目次へ



 大会・二回目 3






「《相手タッグのどちらか一人の結界を壊せば勝利とする》」
 ルールのアナウンスが闘技場に響いた。

 相手のクリフは今大会の優勝者。凝縮された魔力を持つ、パワーの申し子。それ以外の能力もトップクラスだ。
 クリフのタッグ相手のクナイは、初めてみる先輩だ。その動きはずば抜けて素早く、魔法道具を武器にするようだ。

 アリエルのタッグ相手はアッシュだ。クリフに何度も挑戦して、時折勝てるほどになっている。

(皆、素早いし、バトルが得意そう……)
 アリエルは気後れする。

 アリエルは万能適性とは言われるが、ずっとアッシュの隷属印の解呪や隠蔽に関することばかり調べてきた。バトル向けの魔法は得意ではない。アリエルがクリフに対抗できるのは、防御くらいか。
 そして、先程のクナイの動きをほとんど捉えられなかった。
(クナイ先輩を知覚してから防御したんじゃ間に合わない。どうすれば……)

「アリエル様」
 アッシュが囁いた。
「ランドの技、お願い」
「ランドの……。うん。分かった!」



「《開始!》」
 わああぁっと会場が盛りあがる。

「《暴風》!」
 アリエルはすぐさま広範囲の風を起こした。
 同時にアッシュが防御結界を張り、アリエルとアッシュをまとめて包む。

 相手の初撃。
 クリフの衝撃魔法と、クナイの短刀が飛んでくる。
 間一髪、防ぐのが間に合った。
「よし!」
 風で相手を寄せつけない。そしてとにかく早く防御結界を張る。
 ランドやノアバートから学んだ戦術だ。

 高速で移動するクナイ。
 その魔力の残像が見える。先程は全く見えなかったのに。クナイの規格外の速さを、風が鈍らせているようだ。
(知覚してから止めるんじゃなくて、広範囲技で止めてから知覚すればいいのか)
 これなら大体の位置は掴める。
(アッシュの指示はすごい!)

「やあッ!」
 アッシュの氷魔法がきらめく多数の礫となり放たれた。そしてアリエルの風魔法の力を借りて速度を上げる。
 しかしクリフを倒すには威力が足りない。

(狙うはクナイ先輩!)
 だが―。
「あッ」
 クナイはアッシュの氷を避けた。
 横方向ならば風の中でも素早く動けるようだ。避けられない小さな塊は、長い柄の魔法武器を振って弾いている。



 クリフは手に魔力を集中させている。
「さっきの状態、なれるかな」
 開始前にクナイと相談し、二十秒なら試していいと時間をくれた。その時間で操れなければ、切りあげて普段通り戦うことになっている。

(魔力と体の境がなくなる感じ……。もっと濃く……)
 クリフの魔力は他者より著しく濃い。
 おそらく魔力量でいうとアッシュと差はないか、アッシュの方が上だ。
 しかし体外にも魔力回路を持つアッシュと違い、クリフの場合、体内に全ての魔力が収まっている。そのため通常のありようを超えた魔力の密度になっているのだ。

 通常、魔力回路の許容量を超えた魔力は、体外へ出て空気中に散ってしまう。
 しかしなぜかクリフの場合、発散スピードが極めて遅く、体に残り続けた。
 クリフが子供の頃に患っていた、衰弱していく謎の病はそれが原因と推測された。

(多分、病気が治ったのは、魔力に合った魔力回路に作り変えたからだ)
 あの頃は魔力回路なんて、マッドの話に時折出てくるくらいで、自分の中にあるという実感はなかった。それでもマッドからおぼろげな知識を得て、そのイメージを元に、楽なところに凝縮するよう意識しだした。そうして何日も過ごしていると、段々と意識しなくても魔力回路が形を保てるようになり、魔力がクリフを蝕むことはなくなった。

 クリフの指先が、煙のように揺らぎはじめる。
―この魔力は、制御できるものだ)
 クリフはそう直感した。



 アッシュの氷魔法で、クナイはフィールドの端に追い詰められていく。
「さあ、あとがないぞ!」
 しかし端に至った瞬間、クナイのスピードが一気に上がった。
「しまったっ」
 フィールドの際は風の方向が変わり、クナイに追い風になっているようだ。

 このフィールドは防御結界で隔てられている。空気は出入りしているが、観客席に被害が波及しない程度には密閉されている。
 だから向かい風を起こしたなら、フィールドのどこかに追い風も生まれてしまう。
「地形の影響をすぐに見抜くなんて……!」

