INDEX|MAIN|NOVEL|BROSIS | フォントサイズ変更 L … M … D … S |
◇◆ Weak point 2 ◇◆
|
|
一足先に、春休みへ突入した萩乃ちゃんと学生街で待ち合わせ、来月から始まる新生活用品を、あれやこれやと探索しながら、石岡さんの帰りを待つ。
今日はどうしても、我が家に招待したいのだと、萩乃ちゃんが私に言った。 なにやら思惑があるようで、夕飯も、萩乃ちゃんが自宅で作り、私へ振舞ってくれるらしい。 買い物をしながら、十八年という自分の人生を、ぽつりぽつりと語る萩乃ちゃんは何処か淋し気で、言葉の端々に、大きな傷跡が見て取れる。 幼い頃、両親を事故で失くし、それからずっと、兄妹二人で支え合い、萩乃ちゃんは生きてきた。 それだけに、同じ年頃の子よりも、しっかりしているし、芯も強い。 けれどその反面、甘えたくても甘えられない環境で育ったからこそ、何かにつけて躊躇する。 昔の私がこうだった。克っちゃん以外に頼ることができず、俯いてばかりだったと思う。 母にも心を開けなかった。嫌われてしまうのではないかと、本音を口にもできなかった。 そんな私を、母は抱きしめた。怒りながら、笑いながら、泣きながら、色んな顔で今でも抱きしめる。 きっと、ハグには魔法があるんだな。しかも、豪快なハグほど強力なやつだ。 私には、母と言う女性が居てくれた。同性の絶対な味方ほど、心強いものはないと思う。 だから私は、萩乃ちゃんの絶対になりたいと願うんだ。 母のように上手くはできないけれど、ハグっと抱きしめることは私にだって出来るのだから。 ということで、何の脈略もなく、ハグっと一発、萩乃ちゃんを抱きしめたところで、背後から掛かる声。 「あら、石岡さんじゃない! 元気だった?」 振り向かなくても解る。この声調からして、相手はかなりの美人に違いない。 何故、そう思うのか。それは、私の萌えアンテナが、そう告げているからだ。 「あ、秋葉先輩、お久しぶりです。はい。元気です。先輩もお仕事の方は、どうですか?」 萩乃ちゃんが、素晴らしい棒読みで、秋葉先輩とやらに返答を始めた。 そこで、私の抱擁が苦しかったのだと気づき、慌てて腕を放し、背後を振り返る。 やっぱりだ。私のアンテナは絶好調だ。振り返った先には、背のすらっと高い美人が微笑んでいる。 「うん。順調。あ、これ名刺。よかったらまた、連絡頂戴ね」 けれど、抱擁を解いたというのに、萩乃ちゃんは、相変わらずの棒読みで台詞を放つ。 「ご丁寧に、有難うございます」 何時の世も、上下関係は色々と大変だ。とりあえず、抽象的に纏めよう。色々。 そう一人黙々と肯けば、そんな私を見下ろす美人が、萩乃ちゃんに問う。 「あ、石岡さんのお姉さん?」 なんて良い娘さんだ。こんな良い娘さんの間違いを指摘するなど、私には到底できない。 だから、萩乃ちゃんと手を繋ぎ、にこやかに断言する。 「はい。萩乃の姉です。なにやら、妹がお世話になったようで」 「いえいえこちらこそ。でも直ぐに解りました。本当にそっくりですよね」 「貴女、本当に良い娘さんだわね」 握手を求めようかと迷ったところで、それを引き止めるように、萩乃ちゃんが言い出した。 「そうだ、お姉ちゃん、秋葉先輩も、ミヤってお名前なんだよ」 「何だって! だからこんなにも、良い娘さんなのだね?」 やっぱり握手を求めようと思った矢先、それを拒否するように、娘さんが確信を口にする。 「え? じゃ、お姉さんのお名前も?」 「あ、はい。美しくはないのですけれど、美しい也と書いて、美也と申します」 漢字はどう書きますかと問われると、名前負け加減に、悲しくなるのは仕方がない。 けれど相手は、名前負けなどしていない。寧ろ、勝っているくらいだ。 それなのに、吐き出される淑やかな声の謙遜具合がまた、お美しい。 「私も美しくはないですが、美しい耶馬台国の耶と書いて、美耶です」 「いえいえ、娘さんはお美しいですよ?」 「いえいえ、そんなお恥ずかしい」 否定を表す、手のスナップ加減もまた、雅やかな仕草なり。 しかし、こんなにも美しい娘さんだと言うのに、何故か私の食指が動かない。 やはり、同名だけに禁忌の恥じらいが、私を襲うのか。否、完敗だからかも。 けれどそこでふと、萩乃ちゃんが握り締めたままの名刺が目に入る。 「あれ? これは本間の会社だ……」 「えっ、本間? あ、すみません。ちょっと取り乱しました」 今の『え?』