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 仲良し雛鳥 2






 薬屋の窓から離れて、再び歩きはじめたリューは、しまりのない顔をした。
(残りの薬草も順調に育っているし、もうすぐアージュ様食べ放題……、でへへ……)
 ちらりとアージュを見上げると、彼がじっとこちらを見ていた。
「はっ。う……」
 リューは頬を押さえる。
「にやけていたの……見ましたか?」
 アージュは目を細めた。
「可愛い顔をしていた」
 二対の目が甘く愛しげにリューに向けられている。
 表情を変えると、幻視に隙ができる。繊細な魔術はまだまだ苦手なようだ。
 すぐ隠れて一対になってしまったが。
「何を考えていたんだ?」
「秘密です……」
「教えてくれないのか」
 アージュが寂しげな顔をして、リューは慌てる。
「ア、アージュ……旦那様のことです。けど、内容は……恥ずかしい……」
「そうか……」
 アージュはほっと表情を緩めた。
「幸せそうな顔だったから、きっと可愛らしいことを考えていたんだろうな」
 アージュの手がリューの肩に回された。ぴったりと寄り添いながら歩く。
「旦那様は僕に油断しすぎです……」
 隙あらば盗み見ているし、今だって無防備に晒された脇腹をなでなでしてしまおうかと企んでいる。
 妄想の中で、アージュがどれだけリューに好き勝手されているか。
「リューの好きなようにしてほしいんだ」
「……え」
「油断していたら、してくれるか?」
―っ」
 かあっと体が熱くなる。熱風を感じないくらい。寄り添うアージュの体温だけを、リューの皮膚は感じている。
(妄想より、現実のアージュ様の方が甘いなんて……)
 好き勝手できる空想を、目の前のアージュは簡単に超えてしまう。



 長い道すがら、アージュにたっぷりと口説かれた。
 熱った体に、ひんやりした風が当たる。
「水面が見えてきたな」
―わあぁ、キラキラしています」
 オアシスに着いたのだ。
 澄んだ広大な池。その周囲は池に向かって窪地になっていて、砂漠とは思えない緑地が広がり、日除けを広げた洒落たお店が並んでいる。
 水辺につながる階段を降りて、ひんやりの正体である水の匂いをたくさん吸った。
「にぎやかですね」
 様々な種族が綺麗に着飾っている。数少ないが、魔獣族と思わしき人も。お忍びのリューとアージュは、この中では地味な服装だ。
「ひらひらの服でここまで歩いてきたのでしょうか」
 道中はあまり見掛けなかったし、あれでは馬にも乗りにくそうだ。
「貴族は馬車を使っているな。この辺りは急坂が多いから、輿かきもいる」
「なるほどです」
 綺麗な人がいっぱい……。
 なんだかちらちらとこちらを見ている気がする。リューではなくアージュを……。
 友人のロッダの言葉が頭をよぎった。

 ―モテなかったのって王子の頃だろ。王位から遠いと思われていた上に、お姿や魔力が恐ろしくて。

(王様とはバレていなさそうだけど……)
 今のアージュは、普通の長身に一対の目。魔力の調整も上手くなり……。
―誰から見ても美男子だ!)
 引き締まった体型と顎のライン。ベールの下に薄っすら透ける涼しげな目元。隠れているせいで、逆に周りの興味を集めてしまっている。
 リューは組んでいる腕にぎゅっとしがみついた。
「どうした……」
 優しい声で、優しく頭を撫でてくれる。
 リューは気持ちが浮上したが、アージュが笑顔を見せたせいで、周りの人がさざめいた気がする。
(アージュ様が優しくしているのは、弟か何かじゃないの!)
 自分にも色気があれば……。
「綺麗な格好……してくればよかったです……」
 リューが情けない声で言うと、アージュが嬉しそうに反応した。
「何か服を買おうか。既製服が多そうで良かった」
 リゾートでもあるこの場所は、時間がかかる注文品だけでなく、すぐ着られる既製品も充実しているようだ。
「いいのですか」
「ああ、他の観光客も華やかな服だから目立たないだろう」
 リューを見つめる目が、甘やかに細められた。
「店が目に入って、気になっていたんだ。リューに着てほしくて。初めての外でのデートだから、ひらひらしたのを探そうな」
「……はいっ」

