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◇◆ Non guardi... ◇◆
 ダメ。絶対に見ちゃ駄目。
 お風呂でもなく、眠るでもないのに彼が眼鏡を外す時。
 濃いグレーの瞳は燻したような深い銀色を放ち、その視線だけで私は身動きが取れなくなる。
 ダメ。目を合わせちゃ駄目。
 その瞳を覗いたら、私は私じゃなくなって、抗うことすらできずに翻弄されてしまうから――

 手の甲にキスするように、そっと私の髪に口づける人。
 子どものように、私の髪を握り締めたまま眠りにつく人。
 私の髪に指を差し入れながら、情熱的な愛を紡ぐ人。
 あなたがどれだけ私の髪を愛していたのか知っているの。
 それなのに私は、あなたを喜ばせる術を自ら裁った。
 だからお願い。その瞳で見つめないで……

 けれど気付けばまた、理性を失った私はこうして裸でベッドの上に居る。
 そして彼の指に、唇に、低い囁き声に、狂った身体は熱く敏感になっていく。
 初めて彼に抱かれた日から、泣き叫びたくなるほどの快感に、何度導かれたことだろう。
 いつもの余裕をなくした彼の表情を見られるだけで、心も身体も、私の全てが悦び舞う。
 なのに今日は、何かが違う。
 余裕をなくしている口調なのに、囁く言葉はいつもの数倍意地悪だ。
 それでも、そんなことを考えていられるのは数分で、吐息は悦びの詩を叫ぶ。

「だめ…っ……いやっ……」
 なにもかもわからなくなって、シーツを握り締めながら叫んだ時
「ダメ? 嫌? ならば止めましょう」
 突然、彼は全ての動きをピタッと止めて、微笑みながら私を見下ろした。

 思考回路の途切れた頭では、そんな彼の言動を理解できるはずもなく、 戸惑うことすらできないまま、驚いて目を見張る。
 それでも完全に動きを止めた彼に、燃え尽きることができなかった身体を燻らせ
「Ri…rilassa?」
 未だ途切れがちの息で恐る恐る問いかけた。

 仰向けで横になり、私の首の下に腕を通した彼は
「嫌なんでしょ?」
 私を見ることなく上を向き、なぜか含み笑いを漏らしながら意地悪く囁いた。
 あれだけ見ちゃ駄目だと自分に言い聞かせたはずなのに、逸らされれば見たくなる。
 結局そんな自分の気持ちに負けて、彼に覆いかぶさり瞳を覗きこんだ。
 その瞬間、首に回されていた彼の腕が私をきつく抱きしめて
「…満月…キスして……」
 そう囁きながら、強引に私の身体を自分の上に乗せた。

「んっ……ふ…っ」
 彼の上に全身を預けたままのキスが深まると
「……満月…ここがいいの?」
 彼の指が、乾くことない私の中をかき回す。
「あっ…いや…っ」
 思わず舞い込んできた快感に、身体を仰け反らして反応すれば
「いや?」
 その言葉とともに、私の中から指を引き抜き動きを止めた。

 意地悪く微笑みながら私の様子を窺って、完全に私が脱力しきった瞬間、また指を潜り込ませる。
 二本の指で私の中を弄り、一番感じる場所を探り当て、そこばかりを擦る彼。
「んっ…だめ…っ!」
 痙攣するように身体を震わせて、手の甲を口元に当てて身を捩れば
「駄目?」
 そう言いながら、やっぱりまた指を引き抜いた。
 グレーの瞳と、甘い声で囁かれる意地悪。
 それだけでもおかしくなりそうなのに、じらされ続ける身体はそれ以上に悲鳴をあげる。

「…んっ…ふっ……おねがい……」
「何を?」
「…やっ…だめっ…お…おねがい!」
「だから何を?」
「…あっ……じ…じらさないで!」

「それじゃ駄目」
 拗ねたように口を尖らせ、またしても動きを止める彼。
「寛…んっ……寛弥っ!」
 拳で彼の胸を小突きながら、精一杯の懇願を続けるけれど、彼の意地悪は止まらない。
「俺が欲しいって言って…満月……」
 その言葉に、恥ずかしさで一気に頬が紅潮する。
 そんなことを言えるはずもなく、頑なに拒んで彼の胸に縋りついた。

「素直じゃないな…これでも言わない?」
「あっ…寛…っ……んっ!」

「Dire……Luna piena……」
 月明かりだけでも分かる、キラキラと輝く銀色の瞳。
 それを囲むように広がる、濃いブルーの輪。
 その瞳に見つめられた私は、虜になって呪文にかかる。
「……ほ…ほしいの…」
「なにが?」

「寛…寛弥が欲しいの!」

 恥じらいをかなぐり捨ててそう叫んだ瞬間、私を上にしたまま彼が突き上げた。
「あぁっ……あっ…!」
 じらされ続けた身体は、ただその一突きだけで限界を迎え、信じられない興奮とともに空高く昇っていく。

 彼が動きを止めないまま起き上がり、揺れる私の身体を引き寄せる。
 そして、固く、赤く染まった胸の先端を口に含んだ。
「んっ! ああ…っ!」
 私の中を埋め尽くす彼の熱い塊と、鷲づかまれ吸い上げられる胸の感覚。
 押し寄せる波に溺れそうになりながら、彼の頭を抱きしめる。
 けれど彼の指が、撫でるように下へと滑り降り、 腰の動きも、舌の動きも止めることなく、敏感に固くなった突起を指で擦った。
「いやっ……いやっ…あぁぁっ!」
 感電してしまったような、激しい痺れが全身に広がる。
 舌と、指と、彼自身に翻弄されて、おかしくなるほどの快楽の嵐に絶叫した――

 何度も意識を飛ばし、彼の瞳に見つめられて乱れ狂った。
 ふと目を覚ますと、いつものように彼の胸の中にすっぽりと納まっていて
「Ti amo 」
「Io anche……」
 優しい彼の囁きに、目を閉じたままで返事をすれば、私の髪を撫でながら彼が言った。

「そう言えば、溢したコーヒーをどうしましょうか?」

 何気ない彼の一言で、ハッと我に返って飛び起きる。
「た、大変! 染みになっちゃう!」
 けれど、慌ててベッドから出ようとする私を捕まえて
「大丈夫ですよ、妖精さんが飲んでくれますから」
 どこかで聞いたことのあるようなセリフを、彼が悠長に言い放つ。
「だ、か、ら、そんなものはいません!」
 鼻の頭に皺を寄せて彼に文句を放った瞬間、恐ろしいほど後悔した。

 お、お願い。その瞳で見つめないで……


Fine

※ Luna piena(満月・マツキの愛称) / rilassa(寛ぐ・寛弥の愛称)
  Ti amo(愛してるよ) / Io anche(私もよ)
  Non guardi…(見つめないで…) / Dire…(言って…)

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photo by ©かぼんや