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◇◆ お願いセニョリータ! 1 ◇◆
 やばい。この状況に耐えられん……
 これはもう、列記とした蛇の生殺しだ。いや、それ以上かも。

 いいか、よく聞け俺!
 俺は昔から、由香の様な美人お姉様系がタイプなはず!(ほっそりグラマラス)
 つまり文子なんか、アウトオブ眼中だ!(ちみっこロリロリ)
 しかもあいつは、ルパンの女だぞ?(付き合ってないけど)
 電車の中での濃厚キス現場を、この目で見たじゃねーか!(あれはショックだった)
 いや、ちょっと待て。なんで俺がショックを受けるんだ?(確かにおかしい)
 ま、まさか、禁欲生活が長すぎた代償なのか……(かれこれ数ヶ月)
 ということはアレだ、俺はヤリたいだけなんじゃ?(そうに違いない)
 でも最悪だ。こともあろうか文子に欲情するなんて〜(ショックデカ!)

「高梨くん、独り言を声に出すのは危険だと思われますよ。しかもそんな派手なアクションまでつけて……」
 ワシのマークの栄養ドリンクコマーシャル並みに気合いを入れて佇む俺は、 肩を叩くワトソンに、妄想と言う名の世界から救い出された。
 けれど現実の世界に戻ってきても、胸のモヤモヤは治まらない。
「ワトソン、どうやら俺は、『ヤレれば誰でもいい病』に侵されているらしいんだ」
 高まる鼓動に胸を押さえながらそっとワトソンに囁くと、ブルッと身震いをした後
「それは危険な病ですね。なら、中島さんや小島さんにも注意報を発令しなければ」
 ワトソンは、事もなさ気に平然と棒読みで答えた。
 だから俺も、シレっとサラっと即答する。
「いや、久恵と恵子は平気。由香は考えてもいいけど」

 ところがワトソンは、眉間に皺を寄せて片眉を持ち上げるという、アメリカンなジェスチャーを軽くやってのけ
「平気? 考える? だって、誰でもいいんでしょ?」
 終いには、両手を上に持ち上げて肩を竦ませるという最上級の技まで披露した。
 そんな仕草を見て、ようやくそこで考えた。右斜め45度上を見ながらもう1度確認する。
 けれど何度久恵と恵子の姿を思い浮かべても、やっぱり発情ボルテージは上がらない。
「あれ? そうだよな。ツジツマが合わねぇじゃねーか」
 ワトソンの胸を尊大に小突き文句を言えば、フルフルと首を何度も横に動かしながらワトソンがつぶやいた。
「それはもう、列記とした『ふみふみ病』の初期症状ですね……」
 その言葉を理解した瞬間、頭の中で除夜の鐘が鳴る。

 そ、それは、特級階級の難病じゃねーか……(ゴーン)

 突然足元がおぼつかなくなり、フラフラと潤んだ瞳で教室を彷徨い続け、ようやく心の友を探し出す。
「ゴエモン、俺は難病に侵された。もはや余命幾許もない……」
 相変わらず口の中に何やら物を入れているゴエモンに縋りより、ガックリうな垂れながらそう言うが、  大親友の一大事よりも提供久恵菓子の方が心配なゴエモンは
「あ、あげないからな!」
 菓子を腕で囲って、俺を睨みつけた。
 ゴ、ゴエモン…… お前ってやつは……
 一瞬狼狽するものの、気を取り直して両手でゴエモンの顔を挟み、強引に左を向かせた。
「あれを見ろ、俺はあの男の様な末路を辿ることになるんだ」
 教室の入り口から半分だけ姿を現し、ストーカーのように文子を見つめるルパンを確認させる。
 口の中の食べ物を、頬の脇に押しやったゴエモンが、ハムスターのような顔でニコリと笑うと
「大丈夫だ。その難病を克服した男がいるじゃないか!」
 微量だが、かすかにカスを飛ばしながら、翔也に向けて手を伸ばした。

 あぁ翔也、今まで君の事を、カスだと思ってすまなかった……(多分)

