目次へ



 湖上の城のエルフ






 彼は、里でただ一人のダークエルフでした。

 僕を含め、他の里の者はライトエルフのみ。里の皆から、彼は遠巻きにされていました。二つの種族は見た目と得意分野が少し違うだけと聞きました。狩りの腕は彼が一番で、皆にも分けてくれるのに、彼はいつも一人でいました。
 子供の僕には、どうしてなのか分かりません。
 彼は何も言わず無表情でした。濃い肌色で、とても綺麗な顔立ちなのに、笑った顔を見たことがありません。とても見たいです。

 ある日いつものように親が、集めた果物を里の皆に分けていました。
「あとはあのダークエルフか」
 億劫そうに溜息する親。僕は腹が立って、
「僕が行ってくる!」
 と果物を持って、返事も聞かず飛びだしました。

「ナーリさん」
 ダークエルフの彼の家を覗くと、弓の手入れをしているところでした。その専心する静かな眼差しが僕に注がれて、なんだか緊張しました。
「フィフィルの息子のフィーです。お裾分けにきました」
 果物を渡すと礼を言われました。彼の表情はぴくりとも動きませんでしたが、僕の胸はくすぐったくなりました。

「手入れを見ていていいですか」
「他の狩人の家でも見られるぞ」
「ナーリさんが一番弓が上手いですから」
「好きにしろ」
 それから僕は、暇さえあれば彼を訪ねるようになりました。



 最近、食料が少ないです……。
 危険な魔物が、いつも出ないところまで侵出してきているそうです。そのせいで近場でしか採取できないとか。
 代わりに腕に自信のある者だけが遠くまで行き、肉だけでなく木の実や果物を集めてきます。
 ナーリさんは忙しそうで、留守のことが多くなりました。

 会えない時間、僕は彼の家の家事をして待ちました。
「おかえりなさい」
 疲れた表情で帰ってきた彼は、綺麗に整った家の中を見て、少し目を見開きました。そして、いつもの涼しげな目に戻ると、僕の目を見てお礼を言ってくれました。僕は照れて赤くなってしまいました。



 季節が変わり、里の柵の端から見えるところに、果物が生っていました。ツヤツヤに熟れた果実です。このくらいの距離なら、外に出ても危険はなさそうです。そう思った僕は、里の裏門を出て取りに行きました。

 ―ですが、運悪く魔物が襲いかかってきました。

 黒いドロドロとした瘴気を纏った魔物。それは見たこともないほどの巨体の狼でした。口が大きく、エルフを食べる種の魔物だと直感で感じました。
 目の端で、柵の中にエルフ達が集まっているのが見えました。彼らは結界を厚くすることに必死で、僕の命を諦めていることが分かりました。

 僕は死を悟りました。
 最期に頭をよぎったのは、もっとナーリさんと一緒にいたかったという気持ちでした。

 しかし―、目の前の魔物の口に、矢が突き刺さりました。
「フィー!」
 ナーリさんが初めて僕の名前を呼んでくれました。助けにきてくれたのです。
 ナーリさんの矢が何発も魔物に突き刺さりました。彼は短剣も抜いて斬りつけました。
 魔物の標的は、僕でなくナーリさんになりました。
「邪魔だ! 里に帰っていろ!」
 僕にそう言うと、ナーリさんは魔物の攻撃を避けながら、森の奥へとじわじわと移動していきました。

「ナーリさんを追ってください!」
 僕は柵の中に戻り、他の狩人に助けを求めました。ですが、みんな顔を逸らしてしまいました。そうしている間にも、木々でナーリさんと魔物の姿が見えなくなりました。音も届かず、状況が分かりません。
 僕は涙を流しながら頼みました。最初に襲われたのは僕です。でもナーリさんのために何もできないので大人に頼りました。……ですがみんな結界を厚くするに必死で、誰も応じてくれません。
 こうなったら、とにかく濃い魔物避けの薬を作って彼を追おう。手伝いしかしたことがないので見様見真似になりますが、僕にできる唯一のことです。そう思って踵を返そうとした時です。

