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◇◆ Maikka? 2 ◇◆
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「いや〜ん。乾〜杯っ!」
畳張りの座敷に移動して、ユサユサ本間がユサユサしながら吠えていた。 男性四人の中へ合流した私たちは、必然的に男性陣の間に座る羽目になる。 朝の一件も含めて、近寄ったら始まるであろう追求を躱す為、兄と反対側へ座ろうとするけれど、敢え無く御用と相成った。 「なんで美也が、亮の彼女と居るの?」 遂に始まった、落としの克っちゃん取調べ。手にしたグラスを取り上げられて、答えなければ返さないと眼だけで脅される。 それでも、通常よりもさらに回転しない頭では、真実すら考えつきもしない。 「ぐ、偶然?」 「偶然って、美也の会社と全然方角がちが……」 けれど、グッドタイミングで真向かいから邪魔が入る。 「いやぁ、松本先輩に妹さんが居たなんて、全然俺ら知らなかったっすよ!」 この男性と兄が、何年来のお付き合いかは知らないが、きっと何年付き合ったところで、兄は私のことなど話題にもしないだろう。 所詮、兄にとっての私など、何時でも何処でもそんな程度だ。 私がユサユサじゃないから、兄は気にも留めてくれないんだ。 「俺、水沢っす。先輩にはいつも世話になりまくってます」 「あ、松本です。兄がいつもお世話になってます……」 しんみりと凹み加減で挨拶をすれば、世渡りが上手い男の、上等文句が吐き出された。 「なんだよ先輩! こんな可愛い妹さんがいるなら、なんで紹介してくれなかったんっすか!」 完全に社交辞令だと解っていても、やはりこいつは許せないらしい。 「水沢さんって言うんだぁ。私は本間澄子だよ。スーって呼んでねぇ?」 その甲高い声で、そのドンピシャな名前で、このブタ野郎と言って欲しい。 そう心で唱えたはずなのに、右隣の男性は、震えながら声を押し殺して笑っていた。 逆隣で、兄が何かを呟いたけれど、右隣の方の反応が気になって、うっかり聞き逃す。 「それが嫌だから、言わないんだろうに……」 「え? 何、克っちゃん? 聴こえなかった」 「いやその、なんて言うか、亮の彼女は、こう、社交的な人だね」 兄の眉毛が八の字に下がり、本間を見やりながら、どう接して良いのか完全に戸惑っていた。 流石の克っちゃんも、これ以上近づいたら、あのユサユサで鼻血が出ちゃうのかも知れない。 「まぁ、昔からあいつは、ユサユサだからね」 「昔からユサユサ?」 「そうだよ? 何、貧乳で、なんか文句ある?」 「美也、お前酔ってるな?」 私を酔っていると決め付けて、言い逃れをしようとする兄に腹が立ち、兄の耳を引っ張り耳元で凄む。 「克っちゃん知ってる? 亮ちゃんを、子どもだって思っちゃいけないんだよ!」 「内緒話で言うことじゃないだろ」 「何? ちょっとユサユサされちゃったからって、偉そうに!」 「美也、お前もうやめろ」 又もやグラスを取り上げられて、恨めし顔で兄を見つめたところに掛かる声。 「先輩、妹さんを独り占めしないでくださいよ! そういうのは、家でやってください。家で! さぁ、席替えしましょ!」 さっきから、何と良いタイミングで邪魔を申し出る人だろう。 水なんとかさんだけに、水を差すのが上手いんだな。名は体を表すとは、良く言ったものだ。 ここぞとばかりに立ち上がり、席替えに勤しもうとしたけれど、中腰にすらなれない私の身体。 「バカかお前は。同コンじゃあるまいし」 水先案内人の素晴らしい男性を一喝しながら、兄が私の腕を掴んで離さない。 そこで渋々、話を展開させる水さんは、少しばかり不都合な質問を本間に振った。 「えっと、スーちゃんと妹さんは、どういったご関係?」 「スーとみゃあは、高校の同級生だったのぉ。でも、スーの方が若いでしょ?」 何とも言えない抽象的な返答が、男性陣から漏れていた。その返答の具体化を聞くのが恐ろしい。 それでも昔から、私よりも本間の方が断然若く見られた。 互いに制服を着ているというのに、姉妹と間違われたときは、色々な意味でショックを受けたものだ。 だから本間は、私を連れ歩きたがったのかも知れない。私は恰好の引き立て役だ。 