短文集










どうしたものか。 
彼の先には、愛しい女性。 
それもお昼寝中の。  
 
そして、彼女を包んでいる衣は――――――紛れも無く自分の緋色で。  
幸せそうに眠られてはどうしていいかわからない。 
彼女は大事そうにそれをにぎりしめている。 
――――――彼女を包む着物は、紛れも無い自分のもの。なのに。 
 
「…羨ましいな」 
 
思わず口から出た言葉。 
その言葉に自分でも驚いた。 
着物の代わりに、自分が彼女を包み込んでしまえたら。 
――――――こんな自分でも、それは許されるだろうか。 
彼女とは、一回りくらい歳も離れているというのに、彼女に触れたいと願ってしまう。 
こんな自分でも、彼女に触れていいのだろうか。
いつも彼女の笑顔に救われてきた。それを自分のものにしてしまうだけの価値が、あるか? 
自分みたいな男が、この清らかな彼女に相応しいなんて思えないのに。  
そういった葛藤のさなかにあって見たこの光景に心の箍が外されてしまいそうだった。 
幸せそうに、そして無防備に眠る姿。 
なんて魅力的な君。 
 
「―――薫殿」 
 
ぽつりと呟いて、あやすように着物越しに彼女を撫でた。 
彼女は起きない。熟睡しているようだ。 
それはいいのだが――――――今度は思いがけず、着物越しに触れた自分の手が、離れがたかった。 
本当に、彼女の傍にいると知らなかった『緋村剣心』を知る。 
こんなにも彼女の温もりを切望している自分。 
着物越しでも感じる、彼女の柔らかさと温かさにくらりと眩暈がする。 

起きて欲しい。そうしたらきっと自制できるから。 
 
起きないで欲しい。このまま、彼女を包み込んでしまえたら。  
 
顔が歪む。  
矛盾した自分。 
でもどちらかと言えば後者を願っている。 
それが自分でもわかるから、なおさらどうしていいのかわからない。 
 
ぽすり、と寄り添うように倒れ込んだ。 
布越しに彼女の体温を感じながら、  
 
 
 
 
「起きて…薫殿」  
 
 
 
口を出た言葉は信じられないくらいか細かった。










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ふわりとそれは舞って、 
 
ゆっくりと落ちて行った。 
 
 
深く。 
 
 
深く。 
 
 
僕の知らなかった場所まで。 
 
 
深く。 
 
 
深く。 
 
 
ねぇ、僕は何も知らなかった。 
 
 
君と出会うまで、何も知らなかったんだね。 
 
 
深く。 
 
 
深く。 
 
 
 
自分でもどうしようもならないくらい 
 
 
 
 
僕は君に溺れてる。










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春のうららかな陽気の中。 
なでるように優しく吹く風に、幾十にも流され舞う春の欠片。 
どこまでも広がるこの青の下でふわりと踊り、見る者を魅了してやまぬ。 
晴天の下の薄紅色の森から、一欠片、また一欠片とこぼれてゆく。 
やがて足元に薄紅色の絨毯が敷かれるのだ。 
そのころにはきっと薄紅色の森は、若草色のそれに変わる。 
変わってゆく。なにもかも。いろんなことが。 
 
でも。 
 
 
「綺麗でござるな」 
 
 
いつでもそれを美しいと思う。 
 
 
 
これからもずっと。 
 
 
 
 

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理解できないんだ。 
くるくると侵食してゆくそれを。 
体の全てを明け渡したくなるその誘惑を。 
どうして感じているんだろう。 
どうして今になってそれに気付くんだろう。 
 
気がつくと周りは知らないモノだらけ。 
こんな景色俺は知らない。 
知らない。 
知らないんだこんな鮮やかな世界!!!! 
 
俺の知っている世界は…もっと白黒でどこか鉄の匂いがしていた。 
そんな中、血のような紅の華が咲いているんだ。 
だって俺の髪だってほら。緋く染まるくらいに俺はそんな世界にいた。 
そんな世界にいた筈なのに。 
そんな世界にいた筈だったのに。 
 
ここはどこだ。 
 
気づいたら変わっている世界。 
ここは俺の踏み入れていい世界か? 
戻りたいかと言われたら戻りたくない。 
でもここが自分にふさわしいとも思えない。 
 
ねぇ、どうして君は俺を連れ出したんだ。 
 
俺はここにいていいの? 
 