 スピードを上げたクナイの姿を、アリエルは捉えられない。
(魔力が、使われている。でも霞んで見えない―ッ)

「下がって!」
 アッシュがアリエルの前に出た。
 クナイの連弾。
「魔法銃ッ!」
 アッシュが正確な防護魔法で受けとめた。

 魔法銃はマデリン商会では扱っていないので、絵だけ見せてもらったことがある。他に警邏や兵団員が持っているのを見かけたこともある。
 パワーは弱い。しかし発動動作が小さく、タイミングが読みにくい。

 そしてクナイはもう片手を振り抜いた。
 太い針が飛んでくる。魔法武器を投擲したのだ。
 アッシュは盾魔法で防ぐ。

 そしてクナイを動魔法で拘束しようとした。
 しかしクナイも察して、向かい風を使って大きくジャンプして離れていく。

「アリエル様! クリフが!」
 アッシュの警告。
「《シールド》!」
 アリエルはクリフの方向に、全力で盾を生成する。
(またあの腕!)
 クリフの腕が赤黒く魔力化し、矛となっていた。

 その速い攻撃を、アリエルは必死で観察する。
 魔力を全て破壊力に変える消滅の力。
(知らない魔力。でも単純だから、いける―)

 クリフの矛がアリエルの盾魔法に触れる。
「今ッ―!」
 クリフの凝縮された魔力を、アリエルの魔力で小さな角度をつけて何度も当てた。

 アリエルの盾が砕かれる。
 それと同時に―クリフの攻撃を斜め下に弾いた。

「クリフを、止めた……!?」
 会場がどよめいた。

「《伸びろ》!」
 アリエルは植物魔法で反撃する。
 クリフは距離をとって逃れた。

 息もつかせぬ攻防。
 気を抜けばアリエル達を瞬殺しにくるクナイ。
 そして彼に気を取られていると、クリフがパワーで防御を突破してくる。

 それに対し、アリエルとアッシュも負けていない。
「これが、神秘の双子の力か」
 観客が感嘆する。
 二人は万能適性と囁かれてはいるが、公式試合ではろくな成績を残していない。
 その霧に包まれたコンビが、正面から上級生トップクラスの相手と互角の戦いをしているのだ。

「どうだ! アリエル様の力は!」
「アッシュ! 腕!」
 クナイの針を受け止めたアッシュの盾魔法。
 盾の表面に、いつのまにか魔力層が描かれている。

 魔力層―高度な魔法を発動する際は、詠唱や魔力生成に時間がかかる。
 その発動待機中の魔法が、場に具現化したものだ。
 魔力や効果を集める目印のような役割があり、魔法の助けになる。

 ―それと、罠のような時間差のある魔法にも利用できる。

「《解除》ッ」
 アッシュは咄嗟に盾を崩壊させ、魔力層を乱した。
 クナイの魔力が爆発する。
 しかしその威力は、アッシュの機転で減衰していた。

 クリフのパワーとクナイのスピードの波状攻撃。
 その最初の激突は、双子の防御力によって退けられた。



 クナイがクリフの側に戻る。
 構えながら、何かを相談しているようだ。

 距離が取れたアリエルとアッシュは、防御結界を修復する。
「クナイ先輩、ローブの下にいっぱい魔法道具隠してるっぽい」
「むー。アリエル様、風、大丈夫?」
 戦いの間、大掛かりな風魔法を使い続けている。
「僕は平気。でも魔素の活力が減って、魔力になりにくくなっているかも」
 フィールドの魔素にも体力のようなものがある。それが尽きると、魔力生成しようとしてもしばらく反応しなくなる。
「最終戦だもんね。フィールドが疲れているんだ。任せて」
 二人は手を繋ぎ、魔法の行使権をアッシュに引き継ぐ。

「なんて速やかな移行……」
 観客から声があがる。大人の魔法使い達が、少年達の技に見入っている。

 アッシュが風の魔力を生成する。
 アッシュの魔力回路には、活力のある風の魔素が出現し、充満していく。
(どこから来ているんだろう)
 アリエルの目には、急に異空間から魔素が現れているように見えた。

「いい感じ?」
「うんっ」
「じゃあ返すね」
 風の魔法の行使権がアリエルに返ってくる。
「早めに決めよう」
「うん。アッシュの仕掛けに、上手く呼び寄せよう」



 クリフ達の相談も終わったようだ。

 クナイが消えた。
 アリエルはどうにか気配を追っていく。
 アッシュの魔法で生成された透明な礫が、クナイを追う。

 クナイはフィールド周縁を大きく走りながら、魔法道具をばらまいた。
「爆発するよ!」
 アリエルはアッシュに注意する。
 アッシュにはまだ見分けられない魔力だ。

 魔力量はアッシュにも分かる。足止め程度の威力であろう。
 クナイとの魔力の繋がりも切断されているので、短時間で爆発するはず。いや、繋がりを隠蔽している可能性もある?

