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◇◆ Alphabet confrontation game ◇◆
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「明日は手作り三段重を持って、鈴ちゃんの応援に行くからね」
キッチンで生姜をすりおろすアイちゃんが、にこやかに言い出した。 「えぇ? い、いいよ、お仕事があるんだし」 突然の話に驚いて、即答で拒否をしてみるけれど 「何を言ってるの? 運動会は三段重って決まりでしょ!」 なぜか私より気合の入ったアイちゃんが、プリプリ怒りながらも、お弁当の下ごしらえをテキパキと済ませていく。 運動会や体育祭に、誰かが応援へ来てくれたことなど一度もない。 小学校の頃は、先生と一緒にお弁当を食べて、中学からは、同じように両親が来られない友達と食べた。 元々運動は得意じゃないし、徒競争も障害物走も、一位どころか入賞したことすらない。 誰が見ているわけでもないから、ガッカリさせることもなかったけれど、見られているとなれば話は別だ。 ましてアイちゃんの気合いの入れ方は、尋常じゃない。 『やるなら一位』っぽいオーラが、燦々と輝いちゃっているから胃が痛い。 あぁ、てるてる坊主を逆さまにして、雨を降らせてしまいたい…… けれどやっぱり、天気予報通りの晴天に恵まれちゃった当日。 アイちゃんは朝から忙しそうで、なぜかマッチャンまでがキッチンに居て、もう三段重じゃなく、 三十段重ってなほどのお弁当を二人でせっせと作っている。 誰がそんなに食べるんだと聞きたかったけれど、取り付く暇もないほど忙しそうだから、何も言わずに部屋をコッソリ後にした。 けれど、エレベーターを降りたところで、嫌な予感が漂うことになる。 マンションの制服は、いつからジャージになったのだろう。 とにかく誰も彼もが、色とりどりの上下ジャージ姿に身を包んでいる。 そして黒に赤のラインが入ったジャージをスーツのように着こなす豊田さんが、 どこから手に入れたのか、体育祭のプログラム片手に言い出した。 「保護者レースは、大玉ころがしですね。鈴姫さまの恥と言われない様、わたくし、頑張らせていただきます!」 「えぇ? と、豊田さん?」 さらにそこへ、妙な見取り図を手にした本田さんが現れて 「部隊の配置は既に済ませてありますので、どうぞご安心して試合に臨まれてください!」 なぜかガッツポーズを決めながら、おかしなことを言い放つ。 ここに居るジャージのみなさんが、私の体育祭へ出向くとは思えない。 でも、なんでみなさんが、ジャージ姿なのかが分からない。 それでもノソノソと登校して校門に足を踏み入れたとき、全ての不思議が最悪な形で解決した。 「う、嘘でしょ?」 本部放送席脇の特等地に、特大のゴザを敷き詰めた巨大なテント。 そこに座って場所取りをしているのは、どう見ても本田さん率いるドアマンの方々だ。 更にそこへ、吹奏楽部も真っ青なほどの楽器が持ち込まれ、最後には見事な和太鼓が到着。 極めつけは、テントの垂れ幕に書かれた文字。 『燃えろ! 鈴音!』 って…… 校門で、いつまでも固まる私の肩を叩く人。 振り向けば、顎が床にくっついちゃうほど大口を開けた文子ちゃんが、私と同じく固まりながら立っていた。 「す、鈴ちゃん先輩、応援がすごいね……」 「ふ、文子ちゃん、それを言わないで……」 「こ、これは緊張しちゃうよね。でもあちらに、緊張のカケラも持ち合わせていない男たちが――」 文子ちゃんが可愛い顔を歪ませながら指差す方向を見れば、いつの間にか来ていたアイちゃんと一緒に、 ルパンくんが和太鼓を叩いて拍手喝采を浴びている。 あ、あの二人って一体…… 最高潮に胃が痛い。けれどそんな私とは裏腹に体育祭は開催され、競技はドンドン進んでいく。 そしてプログラムナンバー九番、男女混合二人三脚の集合命令が下された。 風早高の体育祭は、クラス対抗ではなく、全学年統一のアルファベット対抗戦だ。 つまり同じアルファベットのクラス員ならば、どの学年でもペアが組めることになっている。 最初は当然、同じクラスの男子とペアを組むことになっていたのだけれど、なぜか翌日には次々と ペアを組む予定の男子から辞退を言い渡された。 全員参加の競技だけに、どうしようかと困り果てた私。 そんな私に、なぜかルパンくんが手を差し伸べてくれた。 ルパンくんは、一年生だけれど同じE組だ。 風早の名物男として、入学早々からその名は、学校中に知れ渡っていた。 