望んでいいの? この世界を―――――君を。 
 
わからない。 
 
わからない。 
 
ただ、もう引き返せないことは確かだったんだ。 
 








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蠱惑的な笑みを時折みせる彼女。

いつからそんな顔を見せるようになっただろうか。

ねぇ、そんな目で見つめないで。



どうにかなってしまいそうだから。
















「ちょっと剣心、今から稽古なんだってば…っ」



腕の中の華奢な体が、自分に反抗している。
む、とした。
以前ならば、真っ赤になって照れて、他の事が手に着かないくらい動揺して。
そんな彼女を見るのはちょっと楽しかったから。


慣れさせたのは、自分。




それをのぞんだのは、自分。




だけど。











(このような時は…どうも気に入らぬものだな…)







己から離れようと四苦八苦してもがく愛しい人。
そのぬくもりを離したくなくて、ちょっとだけ強引に繋ぎ止める。




「拙者に抱き締められるのは…嫌でござるか?」




わざと耳元でそっと囁く。
いじわるな質問。
きっと真っ赤な顔で彼女は否定する。それをわかっていて、自分は問う。



「……ぁっ、そ、そんなことない…っ、けど、弥彦来ちゃうんだもの!
ね、剣心、やめて……?」



ねだるように、上目づかい。
全く、どこでそんな技を覚えてきたのか。
仮に無意識だとするならば、なお悪い。




「もうちょっと……」



そう呟いて、わざと耳近くの首筋に、音を立てて口づける。
ぴくり、と彼女が揺れる。



「っ、剣心っ!! 駄目っ、そんな所――」


跡が残ったらどうするの。



続く言葉を、そのまま塞いでしまう。


そんな行為の最中でも、しきりと彼女の手は己の身体を押し退けようと動く。


ひとしきり翻弄し、離すと彼女は熱に潤んだ瞳で荒い息を整えていた。










ああ。なんて自分は愚かな事をしているのだろうか。
そろそろ自制しないと、本格的に歯止めが利かなくなりそうだった。
桃色に染まる白い肌。濡れた目。艶をおび、みだれた髪。ふっくらと色付いた唇。
あまい、あまい香り。全て、自分を誘っているのではないかと思うくらい、蠱惑的な彼女。







でも、悪いのは自分ということもちゃんとわかっていたから。









花のような唇を、名残惜しげに指でなぞる。





「……続きはまた夜にでも」




思い切り甘く、囁く。
自分のいっぱいいっぱいな思いを、僅かに含めながら。








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あの人はいつも穏やかに笑う。
好きになっていたのはいつ頃からだったのか、よくわからない。
流浪のお侍さん。
廃刀令を無視したその出で立ちも、その頬の傷も。
町の皆が(何も知らない人はおびえるかもしれないが)受け入れてしまう、不思議な人。
いつも側であの人の笑顔を見ていられたなら。



でも。 



いつも隣にいるのは私じゃない。 


神谷薫さん。 



地元じゃ有名な剣術小町。
彼女もあの人が好きみたい。 悲しい。心臓が痛い。考えたくない。あの二人を見ていたくない。 

ずっと見ていた私だからわかる。

あの人も―――――薫さんと一緒だと違うんだ。


視線が違う笑顔が違う空気が違う。

二人の空気はまるで……………







それを、認めたくない。











偶然にも件(くだん)の女性と赤べこで隣の座席になった。
私は父と食べに来ていたのだが、正直気もそぞろ。
はじとみ越しの、一人で来ていたらしい薫さんと赤べこの看板娘さんの会話が気になってしょうがなかった。 

「妙さん。最近剣心笑うようになったと思わない?」

嬉しさの滲み出るような声が聞こえてくる。
その幸せそうな様子に嫉妬し、同時に話の内容に憤った。
いきなり何を言うのだ。
彼はずっと笑っていたじゃないか。
いつも優しげな微笑をたたえて、人助けをしているというのに。


「違うわよ。今までの剣心の笑みは、処世術というか………どこと無く何か秘めた感じだったじゃない」
「薫ちゃん、ほんに剣心はんのこと見てるさかいなぁ」


 え? 


