恋焦歌




















心臓が早鐘のようにうるさい。



「怖いか…?」

「こ、怖くはないけど……き、緊張して駄目…………ねぇ剣心」

「何でござるか」

「私、何も知らない。わからないの。だから、その………教えて、欲しいな」

「…承ったでござるよ」



安心させるように薫を抱きしめる腕。

あたたかい。

顔が真っ赤な彼女を見て、剣心は微笑む。



今日は新婚初夜だ。




ついばむような口づけは、回を増す事に深く、あまく。


とろんとした表情の彼女の首筋に顔を埋めると、身体がぴくりと撥ねた。




「あ………あぁ…剣心……剣心」

「薫殿………薫……」




幾度となく名前を呼び合う。でもやっぱり薫には戸惑いが大きい。




「ごめん、ちょっと待って」

「……嫌、だったでござるか?」

「ちっ、違……けど、は、恥ずかしくて……」






抱き合う形でそのまま。剣心の鼓動が聞こえてくる。
夜着ごしに剣心の逞しい身体を感じてそのうち溶けてしまいそうな気分。





「―――――本当に、私でいいんだ、よね」


きゅっ、と剣心の首に回した手に力が入った。


「………薫殿でなければ、嫌でござるよ」



彼の笑ったような吐息が首筋にかかる。それがすごくあまい。











「何だか私、溶けてしまいそうなの………」



「溶ける?」



「幸せ過ぎて、溶けちゃいそうなの。剣心、あったかいし……」







こういう自分を幼稚だと彼は笑うだろうか。でも、思うがままを呟いていた。







「溶けてしまっては、拙者は困るでござるよ。それに――――」



「それに?」



「……薫殿も、あたたかい」



耳元に囁かれてくらくら。ああ、だから溶けそうだというのに。
見上げると、剣心の顔。薫は左頬に手を延ばす。十字傷を指でなぞる。



「薫殿こそ、本当に拙者なんかでいいでござるか?」

「え?」

「接者は……」



薫の手に自分の手を重ね、頬にあてる。消せない傷。それは彼の罪の象徴だ。



「やだ、剣心がいいの。剣心じゃなきゃ嫌よ」



そんなつもりでなぞっていたんじゃない。ただただ、彼が愛しいから。



「薫殿………」

「離したくない………」




彼の胸に顔を埋めたら、勢いで出た言葉。

何だか凄い独占欲過ぎたかしら。

自分で言って自分で驚く。



「は、離れたくないの」



だって彼は流浪人だから。お願い。もう離れていかないで。
さよならなんて聞きたくないもの。
祝言をあげた今なら独占欲を少しくらい出してもいい気がした。
華奢そうに見えて逞しい腕が薫を包む。顔をあげさせられる。
見上げた彼は、優しく、そして幸せそうに笑んでいた。薫は剣心の唇を自分のそれで受け止める。





「んっ……」




あつい。


剣心という熱に身体を、心をさらわれる。

薫はただそれに身を任せる。





ねぇ、やっぱり溶けてしまいそうよ。








「綺麗な肌でござるな」







そう言われて、ぼんやりしかけてた頭が覚める。
無意識に身体が強張った。




「綺麗なんかじゃない……傷だらけだし、やっぱり、剣心嫌……………?」





幼い頃から剣を習ってきた。お陰で傷には事欠かないし、手の平だって竹刀だこで硬い。
一般的な女性はこんな手をしていないと思うと、剣心にどう思われるか不安でいっぱいだった。
別に、剣術を磨くことに反対はされていないと思うし、今までに手くらい繋いだ事もある。
だけど、こんな時には凄くそれを意識してしまっていた。

くす、と彼は笑う。



「傷なら、拙者なんて薫殿と比べ者にならぬくらいあるでござるよ」
「……それはそうだけど」



でも、世間一般では男の傷は勲章だ。女とは違う。
頭の中に巴さんが思い浮かべば自分と対比してしまう。
巴さんは巴さん。私は私なのに。
巴さんはきっとここまで生傷が絶えない事はなかったのではと思うとつい落ち込んじゃう。
でも一方で、私を選んでくれた剣心がいるから。



「薫殿は、拙者の傷は嫌でござるか?」


「……傷自体が好きか嫌いかと言われたら答えづらいわ。でも、剣心の歴史でもあるし、人々のために負った傷でしょう」



動乱の中に生きる故の傷も、新時代のため。後は殺さずを守り通すが故の傷が多い事を知っている。



「……なら、この手も薫殿の歴史であろう」



ふわりと、手をさらわれる。



「竹刀だこの中に、包丁や針の後が見え隠れしている、綺麗な手」



何だか剣心の手の中の自分の手が、まるで宝物のように見えるから不思議だ。
彼の手で撫でられるそれは、自分の手じゃないみたい。そのまま彼は彼女の二の腕の傷をなぞる。



―――――出会ったばかりの頃、人斬り抜刀斎事件の時にできた傷だ。



まさか、覚えていたの。

何だか益々恥ずかしい。




自分は剣心の傷についてはあまりに多すぎてどれがどれかわからないのに。
手当ては自分じゃなく、恵さんがすることもあったし。
わかる傷もあるけれど悔しい。



「薫殿は綺麗でござるよ」



その言葉は彼女の芯まで染み込んでいく。



「ぁ……」





熱を帯びた吐息の甘美さに酔う。


ああもう、変になっちゃいそう。






「剣……し、ん」


「……ん?」


「だいすき…………」









このぬくもりがずっと一緒にありますように。そう願いを込めて腕を絡めた。
























あとがき++++++

今回は反転で読めます。↓
これは微エロかそうではないか。まず題材が初夜だしなぁ。
でも直接的な描写は皆無ですから!! ってか、私が書いてて恥ずかしい……。
明治時代だし、当時の女は身持ちが硬くなくては……と、剣心と薫が結ばれるのは、祝言をあげてからがいいなーとずっと思ってました。
ってか、この二人は結婚までの過程がほとんどすっぱぬけてますので何パターンか妄想がむくむくと育ちます。

しかし、明治といってもなりたて。江戸の風紀は全然違うのですね……ほんとは。
だって、子供は病で死んじゃったりもするからどんどん産めー世代。
いや、昭和(前期くらい?)までその風習は残っておりましたが、武士の娘とか、
結婚するまでに何人かと経験があって普通というのを聞くと……巴さーん!!(TT
明治の、教育がいき届いたあたりから、女の貞淑な状態が始まったそうで。
受け売りだから間違ってるかもしれない知識。
しかし、それによるとこれはありえない話なのですが。
だって剣心江戸時代の人。江戸時代は長いので、江戸時代はこうだった〜とかいう知識が幕末の剣心に適するかかなり悩む事多々です。
宝船売りとか、当時はふんどしがレンタルできたらしいですね。布が貴重品なので。そして、洗わずに返す。い、嫌すぎる……。


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