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◇◆ The trap 1 ◇◆
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「窪野、もし岩間を見つけたら、躊躇しないで撃て」
「呉埜さんそれは……」 「勘違いするな、殺せという意味ではない」 「各支部長は、本部副長官を兼任することから、現役を退いたトップエージェントが就任する。 だが関東支部だけは、本部司令官も兼ねいることから、全エージェント中の現役最高峰が着任するんだ」 「ちょっと待ってください、現役? 岩間さんは、現役なんですか?」 「そうだ。しかも、SIU最強の戦闘プロだ。だからあいつを無傷で捕らえようなんて気を起こすな」 「では、呉埜さんも、岩間さんがAMIKAのモグラだと?」 「いや、そうじゃない。岩間自体が、モグラが誰なのか把握していないだろう。 つまりお前も岩間に、裏切り者かもしれないと思われているってことだ――」 ◆セーフハウス 中庭―― 「呉埜? 珍しいな、お前が現場に出向くなんて」 科捜班の木村が、現場に出向いた俺を見つけて驚きの表情を浮かべた。 現場の隊員から渡された薄手のゴム手袋を、両手に嵌めながら返答する。 「メインコンピューターが遮断されている状態では、本部に居ても埒が明かない」 「そりゃそうだな。で、お前の方はどうなっているんだ?」 残された証拠から科学的捜査を行う科学者たちの部隊、それをSIUでは科学捜査班、通称科捜班と呼ぶ。 そんな本部科捜班を率いるのはこの木村で、工科学校時代の俺の同期でもある。 大まかに4つの班に分かれたSIU内部だが、どの班についても隊員全てが実践にも対応できる人間で構成されている。 つまり科捜班は、戦う科学者集団ということだ。 窪野に機動班へ加わるよう指示を出した後、木村の問いに答えた。 「おかしなことが満載だ。とりあえず、初動捜査の見解を聞かせてくれ」 同じく部下に的確な指示を出してから俺に向き直った木村は、無言で了解の頷きを見せ 「まず堀内の死因だが、額に1発、近射で撃たれている。ほぼ即死だっただろう」 堀内の遺体を親指で差しながら淡々と告げ、そして続ける。 「額を貫通した弾は、そこの花壇のレンガから採取した。衝撃でつぶれてしまって線条痕は確認できないが、 弾は38口径だ」 線条痕とは、平たく言えば銃の指紋のようなものだ。 発射と同時に起こる爆発で、弾にその銃特有の小さな刻印が刻まれる。 けれど今回は、その線条痕を証拠としては使えない。 弾がつぶれてしまっていることも関係するが、理由はそれだけではなかった。 ゆっくりと、堀内の亡骸に向かって木村と歩み進む。 丁度、緊急班医療部隊の岡田が検視の初見を終えて、ゴム手袋を脱ぎ捨てながら会話に加わった。 「硬直と死斑からみて、死亡推定時刻は午前9時ってとこだろう」 岡田が脇に佇む部下に無言で頷くと、担架と黒い大きな袋が運び込まれ、手際よくその袋内に堀内を納めていく。 そしてまた俺に向き直り、額を手で擦りながらつぶやいた。 「堀内のあの驚愕の表情には、さすがの俺でも鳥肌が立ったよ……」 堀内の身体をファスナーが包み込んでいく。 岡田の一言が気になり、完全に閉じられる前に遺体へと近寄ると、俺に気付いた岡田の部下が脇にどいた。 ファスナーを少し下げて堀内の顔を見下げれば、眉間のど真ん中に、焼き爛れた穴が開いている。 「火傷の程度からして、撃たれたのは1メートル以内だ。だが、それだけじゃないぞ?」 俺の考えを読んだかのように、後ろから岡田が声をかけてきた。 「レントゲンを撮らなきゃ詳細はわからないが、脊柱、脛骨、手根骨、ありとあらゆる骨が折れている」 手根骨はその名の通り手の付け根、つまり手首の骨だ。脛骨は足首から膝にかけたスネの太い骨を指す。 「手や足ならまだ解るが、背骨が折れているだと?」 「あぁ。こんな青空の下で、どんな拷問に出くわしたのかは解らないが、あれは確実に折れてるよ」 堀内の骨を折る? 堀内はエージェントではない。だが内勤が主とはいえ、まがりなりにも隊員だ。 厚く硬い筋肉に守られた骨を折るのは、非力な女性や子どもの骨を折るのとは訳が違う。 さらに、無抵抗のまま易々とやられるわけがない。 岡田ではないが、拷問にかけられるような事態でなければ、何箇所もの骨を折られるようなことにはならないはずだ。 けれど、それもありえない。 「堀内はここで三宅と出逢っているんだろ? だったらそこまで長いこと、ここには居られないはずだ」 そうだ。木村の言う通り、三宅がここで堀内と会っている。 三宅が俺にそのことを通告することは、堀内ですら計算していただろう。 更に、情報処理室へまで侵入していることから、堀内を撃った犯人は確実に内部を知り尽くした者だ。 緊急班や科捜班が、どれだけ迅速に行動を起こすかも知っているはず。 つまり、拷問を強いるほどの時間など、犯人にはなかったはずなんだ…… 一撃必殺。抵抗させず、立たせず、反撃させず、そして最後に射殺した。 その手際の良さと破壊力に、思わず背中が寒くなる。 「ここに侵入できた時点でお前には解っちゃいるんだろうが、こいつは岩間並みの戦闘のプロだぞ」 「本部にモグラがいるって噂が立ってはいたが、どうやら噂じゃ済まないらしいな……」 木村と岡田の畳み掛ける言葉に、重く深く溜息をつきながら、たった一言だけ吐いた。 「あぁ……」 |
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