短文集 「薫殿の側だと、拙者は大きな子供のようになってしまうでござるな…。 甘えて、薫殿を離したくない」 「ふふ、知ってる」 「………知ってたでござるか…」 「うん。嬉しいよ」 +++++++++++++++++++++++++ 「いかん! 一刻も早く出かけねば!」 「? どうかしたの??」 「今日は八百屋の大根特売日だということを失念していたでござる……!!!」 「…………行ってらっしゃい」 「行って来るでござる!!(神速」 ――――――― 「………平和ねぇ」 +++++++++++++++++++++++++ 「ねぇ、剣心。いつまで剣術小町って通じるかしら」 「ぐっ!? ……げほごほっ、ごほっ、……いきなり何でござるか」 「いや、剣心の妻になったら、流石に小町って言われるのもどうかと思ったのよ。嬉しいけど…うーん」 「拙者としては一刻も早く剣術小町の名が消えて欲しいでござるよ」 「むっ。どういう意味? 妻になったからって、剣術をやめろなんて言いだすんじゃないでしょうね。 絶対に嫌よ。神谷活心流の師範は私なんだから。私しかいないんだからっ!」 「お、おろ、違うでござるよ。そう言う意味ではないでござる〜」 「………じゃあ、どういう意味よ」 「―――――…おろ。拙者豆腐を買い忘れていたでござる。行って来るでござるよ〜」 「あっ、ちょっと待て―――!!!」 言えぬよな。 小町なんて…美しいと言う褒め言葉を、拙者以外の者が呼び、それを喜ぶ薫殿の姿が見たくないだけなんて。 +++++++++++++++++++++++++ 「とおさんは、つおいの?」 そう訊いたのはいつだったか。 幼い自分に、周りの大人達はよく言ったものだ。 『お前の父さんのように強くなりなさい』 大好きな弥彦兄だって、父さんを目標にしていた。 皆が一目おく自分の父。腰に刀を差してはいたけれど、父が刀を抜くところは滅多に見たことが無かった。 母さんに訊くと、 「そうね、とても強いわ。母さん剣の腕でかなわないわね。 剣路、あなたはそのお父さんの子供なのよ」 ほんの一瞬だけ憂えた表情をしたように見えたが、 笑って頭をなでてくれた。母さんにとって夫が強いことは誇りのようだった。 自分の父は、自分が髪をひっぱると困った顔をして、でもにこにこ笑っていた。道場の皆が稽古している中、 縁側で洗濯物を干していた。 幼い自分の目には、父より道場の門下生のほうが強そうに見えたものだ。 なんで皆は父を強い強いともてはやすのだろう。 わからなくて、当の本人に訊いてみた。 「とおさんは、つおいの?」 舌足らずな声での質問に、父は一瞬目を見開いた。 それから、いつもの優しげな微笑につかめない何かを含ませて笑う。 「剣路はどう思う?」 どう思う、なんて訊かれても。わからないから訊いているのに。むっと眉根をよせて、しかめっ面をした息子に、 父はすまんすまんと笑った。 そして。 「強くなれよ。剣路」 それだけ。 それだけを言った。 そう、父は、自分のことを強いとは言わなかったのだ。 そんな事を、『今』になって思う。 父が強かったかどうかなんて、今ではどうでもいい気がした。 自分の中での答えも出なかった。 ただ父は『緋村剣心』であるだけだった。 そうだろ? 父は何者でもない、『緋村剣心』なのだ………。 +++++++++++++++++++++++++ じぃっと。 彼女の視線を感じる。 可愛らしい恋人の視線。 見つめられているとわかりつつ、素知らぬ顔で過ごしていたのだが……… じー じー じー …………… 「あの……薫殿」 「―――えっ、あっ!!」 遠慮がちな呼びかけに、はっとした様子で彼女が身じろぎした。 声が少し力んでるのは動揺している為だろうか。 苦笑。 「そのように見つめられては…拙者、穴があいてしまいそうでござるよ」 「え、えええ? そんなつもりじゃっ……」 「では――何か?」 その問いは当然だと思う。 朝から晩まで見つめられて。 もちろん、初々しい恋人に見つめられるのは嫌いではないのだけれど。 どうせなら、遠くで見つめてくるよりも、近くにいて欲しいと思うのだが…。 問いの答えに詰まった様子の薫殿。 言いづらそうに顔を赤らめてもじもじしてる様がとても可愛らしくて。 ―――無理にでも答えを訊き出したい。 なんて、邪念が頭をかすめた。 恋仲、と呼ばれるものになってまだそう日は経っていない。 