街を歩けば、必ず本間が声を掛けられ、一緒に居るにも関わらず、私は見向きもされなかった。 まぁ、原くんを寝取られた時点で、それに気づくべきだったのだけれど。 「俺、そんな話、聞いてないけど?」 突然、間近に克っちゃんの顔が現れ、朝とそっくりな視線で私を縛り付ける。 けれど、どこかの回路がいかれた今の私に、そんな顔をしても無駄だ。寄り目になるほど顔を近づけて、八つ当たりという嫌味を込めて囁いた。 「妹には、ユサユサ好きなお兄ちゃんが知らない秘密が沢山あるんですよぉ」 「どんな?」 「お客さん、それは勘弁してくださいよ」 「……美也」 兄の眉間に、青い筋がぷっくり浮かぶ。これはもう、的中確立百パーセントで数分後に雷が落ちる。 極めて拙いこの状況。けれど今度は、水さんではなく右隣さんが、話に水を差してくれた。 「あの、多分、携帯が鳴ってると」 「え? あ、ほんとだ。すみません」 「いや、この騒ぎだから。聴こえなくて当然ですよ」 感電直撃から免れて、ほっとしたのも束の間。画面に浮かぶ名が、違う雷を警告していた。 「あれ? 母さんからだ。……あっ!」 「あっ、て美也、もしかして連絡入れてないとか?」 店内スリッパに足を突っ込み、小走りで喧騒から抜け出して、鳴り続ける電話に応答した。 けれど、もしもしとも言えぬ間に、直下型の爆弾が炸裂する。 「このスットコドッコイ! 何かあったんじゃないかって心配するでしょ!」 「はい。すみません……」 「克も出ないし、あんたも出ないし、父さんも出ないって、どうっ!」 「いや、全く、ご尤もで……」 「亮が捉まったから、亮にあんたの会社まで行くよう頼んじゃったわよ」 「ですが、ここは何処でしょう?」 「はぁ? あんた酔ってんでしょ! 亮に電話して、迎えに来てもらいなさい!」 「は、はい。もちろんです」 母の怒鳴り声が、耳に焼きつき離れない。だから耳に水が入ったときのようにポンポンと頭を叩き、水抜きならぬ声抜きに精を出す。 それでも声は抜けてくれないから、溜息交じりに携帯を操作して、命令通りのお方に発信した。 けれどやっぱり、このお方も、もしもしを言わせてはくれません。 「美也? いま、何処!」 「えっと、本間の服が凄いの! もうユサユサなのっ!」 驚きの声で感心してくれると思ったのに、何故か大きな溜息が流れる携帯電話。 兄同様に、私を酔っ払いだと決め付ける弟は、珍しく兄よりも冷静に言葉を語る。 「服はどうでもいいけど、本間さんと一緒に居るの?」 「克っちゃんとかも居るよ? ねぇ亮ちゃん、ココドコ?」 「それは、俺が聞いてることだよね? てか、兄貴がいるの?」 「私、亮ちゃんと一緒に帰るから、迎えに来てね?」 「当然行くけど、何処だか解んなきゃ……み、美也?」 よし。万事休すから、見事な逆転順風だ。途中で充電がなくなってしまったけれど、言わなければならないことは、全てしっかりと伝えた。 後は弟が迎えに来てくれるのを待てば良い。 鼻歌交じりで座敷へ戻り、弟が迎えに来てくれることを、わくわくしながら待ち焦がれる。 弟はきっと、あのユサユサに負けたりしない。兄のように、鼻血を出したりしないはず! けれど鼻血兄のご機嫌は、ほとんど改善されていないらしい。 青筋は消えているものの、私を見据える目の細まり具合が、現在進行形を保っている。 仕方なく、諂った愛想笑いを浮かべて兄の機嫌取りに励むけれど、話がどうも噛み合わない。 「もう、母さん、すんごい怒ってて困っちゃう」 「当たり前だ。ちゃんと謝ったのか?」 「亮ちゃんに、本間の服は凄いって言っといたから平気」 「美也、お前……」 「だ、だめだよ。ユサユサに負けない亮ちゃんが、迎えにくるんだから!」 鼻の穴を膨らましながら声を荒げた瞬間、再び怒張を始める兄の眉間筋。 けれど、どう頭を捻っても、兄の怒る理由が解らない。皆の言う通り、私は酔っているのだろうか。 「あら珍しいぃ。克っちゃんが居るのに、亮くんをナイトに任命?」 何度瞼を擦っても、絶世の美女にしか見えない本間が、胸の谷間を深めて私に囁く。 それでも世に名立たる美女は皆、異邦人なのか、全く言葉が通じない。 「え? どこに克っちゃんが居るの? 本間、お前、めちゃくちゃ可愛いね?」 「え、あ、ありがとう。や、じゃなくて、みゃあ? お隣に居る方はどなた?」 そこで初めて右を見て、自分の失態に羞恥と嫌悪が込み上げた。 