バレンタイン小話
◆NcW5Ne1aAY様
「はい、あーんしてっ」
にこりとほほ笑むアルルがチョコを口元へ持っていく
「ぐー!」
その相手であるカーバンクルを恨めしそうに見ながらサタンはため息をついた
いつになったらカーバンクルちゃんのようにあーんをしてもらえるのか…
そもそも今年こそはアルルからチョコを貰えるのだろうか、と考え込んだ
去年のバレンタインは(服越しではあったが)全身にチョコを塗ったルルーに迫られ、逃げ回りそれどころではなかったのである
今回は早々にアルルの元へと押しかけ、チョコを貰い、のんびりと二人きりで過ごそうと目論んでやってきたのだが
当の彼女は自分へのチョコなど用意している気配など”全く”ない
「かーくん美味しい?」
「ぐー!」
それどころかカーバンクルと二人の世界に入って、自分など眼中にない様子である
招き入れてもらってはいるものの全く構って貰えないのでサタンはソファーの上でばたばたと騒ぎ出した
「だぁー!!アルル、今日は何の日か分かっているのか!」
手際よくカーバンクルの口元を拭いているアルルは平然と
「バレンタインでしょ?」
と答えた
「そう。そうなのだ!今日はバレンタインなのだ!アルル私に何か用事はないか…?」
アルルは出かける支度をしながらじたばたするサタンに再び平然と
「別に…」
と答えた
「そ、そんな…。何か、何か渡すものがあるだろう?」
出かける支度を終えたアルルはとどめとばかりに平然と
「特にありません」
と答えた
サタンは石化してしまったように固まり、すっかり意気消沈していた
暫くほったらかしにしていたがその様子を見かねたアルルはサタンに声をかけた
「サタン、ぼく出かけるけど一緒に来る?」
サタンは水を得た魚のように、ご主人様に呼ばれた犬のように、羽をパタパタとさせてアルルに飛びついた
「もちろん!さぁ、行こう行こう!」
そんなサタンへアルルは満面の笑みで両手に持ちきれないほどの紙袋を渡した
「そう、ありがとう。ぼく凄く助かるよ」
かくして、アルルとカーバンクルと荷物持ち、もといサタンは義理チョコ配りの旅へと出たのである
***
「はい、すけとうだら。ハッピーバレンタイン!」
「はい、スケルトン。ハッピーバレンタイン!」
「はい、ぞう大魔王。ハッピーバレンタイン!」
「はい、ナスグレイブ。ハッピーバレンタイン!」
「はい、パノッティ。ハッピーバレンタイン!」
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サタンは道中をウキウキとしながら歩いた
持たされた袋は有名菓子店のパッケージ
両手でやっと持ちきれるほどの数
きっと自分の分もあるだろうと踏んでいた
が、しかしもうすっかり日も暮れ、残りのチョコは1つになっていた
「あ、アルル。ひとつ聞きたいんだが、これは誰に…」
サタンは蛇の生殺しのような目にあわされながら、ついに自分はチョコが貰えないのではないかと感じ始めていた
「もうすぐ着くよ」
ニコリと笑うと不気味な洞窟へとたどり着いた
「ま、まさかそんなそんなそんなわけが・・・・・・・・・・・・・・・」
サタンにとって一番最悪の形でこの一日が終わってしまうことになった
「はい、シェゾ。ハッピーバレンタイン!」
シェゾは素気なく受け取り、今日は勘弁してやる、とそそくさと洞窟の奥へと帰って行った
「そ、そんな…アルル…嘘だ…私には私には・・・・」
はるか遠くの方でしょんぼりと膝を抱え、サタンは木の棒で地面をガシガシ掘り出した
酷い、人でなし、私の気持ちを弄んで…などと言いながら地面にサタン、アルルと相合傘を書いていた
シェゾを見送り振り返ったアルルはサタンのその様子を見て必死に笑いを堪えていた
少しやりすぎたかな、と呟くとサタンの元へ近づきサタンの目線までしゃがみこんだ
アルルは今日一日中大切そうに抱えていたカバンからガサゴソと何やら取り出すとサタンに差し出した
「はい、サタン。ハッピーバレンタイン」
渡されたそれはやけに不格好なラッピングだったが、サタンには全く関係なかった
そそくさと受け取ると包装紙を破いてしまわないように丁寧に丁寧に包みを開ける
そこには今日、いや一年間待ちかねたチョコがあった
「アルルぅううう」
まるで泣き出しそうになりながらそのチョコを食べようとしたが、
そのチョコにはっきり、くっきり、でかでかと書いてある文字を見て、目を何度か擦り、見、擦りと繰り返した
”義理”
先ほどまでは嬉しくて泣きそうだったサタンは落ち込んで泣いてしまいそうになりながらアルルに詰め寄った
「そ、そんな…。アルル、なぜ私にはこんなに分かりやすい義理なのだぁあああ」
アルルはいいじゃない、それともいらなかった?と答えるとスタスタと帰り道へ向かいだした
酷い、人でなし、今日ぐらい夢を見させてくれてもいいのに!一生付きまとってやる!
そう叫びながらサタンはアルルに置いて行かれない様に必死で後を追いかけて行った
***
そんな2人の様子を遠くから眺めていたルルーは金切り声を上げて悔しがった
「サタンさま、我が思い人ながら鈍すぎますわ…誰がどう見てもあれは手作り。それもサタンさまにだけ…
こんなに分かりやすい表現もないというのに…!それにしてもあのちんちくりん許せないわ。今度会ったらけちょんけちょんに叩きのめしてやるぅ!」
いつもの彼女なら直ぐにでも飛び出して二人の仲を邪魔するのだが今日はどうしてもそれが出来ない
去年よりも凄いものをと、ルルーは何も纏わず首から下全身をチョコでコーティングしてみたのだが、そこに入れた薬品に問題があった
媚薬を入れたつもりが誤って凝固薬を入れてしまっていたのである
カチカチに固まったルルーはサタンの元へ一人で行くこともならず邪魔に入ることも出来ずお供のミノタウロスに自分を担がせ尾行し二人の様子を窺っていた
が、鈍いサタンのおかげでつけた二人には特に何事もなく、心配が杞憂であったと安心し自分達も帰宅することにした
「心配して損しましたわ。この状態もいい加減疲れましたし、ミノ帰りますわよ」
ミノタウロスがルルーを喜んで抱え上げると痛いわ、もっと優しくしなさいよ!と怒鳴られた
そんなことも気にせずミノタウロスはご機嫌で彼女を屋敷へと連れ帰った
そしてその夜、全く取れないチョコのコーティングを取る為にルルーはミノタウロスに全身を舐めさせるのだがそれはまた別のお話
終わり