少しずつ環境に慣れようとする薫殿の努力が可愛らしくて。 また、自分の方がずっと年上なのだからと。 ゆっくり、彼女に合わせて仲をはぐくんでいこうと考え、色々と自分を抑えようとしているのだが。 彼女を前にして、不意にわきあがってしまうこの衝動はどうしたものか。 気付かれぬように、深呼吸。 「――薫殿?」 ゆっくりと。意識して柔らかな口調で。 彼女の言葉を促してやる。 おかげか、下を向いてもじもじしていた薫殿が思い切って深く息を吸う。 視線をずらして、ごもごもと言われた言葉は。 「あの…口吸いって、身長差があった方がいいってほんと……?」 …………………… ……………………一体誰の入れ知恵だ。 自分の予想を超える質問が来るとは思ってなかった。 脳裏で妙齢の看板娘が浮かんだのは言うまでもない。 (薫の質問の裏に彼女の存在を感じる気が) 一応薫殿とは恋仲だし。口づけもしたことがないわけではないのだが…… 彼女は不安げに言葉を続ける。 「身長差があると…違うものなの? 身長差がないと駄目なの?」 「い、いやっ…そんなことはござらんが…!!」 まて。 まてまてまてまて。 この流れは何かまずい気がするでござる。 顔を赤らめて、不安げな顔で、彼女は言う。 「け、剣心は……私との口吸い……嫌?」 ぷつりと。 理性のはじける音がした。 いつかこれの続き、気が向いたら書きたい。 +++++++++++++++++++++++++ ふと、考えるんだ。これからどうなるのかと。 別に大したことじゃないけれど、これから自分が神谷道場からいなくなる。 大して変わらない筈だ。だって、左之助の長屋に移り住むだけ。 これで俺も、一応一人立ちしたということになるのだろう。 おめでとう、とか言うヤツもいるかもしれない。だが、俺にとってはそれは「ようやく」だ。 ようやく、一人でも生きていけるのだろう。 父と母が亡くなって直後にはできなかった願いがようやく今、達成されたという事だ。 もちろん、完全に一人立ちしたわけじゃないのもわかっている。だが、これは大きな区切りだろう。 それが嬉しくないわけじゃない。だけど………自分でも馬鹿だと思うくらいの、馬鹿な事を考えてしまっている。 俺がいなくなったら、どうなるかなんて。 剣心がいなくなった時、薫は泣き崩れて寝込んでたし。 薫がいなくなった時、剣心は壊れて落人村に行くし。 あの二人はきっとお互いがなくてはならない存在なんだと、どんな阿呆でも分かるさ。 あれから怒涛のように、蒼紫と操のヤツが帰って、恵が会津に戻って、左之助が海外に行った。 連続してこう別れを見せられて、俺の時はどうなるんだろうと考えてしまう。 皆の別れとは格差がありすぎる別れだけど。 この別れが俺が神谷道場に必要とされていたかの真価が出される時なんじゃねぇか……なんて。 ああ、馬鹿馬鹿しいとは思うさ。そんなの考えるなんて、ガキみてぇだ。 振り払おうとしても、ちらつくその考えが、ちょっと、怖い。 考えても詮ないことだともわかっている。 ああなんでこんなになやんでるんだよおれ。 薫は、寂しがってくれるだろうか。むしろ寂しくて泣かないだろうなアイツ。 剣心は、見守ってくれる…ような気がする。 いやでも、案外二人共俺が出てくことで二人きりになれるからって喜んでたりしてねぇだろうな…… 別に、笑って祝ってくれるならそれでい。 でも、俺は案外悲しんでほしいのか…? あーこんな馬鹿馬鹿しいこと考えるのはもうやめだやめ。寝よ寝よ。 ふと書きたくなった弥彦独白。 剣心が京都に行く時は剣心組総出で剣心を止めようとしたし、 薫が死んだとされた時は薫の葬儀で泣く大勢の人と、悲しみに暮れる周りの人々を見ている弥彦。 自分がいなくなったらどうなるのだろう、なんて考えることがあっても不思議じゃないだろうなって。 でも、前向きな弥彦のことだから、こんなことでは悩まないかもしれないけれど。 だから、最後の一文が決められませんでした。眠れなかった場合は、当日、薫と弥彦二人共目に隈ができた状態で別れるといい。 そしてそれを剣心が笑って見てる…とか。 バカなこと。というタイトルで以前UPしてた文。 +++++++++++++++++++++++++ 神谷道場の緋村剣心。 地元じゃ腕のたつ剣客と評判の彼には、人には言えない過去がある。 そう、彼は幕末に暗躍した、人斬り抜刀斎そのものだということ――― * 「うっ…高そうなお菓子と焼き物……!!!」 