相手の方に申し訳が立たず、きっちりとした正座で居直り、深々と頭を下げてから謝罪を申し出る。 「本当にすみません。お名前をお聞きしておりませんでした……」 すると礼儀正しいその方は、私と同じく正座となり、優しい微笑みとともに自らの名を告げた。 「石岡です。はじめまして」 怒ることなく寛容に、私の失態を許してくださったその方を、尊敬の眼差しで見上げてから、この素晴らしい方を堂々と誇らしげに本間へ紹介した。 「本間、よく聞け。この方は石岡さんだ」 それなのに、目を泳がせる本間は、携帯を握り締めながら戯言を呟く。 「ちょっとスー、おトイレに行ってきます……」 なぜ、用を足すのに携帯が必要なのだろう。 もしかしたら本間の携帯は、ビデ機能が備わっているのかも知れない。 そんな本間の後姿を見続ける私に、素晴らしい方が、声を掛けてくだすった。 「美也さんだから、ミャアさんなんですね」 「あ、はい。でも、私はユサユサじゃないので、ああいう服が似合わないんです」 「そうですか? 一度、挑戦してみてはいかがですか?」 「いえいえ、私はウーロンハイでお願いします」 石岡さんと穏やかな会話を楽しんでいると言うのに、左隣から、兄そっくりな声の喝が入る。 「美也、石岡に絡むな」 「大丈夫ですよ先輩。可愛いらしいです」 「そうなんですよ。亮ちゃんは可愛いんです。丁度、あの子に似ている感じで……」 トイレから戻った本間が連れ立つ、王子様のような男の子を指差して、石岡さんに弟の説明したところで、その王子様が場の全員に頭を下げた。 「こんばんは。すみません。美也がご迷惑をおかけしました」 そんな王子様を見て、水さんとそのご一行が、平伏したような声を上げる。 「いえいえ全然。てゆうか、松本家ってレベル高けぇ……」 「だよね。何、この遺伝子……」 そこで当然、王子様の隣に佇む絶世の美女が、訂正箇所を事細かに修正する。 「高いのは男だけで、みゃあはレベル高くないし、スーの方が可愛いけどね?」 なんとも言えない微妙な苦笑を浮かべる王子様が、私に向かって手を差し伸ばす。 けれど私はその手を払い除け、本間に向かって両手を伸ばし、滾る願望を告げた。 「本間、その服、私に頂戴!」 「いやよ。何をいきなり言い出すかしら、この酔っ払い」 本間に突き飛ばされて転びかけた私を、王子様が瞬時に抱きとめたまでは良かったが、事もあろうか、王子様は私の額に頭突きを食らわした。 「イタッ! だって、石岡さんが、亮ちゃんのことを可愛いって言うから!」 額を摩りながら、王子様へ文句を連ねれば、背後からまた、兄そっくりの渇が飛ぶ。 「美也、石岡はそんなこと言ってないだろ」 「いや、いいんですよ。本当に可愛らしいですし。あ、美也さんも」 温和な石岡さんの優しい言葉に振り返り、首を傾けながらちょっと恥らったところで、私の顔を覗きこむ王子様が凄みのある声で囁いた。 「美也、いい加減にしないと、本当にぶっ飛ばすよ」 すると王子様の顔が、みるみるうちに、弟の顔へ変わっちゃうから大変だ。 「あ、あれ? 亮ちゃん、お迎え早かったね? 何時来たの?」 目をしぱしぱさせて、弟へ問い掛けるけれど、弟はそれを無視して誰かと語りだす。 「兄貴、美也の分の」 「いい。俺が払っておく」 「じゃ、後で返すから、本間さんの分も払っておいて」 「いやん。亮くん、太っ腹ん!」 ウサギのように可愛らしく跳ねる本間の撓わな胸が、例の如くユサユサと揺れている。 「美也が迷惑掛けたからお詫びです。……じゃ、すみませんお先に。ほら美也!」 なんだかちょっと、否、凄く羨ましくて、私の手を引く弟に向かって呟いた。 「やっぱり亮ちゃんも、ああいうユサユサ胸がいい? 克っちゃんはあれが好みなんだって」 「俺は、美也のが一番好きだけど?」 「本当に? 本当に亮ちゃん? 克っちゃんみたいに鼻血出さない?」 「え? 兄貴、鼻血出したの?」 そんな私たちの背中を見送る、兄と本間の可笑しな会話。 「あれあれ? スー、ヤバイことに気がついちゃったかも……」 「な、何がでしょう?」 「もしかして、お兄さん……ま、いっか」 当然、私にこれが聴こえるはずもないので、ま、いっか? |
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