「もう! で、今は心の底から笑ってくれているみたいで――――」 


ちょっと待って。私だって彼のことを見ていた筈なのに。 


「嬉しいなって思うんだ」
「剣心はんは幸せ者やね。薫ちゃんみたいなええ女に思われて」
「もう! 妙さんってば!」


 私が好きなった笑みは…………… 


「確かに剣心はん、近頃雰囲気違(ちご)うね」
「でしょう?」
「薫ちゃんの力やねぇ」
「えっ、ちょっ…妙さんってば!」



見ていたつもりだった。彼の些細な癖さえも発見して喜ぶくらいには。 
なのに、私は………………





本当にただ見ているだけだったのかもしれない。










「薫殿」


緋色の剣客が女の名を呼ぶ。


「剣心! 迎えに来てくれたの!?」
「ああ。暗くなると心配でござるし……それでなくても薫殿は目を離すと何をしでかすか」
「ちょっと! それどういう意味よ!!」
「身に覚えがないとは言わせぬでござるよ?」
「うっ…あれは、結局無事だったからいいじゃない」
「そういう問題ではござらん」
「……はい」
「では、帰ろうか」
「うん!」



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漆黒の闇におぼろ月夜が揺れる。 
この地に振り回されるかのように、振り子のようにゆらゆらと。 
 
いつかは消えるのだろう。 
 
無感情な瞳はただそれを視界にいれるだけ。 
いれるだけで目はさらにどこか遠くを見ている。 
何を見ているかなんて、誰かが訊いたら教えてくれるだろうか。 
いや、きっと彼女自身もわかっていないのだろう。 
いつのまにか足元には沼が広がっていて。 
抗う暇もなくずぷずぷと身体を取りこまれてしまっている。 
抜け出す術と信じているものはきっと彼女を貫く楔。 
違う。わかってはいるのだろう。 
でも彼女には他にどうしていいかわからない。 
何をすればこの思いは晴れる? 
何をすればこの悲しみを絶やせるだろう。 
想像もつかない。 
 
 
くすくすと嘲笑の音がする。 
 
ああ、漆黒の空の真ん中で一際笑うそれ。 
 
勝手にあざけつくせばいい。 
 
それは彼女の知るところではないのだから。








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* 以降、雷葵的再筆妄想


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雨が降る。
うざったるいくらいに身体にまとわりついて気持ち悪いくらいだと薫は思った。
水にぬれて、着物が重い。
早く家に帰って着替えよう。もしくはどこかで雨宿りできれば。
ぬかるみ始めた地面のせいで、足袋が薄茶色に染まってゆく。
なのに―――動けなかった。
同じく雨の振る往来の真ん中で、彼が悠然と立っていたから。
その視線は、まるで私の心の奥底まで見透かすようで。

どうして、と彼は唇を動かす。

雨音の中でも何故かそれは、私の心の臓に直接響いてくるよう。

無意識に身体が震えた。


「そのように身に刃を隠し持ち、飾りたてて―――いったい薫殿は何におびえているのでござろうか」


しゃべらないで。
暴いてしまわないで。

何に? 何によ。
私が何におびえているというの。
評判の剣術小町の私が?

どうして―――貴方の目は私のどこを見ているのよ。



雨はなおも振っている。

塗れた衣は、重かった。




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戦う事しか知らなかった。
 
剣術は習う分にはある意味で至極単純だ。
精神を統一し、日々自己の鍛練に励む。
試合は規則に則り明確に勝ち負けが出る。
実戦と違ってなんと綺麗なものか。
 
伊達に剣の腕を磨いていたわけではない。
父から仕込まれた剣術の極意を習得しようと努力してきて、
巷では剣術小町と称されるくらいにはなった。
この町で薫が勝てない剣客が限られるくらいに――――
 
でもね、貴方も私がまだ勝てない相手なの。
 
飄々とした優男。
赤い髪に左頬を中心に目立つ十字傷。
紫電の瞳に柔和な眼差しが不安定に見えて、どこか危うい印象を受ける。
後ろ髪は二つに結い、無造作に風に靡かせ、こ洒落た羽織を身にまとう、派手な男。
 
剣客、緋村剣心。
 
 
戦う事しか知らなかった。
 
 
―――だから、こういう時はどうしたらいいの?
 
 
剣の腕で負けて、悔しいことに彼のほうが料理上手で。
 
 
私が彼に誇れるのは―――裁縫の腕と、好きだという気持ち。
 
 
とにかく後者が厄介すぎた。
恋愛に明確なルールはない。わかっている。
でも、だからこそルールがあればと願ってしまうの。
何かをなすことで、確実に彼に『勝てる』というならば、努力を惜しまないというのに。
 
何をすればよいのかわからなくて、なんだか霧の中を進んでいるみたい。
 
ねぇ、でも心だけはまっすぐに貴方を宿しているのよ。
 
だから、いつかきっと。
 
 
貴方に届く日を願って、今日も私は踏み出すの。















あとがき++++++


WEB拍手に使ったのやらなんやら。
後に修正してたりしてなかったり。




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