第8話「レクイエム」



 
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 蝉の鳴き声が、厭に五月蝿い。
 私は窓を締め切った大石の車の中でもそれがはっきりと聴こえて億劫だった。
「寒かったら言ってください。私、クーラーがんがんに掛けちゃう方ですから。んっふっふ!」
「大丈夫なのですよ」
 何、これ位の寒さ、100年生きてきてもう慣れたくらいだ。
 大石はパラパラと警察手帳を捲ると、恐らくそこに書かれているであろう文章を読むかのように語り始めた。
「えー、亡くなったのは後原ひかりさん16歳。興宮の病院の***号室にて死体が発見されました」
「もしかして、例の病気で・・・・・・なのですか?」
 私の質問に大石は意外そうな顔をした。
「おやおや、知ってましたか! いえいえ、ホトケさんの死因は病気ではありません。全身を炎で焼かれた上に腕、足、胴体を鉈か何か、鋭利な刃物で切断され ています。なっはっは、古手さんのような小さい方にはちょっと刺激が強すぎましたかな?」
「気にしないのですよ。それより大石、どうして焼かれた死体が病院の中で発見されるですか?」
「これは私の推測ですが・・・・・・犯人は綿流しの晩、後原ひかりを殺害し、どこかで燃やして運び易いように両手両足を切断し、病院に運んで置いた、と まぁこんなところですかね!」
 
 なんて回りくどいことをするのだろう。
 死体を焼いて切断したら、普通は埋めるのが正しいやり方ではないか。
 ・・・・・・・・・正しいやり方、と言うのはまぁ語弊があるが。

「まるで死体を見つけてくれって言っているみたいなのですよ〜」
「おやおや、古手さんもそう思いましたか!」
 だって、そうとしか考えられないじゃない。
 だけどそこからさらに疑問が発展する。
”どうしてわざわざ、犯人は死体を見つけて欲しいのか?”と言う疑問に。
「ですが、死体を見つけて欲しいのなら態々焼く必要はあるのかってことになってしまいますねぇ。焼いてしまっては身元判別に手間取ってしまいます。まぁ今 回は身元が全くわからなくなるほど焼かれてなかったので楽でしたがね。んっふっふ!」
「焼くしかなかった、と言うのはどうですか?」
「一体どう言うことです?」
「つまりなのです。犯人は誰かに死体を見つけ易くするためにわざと病院に置いた。死体を焼いたのは、身元調査を限定させて死体はこの人だって決定付けさせ ようとした、なのですよ〜」
「ふむむぅ・・・」
 私の推理を聞いて、大石は唸り出す。子供だからと言って決して邪険にしない、そこは大石の長所であろう。
 そう、焼いてしまえば身元を調べる調査が限定してしまう。
 結局は遺留品か、歯型による照合だ。大石の話によると、歯医者でのひかりの歯と死体の歯が完全に一致したための結果らしい。
 しかし何故か、ひかりの持ち物と思われる遺留品は何一つとして発見されなかったわけだが。
「こうなると、入江先生の話にも信憑性が出て来ましたなぁ」
「入江がどうかしたのですか?」
「いえね、彼、死体を『偽装された死体かもしれない』って言ったんですよ」
「入江が、そんなことを・・・・・・」
「ええ、内心かなりショックを受けてましたよ。彼女を守れなかったと悔やんでおられました」
「みー、入江の責任ではないのですよ。後で頭なでなでしてあげるのです。にぱー☆」
「なっはっは! ええ、そうしてあげてください。 それでですね、もう一つ悪い報せがあります」
 大石は手帳のページを捲る。これ以上に、まだ悪い事があるって言うのか。
 私は一度眼を閉じ数十秒、覚悟を決めて眼を開けた。
「ひかりさんが殺された綿流しの晩、兄である後原浩二さんも、その日の目撃証言を最後に忽然と姿を消したそうです」


 





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 僕は気配を殺して、二人の会話を盗み聴いていた。
 内容はよく解らなかったが、兎に角ひかりが殺され、そして浩二までがいなくなったことだけは解った。
 僕は見つかる前にその場を離れると、足は自然と古手神社へと向かっていた。