ルパンくんと同じクラスの恵子ちゃんが、美術部の後輩だっただけに、ルパン一味の存在や、悪魔・魔女だなんて あだ名をつけられちゃった女の子たちのことも知っている。 その時は半信半疑で恵子ちゃんの話を聞いていたけれど、実際に出会ってみると、本当に個性的な面々だと思わずにはいられない。 とにかく騒がしく、とにかくみんなが仲良しだ。 それはきっと、ルパンくんの人懐っこさがそうさせるんだと思う。 だからたまたま見学に来ていたアイちゃんと、すぐに意気投合しちゃったのも分かる気がする。 アイちゃんが誰かと肩を組んでいる光景なんて、見ることが出来るとは思わなかったしね…… そんなことを考えながら入場門へ到着すれば、反対方向からルパンと愉快な仲間たちがやってきて、開口一番ルパンくんが言い放つ。 「鈴ちゃん、悪いけど俺は勝つ!」 「わ、悪くはないけど、多分無理……」 私の運動神経からして、ルパンくんが頑張ってくれたとしても勝つのは無理だ。 だからボソボソとそれに答えれば、ルパンくんの本当のペアである由香ちゃんが言い出した。 「鈴先輩、大丈夫よ。この男の肩に、全体重を乗せていれば問題なし!」 そのアッパレな言い方に驚きながらも噴き出せば、 ルパンくんがそれに加わり、ワトソンくんがツッコミを入れる。 「そうよ。いざとなったら、鈴ちゃんを担いで走る!」 「ルパンくん、それじゃ失格です」 「なんだよワトソン、ちみこそ、勝機はあるのかね?」 「当然です。久島さんと考案した、秘儀を出しますよ!」 ところがそこで、頭の中に響き渡る不気味な声…… 『秘儀とは、哀れなちみっこ小股走りよのぉ……』 こ、この声は、どこから聞こえてくるの?(わ、私が聞いちゃった…) 彼らのおかげで少しだけ気持ちは楽になったけれど、やっぱり高鳴り続ける心臓の音。 そして、とうとう次が私たちの番だというところで、突然ルパンくんが雄たけびを上げた。 「アイちゃん、見ててくれ! この俺の生き様をっ!」 するとゴール前に陣取るアイちゃんが、小さな小柄カメラを片手に、やはり同じように両手を挙げて雄たけび返す。 「おーっ! ルパちゃん、頼んだぞっ!」 和太鼓とトランペットの激音の中、ピストルの音が高らかに鳴る。 それだけで気を失いかけたけれど、腰に回されたルパンくんの手に力が入ると、不思議に身体が軽くなった。 ルパンくんが担ぐと言ったのは本当で、この腰に回された左手が、私の体重のほとんどを持ち上げちゃっているに違いない。 信じられないほどの速度で、身体が風を切っている。 そして他の走者の足音すら聞こえないまま、バリバリの独走でテープを切った―― 物凄い歓声だったと思う。気のせいか、花火の音も聴こえたような記憶もある。 マッチャンと豊田さんが、抱き合って泣いているのも見えたような気がする。 だけど今の私には、目の前で繰り広げられる、ルパアイコンビの号泣抱擁しか目に映らない。 ル、ルパンくんは本人だから分かるけど、なんでアイちゃんが泣いてるの? そこから先の競技は、もうドキドキすることもなく、大玉ころがしで激走する豊田さんを笑いながら応援したり、 アイちゃんの手作り弁当をみんなで頬張って、ルパンくんや文子ちゃんたちと大騒ぎしたり…… 生涯忘れることのできないほど、素敵な体育祭を終えた。 はず…… ◆◇◆◇◆◇◆ お風呂から出て、心地良い疲労感に包まれながらのんびりとココアを啜る私に、アイちゃんが言い出した。 「ルパちゃんのことは大好きだけど、やっぱり消毒しなくちゃね」 「え?」 私がそう答えるが早いか、アイちゃんが私の手を取り、右の手のひらをペロンと舐めた。 「ひゃっ ア、アイちゃん?」 「密着はダメよね。鈴ちゃんが、しがみついていいのは僕だけね」 極上キラキラ笑顔で、語尾を伸ばしながらアイちゃんが言い放つから、それはもう恐ろしすぎて逆らえない。 「そ、そうだよね!」 だから保護本能から瞬間的にそう答えると、途端に浮かび上がる私の身体。 「じゃ、僕にしがみつく練習をしようね♪」 「い、いや、あの、アイちゃん?」 「あ、間違っちゃった。練習じゃなくて、本番だったぁ♪」 「お、あ、え? ア、アイちゃ……あうぅ」 〜その頃のルパンと文子〜 「ルパン、またアイちゃんから何か貰ってたでしょ?」 「え? あ、あぁ、う、うん……」 「なんでそうやって、すぐに真っ赤になるのさ?」 「文子、やっぱりこれを使お……や、やっぱ無理っ!」 「な、何なんだよこの間から……てかルパン、いつまでうちに居るの?」 「と、泊まっちゃおうかな?」 「ふざけんな?」 |
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