったのか?」
――オレに振んなヨ」
 首を竦める。この展開は面倒だ。
「金城。おめェは」
「オレは友人の期間があまりなかったからな」
 そうだった。穏やかに微笑む男に荒北は思い出す。『オレは、金城の事が好きなのかもしれない』茫然と戸惑うように。あの熱い夏が終わった後、呟いた“福富”の横顔。
 因縁あるライバル同士だった二人が恋人になるまで時間はそうかからなかった。まるで最初からそうであったかのように。二人の寄り添う姿はとても自然だ。
「未だにこんなところもあるのかと驚く事がある」
 愛おしそうに微笑む金城。荒北はケッと舌を出す。
「どいつもこいつも惚気やがって」
「靖友もすればいいじゃないか」
「そうだ。荒北、“福ちゃん”とは」
「その話さっきしたからァッ」」
 それは残念。さほど思っていないだろう口調で言うと金城は手を挙げた。どうやらやっと最後の一人が来たらしい。
「遅かったな」
 振り返る新開に男は申し訳なさそうに応えた。

「すまんね。フクとの電話が長引いてしまってな」



【四人目】

2015/00/00