 ナーリさんが、戻ってきました。返り血でいっぱいですが、その歩みはしっかりしていて、怪我した様子はありません。僕は心底安心しました。

 ですが―彼は里の柵の外で立ち止まり、入ろうとしません。
 里の長が柵の内側に立ち、言いました。
「殺めたのか」
「ああ」
「あれは瘴気に侵されたとはいえ森の守り神。害することは、永劫に許されぬ大罪」
「ああ」
「ナーリ殿が、かつて繁栄したエルフ王国の王族といえど、例外にはならない。里から追放する」
「承知した」

「な、何を言って……」
 あんな魔物相手では、結界だって役に立ったかどうか怪しい。それにあの魔物が里の周囲に留まったら、どうするつもりだったのでしょう。すでに食糧の乏しい状況で、立て籠もる気でしょうか。―ナーリさんは里を救ってくれたのです。

 抗議しようと長に近づいたその時、
「フィー!」
 ナーリさんの声に止められました。
「怪我はないか」
「……はい」
「ならよかった」
 その時のナーリさんの表情の変化に、僕の心は震えました。それはとても小さな変化でしたけど、とても、満足そうな微笑みでした。

 大人がナーリさんの家から荷物を持ってきて、柵の外に投げました。ナーリさんはそれを拾い、
「世話になった」
 とだけ告げて行ってしまいました。
 ―行ってしまう。
 僕は自分の家に駆け戻り、採集用のバッグに、十を数える間だけ荷物を詰めこみました。そして裏門から出て、ナーリさんの後を追いました。後ろで親兄弟の声と、それを止める長の声が聞こえました。けれどそれは、草を踏みしめる僕の足音に掻き消えていきました。

 ナーリさん、ナーリさん……。
「ナーリさん!」
「っ! フィー……」
 いた。追いついた!

 僕は走り寄って、その逞しい胸に飛びこみました。彼は上着は脱いでいましたが、まだ血の匂いがしていました。それでも初めて感じるナーリさんの体温に、僕は幸福を感じたのです。
「どうして……フィー……」
 ナーリさんの腕も、僕を抱きしめてくれました。



 ナーリさんは僕を襲った魔物の死骸を燃やしていました。
 巨体は無惨にバラバラになっています。珍しい葉を集め、火に焚べています。
「穢れを祓う葉だ」
 僕達は並んで座りました。火の中で、魔物の穢れが消えていくのを感じます。
 ナーリさんはこの森を離れるというのに、この森のことを考えています。
 優しい彼に、報われてほしかったです。

「俺についてきても、行場もないし、命の保証もない」
「構いません。どうしても一緒にいたかっただけです。……あのまま里にいても、ナーリさんに会いたくて、めそめそしているだけだったでしょうから。あ、僕、大したことはできませんけど」
 僕が草の上に置いた手に、ナーリさんの手が重ねられて、握られました。二回目の接触です。
 嬉しい―。
 辺りが肉の焦げる匂いでいっぱいなのは、難点ではありますが。とりあえず焼き終わったら水場を探さないといけません。



 水場で服を洗い、翌日から二人で森を歩きました。
「まずは里の者の狩りの圏内を出る。その後、棲家を探そう」
「はい」

 丸一日歩きました。ですがまだ里の狩人の行動範囲内だそうです。
「足を引っ張ってしまってごめんなさい」
「構わない」
 ナーリさんは疲れを癒す効能の草をすり潰して、僕の足に塗ってくれます。
「フィー、君は大したことはできないと言っていたが」
「…………」
 あ、昨日のか。時間差があります。狩りの判断は早いのに、もしかして会話は苦手なのでしょうか。
「俺の生きる意味になってくれる」
―……」
 ナーリさんが優しい目で僕を見つめています。
「まだこの先に何があるか次第だが、―フィーを幸せにすることだけは決めた」
「あ……う……」
 僕は言葉を失いました。
 もう、幸せです。

 夜は、身を寄せ合って眠りました。
 この時間が永遠に続けばいい―。そう思いました。



 昼も夜も一緒に過ごしました。
 ナーリさんは身の上話をしてくれました。

 かつてエルフ王国という、現在の人間や獣人のどの国よりも繁栄した国があったそうです。
 繁栄は魔法の力によるもの。その魔法は王族にしか使えなかったそうです。

「王の城では一年中、花が咲き誇っていたそうだ」
「わあぁ、きっと綺麗だったんでしょうね」

 ―ですがある時期から、王族の魔法の力は急速に弱まりました。ついに普通のエルフと同程度。人間より少し得意な程度の、小規模な魔法しか使えなくなりました。
 エルフ王国は瓦解しました。元々エルフという種族に、大規模な組織は向いていなかったからです。