は、確実に濁点がついていましたよね。何やらこれ以上、申告するのが怖いのですが。 というか本間よ、お前は何処まで後輩に嫌われてるんだ…… 「あ、あの、本間とは、高校時代の同級生なんです」 「うぇっ、あ、いや、そうだったんですか」 うぇってお前、そんなに追い詰められるほど、本間に何をされたんだ。気になるな。聞けないけど。 「ほ、本間先輩のお友達にも、マトモな方がいらっしゃって、安心しました」 その本間に、可笑しいと言われる私はどうでしょう。 というか本間よ、お前を一言で表すと、うぇっ。って感じなんだな。 「あいつ、見かけは変ですが、根は凄くいいやつなんですよ」 なんで私が、本間を庇わなければならないんだ。しかも当人は、この場に居ないのに。 けれど娘さんは、その美しい顔を歪ませ、牛の如く、もしゃもしゃと口を動かしながら、私の言葉を鼻ですっ飛ばした。 「根も腐ってるでしょ」 あいつが腐っているのは、根ではなく、性根です。どちらも一緒なので、言い返せませんが。 そこで空気を読んだ我が妹は、彼女の笑顔を取り戻そうと、躍起になった棒読みを叫ぶ。 「お、お姉ちゃん、秋葉先輩は、ミス秀和だったんだよ!」 「そうなんだ。そりゃそうだ。これほど美しい娘さんなら当然だ」 すると、萩乃ちゃんの思惑通り、娘さんに輝く笑顔が戻り、雅やかなスナップを振る。 「いえいえ、もう。本当に恥ずかしいです」 ところがそこで、天の助けとばかりに、本物の笑顔を浮かべて萩乃ちゃんが騒ぎ出す。 「あ、宗ちゃんだ! 宗ちゃん、こっちよ!」 振り向けば、温厚温和を絵に描いたような仏顔で、石岡さんが歩み寄ってくる。 けれど、あの仏顔に慄く人間も居るらしい。何やら焦りだした娘さんは、唐突に別れを告げた。 「うわ。こんな時間だ。退散しなきゃ。じゃ、また」 退散という言葉は、その場から引き揚げるという意味ではありますが、ここでそれを使用するのは、逃げ去るという意味に取れるのですが。 「娘さん、やはり貴女も兄が怖…ってあれ?」 何故消える。何故居ないんだ。お前もチーターか。ミヤだけに。 「遅くなりました。二人とも、寒くなかったですか?」 何かこう、心に隙間風が吹いている気がします。なのでその隙間を、埋めて欲しいと願います。 けれどそれを、石岡さんには怖くて言えそうにないので、心に留めておくことにします。 「今の方は、秋葉さんですか?」 娘さんが消えた方向を見据えながら、石岡さんが私たちに問う。 すると萩乃ちゃんが、娘さんを的確な表現で言い表した。 「そうそう、秋葉先輩。相変わらず薔薇のような人だよね」 「そうだ。薔薇のように美しい娘さんだった。なのに、なぜ私の食指は……」 「美也さんと萩乃の本能は、侮れませんね」 褒められているようで、嫌味を言われている気がするのは何故でしょう。 さらに、本能と言われると、本間が浮かんでくるので、それはどうにか止めていただきたい。 だから相手が石岡さんと言うことを忘れ、反論を試みるけれど、言い終えることなく言い返された。 「何を言いますか。私は理性の女と呼ばれ、早二十」 「理性のない女と呼ばれ。の、間違いでしょう?」 「い、石岡さん? 最近、益々克っちゃんに似てきてますが?」 しかも、この文句を、見事なまでにスルーするところが、益々そっくりだ。 「さて、お姫様方、本日は何をお食べになりますか?」 食べ物と聞くと目が輝く。どうやらそれは、我が妹も同じらしい。 「萩乃の本能が、今日は鍋だと告げている」 「私の本能も、キムチ鍋って言ってる」 萩乃ちゃんに合わせ、鍋賛成の旨を唱えれば、その種の鍋は厭だと反論された。 「えぇ! 萩乃は、カニ鍋って言ってたのに」 「んまっ、貴女、それは贅沢というものよ?」 姉妹で言い争っている雰囲気ですが、互いの瞳は確実に、一人の男性を凝視です。しかも懇願系で。 そして四つの瞳に射られた男性は、堪らず白旗を掲げ、逃げ腰でボソボソと言いました。 「わ、解りました。カニを買いましょう。カニを……」 冷凍の外国産ではあるものの、それでもお高いタラバガニを買って、意気揚々と訪れた石岡家。 萩乃ちゃんを手伝い、図々しくもキッチンに入り込んでの作業が終了。 大皿片手に席へ着き、一息ついたところで、解りきったことを、石岡さんが言い出した。 「美也さんが、料理をされるとは思いも寄りませんでした」 「はい。ほとんどしません。切って盛るだけが精一杯です」 「その割には、手際が良いですね」 何やら剣道を嗜むと、他人の一挙手一投足にまで、注意を配れるものらしい。 