そこまだ、ひやりとした澄んだ空気に満たされた時間。 穏やかな風が身体をつつんで、くすぐったく感じる。それほど、その空気はやさしい。 空は白ずんで、黎明の時は近づいていることを刻々と知らせ、男の顔に笑みを落とす。 振子時計のコチコチと規則正しい音が容易に聞こえる程、静寂に満ちた空間。 それは、変わらぬ日常をそのまま反映しているかのようで、嬉しい。 そして、その歯車の中に自分も汲み込まれているのかと考えるだけで、こそばゆい。 遠くの空に、光の筋がゆっくりと、当然のように現れて、薄闇の空間が終わっていく。 灰がかった空に、大地に、虹色の閃光が差し込む。 霞みがかった時間が、消えてゆく。 それを、何故こんなにも穏やかな気持ちで迎えているのだろう。 ただ、あたり前のことがこんなにも嬉しいなんて。 ああ、暖かいな。 差し込んだ光が、とうとう自分の体まで照らし、闇の中から光の中へと引きずり込む。 その光景を、行為を、黙ってなすがままにまかせていた。 自然と目を伏せ、全身でその光と風を受けとめる。 曙の空気はすがすがしい。そう思った瞬間、また、無意識に唇が笑みを形作る。 目を閉じていても、光の白さが瞼の裏に届いてくる。 暗闇へのその白の進入は、不快でもなくむしろ爽快だ。 世界はこんなに奇麗だっただろうか。 まるで目が覚めたように、全ての色彩が色鮮やかにそこにある。 当たり前のように、そうあるけれど、今までの色と今の色には確かに隔たりがあるのだ。 朝露に濡れたあの芽吹は、あんなにも瑞々しく、青々しかっただろうか。 雲ひとつない空ならともかく、雲が散りばめられている空でも、あんなに澄んで、思わず心の琴線に触れることが 今まであっただろうか? 生まれて初めて見た光景のように、それぞれが強烈な印象を持って自分を囲んでいる。 それはどれも、とても、やさしい。 「ん……………」 背後でもぞもぞと、暖かい気配が動いた。 ゆっくりと振り返ると、予想していたような、いやそれ以上に心を浮足立たせる情景。 開いた障子の向こう、光の差し込んだ部屋のまんなかで、眠たい目をこする君。 「すまぬ。起こしてしまったか?」 「んぅ………けんし………さむぃ…」 砂糖菓子のような声を出し、寝ぼけているからか、布団を宝物のように抱きしめてはなさない。 その様が、酷く可愛い。 「ふふ、すまぬな。今閉めるから」 手を障子の取っ手にかけようとのばすと、眠たげな愛しい人の声が甘く響く。 「や、閉めちゃ、や……」 女の華奢な手が、駄目〜と意思を主張して振られている。 ゆらゆらと、それは紋白蝶のよう。 「目、覚ましたいから、開けてて…………」 「はいはい」 些細なお願い。なんだかそれが幸せでくすぐったい。 「………なんだか、嬉しそう……」 「そうでござるか? 確かに、嬉しいから、まぁしょうがない」 「……なんで?」 「幸せだから」 ねぇ、咲き誇る桜のように綺麗で、太陽のように輝く貴女。 俺を変えたのは、まぎれもなく貴女なんだ。 それは、些細な幸せの日々。 あとがき++++++ 最初、情景だけで一話書き上げようと思ったけど無理でした。 何故だろう、情景書くのがものすごく下手になったような。 (そりゃ以前も上手いわけがないですが、その以前よりさらに腕が落ちたというか) 新婚成り立て剣薫。 だから、アゲハ蝶じゃなくて紋白蝶なんだよーって変な処で主張してみる。 だから砂糖菓子なんだよー。(砂糖菓子って比喩、使いたくて四苦八苦。なんだか上手くいってないかも) 人斬り時代は、剣心は自分の髪の色を血の色のように思って過ごしたんじゃないかなーと思う。 血に染まった色、だとか、己の罪悪を突き付ける、そんな象徴として。 命の色なんてわからないし、だから血の色で。 こびりついた血の匂いに嫌悪してた彼だし、手からは血のにおい、酒は血の味とくれば、髪は鮮血の色に 見えただろうなと思うんです。 (でも、例えそうだとしたら、剣心は自分が生まれおちたところから罪の意識にさらわれそうだなぁ) 時代背景考えると、超越してそうでもありそうだけど…… 血=死じゃないもんね……侍だもの、血なんていつも見てますから。 でも、そんな髪の色もいつもと違った心境で、暖かい色だとか、夕焼けの色だとか、 (るろ剣は重要なシーンに夕焼け多いね)……なんだろ。上手くいい表現が思いつかない。 とにかく、そんな風に受け止められるようになったらいいなーと思う。 剣心の幸せは、暖かな日常だと思っています。