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Bad day
 なんだか全く眠れなくて、空が明るみはじめた頃、ようやく眠りについた。
けれど、ふと目覚めれば、すごい時間。
慌てて着替え、化粧もそこそこ部屋を飛び出した。

 駅までの道をひた走り、息切れを起こしながら定期を取り出す。
早足で改札を通り抜けようとすればゲートが閉まり、けたたましいアラーム音が鳴り響く。
情けない顔をしながら、笑う駅員さんのところに駆け寄って、うな垂れながら定期の更新。

 いつもより数本遅い電車は物凄い混み様で、酸素不足でめまいを起こす。
エスカレータを走って上り、どこまでも続く階段をようやく上がりきれば、ひどい雨。
鞄を傘代わりに頭上へ掲げ、顔をしかめながら会社を目指す。

 ハンカチで服の水滴をはたきながら、受付嬢の美紀に手を振って
エレベータのボタンを押せば、故障中。
泣きそうになりながら、非常階段をぐるぐる上る。

 更衣室で着替えれば、ベストのボタンが弾け飛び
メーク用品片手に化粧室へ向かえば、清掃中。
廊下の壁を蹴っ飛ばし、悪態をついているところに、運悪く課長の登場。
眉間に皺を寄せ、深い溜息をつきながら、私を見下ろしていた。

「お前みたいに、何もできないやつは、コピーでもとってろ!」
 仕事もミスだらけで、必要以上に怒られて
午後一番の会議用企画書を数百枚コピーすれば、紙詰まり。
頭を掻き毟りながら、コピー機と悪戦苦闘して
ようやく直ったと喜び、ふと見れば、袖中に真っ黒なインク染み。

 休憩室で、ボーっとしながらおにぎりをかじり
自動販売機で温かいお茶を押せば、冷たい炭酸飲料が転がり落ちる。


 外は雨。温度差で曇りゆく窓ガラスを訳もなく眺め
まるで私のような空だと、ブツクサつぶやいた。
そんな私の頭の中で、リピートされ続ける曲は失恋歌。
 仕事も恋愛も、趣味にすら、遣り甲斐や楽しさを失って
情熱も、ひたむきさも消え失せて、ただただ単調な毎日を繰り返す。


 ダラダラと、残業をし終えた後の帰宅途中。
ファーストフードをテイクアウトして、雨の中を小走りに進む。
マンホールに足を滑らせ転びかけ、両手をバタつかせてバランスをとるけれど
ガクンと身体が傾いて、ガックリしながら見下げれば
降ろし立てのヒールが無残に折れていた。

 真っ暗な部屋の電気をつけて、意味もなくテレビもつける。
部屋着に着替え、ファーストフードの袋を開ければ、ポテトなし。
なんだか食べる気力を無くして、お風呂に向かう。

 ここぞというときの、上等なアロマオイルを数滴垂らし、服を脱ぐ。
半分ほど脱ぎ終えたところで、ラックにシャンプーがないことに気がついた。
収納を開けば、ストックなし。
長すぎるほどの大きな溜息をつき、結局また服を着込んで、コンビニに向かう。

 外は依然として雨。
傘を差し、小石を蹴飛ばしながら夜道を歩く。
田舎に帰ろうかな……なんて、つぶやきながらコンビニのドアを開き
品数少ないシャンプーを、しかめっ面で選び出す。

 レジ前で、ついでに『あんまん』を指差し頼みながら
スウェットのポケットに手を突っ込めば、財布なし。
「お、お財布を忘れちゃって、あの、すぐ取って来ます!」
半開きに口を開ける店員さんに、言い訳がましく説明して
自分に嫌気がさし、涙がでそうになりながら後ずさる。

けれど、私の後ろからぬっと伸びた腕が、店員さんに差し出す千円札……

 驚いて、振り向き見上げれば、スーツ姿の見知らぬ男性。
「お貸ししますよ」
あまりにも優しく、柔らかく微笑むから、今日の嫌なこと全てが目から流れ出る。
慌てて袖で涙を拭い、初対面の方にとんでもないと断って
自分でもよくわからない、身振り手振りを懸命に続ければ、彼が声を出して笑い出す。

「僕の上に住まわれている方でしょ? 何度も会ってますよ」

 部屋に帰ったら、すぐに返すと約束し、結局彼にお金を借りた。
気付けば雨は止んでいて、あんまん片手に彼と歩く。
本当に、ひどい一日だったと笑いながら話す私と、おなかを抱えて笑う彼。

 空には星。Dの形をした綺麗な月まで現れて
まるで私のような空だと、ボソボソつぶやいた。
そんな私の頭の中で、リピートされ続ける曲はラブソング。

 最悪な日も、そんなに捨てたもんじゃないかもね――

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photo by © Osaka Lovepop