克っちゃんもこうだ。そして、そんな克っちゃんに仕込まれたのだから、手際が悪いわけがない。 「そりゃそうですよ。今の母が来るまで、料理は私の担当でしたから」 土鍋の蓋を開けながら、当たり前のことを淡々と告げれば、何やら固まるその場の空気。 「え?」 もしかして、又もや単独事故を起こしましたか、私。 保険料が、ぐ〜んとお高くなりそうで、とても怖いのですが、どうしたら良いでしょう。 「あ、あれ? か、克っちゃんは…なに…も?」 「先輩は、家のことを、全く話さない人ですから」 てっきり、全てを知っていると思っていた。萩乃ちゃんはともかく、石岡さんだけでも。 けれど石岡さんすら、何一つ知らされて居なかったらしい。 全く、いつものこととは言え、克っちゃんの秘密主義には厭きれ返る。 それでも、こういったことは、そう簡単に話すべきではないとも思う。つまり、私が悪いのだ。 拙い。単独事故の後処理は、示談が相場と決まっている。 けれどその示談が曲者だ。どうにも上手い言い訳が浮かびません。 萩乃ちゃんの瞳が驚きに見開かれ、瞬きすることなく、私の答えを待っていた。 此処で言い訳をするのは、卑怯だと思う。萩乃ちゃんの過去を知っているからこそ尚更だ。 「お姉ちゃんのお母さん、幼稚園の頃に死んじゃったの」 「じゃ、じゃ、この間の……」 「うん。新しいお母さん。でも、本当のお母さんだよ?」 本当と言う言葉が、適当なのかは解らない。それでも、本当のお母さんだと思っているのだから、本当で良いのだと思う。多分。 そこで萩乃ちゃんは押し黙り、代わりに石岡さんが話を繋ぐ。 「いつ、ご両親は再婚を?」 「克っちゃんが六年生で、私が四年生の頃です。亮ちゃんは四歳でした」 「じゃ、亮くんは……」 「あ、はい。でも、弟です。大事な可愛い弟です」 何度か、この手の話を告げたことがある。十数年経った今はもう、近所の方々は何も問わないけれど、母と亮が越してきたときには、挙って聞かれたものだ。 そして必ず質問者は、こうして最後まで言い切ることなく、答えを聞き出す。 血の繋がりは、確かに大切なことだと思う。それだけで、許されることも沢山ある。 だけど、それだけじゃないはずだ。相手を想う気持ちがあれば、家族になれると思うんだ。 だから疚しいことのように、悪いことのように、問われるのは悲しい。言い難いこととは思うけど。 「ということで、萩乃ちゃんも、本当の妹ね? 大事な大事な可愛い私の妹」 抱きつく理由ができて素晴らしい。今回は、石岡さんも止めたりしないから最高だ。 それなのに、萩乃ちゃんが突然泣き出した。声を詰まらせ、苦しそうに咽び泣く。 萩乃ちゃんを抱きしめたまま、混乱しながら、石岡さんを見上げた。 すると石岡さんは、照れ笑いを浮かべて、オヤジギャグを言い放つ。 「そしたらば、タラバを食べるかに」 あんた、それはちょっとどうかと…… 意を決した、石岡さんのギャグが功を奏し、萩乃ちゃんに笑顔が戻って行く。 三人で大騒ぎしながらカニを食べ、後片付けをし終えたところで、萩乃ちゃんが言い出した。 「お、お姉ちゃん、一緒にお風呂へ入ろう?」 萌えです。鼻血が出そうになりました。当然、洗い物担当の石岡さんは、茶碗をシンクに落とします。 「えぇっ? やっ、いいんですか?」 実に意味の深い返答ですが、ご迷惑という意味合いで取っていただけ、難なく了承されました。 ということで、ちゃっかり、湯らり萌え風呂と相成ったわけですが、萩乃ちゃんの裸体に驚き、萌えが萎えに変わりました。 「萩乃のお姉ちゃんだから、知っていて欲しかったの」 決して視線を合わせようとせず、拳をぎゅっと握り締めて呟く萩乃ちゃんが堪らない。 左の脇腹から始まり、臀部、膝裏まで繋がる、ケロイドのような大きな傷跡。 前途ある十八歳の女の子が背負うには、余りにも大き過ぎる命の代償だ。 鼻が痛い。返す言葉など、どこにも見つからない。ただただ、抱き締めたいと痛切に思う。 この際、双方が裸なことは忘れよう。決して、疚しい気持ちは無いと、此処に断言する。 「ばっちり見た! ばっちり知った! これでもう、私たちに隠し事はないっ!」 豪快に泣き、豪快に叫び、豪快に抱き締めた。石岡さんに、後で怒られそうで怖いけど。 なぜだか、母と一緒にお風呂へ入ったことを思い出す。 日改くんとの事件が遭った日、初めて母とお風呂に入った。正確には、母が後から勝手に入ってきたのだけれど。 