 柔らかい色合いの店頭をいくつか覗き、ふんわりとしたシルエットの店に入る。
「こういう店が好みなのか」
 アージュがしげしげと見本品を見回している。
(あ、鏡。髪の色が少し変わっている)
 薬屋のガラス窓では気づかなかった。ハーフノームであるリューの髪は少し緑掛かっているが、それが黄味に寄っている。獣人として違和感ない色にアージュがしてくれたのだろう。

 店員が案内してくれて、細身の男性向けの商品を見せてくれた。
 表にあったのは女性服のようで、男物は色合いは少し渋く、シルエットは少しシンプルになっていた。
 少し残念に思いながら選んでいると、店の奥の扉から数人が出てきた。
「それじゃ、次回の教習は来月だと思うから。練習を欠かさずに」
「ありがとうございます。あとついでに、こちら注文書です。本店に持っていってくれますか」
「はい、たしかに」
 書類を受け取っている方の人、どこかで見たことがある。
「あ」
 目が合って分かった。婚礼衣装を作ってくれた仕立て屋だ。仕立て屋も気づいたようで、驚いた様子だ。
「王……」
「しーっ、です!」
 リューは慌てて言葉を遮る。

 仕立て屋は、リューの案内をしてくれていた店員に、
「本店の常連の方だから、案内を交代するよ」
 と説明した。胃の辺りを押さえながらも、鬼気迫る表情で。店員は何の疑問も口にできず交代した。

「ひらひらしたのが欲しいのです」
「女性向けの商品でも、ものによっては男性ものに直せますよ。この辺りの商品でしたら、二十分もいただければ可能です。……私がいる時に限りますが」
「わあ、運が良かったです。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。この立地なら中性的な商品も需要がありそうですね。気づかせてくださりありがとうございます」

 気になった二つをアージュに見せると、悩んだ後、一つを選んでくれた。
「少し緑の糸が混じっている。リューの髪色に似合いそうだ」
 確かに、リューの元の髪色に似ている。鏡では気づかなかった。
「えへへ。じゃあ、これをお願いします」
「この声……、え、陛……」
「しーっ」
 仕立て屋は護衛か何かだと思っていたようで、真っ青になった。


 店で出されたお茶を飲んでいる間に直してくれた。二十分どころか五分しか掛からなかった。プロってすごい。仕立て屋さん、目が血走っていたけど大丈夫かな。
 アージュは服の料金に、急ぎの料金も添えて払う。
 日除けのベールも、レース入りの少しお洒落なものにしてもらった。

 店を出て、陽光の中でくるっと回った。
「似合うぞ、リュー」
「嬉しいですっ」
 リューの定位置、アージュの隣に並んで腕に寄り添う。
「旦那様は買わなかったんですね」
「元の大きさで服を着て、服ごと小さくする方が楽なんだ」
「そっか。今買っても着られませんね」
「だがせっかく店がたくさんあることだし、今度仕立て屋を呼ぶ時のために、私に似合いそうな服の目星をつけていてくれるか。リュー好みの服を着たい」
「! 僕が選んでいいのですか」
「もちろん。まあ、威厳がどうとかうるさい男が文句を言ってくるものは、休日用になるが」
 うるさい男。誰だろう。
 なにはともあれ、アージュ様着せ替え放題!
「じゃあ、まずはあのお店に……」
 アージュを引っ張ろうと体に力を入れたとたん、ぐうっとお腹がなってしまった。恥ずかしい……。
「私も腹が減ったから、昼食にしようか。水際の店が美味いと先程の店で聞いた」