桜色に染められた上品な風呂敷包み。 そのさらに奥から出てきた、丁寧な包みを開いて薫は呻(うめ)いた。 繊細な色の、芸術品とみまがうかのような普段滅多にお目にかかれない練り菓子と、見たこともない船来物の菓子。 さらに、桐箱に入れられた、渋色挿絵が入ったの小皿五枚組。 高価そうなにおいのするそれらを前に、薫の口元がひくつく。 同じく品物を覗いていた弥彦が傍らで感嘆の息をもらした。 「おお、こりゃまたすげーな。以前はなんだっけ?」 「………以前は、初詰みのお茶と、陶器製の船来人形よ…」 「ああそうだっけ。お茶はともかく、人形は剣心が返そうとしたら、逆に押し付けるように渡していったんだよな。売り払ってもいいからって。人形に比べたら、焼き物のほうが実用的でいいじゃねえか」 「でも……こんな高そうなもの、本当に頂いていいのかしら………うう、お菓子もこんなの見たことないわ…ご丁寧にこれはどういうお菓子かっていう説明文付きよ……」 「まぁ……剣心が受け取っちまったんだからいいんじゃね。向こうも久々に剣心に会えて嬉しいんだろ」 あきれ顔で言う弥彦に、薫が声をあげる。 「でも!! ただうちで剣心とお話してるだけじゃないのー!! ああもう、この高そうなお菓子と比べて、うちが出せるお菓子なんてたかが知れてるに決まってるのに……っ」 言いつつ手はちゃっちゃと客用の湯のみにお茶を注いでいく。 ――――緋村抜刀斎がここ、神谷道場にいるというのは、一部の人のみ知る事実だ。 つまり、一部の人には広まっている事実。 本日の来客は、そのうちの一人―――政府の高官にあたる人だった。 緋村と話をさせてくれ。 そのために、たまにうちに馬車で訪れたりするようになって、しばらくたつ。 彼も維新志士らしく、剣心とは旧知の仲だそうだ。 最初は、剣心を利用しようとするつもりなのかと警戒してしまったが、本当に、ただたわいもない話をしているようだ。 「失礼します。お茶をお持ちしました」 すっと、見知った客間の障子をあけると、洋装の、ひげを生やした男の人と、微笑んでこちらを見つめる、十字傷の食客。 「薫殿」 柔らかな声音でつづられる5文字は、いつもよりどこか抑揚を押さえたように聞こえるのは気のせいだろうか。 「これは、お気づかいありがとうございます」 「いえ、ごゆっくりなさってくださいね」 音をなるべく殺すように心がけ、ゆっくりと茶菓子を差し出し、そつの無いようにその場を辞そうと礼をして立ち上がる。廊下に出たその時、思いついたように客人が言った。 「そうだ。もしもよろしければ、薫さんともお話してみたいのですが」 ぴくりと身体が止まる。 「私ですか?」 「そんな堅苦しくなくていいですよ。現に今だって緋村とは他愛もない話しかしてない。よければ、この道場に来てからのこの朴念仁の笑い話の一つや二つ、あれば教えていただきたいのですが」 「高田さん、笑い話云々は勘弁して貰いたいですよ」 「何を言う。お前が隠す気なら後でこっそりと、薫さんに文を書いて教えてもらってもいいんだぞ」 「それ、どういう脅しですか……」 剣心は苦笑して、それからどうしたものかと居心地悪そうにしている私を見た。 「薫殿、時間は大丈夫?」 「え、ま、まぁ……一応――…」 しまった。呆けた声を出してしまった。 はっとするも、目の前の男二人は気にした様子もない。 剣心が部屋の奥に身体を少しずらし、私の為に場所を開ける。 それの意図するところがわからないわけではない。 そこに座れと言っているのだ。 躊躇する私に、ゆっくりと剣心が呟いた。 「おいで、薫殿」 * たわいもない話に興じ、いつしか時間が過ぎ。 過ぎ去っていく馬車を剣心と二人で見送った。 「ねぇ…あの人、とてもお忙しい方なんでしょう?」 「ああ、そうらしいでござるな」 「それがこんな風に…たまにふらっと剣心に会いに来るじゃない、剣心、よっぽど昔、可愛がられていたの?」 「まぁ……一応拙者は年下だし、高田さんは上役だったけれど………お世話になるにはなっていたが、その程度はどうでござったかな」 てっきり可愛がられていたから、今でも剣心に会いにくるんだと思っていた。 意外に思い、剣心の顔を覗(うかが)う。 「拙者は、維新志士だが、現在政治にかかわっておらぬから………妙な対立も気にすることなく、それでいて昔を知る、息抜き相手のようなものでござるから」 「……そうなの?」 