私の傷は萩乃ちゃんと違い、目には見えない傷だ。それなのに私は、懸命に自分の身体を腕で隠し、血が出るほど、スポンジで自分の身体を擦り続けた。 母は、そんな私の手からスポンジをもぎ取り、シャワーではなく、洗面器のお湯を、私に何度もぶっ掛けながら笑う。 「そんなもの使うから、いつまで経っても汚れが落ちないのよ」 そんなものとはシャワーのことで、今考えれば、豪快な母の言いそうなことだ。 それでも、滝のように流れ続ける洗面器のお湯が、やけに気持ち良いと思った。 洗面器のお湯で、傷が消えるわけではない。それでも思う。だから仙人は、滝で修行するんだな。 どう言ったら良いのか解らないけれど、煩悩が吹っ飛ぶんだ。 大量のお湯と一緒に、苦しい想いが、排水溝の渦の中へ流れて行く気がしたんだ。 そこでふと、母の真似がしたくなった。洗面器を掴み、たっぷりのお湯を汲み上げて、萩乃ちゃんの顔を目掛けてぶっ掛ける。 「ぶはっ! お、お姉ちゃ、ぐはっ!」 「修行が足りんっ! 煩悩を解き放てっ!」 石岡さんの怒る顔が浮かびますが、とりあえず、今怒られなければ、それで。 互いに、茹蛸のように赤くなりながら、湯船のお湯がなくなるまで遊び続け、疲れた。 萩乃ちゃんのスウェットを借り、水分補給に勤しみ、気づけば時計は二十二時を回っている。 長居しすぎの感が否めないものの、そろそろ御暇申し上げれば、石岡さんが車の鍵を握る。 「車で、ご自宅までお送りしますよ」 「いえいえ、それには及びません」 両手を振って、お断りをするけれど、やはりお相手の方が、一枚上手です。 「その格好で、電車に乗る勇気がありますか?」 有りません。しかもスッピンなので、光の中に、出でたくもございません。 平日夜の道は、然程混んでおらず、家で一人待つ萩乃ちゃんを、そこまで待たせずに済みそうだ。 萩乃ちゃんも、一緒に送ると言ったけれど、石岡さんが、それをやんわりと退けた。 萩乃ちゃんは、その意図に気づいていなかったけれど、私には解る。 きっと石岡さんは、萩乃ちゃんに関する話を、私と二人切りで、話したかったのだと思う。 「萩乃の傷に、驚かれたでしょう?」 案の定、車が走り出した途端、石岡さんが切り出した。 「事故ですか?」 「はい。後部座席の萩乃だけ、奇跡的に助かりました」 「修学旅行もね、あれを見られるのが厭で、行かないと駄々をこねたんですよ」 そうだろうと思う。あの傷を、友達とはいえ、不特定多数に見せるのは、勇気がいるはずだ。 命が助かっただけ良かったという言葉が、偽善な気さえする。 特に萩乃ちゃんは女の子だ。盲腸の傷さえ隠したがる年頃なのに、水着姿にもなるのが怖いだろう。 「だから、萩乃が自ら見せたのは初めてで……正直、私が驚きました」 そう言われても、嬉しいのか悲しいのか、私には解らない。 萩乃ちゃんが、どんな想いで勝負下着を買ったのかと考えると、堪らない気持ちになった。 そこまで、相手を強く想っているんだ。自分の弱みを曝け出しても、捧げたかった想いなんだ。 そんな萩乃ちゃんの想いを、踏み躙る権利など私にはない。そしてその想いを、こんなにも鋭い石岡さんが、気づかないはずはない。 「石岡さん、萩乃ちゃんの気持ち……」 「一過性のものです。依存心から湧き出る」 「そ、そうではないとしたら?」 「兄妹です。私たちは兄妹なんですよ」 そうなんだ。兄妹なんだ。一番身近に居る異性。けれど、一番壁の厚い異性なんだ。 萩乃ちゃんが誰を想っているかなど、直ぐに解った。そりゃそうだ。私のアニコン歴も長い。 とかなんとか偉そうに言っているが、気が付いたのは、本間にシッタカだと指摘されてからなのだけれど。それはそれだ。 けれど、石岡兄妹と会う回数が増える度、圧倒的な違いを思い知った。 石岡さんの想いが強いんだ。だからこそ、石岡さんは萩乃ちゃんを、妹と決して呼ばない。 この丁寧口調な人が、呼ぶべき箇所ですら、妹という言葉を敢えて避ける。 だから怖かった。この二人が、どうにかなってしまいそうで、怖かったんだ。 私はいつも、兄弟という枠に逃げる。そこはとても安全で、絶対の安心感があった。 だからこの二人がどうにかなってしまうと、私の枠も安全ではなくなってしまうようで、怖かった。 つまり、手前勝手な言い訳だ。自分の保身のため、二人の間を邪魔しようと目論んだだけだ。 けれどやはり、石岡さんは大人だ。しかも、とても鋭い。 私の邪心を全て見透かした上で、嘘偽りのない心を、きちんと語ってくれる。 