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 私は車の窓に視線をやった。羽入、気付いていないと思ってたの?
「どうしましたかな?」
「なんでもないのですよ」
 私は大石の問いを誤魔化すと、再び聞く体制に入った。
 大石の話によると、浩二の姿は綿流しの晩に姿を消し、以来、興宮にあるマンションにも戻っていないと言う。
 そして彼は私に、こんなことを言ってきた。

「協力―――ですか?」
「ええ、今回の事件は全て、御三家である園崎家を筆頭とした村ぐるみの犯行と睨んでいます。そこで、内部情報に詳しい古手さんに協力をお願いしたいです よ」

 どうやら大石はひかりが殺され、浩二が失踪したことを、オヤシロ様の崇りを再現しようとしている村人による犯行ではないか、と思っているらしい。
 全く、お門違いもいいところだ。
 園崎家が事件の筆頭? 村ぐるみの犯行? くだらない。実にくだらない。

 ああ、そう言えば・・・。
 影曝しの世界で、大石は浩二に今と同じ言葉を吹き込んでたっけ。だけど、そんな言葉に惑わされずに仲間を信じた浩二は凄かった。

「お断りなのですよ。僕の仲間を悪く言う奴の強力なんか誰が受けるか、なのですよ」
 私は車から降りると学校へと戻った。
 そのまま帰宅すると皆に言い、私は神社へと向かったのだ。
 羽入を探しに。









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 その日の夕方、羽入は祭具殿の奥にぽつんと佇んでいた。
 眼には正気が無く、髪は乱れ眼も赤く、散々だった。

 僕は、ひかりを助けるために、この世界を選んだ。

 僕の姿も見えるようになって、梨花も頑張ってくれて、これなら大丈夫だと信じてた。

 なのに、なのに、結局最後に裏切られた。
 
 ふと、僕が囁く。

 ――――忘れたの羽入? どんなに願ったって奇跡なんか起きない。だから信じるだけ、期待するだけ無駄だから諦めろって。
 そんなこと、自分に言われなくても解ってる。
 だけど、あの兄妹だけは別なのだ。あの兄妹だけは何があっても助けたかった。