 エルフ王国の消滅は、ナーリさんの生まれる百年以上前の話です。
 ナーリさんが物心ついた頃には、小さなダークエルフの里にいました。
 エルフ王国に仕えていた大人のエルフは、ナーリさんを特別扱いしました。けれどナーリさんと同じ年頃の若いエルフは、その理由を説明されませんでした。ナーリさん自身にも説明はありませんでした。ナーリさんはなんとなく孤立していました。
 そして狩りを覚えるなり、里を去って旅に出ました。

 何年も秘境を彷徨ったり、人間の街に住んだりもしました。
 老齢のエルフに会うと、彼らは王族の気配を感じ取れるらしく、ナーリさんに血筋のことを教えてくれたそうです。
 そして―たまたまフィーの里で過ごすようになったそうです。

 ナーリさんは僕の話も聞いてくれました。
 ナーリさんが静かな人なので、僕は何倍も喋ってしまいました。といっても僕が話せるのは、採れる木の実や生息する動物の話。多分ナーリさんは全て知っている話なのですが、ずっと聞いてくれて、時々、笑みも見せてくれました。



 二十日ほど歩いた頃です。
 湖のまんなかの島。そこにそびえる城を見つけました。
 湖に架けられた石橋はほぼ崩壊していました。ナーリさんは僕を背負い、魔法で跳躍力を上げて、橋を渡りました。

 到着した城。つる草が生い茂り、誰も住んでいないようです。橋よりは無事で、ちゃんと建っています。こんな大きな建物は初めて見ました。里が丸ごと入りそうです。
「小さな城だな」
「え」
「打ち捨てられて、それなりに経つ」
 僕には相当な時間に見えます。僕とナーリさんの年齢差って、どのくらいあるのでしょう。知識の差もあります。これは、埋められるものなのでしょうか……。

 中に入って探索する。
「魔力の痕跡があちこちにある。これは……エルフのものか?」
「エルフの? 石と土で造られていますが」
 木もところどころ使われていますが、少ないです。エルフは木が好きなはずです。僕も好きです。
「このサイズの建物を全て木で造ったら、手入れが大変だからな」
「なるほど。大きいと大変なんですね」
 木……。

 中央部の一番広そうな部屋に入りました。
「玉座がある。城主との謁見する間か」
 里長と会うためだけに、こんなに高い天井の部屋を用意するなんて。岩暮らしのエルフの考えはよく分かりません。
 玉座の左右には、ボロボロの大きな布が垂らされています。
「あの紋章、まさか」
「あ、玉座の後ろ、上れるみたいです」
 階段を上った空間に、何かの台座がありました。
「この台座……。なんだ。複雑な魔力が―」
―!」
 ナーリさんが声を発した時、台座の上の石盤が光りだしました。

『待っていた。エルフの王よ―』
「声……」
 石盤の上に光が集まりました。光は淡くなり、見つめていられるくらいに落ち着きました。
『ここはエルフ帝国の離宮の一つ。そして我は王の魔法の番人』
「王の魔法……。使えなくなってしまったと聞きました」
 それで、王国が瓦解したと。
『力を使えなくなったのは、王の血族が驕り、心穢れ、欲に溺れ、我ら精霊と感応できなくなったゆえ。若き王よ。そなたは―どちらだ』
「どちら……? ナーリさんの心が綺麗だから、あなたは応じたのではないのですか」
『この程度の会話ならば、我の力のみで可能。だが大いなる魔法を使うには、我と王の魂が重なり巡る必要がある』
「ナーリさんはとても優しい方なので、魔法が使えると思います」

―俺には無理だ」
「え?」
 ナーリさんを見上げると、彼は僕を見つめています。その目には、何か溢れそうな感情が揺らめいています。そしてナーリさんは目を逸らしました。
「私は、醜い欲を抱えている」
 ナーリさんが……。僕にはとてもそうは思えません。

