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7-273

縛ってと彼女は言う。
手錠と縄でぐるぐる巻きにされた手首で、さらなる拘束を望むのだ。
どこで間違ったのか、もうサタンには知るすべもない。


ありていにいえば、病んでしまったのだ。
天高く聳え立つハーレムの塔は、いつも湿っていて黴臭い場所だった。
傍目には華やかに見える一面もある。しかし足を踏み込めばいつもそこは女達の鬱憤と駆け引きが渦巻いていた。心安らげる棲家とはとても言えない。
だから欲しかった。いつも明るく笑顔を絶やさない彼女。生まれて初めてサタンの誤りを真正面から指摘した子供。その怖れを知らない魂を、所有したいと思った。
今思えば噴飯ものの話で、さりとて当時のサタンには、何度やり直してみても、店先で玩具を買い求めるのと同じ感覚でしか人を追い求めることができないだろう。
十万年生きようと百万年生きようと、本当の意味で成熟した精神を得ることなどできない相談だ。

まだ日も明るいうちから回廊を渡り、塔でも一番日当たりのよい角部屋に赴く。
明け方にその部屋を出たばかりだというのに、我慢の利かないことだ。自らを滑稽に思いつつも、そんな己をサタンは嫌いではない。
螺旋階段を下る。階の狭間で、ひるがえる青い髪とすれ違った。
「アルルの元へゆくのですか?」
「……ああ、そうだ」
ルルーの問いに、サタンは悪びれもせず即答する。彼女もハーレムを構成する一員だが、抱いてやった記憶はもう遥か彼方だ。久しく部屋を訪れた記憶もない。
だがルルーの顔に憎しみや嫉妬の色は無い。あるいは憎しみを顔に出すようなレベルからはとっくの昔に抜け出しているのか。女は笑いながら嫉妬する恐ろしい生き物だ。
「ねぇサタン様、わたくしは浅ましい女です」
こちらの思考を読んだかのごときタイミングで、ルルーは華やかに、穏やかに笑った。いつか見た修道女の微笑みを思い出させる。こうした修羅場に慣れているサタンは、取り乱すようなヘマはしなかったが、それでも舌に苦いものを感じずにはいられない。
「アルル・ナジャを殺したいですわ」
「殺したいか」
ルルーは聖女の微笑みを浮かべたまま首を縦に振った。
「アルルが死んだら、わたくしがカーバンクルを慈しんでさしあげます」
サタンは真っ向から相手をすることを放棄し、そのまま背を向けて階段を下りた。要は逃げだが、ルルーの不満を解決してやることなどサタンにはできないしする気もない。
ルルーはじっとその場に佇んだまま、サタンの後ろ姿に視線をあてている。マントが焦げ付きそうな、殺意と愛情は実に紙一重である。やたらと喉が渇いた。

気付けば早足になっていた。アルルに何かあるはずはない。何もあるはずがないではないか。鍵束で角部屋のドアを開けると、室内に黄土色の線が幾重にも走っている。装飾は荒縄のすがたを為していた。
広い室内に張り巡らされた縄は、最終的には部屋の中央に設えられたベッドへと収束する。
後ろ手に裸体を縛られた少女の姿は、サタンに蓑虫を連想させた。とはいえ胴体の胸元を三周ほど巻きつけただけの拘束は、殆んど少女の裸を隠す手助けにはなっていない。しかし少女と縄の不釣合いなコントラストが、余計痛ましいものとして与える印象を強くする。
扉が重い音を立てて再び閉じられた。目隠しの布できつく耳を圧迫されても音に反応するのか、アルルは立てた膝をゆっくりとひらいた。そこは男の放った精で白く汚れている。薄い陰毛と、淡い傷口がサタンの眼前に晒される。まだ生娘の気配を失ってはいなかった。
サタンは両脚を少し荒っぽく押し広げ、胴体を割り込ませた。しかしその後に続く動作は優しい。衣服を寛げ、頭を擡げたペニスを取り出す。
婉曲した肉塊はすでに熱をもちはじめていた。水気を孕んだ彼女の割れ目に押し付ける。二、三度往復させると、それはますます硬度を増し、摩擦するスピードが速まる。心地よい気分だ。
淡い彼女の性器を愛しながらも、摩擦で黒ずんでしまえばいいという二律背反の欲望があるのは否めない。自分が行った行為の結果がそれなら、喜んで彼女の汚濁さえも受け入れることができるだろうと思う。サタンは亜麻色の髪を掻きあげ、布越しに耳朶に囁きを吹き込んだ。

「アルル」
その声は、別段甘くもなかったが掠れていた。低い囁きにうっすらとアルルの唇がひらいた。赤い舌がのぞく。
誘われたようにサタンは唇をふさぎ、甘い舌を蹂躙した。口の粘膜は、膣内に負けず劣らず柔らかく、熟れてもいた。眩暈がする。睡眠不足と精神的過労と、その他もろもろを含んだ酩酊。
もうこの少女しかいらないのだ、ときわめて利己的で、おそらくは冷めるのも早いであろう自分本位の情熱を思い知る。
(ならば何故、あの時ハーレムを解散しなかった?)
冷静な自分が脳裏の片隅で嘲笑っているようだった。天井から高みの見物をされているような気がした。
アルルと他の愛妾たちとの間に確執があるのは、この塔に攫ってきたころから気付いていた。けれど、遂に手にした蜜月の甘さに溺れて、見たくないものに蓋をし続けてきた。
もう少し早く何か手を打っていたら、彼女がこのような有様になることもなかったのだが。抜け殻を日毎夜毎にサタンは愛している。もう彼にとって自分の選択肢はこれしかない。趣味と実益をかねた自由意志の宣言だ。彼には無駄に凝り性なところがある。
きゅうっとアルルが両脚をサタンの腰に絡めて催促する。サタンの眉間の皺が少しほぐれ、促されるままに腰を揺すり上げて幾度も白濁を洩らした。アルルは中に押し入られるより外側の花弁をいじくられた方が好きである。これも、塔に囲いこんでから知ったことだ。
指先で陰唇の皺に精液を塗り拡げながら、尖った肉芽をこねくり回す。口付けで痺れたアルルの唇が、音もなく言葉を紡いだ。
「…きてよ 、サタン 」



全てが終わるとアルルは再び縛ってくれと願った。ちゃんと縛ってと。
目隠しも手錠も荒縄も、彼女の心を満たすことはなかった。それほどまでに執着して、一体何に束縛されたいのだろう。
仕方なくサタンは両腕できつくアルルを抱きしめることにした。骨が軋むほど強く。目隠しでアルルの表情は読み取れない。

その下に隠された感情は、果たして。

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