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◇◆ Silver Christmas ◇◆
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「うわ、すっごい! パパ、見て!」
マンションの地下駐車場で、悪戦苦闘を続ける俺の後ろから聞こえる小さな子どもの叫び声。 作業を一時中断して躊躇いがちに振り返れば、両手に食料品の袋を抱える父親と幼稚園ほどの男の子が、 俺が車から懸命に取り出そうとしているそれを、驚きの表情で眺めていた。 「こんばんは」 微笑みながら言葉を発すれば、我に返った父親が同じく微笑みながら返答する。 「こんばんは。今日は、お早いんですね」 「えぇ、これのために、仕事を切り上げました」 照れ笑いを浮かべて、ポンとそれを手で叩く。 すると、男の子が目を輝かせて近寄ってきて 「寛兄、これ本物?」 俺の上着の裾を小さな手で握り締め、さらに大きく見開いた瞳で見上げた。 「こら健斗、寛兄って言い方はないだろ」 「だって、満月がそう呼んでるんだもん!」 「満月ってお前……ほら、スーツを離しなさい!」 父親が、口うるさいほどに子どもを嗜める。 そんな光景を微笑ましく見つめ、片手で父親を止めるように手を翳してから、ゆっくりとその場にしゃがみこむ。 「本物だよ。明日、飾り付けにおいで」 目線を男の子の位置まで落とし、その子の鼻を軽くつまんで揺さぶれば 「やった! 俺、りんご形のオーナメントを持ってるんだぜ!」 鼻の下を指でモゾモゾ擦りながら、嬉しそうに男の子が言った。 「それは凄いな。でも、まさかそれも本物?」 しゃがみこんだまま、わざとらしく眉根を寄せて聞き返すと、その子は人から聞いたであろう話を、自慢気に叫んだ。 「んなわけないだろ? ママが俺に買ってくれたんだって!」 この男の子には、母親がいない。 この子の命を守るため、自分の命を神に差し出した。 武頼の母親もそうだ。逢ったことは一度もないが、子どもを守るために亡くなったと祖母から聞いている。 俺の母親もそうだった。 自分が病魔に侵されていることを知りつつ、俺を育てるために働き続けた。 寛ちゃんに、これを買ってあげたいから。寛ちゃんには、これが必要だから。 そうやって、見返りなど何も求めず、無償の愛で自分を犠牲にする。 そんな想いを受けて、生かされた命。 追いて逝かれたことを恨んだのは、一度や二度ではない。 なぜ一緒に連れていってくれなかったのだと。どうして俺だけを一人残して自分だけ死んだのだと…… けれどこうして幸せを手に入れた今は、そんな母親の気持ちが解る。 あれも、これも、それも、満月に与えてやりたい。 俺の命で済むのなら、いくらでも満月の代わりに差し出そう―― 「手伝いますよ」 手持ちの荷物を地面に置いて、俺の車を指差す父親がそう声を掛けてくる。 「すみません。助かります」 苦笑いを浮かべながら、その好意に甘えることにして、そう答えながら車の後ろに回りこむ。 俺の背丈と、変わらぬ高さのもみの木。 当然、浅海がイタリアから送りつけた代物だが、会社に送りつけるところがあの人らしい。 俺を唖然とさせることが、浅海の生き甲斐と言っても過言ではない。 「満月さんには、本当にいつもお世話になってしまって……」 もみの木を引っ張りながら、父親が申し訳なさそうにつぶやいた。 「家内が好きでやっていることです。どうぞ、お気になさらないでください」 そう答えたものの、迷惑をかけているのは、満月の方なんじゃないかと思わずにはいられない。 男の子じゃないけれど、五歳児に満月と呼び捨てされる女なのだから…… けれど父親が、そんな俺の妄想をかき消すように言葉を繋げた。 「母親が、恋しいんだと思うんですよ……」 父親の左薬指に、今も輝く銀色の指輪。 それを見てとったとき、彼の苦悩を思い知る。 一人の女性を恋しがっているのは、子どもだけではない。 彼もまた、その女性を恋しがっている。 そんな親子の切なさが、不安となって俺の心に入り込む。 もみの木を肩に担ぎ、親子の姿を見送った後も、広がり続けるその不安から逃れられずにいた。 俺が差し込む鍵の音に反応し、部屋の廊下を走る満月の足音が微かに聞こえる。 ドアを開ければ、寒空とは打って変わった暖かな空気が、俺を包み込むのだろう。 