 しかし予想通りに魔法道具はすぐ爆発した。投げられた順に連続して。
「煙幕っ!?」
 実物の粉末を仕込んでおいたのだろう。
 煙が風で勢いよく広がっていく。
 エキシビションだから何でもありだ。

 アリエルは風を操作し、煙を四散させていく。
 アッシュの魔法の結晶も舞い上がり、キラキラときらめく。
(僕達はフィールド全体に風魔法を使っている。煙なんてすぐ消せる。なのにどうして―)

「アリエル様!」
「!」
 流星のような飛来物。
 最大推力の浮遊魔法で飛んできたクリフの攻撃。
 アリエルは防御魔法で受ける。咄嗟のことで受け流すことはできなかった。

 二人の力は拮抗した。
「うぅー……ッ!」
 いや、アリエルの方が押されている。

 三弁の盾が合わさり、開きかけのユリのような矛となって押してくる。クリフは矛の中に包まれて、魔力を供給している。
 その矛先は、とてつもない魔力濃度になっている。
「煙幕の中で……生成したんだ……!」
 発動に時間がかかり、かつ近距離技。
 アリエル達の防御を突破するために、クナイが目晦ましになった。

(クリフ先輩、この形はノアバート先輩には使わなかった)
 ノアバートならば大技を使う隙を与えない。
 アリエルの判断の遅れが、ピンチを招いている。

 アリエルが少しでもと受け流した魔力が、辺りに散ってフィールドを荒らす。
 それでもクリフは無尽蔵に魔力を生み出す。
 高濃度の魔力に満ちたクリフの深紅の目に、アリエルは後ずさる。

「!」
 防御にミシミシとヒビが入っていく。
(押しきられる……!)

「クナイ先輩がいない!」
 聞こえてきたアッシュの言葉に、肌が粟立った。

 盾の裏に、鋭い刃が見えた。
 クナイだ。
 クリフの盾と濃い魔力に隠れていた。
 今のアリエルの防御では突破される。
「アリエル様―!」

 魔法の刃が襲いくる。

―!」
 突如、クナイのローブが爆発した。
「なっ」
「掛かった!」
 体勢を崩したクナイ。
 彼の周りには、アッシュの氷魔法の粒がきらめいている。

「氷じゃない―」
「ふふ」

 アッシュの動魔法が粒を動かす。
「魔石だよ!」

 魔石の粒がクナイに触れる。
 クナイの魔法道具が暴発していく。
 クナイの結界が―割れた。

「魔石がぶつかることで、単純な魔法道具が勝手に発動するよう仕込んでおいたよ!」
 魔石が魔法道具にぶつかる。すると魔法道具に掛けられた付与魔法を動かそうと、魔石に掛けられた付与魔法が発動する。魔力は魔石が供給する。
 そうして魔法道具が発動したのだ。

「《そこまで! アリエル・アッシュチームの勝利!》」



 クリフが攻撃をやめる。
 アリエルも力を抜き、へなへなと地面に座った。

 クナイは地面に散らばった魔石を拾おうとして、手を止めた。
「活性状態だと。魔法使いに触れていないのに。それに……」
 クナイはアッシュに向く。
「俺の魔法道具や爆発魔法に対応した魔石を持って臨んだのか? 唐突なエキシビションマッチだというのに。どこに隠し持っていったんだ?」

「試合中に作ったんです」
 アッシュは目の前で魔石を作って見せる。
 クナイは目を見張り、会場もどよめく。
「すごいでしょ。習得したての隠し玉です! アリエル様が考えたんだよ!」
「アリエルも作れるのか? 魔石を」
「試合中に作れるのはアッシュだけです。でもゆっくりなら僕も作れます」

「活性の維持は?」
 クリフが訊いてきた。
「魔素は他の魔素と隣り合うと安定しちゃうから、側の魔素が常に一定以上の速さで移動するよう、魔素迷路にしました。表面をギザギザにして」