ここだけは、克っちゃんと違う。克っちゃんは、心の内を決して話してはくれない。 さらに、此処まで見透かされていると、嘘を吐くことが、莫迦らしくさえ思える。 「実は今日まで、全力でお止めしようと思っていました。でも、今日の話を聞いて考えが変わりました」 「石岡さ…ん」 この理解が、とても嬉しい。ちょっとだけ救われて、ちょっとだけ勇気が湧いた。 石岡さんがこう言ってくれるのならば、逃げるのを止めて、自分の心と対峙してみようかと、少し思う。 この人の想いに比べれば、私の想いのほうが、まだ軽く、まだ楽なのだから。 多分、今までの中で、石岡さんは最大の理解者だ。きっと、これからも、ずっと。 別れ際、石岡さんが笑顔で語る。 「美也さん、私は貴女の味方です。貴女が萩乃の姉なら、私は貴女の兄ですよ」 嬉しくて涙が出そうだ。それでも、照れ臭い方が先に立つ。 「胃の痛みが酷くなりますよ?」 「当然、覚悟の上です」 「なんか失敬だな、あんた……」 部屋に入った途端、紺色のレンタルバッグが目に入り、延滞料金と心の中で葛藤し、結局負けました。 上下スウェットに、誰のだか解らないスタジャンを羽織り、母さんのママチャリで、駅前まで直走る。 一階は書籍売り場。二階がレンタルコーナーな店舗の、階段を昇り切ったところで、掛かる声。 「松本さん、当然俺に、時間を割いてもらえますよね?」 恐る恐る見上げれば、疲労困憊絶好調な七和の、克っちゃんによく似た、目据えが其処に在る。 「あの、このような格好なので、きっとお恥ずかしいかと……」 自分の素晴らしいコーディネートに、喜んだのも束の間。どうやら七和は、お洒落じゃないらしい。 「もう直ぐバイト上がれるんで、下で話しましょう」 駐車場を確保するためか、人を沢山呼ぶためか、どんな戦略なのかは知らないが、大抵、このビデオ屋さんは、ファミリーレストランと連結している。 此処も当然そうであり、七和の下と言うのは、ファミレスを差しているに違いない。 ということで、完全スッピンに、寝巻き差ながらの出で立ちで、お煙草はお吸いになりますか発言を乗り越え、窓際のボックス席へ収まった。 「大変だったんですよ、あの後……」 「す、すみません……その、心中お察しします」 ドリンクバーのみの注文は、妙に高い。だから、ケーキセットを注文したけれど、お腹は空いていない。 果たして、どちらがお得なのだろうと、ふと疑問に思うが、それはそれだ。 「始発の時間まで、此処で、延々と説教をされました」 アイスコーヒーを片手にドリンクバーから戻り、ストローを差したところで、七和が切り出した。 「せ、説教? 本間が? 七和お前、終わったな……」 本間に説教を食らうようじゃ、人として恥ずかしい。嘲り笑いながら呟けば、当然七和が反論する。 「誰の所為だと思ってるんですかっ」 私の所為ではありません。これだけは確実です。多分。 注文したティラミスが運ばれてきたものの、異様に固い。フォークを貫通させるどころか、引き抜くことも出来ず、突刺したまま私が固まった。 そんな状態のティラミスに、七和がナイフを差し込み、器用に取り分けながら、話を進める。 「本間さんから、松本さんが亮のお姉さんだと聞いて驚きました」 亮から、七和と知り合いらしい話は聞いていたけれど、今はそれどころじゃない。 話半分で会話を進ませながら、ティラミスの今後を考える。 「俺が三年のとき、あいつが入学してきたんですけど」 「部活か何かの先輩だったの?」 「いえ、お恥ずかしい話、好きな女を取り合っていた仲なんです」 「……え?」 思わぬ七和の言葉に、ティラミスから目を離して、顔を上げた。 「あいつ、ずっと惚れてる女がいて」 「あ、ずっと片想いだと、亮ちゃんから聴いて……」 私の返答を聞いた七和は、そうだとばかりに何度か肯き、微笑みながら過去を語る。 「あいつモテたから、女から告白されたり、ほら、バレンタインとか」 「そういえば亮ちゃん、一個も……」 亮のあの容姿で、モテないはずがない。けれど、毎年のそういった行事に、亮が何かを持ち帰ってきたことなど一度も無い。 けれど、そんな疑問も、七和の言葉ですんなりと解決した。 「だけど必ず、好きな女以外は、厭だって断るんですよ。受け取りもしないの」 何やら、女心を擽る硬派な一面を、弟に垣間見た。渡す側の女の子には申し訳ないが、惚れられた側は、女の子冥利に尽きると思う。 