『試してみるがいい。危険や代償はない』
「必要ない」
『魔法を使えば簡単にこの城を住める状態にできる』
「住むかは決めていない。それに、ゆっくり片付ければ十分だ」
『いや、ほら。食料もわっさわっさ……』
「自分で集められる」
 なんだか番人さんの方から欲を煽っているように聞こえるのですが、気のせいでしょうか。

『その子も同じ意見なのかなあ?』
「…………」
 ナーリさんは今度は即答せず、僕を見ました。
「僕はナーリさんが決めたことなら賛成です。あ、でも……」
 旅の途中、聞いた話を思い出しました。
「花を咲かせる魔法は、少し見てみたいです」
『ほら!』
「……どうすればいい」
『よしきた!』



 ナーリさんは番人さんに教えられた通り、光に触れました。
「精霊ルリルクよ。我の魂は汝と共に―」
 光がさらに細かい光を生んでいきます。それはナーリさんの側を巡り、木の根が、枝が張るように広がっていきます。
「王の園を守りし息吹に、力もたらせ」
 ふわっと、心地良い風が駆け抜けていきました。花の匂いがします。

 台座の後ろには隠し扉があり、開けると外に繋がっていました。
「わあぁ……」
 目の前には花畑が広がっていました。湖上の島は、色とりどりの花に包まれていたのです。
 下からテラスと階段がせり上がってきました。僕とナーリさんはその階段を降りて、花畑を歩きました。
「素敵ですね」
「そうだな」
 ナーリさんもこの光景に感動しているようです。
「俺が幸せにすると言ったのに、フィーの提案がなければ出逢えない光景だった。やはり幸せをくれるのはフィーだな」
 褒められて嬉しいです。けど―。
「二人で見たから幸せなんです」
 僕がそう言って寄り添うと、ナーリさんの大きい手が肩を抱いてくれました。



 魔法の力はすごいです。
 寝室もシーツも一瞬で綺麗になります。今夜はこの城に泊まります。いままで野宿はしていましたが、初めてベッドに一緒に寝ました。ベッドは木造りでよかったです。
 僕はナーリさんに抱きしめられて、こめかみにキスをされてしまいました。僕は赤くなってしまい、なかなか寝つけませんでした。寄り添ったナーリさんの胸も、とても鼓動が速かったです。



 番人さん改め、精霊ルリルクに引き留められて、僕達はこの城に住み着きました。
「フィーもルリルクって呼んでいいぜ」
「ありがとう、ルリルク」
 新しい主から力を分けられて、ルリルクは可愛らしいゴーストのような姿になりました。動けるのが嬉しいらしく、グルングルンと飛び回っていました。
「王様達が来てくれてよかったぜ」
「ナーリだ」
「ナーリ様だね。分かったよ。王様ぁー」
「…………」

 三人きりの王国はなんでもあります。
 綺麗な水と、豊かな森。駆けまわれる城に、暖かい日差し。

 今日は畑で苺が収穫できました。ルリルクがパクパクと食べています。思念体なのに、苺はどこへ消えていくのでしょう。
「フィーは食べねえの?」
「ナーリさんが狩りから帰ってきたら食べます」
「んったくよー。狩りの技術を忘れたくないとか言ってさ。もっと俺に頼って食っちゃ寝してればいいのに」
 ……エルフ王国はそのせいで滅びたのではないのでしょうか。

「帰ってきた!」
 ナーリさんは湖の上を浮遊しています。王様の魔法です。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
 僕が抱きつこうとしているのを察して、ナーリさんは浄化の魔法で獲物の匂いを払いました。そして飛びこんだ僕をしっかりと抱きとめてくれました。

 そんな穏やかな日々を、幸せいっぱいで過ごしました。

 ルリルクと仲良くしているうちに、僕も少しずつ魔法が使えるようになっていきました。ナーリさんの僕を信頼する心が、ルリルクの力を流し込んでいるらしいです。

 この力があれば、広いお部屋の掃除も楽々です。
「家事に関する魔法は、フィーの方が使いこなしているな」
「ふふ。昔の王様だって使用人に任せていたでしょうしね」
「フィーは使用人じゃなくて俺の……」
「?」
 ナーリさんの言葉が止まりました。
「……なんでもない」
 お耳が赤いような気がします。ダークエルフの肌色だと少し分かりにくいですが。