「昔馴染みの顔が見たくなる時も、たまにあるのでござろうよ」 「それだけじゃ、きっとないと思うんだけどなぁ……」 道の向こうの端に消える馬車。 戻ろう、と促す剣心の着物の裾を、ちょっとだけひっぱってみる。おろ? とお決まりの声をあげる彼。 「―――剣心、疲れた?」 「―――…………そんな風に見えるでござるか?」 「なんとなく…」 直接的には触れないけれど、幕末を呼び覚ます人物との邂逅に。 「……別に話をするのはいいんでござるが……あの人は昔から、少々強引で……今回は拙者の過去話を薫殿に話したがっていたから、心臓に悪かったでござるよ」 「そうそう。昔の剣心のドジ話とか、面白かったわね」 「お、おろ〜。忘れて欲しいでござるよー」 「ふふふ。どーしよっかなー」 わざとらしく煽りたてる私に、これまたわざとらしく、話にのりかってくる剣心。 いつもの、情けない笑い顔。 「さて、剣心。もうすぐ日が暮れるけど、夕飯は?」 「おろろ、今の今で出来ているわけがなかろうに…」 「弥彦がお腹すかせちゃうじゃない! 早く早く、頑張ってー」 「はぁ……はいはい」 確か先日お隣から貰った野菜があったから、今日の夕飯は―――――――― +++++++++++++++++++++++++ ねえ、あなたは行くのでしょう。 いってらっしゃい。 そう送り出す私の本心を知りながら。 それでもあなたは行くのでしょう。 世の為、人の為にと……。 ああ、あなたの後ろ姿が離れていく。 それでもわたしは言うのでしょう。 いってらっしゃい。 あなたの体がぼろぼろだろいうことを、一番知っていながら。 それでもわたしは……… +++++++++++++++++++++++++ 「殺してしまえばいいじゃない」 その台詞が。 あまりにもあっさりと出てきて。 そしてそれを言ったのが彼女だということに。 正直、頭が理解するまでに時間がかかった。 「うん、それがいいわ。そうすれば―――」 「薫…殿……?」 「ねっ、剣心、いいでしょ?」 無邪気に彼女は言う。 瞳を輝かして――――――… ああ、どこで彼女はこうなった。 責任があるとしたら…… 「……俺か」 口の中で呟いた台詞。 妙に苦々しく思う。 「けんしん?」 明るく言う彼女の瞳の奥に痛みがあることにほっとする。 同時に懺悔。後悔したところで過去には戻れない。 わかってはいるのだけれど。 「薫殿………薫。 馬鹿なことを………」 そっと手を頬に添える。 彼女の眼差しが一瞬ゆらいだ。 「………ど、して………」 「うん」 「…………くる、し…………」 先程の表情は一変し、彼女の顔が涙に濡れる。 ほっとした。彼女は、まだ大丈夫だと知ったから。 「くる……しいよ………」 「うん」 「けん、しん……っ」 「……うん」 立っているのすら辛いのかという表情で、薫は自分を見つめ、腕の中に飛び込んでくる。 幾筋にも涙が流れて。 腕の中に飛び込んできた割には、逃れようと、そして逃れようとする心に抗うように爪を立てる。 「も……いやぁああああああああああ」 「……うん」 すまない、と思う。 自分がいなければ、きっと彼女はこんな思いをしなくてもよかったのだろう。 自分がいなければ、きっと彼女は……… 「薫殿」 どれくらい時が経っただろうか。 泣きやんだ彼女に声をかけると、返事のように爪をぎりりとたてられた。 「知っている…? 薫殿、君は俺のすぐそばにいて、きっと誰よりも俺を苦しめて殺せる」 「…………」 「―――でも、俺は……拙者は、殺されてあげないよ」 「わかってる……っ」 そんなつもりないの、とくぐもった声が聞こえた。 「剣心はいつもそうだわ………… だから私、くるしいの。 貴方に愛されてる。それもわかるから余計に……」 「なら、この手をはなす?」 「―――っ、最低!!!」 「何とでも」 「最悪、馬鹿、ほんと、救いようがないわ!! だいっきら………」 「薫、殿」 「……―――大嫌いなのは、私よ。最低なのも、馬鹿なのも、救いようのもないのも………」 「薫殿」 「だから………どうしていいかわからないの」 「…………」 彼女の呟く「くるしい」が「死にたい」と聞こえた。 あとがき+++++++++++++++++++ 何気に短文ってたまっていくもんですね。 初出 09.07.18(こっそり追加09.11.5) BACK Copyright (c) Raiki, All rights reserved.