「我が弟ながら、カッコイイなぁ、それ」 鼻高々に、七和へ自慢をするけれど、自分の自慢じゃないのが、ちょっと悔しい。 それでも、七和に同調されると、自分の自慢じゃないけれど、ちょっと嬉しい。 「そうですよね。その一途さにまた、女子が騒いでましたよ」 そうだろう。そうだろう。私もそんな彼氏が欲しい。今直ぐにでも。 ティラミスに視線を戻し、切り分けられたそれを、一口食べる。 口の中に、冷凍を表すジャリジャリ感が広がり、思わず顔を顰めたところで、もっと顰めたくなる言葉を、七和が吐き出した。 「ミヤコンって、あだ名だったんですけど」 「あ、それ知ってる。感じ悪い伝説だよね」 七和は、あだ名と言ったけれど、萩乃ちゃんは伝説と言っていた。しかも、スーパーな。 どの道、碌な言葉ではないだろう。大体、あだ名と言うものは、本人否定のまま、勝手に囁かれるものだ。みゃあとかさ。 それでも、続く七和の説明に、ぴくんと片方の眉毛が動く。 「その由来、あいつの惚れてる女の名が、ミヤだからなんです」 「ん?」 「何か事が起きる度、その名を出して断るから」 「ミヤコン!」 「そうです。大正解です」 なるほど。道理で、私っぽい『コン』だと思ったよ。けれどそこで、何やら胸がざわめいた。 さらに、七和の言葉が、ざわめきを喧騒に変えて行く。 「そこで、互いの惚れた女が、カブっていることに気がついて。俺の方が負けていたから、一方的に俺が火花を飛ばしてました」 七和は今の話をしているわけではなく、過去の話をしているわけで、私と七和が出会う前の話をしているわけで、それはつまり、そのミヤさんは、私を表していないと言うわけで…… 「あ、あのさ、その女の子の名前って」 厭な予感というものは、外れた例がない。だから、質問したところで、払拭もできない。 「あぁ、秋葉美耶って言うんですけど、でも……」 やっぱりだ。だから私の食指が動かなかったのか。否、何がやっぱりなんだ、可笑しいな。 「……それで、松本さんの名が、美也だって気がついて」 七和が何やら話し続けていた。けれど、店内のBGMと同じく、私の耳に残ることなく通過する。 このティラミスは、正直言って不味い。ここまで不味いものを、久方ぶりに食べた気さえする。 余りにも不味いから、鼻の奥が痛み出す。ナフキンに、べって吐き出しちゃおうかな。 「ま、松本さん?」 強く名を呼ばれ、漸く我に返ったけれど、七和の唖然とした顔は、依然と私の顔に注がれる。 何故、そんな顔をいつまでもされるのかと思えば、私の頬から、透明な雫がポタンと垂れた。 「ん? あ、あれ? 可笑しいな…ご、ごめんね」 どうやら私は、ティラミスの不味さに、涙を零していたらしい。 スウェットの袖口で、慌てて涙を拭うけれど、勘違いした七和は、私に何かを謝った。 「すみません。俺、すごく余計なことを」 「ち、違うよ、ティ、ティラミスが。ご、ごめっ、これじゃナナワが泣かしてるみたいっ」 アイスコーヒーで口を漱ぎ、懸命に取り繕うけれど、七和は神妙な面持ちで謝り続ける。 「いえ、泣かせたのは俺です。まいったな。俺、ずっと勘違いしてた……」 そうだ。七和は勘違いをしている。ちゃんと、泣いてしまった理由を七和に話さなければ。 「いえいえ、あの、ティラミスが美味しくなかったもので、ついうっかり、涙がですね?」 ところがそこで、予想外の邪魔が、予想外の方向からやってきた。 「美也ちゃんっ!」 ファミレスの窓に、くっきりと残る、親父手形に親父鼻紋。克っちゃんの二十年後を想像させる容姿な御方は、紛れも無く、我が父キンちゃんその人だ。 「と、父さん?」 接客係の、何名様ですか攻撃を無視という名で躱し、ずんずんとこの場に向かってくる父は、七和を指差し、それは大きな声で宣った。 「なんで美也ちゃんが泣いてるの? この男が泣かしたの?」 「ち、違う、違う! ナナワは全然関係ないから」 「じゃ、何で泣いてるのっ!」 還暦近いお年頃だが、ロマンスグレーにスーツ姿の自称ダンディは、十代の心を忘れないらしい。 七和に向かって、ボクシングの構えをしながら、フットワークを始めるところを見ると、この七和に勝つ気でもあるらしい。 「ナ、ナナワ、ごめん。帰るね。また」 うっかりキンちゃんの腕を掴み、七和に謝罪をしながらその場を立ち去る。 「あ、はい。本当にすみませんでした」 けれど、七和が余計な社交謝罪を申告するから、父の歩みが止まる。 「や、やっぱり、お前が美也ちゃんをっ」 「父さん、違うって! 