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8-781

ある日の午後、野原に立つ大樹の木陰にて。
「おいっす」
木の上での昼寝から目覚めたウィッチは、
視線の先にタイミングよくやってきた見覚えのある顔を見つけ、木の枝から飛び降りた。
絹糸の様な金髪がさらさらとなびく。
その長い髪には、青いリボンが結われていた。
「ふふふ、似合いますこと?」
そう声をかけられた黒いバンダナに黒装束の青年―シェゾが、
そのリボンを見つめているのに気付いたウィッチは、嬉しそうに尋ねた。
「ふ、ふん…前にも同じことを聞いたろう。まあ…ファッションなどに興味はないが、その服の色とは合っているんじゃないか?」
顔を赤らめ、視線をあらぬ方向に移しながら、面白げもなく答えるシェゾ。
「あなたのその黒い服も素敵ですわよ?そちらの方がよほど闇の魔導師らしいですわ」
「大きなお世話だ。誰かさんに大事な一張羅を取られちまったものでな」
言いながら不貞腐れるシェゾ。
それを心底楽しそうに見つめるウィッチ。


サタンが太陽を巨大化させた騒動の際、シェゾは不覚にもウィッチに敗れ、普段身に付けている白い服を差し出す羽目になってしまった。
しかし流石にその場で、という訳にもいかず、その時は愛用の青いバンダナで妥協してもらったのだった。

「む…無念だ…」
「さあ、約束通りその服をいただきますわよ」
「…服は後日くれてやる。今すぐという訳にはいかん」
闇の魔導師を名乗る割りに、シェゾは変に義に厚く、律儀なところがあった。
「服が欲しい」というのは、ウィッチの言い繕った照れ隠しなのだが、それにシェゾがそれに気付くはずもなく。

「なら、変わりの物を要求いたしますわ。そうですわね…その、額に巻いているバンダナなんてどうでしょう」
確かに彼の心は欲しい。
けどそれはまだ夢の中でしか叶わぬ事。
なら、せめて胸に募る苦しみを紛らわせるために。
何でもいい。彼を感じられるものが欲しい。
「ちっ…ほらよ」
バンダナを解き、不精不精ウィッチに差し出すシェゾ。
「せっかくなので、髪に結ってくださるかしら?」
「…調子に乗りやがって」
そう言いながらも、しっかりウィッチの髪にバンダナを結びつける。
彼は気付かなかったが、シェゾに髪を触られている時、ウィッチはとても幸せそうな顔をしていた。
「…終わったぞ」
「ありがとう。どうでしょう、似合いますこと?」
シェゾに触れられていた髪を愛おしそうに撫でながら、ウィッチが尋ねる。
その可愛らしい仕草を見てどきりとしたシェゾは、どもりながら、それを悟られまいと必死に言い繕う。
「さ、さあな。前言通り服はしばらくしたら持ってきてやる。それまで待っていろ。じゃあな」
「あ、ちょっと―もう!」
方的に会話を打ち切って、彼は行ってしまった。

―もう少し愛想をよくしてくれてもいいのに。

少し寂しげに彼の背中を見つめるウィッチは、シェゾが彼女の仕草を見て動揺していたことに気付いていなかった。

それから、数日が経ち。
今日が服を渡すことになっている日だった。
「ほらよ、例の物だ。ったく、こんなものを欲しがるなんて変わったヤツだぜ」
「ヘンタイのあなたに言われたくないですわ」
「誰がヘンタイだ!」
「白い服、確かに受け取りましたわ」
シェゾから手渡された服を嬉しそうに抱きしめるウィッチ。
その仕草を見てまたドキドキしながらも、シェゾは踵を返した。
「じゃあもう用はないだろう。俺は行くぞ」
「あ、ちょっとお待ちになって」
「なんだ、まだ何か用が―!」
ウィッチの言葉に振り向き、セリフを言い掛けたシェゾの唇に柔らかい感触が伝わる。

驚きに思わず目を見開くシェゾ。
間近にあるウィッチの顔。
鼻をくすぐるウィッチの香り。

唇の感触はしばらくして途絶えたが、その数秒が数十秒にも数分にも感じられた。
唇が離れ、ウィッチは頬を染めながら、しかしはっきりとした口調で答えた。
「リボンと…服の、お礼ですわ。初めてでしたのよ。光栄に思ってくださいまし」
そう言って、ウィッチは箒に乗り、空へと飛び去った。
「…ふん」

まだ唇に残る感触を指で確かめたシェゾは、空を見上げ、しばらくウィッチの後ろ姿を見送っていた。

片腕でシェゾの服を抱き抱えながら、ウィッチは自宅へと箒を走らせる。
途中、服に視線を移し、すぐにまた前を向く。

―今はまだ、これくらいしか貰えないけど。
 いつか必ず、あなたの心を奪ってみせますわ。

ウィッチの瞳は、決意に満ち溢れていた。



終わり

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