「翔也、俺はお前を心から崇拝することにした」
 崇拝の念を表すかのごとく、翔也を真似て両手で髪を掻き揚げた。
 なのにその意図は全くと言っていいほど翔也には伝わらず
「なんだよ突然。気味悪いなぁ」
 そう言いながら後ずさり、俺から目を逸らした。
 それでも俺は、そんな翔也に負けはしない。華麗なウインクとともに
「文子の毒に侵されなかったお前は凄い」
 親指を立てて褒め称えると、ようやく全てを理解した翔也が、意味深な笑みを浮かべて切り出した。
「あぁ、そりゃ免疫があるからだ」
「な、なんだって! どんな方法でその免疫が授かるんだ!」
 藁をも縋る勢いで翔也の制服を掴み揺すれば、それを振りほどきながら翔也の講義がはじまった。
「いいことを教えてやろう。いいか、文子は小学校の頃から化け物の様に全く変わってないんだ。 姿形、性格、全てだ!」
 窓際の一番後ろの席で、由香と寛ぐ文子をビシっと指差し続ける。
「それを踏まえて想像しろ。40歳の文子を、70歳の文子を――」
 文子を指差した翔也の手が、ゆっくりと天井に向けて昇っていく。
 それを目で追いながら、翔也の言われるがままに想像したとき、地球上で最も恐ろしい言葉を翔也が吐いた。

「あのままだ……」

「お、恐ろしい……」
 訳もなく寒気が俺を襲う。もう鶏肉は食べられないと思うほどのイボイボが、体中を支配した。
 途端に妙な胸のモヤモヤが治まって、スカッと爽快。なんだか炭酸飲料が飲みたくなってきた。
 もうお前には用はないとばかりに翔也の元を去り、依然として文子のストーカー行為に励むルパンへと歩み寄る。
「コーラだ。コーラを飲め!」
 ルパンの肩を思い切り叩いてから、自販の前まで耳を引っ張り連れて行く。
 未だ抵抗するルパンをベンチに座らせ、2本の缶コーラを買って、制服の名札を外す。
 1本をルパンに放り投げ、残る1本を何度も勢いよく上下に振った後、  外した名札の安全ピンで、プルトップの先に穴を開けた。
 直径数ミリの穴からほとばしるコーラ。
 公園に置かれている水道のごとく、それをおちょぼ口ですすり上げる。
 羨ましそうにその光景を見続けるルパンに
「なんだ、お前もやりたいのか? 貸してみろ!」
 偉そうに語ってから、渡したコーラーを奪い取る。
 自分のコーラと同じく、いや、もっと念入りに嫌と言うほど缶を振って、名札とともにルパンに返すと、 ニヤニヤ笑いが治まらないルパンが、プルトップに針を刺した……

 妙なコーラを飲む、妙な男2人組の図。
 言葉は何もいらない。このまま全てを飲み干してしまえばいいんだ――
 って、なんか俺、今超カッコよくねぇ?

 結局、偉大なるコーラと翔也から伝授された免疫のおかげで、 それからは惑わされることなくその日を乗り切った。
 ルパンとリアルフジコにも、なんらかの進展があったようで、 リアルフジコの方が、ルパンを避けている気がしたけれど、 フミフミ重病患者のルパンにとっては、そんなものどうでもいいらしい。
 もっと気にかけてあげろよなどと思ってしまうのは、俺がフミフミ病患者だからではなく、 紳士として当然のことなんだと、自分に言い聞かせてみたりする。(俺って偉大だよね)

 そうこうしている間に訪れた下校。
 ようやく元に戻りつつある一味という名の軍団の中、ルパンと肩を並べて寄り道場所へと練り歩く。
 これで一緒にドーナツでも食べれば、雨降って地固まるってもんだ! などと悠長に考えている矢先、 予期せぬ事件が起きた。

「あれって、久島さんじゃないですか?」
 一番目が悪いはずのワトソンが、眼鏡のフレームを持ち上げながら真っ先に言い放つ。
 ワトソンの指差す方向を見れば、とっても遠いところに、  文子らしき人物が、数人の男に囲まれている様子が写った。
 ワトソン、実はお前…… 視力すげーよくねぇ?
 けれどバックにぶら下がる、妙な骸骨のマスコットは、紛れもなく文子のものだ。
 それに気づいたとき、身体が勝手に動いていた――

 抜け駆けしようとしたわけじゃない。(多分)
 なぜなら、俺が紳士だからだ。(きっと)
 危険な目に遭遇している少女を助け出さねば!(そうだそうだ!)
 でもこれが文子じゃなかったら、俺は助けるの?(あぁ助けるさ!)
 って、あれれ? 本当にこいつは文子じゃないじゃん!(嘘だろ〜!)

 文子の如く、長い髪を2つに結び
 文子の如く、妙な骸骨のマスコットをぶら下げた
 文子の如く、穏やかとは言いがたい口調で抵抗するこの女子は……

 誰?

 今ようやく分かったよ。ワトソン、やっぱりお前は目が悪い!

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photo by ©ひまわりの小部屋