説明するから、行くよっ!」 全く持って厄介だ。早とちりの勘違いも甚だしい。一体、どうしてこのような思考回路になるのだろう。 けれど克っちゃんは、私と父がそっくりだと断言する。それ、有り得ないから。 【本文】 実は、みゃあに頼みがあるのだよ…… 亮に会いたくない。同じ家に住んでいるのだから、それは難しいことなのだけれど、極力部屋に閉じ篭り、どうにか会うのを避けていた。 こういうときこそ、克っちゃんが必要なのに、克っちゃんは、今週頭からずっと関西へ出張で、お説教臭いメールを、一方的に送ってくるだけだ。 それでも明日には帰ってくる。だから、今日さえ乗り切れば済むというのに、私は運が悪いらしい。 珍しく本間から頼みごとをされ、それを断れずに、こうして会社の前で待つこと十数分。 本間が頼みごとをするなど稀だ。特に私へ頼むなど、数えるほどしかない。 というか、此処で待つよう指示をされたものの、何か妙に目立つ気がするのは何故でしょう。 しかも、痛いほどの視線を、訳も無く感じるのはどうしてなのでしょう。 もう既に、五人の可愛らしい女の子から、声を掛けられました。 皆さん心配してくださり、さらに、慰めてくださったりするのですが、迷子の気分が拭えません。 私はそこまで、哀れな感が漲っているのでしょうか…… ふと、明るい建物内に目を走らせると、見慣れた横顔が、ロビーを横切って行く。 ここ数日、避け続けたその横顔は、私には見せたことのない微笑みで、前を行く女性を呼び止めて走り寄り、そして話し込み始めた。 その女性が、本物のミヤさんだと解るのに、そこまで時間は必要ない。 あそこまで薔薇の背景が似合いそうな女性は、なかなか居ないと心から思う。 そう言えば、ミス秀和だったと萩乃ちゃんが言っていた。それはもう、名誉ある称号なのだろう。 それでも思う。我が高校のミスに輝いたのは、本間さんなのですが。何この違い。 ミヤさんと話す亮は、本当に幸せそうだった。照れて、視線を外したりする仕草が、何とも言えず韓国のレモンっぽい。 亮はきっと、ミヤさんを追いかけて、この会社に入社したのだろう。 あんなに美しい娘さんを、野放しにしたら危険だ。甘い蜜に誘われて、群がる虫が多いと思う。 だから悠長に、大学へなど通っていられなかったんだ。それが進学を諦めた理由に違いない。 ようやく全ての辻褄が繋がった。数千ピースのパズルが完成した気分だ。 それなのに、私の気分は達成感に浸れない。何故こうも、気分が滅入るのだろう。 こんな亮の姿を見るために、私は此処へ来たわけではない。 それでも、見ることができて、良かったのだと思うべきだ。 亮から相談されたとき、応援すると私は誓ったのだし、想いを貫けと助言もした。 胸が苦しいのは、健気に頑張る弟の姿を見たからで、鼻の奥が痛いのは、寒いからに決まっている。 私は全然平気だ。お姉ちゃんは、どこまでも弟を応援すると、神に誓う。 本物ミヤさんが亮と別れ、玄関から出でて、こちらに向かって歩いてくる。 萩乃ちゃんとの一件で面識があるのだから、こういうときこそご挨拶をするべきなのに、私の身体はくるりと回って背中を向けた。 本間を待っているのだと知られたら、また、うぇっ。と、言われるから隠れただけだ。 「ほ、本間…絶対、呪う……」 全く、あいつと一緒に居ると、本当に碌なことがない。 しかし、本間の頼みごととは一体何だろう。この件も含めて、絶対に今夜は奢らせてやる。 そこで突然、私の携帯が鳴り出した。 『ごめん。遅くなるから、先に待ってて』 亮からのメールを読んで、遣り切れない想いが込み上げた。 私は何度、こうして身代わりに使われたのだろう。本物のミヤさんに伝えることの出来なかった想いを、偽物の私にぶつけて憂さを晴らしていたんだ。 別段、八つ当たりをされるのは構わない。苛立ちをぶつけられるのも構わない。 けれど、身代わりに抱くのは止めて欲しい。流石の私でも、それはきつい。 実は、歴代の彼氏と別れた理由もこれだ。今更ながら、申し訳ないことをしたと思う。 どうも私は、誰かに抱かれると、違う男の名を呼ぶクセがあるらしい。 だから必ず、俺はそいつの身代わりなのかと、皆に問い詰められた。 そのときは、何故その名を呼んでしまったのかが解らず、齷齪と言い訳をしたけれど、彼氏たちは、絶対にそのことを許してはくれなかった。 けれど今、亮に同じことをされて、漸く、許せなかった皆の気持ちが解る。 その行為はとても、きつい。