「……『魔素迷路』って何」
「えっと、読んだ本に見当たらなかったので、僕達が名付けました。正式名称は知らないです。街の道を特殊な形にして、魔素の流れが力を持つようにするアレです」
 首を傾げるクリフ。
「あれ!?」
 そういえばリリアンクに来てから見かけない。

「もしかしてミスティアのローカル魔法、むぐっ」
 クナイが布切れを飛ばして、アリエルの口を塞いだ。
―人前で言うのは多分ヤバいやつ。国際問題」
「クナイ先輩!」
 アッシュがサッとアリエルを引き寄せ、口を開放する。
 クナイに向かってむーっと威嚇している。

「あとさっきから一番の疑問なんだけど」
「は、はい」
 クリフはまだ疑問があるようだ。
 今度は何だろう。

「『魔素』って、何のこと言ってる?」
「ええー!?」
 アリエルの驚く声が響き渡る。

「魔素っ。魔素です! 本に書いてある」
「あるけど、仮説の存在だよな」
「…………」
 たしかに!
 そういえば全部『―と云われている』と濁されていた。

「でも、アッシュだって魔素分かるよね」
「分かるよ」
「よかった……」
「変換に時間がかかるやつとか、あと相性悪い組み合わせとか、軽いやつとかで類推する」
「んん?」
「アリエル様が毎日何時間でも、体が覚えるまで手を繋いで教えてくれたから、分かるようになった」
「アッシュ、魔素が見えないの!?」
「今、目でも見分けるよう修行中!」
―???」
 アリエルは世界が反転するような衝撃を受けた。



 貴賓室で、学長ダリアはふっと肩の力を抜いた。
「あの二人の能力をどう調べようかと思っていたけど、こうして勝負事を用意すれば簡単に曝け出す子達だったのね。ガッドは見抜いていたのかしら」
「たまたま上手くいっただけでは」
 ジュジュはガッドに否定的だ。

「それにしても……驚くような情報がいくつも出てきたわ」
「……そうですね」
「とりあえずハニアスタ由来の力は使っていなかったみたい。事前に付与魔法を利用した形跡はなかったわ。ジュジュはどう思った?」
「僕もそう思います」

 側にいたノアバートはほっとした。
 感知魔法の第一人者であるダリアと、予知魔法という感知魔法系の力を持つジュジュが確認した。
 今後はあの二人の後輩も、大会に参加できるだろう。



 会場の中央では、勝者にインタビューしている。

「アリエル選手は優勝者のクリフ選手の攻撃を、見事に受け流していましたね。あの防御魔法は何ですか」
「あれはツルン魔法です」
「ツ、ツルン魔法?」
「はい! ゴーリーさんから教えてもらったんです。完成はまだですが、頑張って改良しています!」

「そ、そうですか。では、一番の勝因は?」
「僕とアッシュが仲良しだからです!」
「アリエル様の隣は僕のものだ!」

 満面の笑みのアリエルとアッシュ。
 クナイはすでに姿を消していて、クリフは拍手を贈ってくれた。

 大会は閉会した。
 優勝はクリフ。そしてアリエルとアッシュも名を上げることができた。





 リリアンク国の南方地方にある名もない丘。
 そこに十賢ゴーリーは佇んでいた。
 視線を下げれば、技術者が新水路建造の縄張りを張っている。

「そうか。ガッドに出し抜かれたか」
 通信の向こうから、タッカーの焦った声が聞こえる。
「ガッドには抗議するさ。だが気に病まなくていい。次のことも考えている」
「《ですが……》」
「私の名誉を気にかけてくれているのか。タッカーは優しいね」
「《―……ッ。そ、そんな。弟子として当然の……》」
 照れているのが通信越しに伝わる。扱いやすい。

 エキシビションの様子を伝えられる。
「【魔素】か。うん、帰ったらアリエルに聞いてみるよ」
「《…………》」
「どうした?」
「《……師よ。アリエルが師に魔法を教えてもらったと申していました。その、私が知らない魔法だったのですが》」
「魔法を? 私がアリエルに?」
「《はい。ツルン魔法というものを》」
「…………。具体的に何かを教えた覚えはないなあ」
 あの天才は、また何か編みだしたのか。
 防御魔法が専門であるタッカーが知らない魔法を。


 通信魔法を終えて、広がる空と大地を眺める。
「世界は進むか」
 緑の匂いがする穏やかな風の中、深く呼吸した。
「だがもう遅い」
 ゴーリーは手を伸ばす。
 眼下には、魔力でできた大きな円形の仮組みが造られつつある。
 それを掴むように、拳を握った。


目次