 然し、結局ひかりは殺され、浩二も消えた。
 僕は・・・僕は一体、何のために・・・。




「そう言うあなたは何かしてたの?」
 後ろの方で声がした。羽入の良く知る声だ。祭具殿の奥の方を覗き込むと、梨花の姿があった。
 その瞳は羽入が良く知る梨花の眼とは、掛け離れている。
「梨花・・・・・・」
 羽入は意を決して顔を出すと、梨花と向き合う。
「羽入、今から言う私の疑問に全て答えなさい」
「ぁぅぁぅぁぅ」
「あうあうで誤魔化したら、殴るわよ」
「・・・・・・・・解りましたのです」
 梨花のかつて無い迫力に、羽入は従うしか無かった。
「まず一つよ。羽入、大災害って何なの?」
「それは僕にも良く解らないのですよ。なんかヘンな世界で思念体?みたいな声がそんなことを言ってたのです」
「それじゃ、羽入の姿が見えるようになったのも、その・・・思念体ってやつのお陰ってこと?」
「そう言うことになるのです。最初の頃にも言いましたですよ」
「そうね、そして私も言ったわ。”自分を救えないのに、他人を救うことなんてできるのかしら?”と」
「・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 羽入はあうあうと言いかけて口を噤んだ。
「羽入、あなたはここ数週間で何をしてた? いいえ、何もしていない。あなたはただ、惨劇が回避されたらいいなと願っていただけ。それも全て、私と言う他 力本願に頼ってね」
「そ、そんなことないのです。僕だって、僕だってそれなりに・・・・・・」
「羽入、助けたいと願うなら、ただ願うだけじゃ駄目なのよ。行動しない――」
「そんなこと言われても解らないのですよ!!!」
 梨花が喋り終わる前に羽入は怒鳴る。梨花は、そんな羽入の怒鳴り声に内心少し驚きつつも、尚も言葉を続ける。
「解らないのに助けたいなんて言ってたの? そんなの欺瞞よ。 あなたはただ、助かればいいな、誰かがきっと助けてくれる、そう思っていただけ」
「違うのです! 違うのです!! 違うのです!!! それならどうして梨花は、僕を行かせようとしなかったのですか!! あうあうあう! あうあうあうあ う!!」
「あうあう煩いな!!」
「!」
 羽入は、梨花の・・・恐らく出会った100年の中では、初めて聞く言葉だった。
 まるで怯えた小動物のように、梨花を見る羽入。彼女は、そんな羽入を冷たく見つめる。
「もう一つの質問よ。羽入、どうしてあなたはそこまでして、浩二とひかりを助けたかったの?」
「それは・・・・・・ひかりが、梨花以外で僕を見ることのできる、唯一の人間だからです。そして浩二はひかりの兄なのです。ひかりと仲良くしてやってくれ と頼まれたのです。だから、助けたかったのです」
 そんな羽入の言葉に、梨花の表情は少しだが柔らかくなった。
「羽入、あなた、まだ浩二とひかりが助かったらいいな、なんて他力本願なこと考えている?」
「梨花・・・・・・?」
「だとしたら私はもうあなたに付き合い切れないわ。そのまま私が殺される運命を静かに観客席の隅っこで傍観してなさい」
「ぁぅぁぅぁぅ! もうひかりは死んでしまったのです! 聞いたのですよ、大石と梨花が話していたのを!」
「だから何?」
「ぁぅぁぅ・・・・・・」
「私は大石の話なんか信じない。ひかりは、浩二もきっと生きている。私はそう信じてる」
「梨花・・・信じたら信じた分、期待したら期待した分だけ、心を擦り減らすだけなのですよ」
「だからあんたはひかりが死んだと聞いて、もうこの世界は諦めたわけ? 自分は何もしてないのに、ただ願うだけで、それで結局願いは叶わなかったから諦め るだなんて・・・・・・羽入、甘えるのも好い加減にしなさい」
「この世界が駄目でも次があるのです。チャンスはいくらでもあるのですよ。生きてさいれば、いつかきっとまたこの世界に来れるのですから」
「そしてあなたは何度も何度も願うだけなのね。ただ願うだけで、何もしようとしない。願えば後はそれまで。エンジェルモートで詩音と一緒にパフェでも食う 気なんでしょう?」
「違うのです!! 違うのです!! 違うのです!! 次こそは、ちゃんと自分で行動するのです! あうあうあう!!」
 ドタン、バタンと羽入が飛び跳ねる。まるで怒りをぶちまけるかのように。それはまるで、小さな子供の我が儘のように。
 
 日は、いつしか暮れていた。
 真っ暗な祭具殿の外で、二人の少女は向かい合って互いを睨んでいる。
 片や梨花は、冷たい眼差しに口元を歪め、
 片や羽入は、目尻いっぱいに涙を溜め、上の歯で下唇を噛み千切らんばかりに震えている。

「もう、あんたに言うことはないわ」
「梨花ぁ・・・・・・」
「あんたは結局、観客席から表舞台に上がることのできない子なのよ。いいえ、それどころかあなたは観客ですらない。劇場にすら入れてもらえないはみ出し者 なのよ」
 その言葉が、とどめになったのか。
 羽入は唇を噛み千切り、大粒の涙を流しながら、踵を返してその場を去って行った。








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 それなら数十分、梨花は後悔していた。
 少しきつかっただろうか。けれど、羽入の目を覚ますにはあれくらい言わないといけない。
 駄目だなぁ私。きっと圭一なら、もっと上手く羽入の心を掴むだろう。
 傷つけることによって羽入にやる気を出させようとしたのが、裏目に出た。
 かと言って、今更謝るわけにもいかない。


 一体、どうしたものか・・・・・・。




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 勿論羽入も、梨花がただ考え無しに罵声を浴びせたわけではないことは理解していた。
 梨花は言った。ひかりは生きている。浩二も。きっとそれを信じていると。
 ひかりと浩二が生きて欲しいと願ったのは羽入もだ。だけど、死んだからと言ってどうしてそれが信じられる?
 羽入は幾多の世界で経験した。
 信じれば信じた分、裏切られたときの反動は大きい。
 だからいつしか、運命が終わったとき、「ああここまでなんだ」と思って諦め、次の世界を待った。
 
 けれどそれは、甘えじゃないのか?
 僕はまだ、信じても良いのではないだろうか?

 ――――駄目なのです、駄目なのです!

 信じても、裏切られた時、期待しても、駄目だったとき、悲しさが増すだけなのです。



 僕は一体・・・・・・どうしたらいいのですか?