 熱はない、とナーリさんに否定されましたが、今夜は上掛けを増やそうと思います。
 僕は城の外れにある部屋の織り機で、軽く暖かい布を織りました。魔法の力であっという間です。

 夜、上掛けを増やしたことについて、ナーリさんにお礼を言われました。体も心もぽかぽかです。
 夜の寝室について、ナーリさんはルリルクに立ち入り禁止令を出しています。どうしてそんなことをするのか不思議だったのですが、ナーリさんを独り占めできると気づいたので、今は賛成です。
 ナーリさんと二人きり。幸せです。



 城の書庫の本は朽ち果てていて、最初は魔法でも直せませんでしたが、試行錯誤しているうちに直す魔法をルリルクが思い出しました。
 ということで今日はみんなで読書です。

 物語に出てくる賢者。その台詞を読んでいて、僕は疑問に思いました。
「そういえばルリルク。初めて会った時はどうしてあんな喋り方だったの?」
 今とはだいぶ違います。
「何でだったかなー。なんか頭にモヤが掛かったみたいで思い出せないけど、多分、前の王様がああ望んでいたからだと思う。でもナーリの王様と話しているうちに、前の王様の影響が薄れてきて、そんでもってナーリの王様は俺に何も望んでいなくて……。今はスッキリしたぜー。好きに話せるからなっ」
「よかったね」
「おう!」
 笑顔いっぱいのルリルクを見て、僕も笑顔になってしまいます。

 ルリルクは機嫌良く飛び回っていましたが、徐々にスピードを落とし、シュンとしてしまいました。
「他の城にも、俺の同族が同じように城に縛られているんだ」
 聞くと、エルフ王国はとても広かったらしく、世界の各地に同じような城があるそうです。
「きっと退屈で死にそうになってる。王様、構いにいってやるか、解放してくれよ」
「お前も解放できるのか」
 ナーリさんがルリルクに手を伸ばします。
「やだやだ! 王様と離れたら、派手な魔法使えないだろー」
 僕の後ろにルリルクが逃げ込んできました。
 ルリルクも一人では魔法の効果がガクンと落ちるそうです。

「旅か。フィーと穏やかに暮らしたいのだが……」
「まずは試しに、一番近い城からさあ。そこではもうすぐアイスアップルって果物が生るんだ。シャリっとして、それでいて甘くとろけるんだぜ」
「わあぁ」
 とても美味しそうに聞こえて、僕はつい目をキラキラさせてしまいました。
「あ……」
 ナーリさんがこちらをじっと見ています。子供っぽいと思われたでしょうか。頬が熱くて林檎になってしまいます。
「その城の場所は」
「行ってくれるのか、王様! ありがとー!」
 ナーリさんは急に行く気になったようです。きっとナーリさんが優しいからですね。

「僕も一緒に行きます。またナーリさんにいっぱい頼ってしまいますが、よろしくお願いします」
 僕の旅スキルは上がっていません。もっと狩りに出ておくべきだったでしょうか。それでも、ナーリさんを城で待つ気などありません。
「気にするな。フィーの幸せな顔が見たくて行くんだ。ついてきてくれないと困る」
 旅は僕のためだったようです。
「僕はナーリさんがいてくれれば幸せですよ」
「知っている」
 ナーリさんが僕の頬に触れた。
「フィーが幸せに思っていること、伝わっている」
 頬を撫でる指は、とてもゆっくりです。
「でももっと幸せにしたい」
 微笑んだナーリさんからは、優しさだけでなく、自信のようなものが伝わってきました。言葉少なながら、感情豊かになっていくナーリさんに、僕はドキドキしてしまいました。



 また旅支度です。
 今度は帰る場所があるので、お出掛けですね。

「お待たせしました、ナーリさん!」
「ああ。行こう、フィー……」

 魔法で浮遊するナーリさん。僕はその腕に横抱きにされて、ルリルクは自由に飛び回って。
 そうして僕達は湖を渡りました。
 花と水の匂いがする、僕達の棲家です。

〈終〉