 水上に張りだしたテラス。ひさしの下の特等席。同じ長椅子に隣り合って、リューとアージュはおすすめ料理を頼んだ。
「んー、美味しいです」
 サンドイッチを頬張り、期待以上の味を噛みしめる。オリーブとスパイスの独特のソース。ガグルエ宮廷の正統派の料理とは違った美味しさだ。
「眺めもとても綺麗で、素敵なお店ですね」
「そうだな」
 そう言いながら、アージュは水面でも、テーブルの料理でもなく、隣に座るリューだけを見つめている。
「リューに水面の光が反射していて、綺麗だ」
―……ぅ」
「その服を買って良かったな。生地が滑らかで、風で揺れるのが色っぽい」
「色……」
 リューは真っ赤になって、口をパクパクさせた。
 欲しかった言葉……。けれど実際に好きな人からもらうと、凄まじい威力で何も考えられない。

 水色の光が波打って、アージュを照らす。その光が幻視を乱しているのか、ちらちらと本当のアージュが見える。見つめ合っているリューにしか見えない、大切な素顔。
「……今度お城で、一緒に水遊びしましょうね」
 隣のテーブルと間隔が広く、間仕切りもあるから、小声なら聞かれないだろう。
「ああ、リューが望むなら」
「キラキラのアージュ様、いつもの姿で見たいです」
「っ……」
「ふふ、夏の間にすること増えちゃいました。アージュ様といると楽しいことでいっぱいです」
「私も、リューと一緒にいると……いつだって幸せだ」
「アージュ様……」
 愛しいひとが見つめている。リューだけが知る、四つの目全てを甘くした表情で。

(愛されているなあ……)
 ―……知っている。とてもとても大切にしてくれていること。
 けれど、こんなにたくさんの人がいる街を、その人波の一つとして、普通に歩いたのは初めてで。
 ―こんなにたくさんの中にいても、リューとアージュは二人だけの世界に浸れる。
「……あのね、僕……ちょっと自信が無くなっていたのです。アージュ様どんどんモテモテになって、けど僕は理想の王妃様にまだまだ遠くて」
「私はリューしか恋愛相手として見られない。王妃としても……、リューは精一杯頑張って、皆の役に立つ植物を育てているだろう」
 すぐさまリューを肯定してくれる、くすぐったい愛情。
「はい、アージュ様は僕で充分に幸せを感じてくれていること、知っています。心が広く、愛情深いアージュ様だから……」
「違う」
 否定の言葉に、リューはきょとんとなった。
「充分というのは違う。そんなの遥かに超えている」
 アージュの大きい手が、リューの手に重ねられる。
「リューが傍にいてくれるだけで、幸せでいっぱいになって胸が破裂しそうなんだ」
 切なげに歪む目元。
「幸せになるなんて思っていなかったから、私の心はきっと小さくできているのだろう。リューが笑いかけてくれるだけで、張り裂けそうなくらい……。……泣きそうなくらい、幸せだ」
「アージュ様……」
 胸がとくとくする。
 いつもの甘い求愛でなく、胸が締めつけられるような想い。
「僕も……自分の心が小さくて、アージュ様を好きな気持ちがいっぱい溢れて、焼きもちしちゃったり、ちょっと困っています。自分で困るくらいなのに……、アージュ様は優しく受けとめてくれます」
「焼きもちは嬉しいぞ」
「えへへ。あのね、アージュ様は優しくて心が広くて、とても頼りにしていますよ。それに幸せは素敵なものなので、張り裂けてしまっていいのではないでしょうか」
「……そうか」
 リューの考えを聞いて、アージュの目に光が宿ったような気がした。
「張り裂けても、受けとめてくれるか?」
「はい! 僕の全力でアージュ様のこと受けとめて、愛し……、ひゃ?」
 アージュはリューを持ち上げて、膝に座らせた。
「私も、好きなだけ愛する」
 サンドイッチを手に取り、リューの口に持ってくる。
「もぐ……んぐ。……は、恥ずかしいです。周りの方に見られるかも……」
 リューは真っ赤になる。
「このための仕切りと長椅子だぞ」
「!」
 これがデートスポットというものか!
 リューは少し戸惑ったが、やがて大人しくアージュに体を預けた。リューもサンドイッチを手に取り、アージュの口に運ぶ。開いた口に入れると、形の良い唇がはむっと閉じて咀嚼している。
(楽しい……)
 食欲とは別の理由で、リューの口は緩んだ。