自分の存在価値や理由までもを、否定された気分になる。 勘違いをしていた自分が恥ずかしい。私を呼んでいるのだと、ずっと誤解していた。 道理で、何かが可笑しいと思ったよ。名は一緒でも、土台が違うのだから、変なのは当然だ。 同じ名前だったのが、拙かったと思う。私みたいに、違う名であれば、すぐに解ったのに。 『…ミヤ? ミヤ、どうして此処にミヤが……』 さっきから、みやみやみやみや煩いな。この会社には、そんなにミヤさんが多いのか。 けれどそこで、二の腕に痛みが走る。ふと腕を見下げ、誰かの指が目に入って、後ろを振り返る。 そこには、今最も会いたくなかった人が、戸惑い顔で立っていた。 「美也、何かあったの? 美也?」 私の名を呼ぶ亮の声が、初めて耳障りだと思う。否、それよりも、これだって、私のことを呼んでいるのかどうか解らない。 ちゃんと呼び名を決めるべきだ。境界線を引かなければ、何かまた、変な勘違いをしそうで怖い。 「亮ちゃん、これからは、私のことをお姉ちゃんって呼んでね」 「何言ってる……」 何言ってるもなにも、私はお姉ちゃんなのだから、そう呼ばれて当然だ。 でも、お姉ちゃんという呼び方に、固守しているわけではない。姉の意を表す名称なら何でもいい。 「あ、お姉ちゃんが厭なら、姉貴とかさ?」 「美也? 美也…ねぇ、何を」 何故、呼ばないでくれと頼んでいるのに、亮は聞いてくれないのだろう。 何度も何度も煩いんだよ。耳障りだって、さっきから言ってるじゃん。 「よ、呼ばないでって言ってるでしょっ!」 声を荒げてから、自分が八つ当たりをしていることに気がついた。 本間がこんなに待たせるからだ。寒くて鼻は痛いし限界だ。それでも亮には謝らなければ。 「ご、ごめんね…か、帰る。帰るね」 「美也、さっきメールしたんだけど、急いで帰るから、部屋で待ってて」 亮は何を言っているのだろう。もう行くわけがない。行かないのだから、待つはずもない。 行ったらまた、亮は私を抱くでしょう? 私もきっと抱かれちゃう。そんな関係はもう厭だ。 「もう行かないよ。そういうのはさ、全部本物とこれからはやって? じゃ、」 「何言って……美也っ!」 笑っていられるうちに、去らせて欲しい。今の私は、本間の所為で相当機嫌が悪いんだ。 それなのに手首が痛い。こんなに強く握り締めたら、誰だって怒ると思う。 大体、引き止める相手からして、亮は間違っている。ミヤ違いも良いところだ。 ここは一つ、お姉ちゃんらしく、ビシッと、弟の間違いを正してやらなければ。 「身代わりゴッコは、もうお終い。亮ちゃん、そういうズルっこは駄目なんだよ?」 頭を撫でて、優しく諭してやっているのに、何で亮は怒るのだろう。 物凄く大袈裟に頭を避けられ、より一層の握力で、手首を握り締められる。 「何が身代わりなの? ねぇ美也、答えてよ」 手首の枷が振り解けない。空いた手で、亮の指を引き剥がそうとし、逆に両方を掴まれた。 「俺の何処が狡いの? 答えろよ」 両手首を内側に捻られて、走る鋭い痛みに、思わず涙が込み上げる。 亮の声が怖いからでも、眼が鋭いからでもなく、ただ単に、腕が痛いから涙が出ただけだ。 なのに、何故私は、訳の解らない言葉を口走っているのだろう。 「だ、だって亮ちゃん…全部、全部っ、私、身代わりで……」 「誰の? 美也は誰の身代わりなの?」 腕を引き寄せられ、亮の胸が迫ってくる。この胸に吸い込まれたら負けだ。母さんのハグと同じくらい、強力な魔力が籠もっているのだから。 「ミヤさんだよ。亮ちゃんの、本物のミヤさん!」 亮の胸を突き飛ばし、寸でのところで、吸い込まれずに済んだ。 それでも、新たな亮の腕攻撃が伸びてくる。これを躱さなければ、絶体絶命だと思った瞬間、丁度良い具合に、天使とは言い難い、スミコ声が炸裂した。 「いやだぁ二人ともぉ、会社のど真ん中で、何をやってるのよぉ!」 随分と待たせてくれたものだ。けれどもう今日は、本間の頼みを聴いてあげないと決めた。 「本間、ご、ごめんね…今日はもう、私帰るから!」 「み、美也っ、待っ!」 鼻が痛い。つんと痺れて堪らない。 全部、こんな寒い場所で、本間が待たせた所為だ。だから、後は本間に任せて私は帰る。 駅に向かって走り出す私の背中に、本間の声が響いていた。 「弟くん、どういうことか、スーに説明してもらいましょうか?」 |
|
← BACK | NEXT → |
INDEX|MAIN|NOVEL|BROSIS |