 大満足でレストランを後にした。
「いっぱい食べてもらいました。美味しそうでした」
「どういう感想だ。リューも食べたのに」
「旦那様はどうでしたか」
「リューの唇が美味しそうだった」
「も、もうっ。同じ感想じゃないですか。独特だけど食べやすい味で美味しかったですね。教えてくれた方に感謝です」
「そうだな」
「ふふふ、では今度こそ旦那様着せ替え放題……、あ! なんですか、あれ」
「観光船が出るところだな。ここは国の管理下のオアシスで、観光目的の船は一日一回の航行しか許可していない」
「の、乗りたいですっ」
 船には乗ったことがない。
「分かった。走るぞ」
「わあっ」
 アージュに抱えられて、客が乗り込む列へ駆け寄った。
 あ、離れて見守ってた護衛さんが焦ってる。





 丸一日デートを楽しんで、帰りは馬車を頼んでのんびり帰った。
 ひらひらの服は着替えて、アージュの横に置いてある。リューはアージュの膝の上に。

 通用門の前で馬車を降りた。城内に入った二人の後ろで、兵士が通用門を閉じている。
「お日様に帰るの負けてしまいましたね」
 すっかり日が沈んでいる。
「つい長居してしまったな」
「はい、……む」
 アージュがリューの頬を手で挟み覗きこむ。
 もう城の中だから、アージュは幻視を解いて元の顔立ちになった。
 リューはドキドキと目を瞑る。
「よかった。日焼けはしていないようだな」
 口付けされるかと思った。違った。
 目を開けると、ちゅっと口付けられた。違わなかった。

 アージュに抱きかかえられる。星の瞬きよりも眩しい、アージュの顔が傍にある。
 体の大きさを変えていた魔術も解かれ、地面が遠くなる。星もちょっぴり近くなった。
「キラキラですね、アージュ様」
「ああ、綺麗な夜空だな」
「いいえ。僕がキラキラと言ったのは……」
 背筋を伸ばして、アージュの眉間に口付けた。





 充実の休暇を過ごした。
 今日からはまたアージュが仕事だから、リューは一日中植物の世話だ。

「さあ、エネルギー補給ですっ」
 毎日楽しみな朝食の席に着くと、オムレツがまた出されていた。リューが使用人に熱く喜びを伝えたからかもしれない。
「アージュ様っ、ヒヨコ描いてください」
「ああ……。―ほら、できたぞ」
「わあ、ありがとうございます」
 おまけにタマゴまで描いてくれた。
「この子たちのお母さんの鶏もお願いします」
「分かった。…………」
 わくわくと待っていると、やがて描いてくれた。曲がった輪に点が一つ。
「……アージュ様、僕、図鑑で見ました。これはオットセイというのですよ」
「へえ、そういう鳥がいるのか」
「海獣です」
 ちょっと複雑になるとすぐ適当な絵になる。
「ふむ」
 アージュはオットセイの下に棒を一本描き足す。
「陸の上だから鳥だ」
 得意げなアージュ様。
「オットセイだって陸に上がれます」
「ぐぅ……」
 へこたれたアージュ様。
 たわいない話の中、見せてくれる表情。
「ふふ、冗談です。本当はとっても嬉しいです。ありがとう、アージュ様」
 リューは胸をぽかぽかさせながら、ほかほかのオムレツを頬張った。


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