真っ暗で、音も匂いもない空間。 そんな毎日に慣れていたはずなのに、この暖かさを知ってしまった今は、そこに戻ることがたまらなく怖い。 でも、それよりも何よりも…… 「うわっ すっごい!」 突然の叫び声に我に変えれば、ドアノブに手を掛けたまま満月が固まっていて 「ひ、寛兄、これ本物?」 そう言いながら俺の上着の裾を手で握り締め、大きく見開いた瞳で見上げた。 五歳児と同じ言動を起こす満月に、思わず噴出せば 「な、何を笑ってるの? もう、寛兄ってば!」 なぜ俺が噴出したのかが解らず、困りあぐねてから怒り出した。 俺の人生は、12月に始まり12月に変わる。 自分自身の誕生日も、満月に出逢ったのも、浅海とともにイタリアを後にしたもの12月。 満月と再開したのも、満月を初めてこの腕に抱いた日も12月。 そして、母親が亡くなったのも、日本では天皇誕生日と呼ばれる祭日だ。 たくさんの、出会いと別れが詰まったこの月。 生きていれば必ず別れが来る。順番から言えば俺のほうが先だ。それでもそれは確実なものではない。 だから怖いんだ。 満月、お前を失ってしまったら、俺はどうなってしまうのだろう…… 「それで新月がね、武頼くんのことを指差して……」 脚立に登り、明日の飾り付けに備えてライトを巻きつけながら、今日一日を陽気に話す満月。 完全に上の空な俺は、無意識のまま近づいて、無意識のまま満月を後ろから抱きしめた。 いつもとは逆に、満月の腰の高さほどしかない俺。 抱きしめたまま、少し窪んだ満月の腰に額を押し当てて、震える息を吐き出した。 バランスを取るように俺の手を握り締め、満月が顔だけを振り向かせる。 「寛兄?」 目をパチパチさせて、戸惑いながら俺を見下ろす姿を、ただ無言で見上げた。 格好悪すぎて、口が裂けても告げることなどできない想い。 ただ漠然と、どうしようもなく怖いんだと告げたところで、どうなるわけでもない想い。 けれどそんな想いに囚われて、そこから抜け出すことができなかった。 だからまた溜息をついて 「お風呂に入ってきます」 眉を顰めて首を横にかしげたままの満月を、脚立の上に置き去りにしたまま風呂場に向かう。 ただ呆然と、勢いよく飛び出す飛沫の下に佇んでいた。 これでは、滝に当たって邪念を吹き飛ばす、修行僧のようだと苦笑いをしたところで 「寛兄?」 そんな心配げな声とともに、満月の姿が曇りガラスのドア向こうに映る。 「飛んで火にいる夏の虫。という言葉を知っていますか?」 微笑みながら少しだけドアを開き、満月に向かってつぶやいた。 「え?」 そして、俺の裸体にたじろぐ満月をよそに、腕を引っ張り、強引に風呂場へと引きずりこんだ。 「ウールをお湯に浸けると、縮んでしまいますよ」 縄編みの施されたグレーのセーターを、頭から強引に脱がせれば、満月の華奢な肩が姿を現した。 俺よりも細く小さく頼りなく、俺よりも先に壊れてしまいそうな満月の身体。 それを見た瞬間、消えかけた不安が、また心に広がっていく。 お願いだ。俺を措いていかないでくれ…… 「寛兄が引っ張ったんじゃ……んっ…」 どうにも止められない気持ちを抱いたまま、慌てる満月をシャワー下の壁に追い詰めて、荒々しく唇を塞ぐ。 水飛沫をもろに受け、一瞬のうちに濡れていく満月の身体。 白いサテンの下着が透け始め、胸に桜色の輪郭を浮かび上げていく。 左手で、ざらつく布地ごとその輪郭をなぞり、急速に固く膨らむ乳首を弄ぶ。 「ん…ふっ」 舌は上顎を彷徨い、息する暇を与えることなく、満月の喘ぎ声を飲み込んでいく。 右手で太ももを撫で、身体にまとわりつくスカートを捲り上げ、下着越しに敏感な蕾を指で擦る。 キスから逃れようとする満月の頭を強引に押さえつけ、逃すことなく舌を吸い上げた。 「あっ…んんっ…んふっ…」 俺の口の中に、満月の甘い吐息と柔らかい声が広がる。 この声を、いつまで聴くことができるのだろう…… そこまで考えたとき、頭の中は真っ白になった。 指に掛かるレースを、引きちぎる。 驚きの息を飲む満月を見据えながら、細く滑らかに濡れる片足を高く持ち上げて、自分自身をねじり込むように満月の中へ沈めた。 「んっ! ぐっ……」 湿り気は帯びているものの、俺を受け入れるまでには到達していなかった満月が、苦痛の呻き声を上げる。 それでも止めることなく深く突き上げて、力任せに壁に押し付ける。 「あぁっ…!」 驚きと緊張と、こわばり続ける満月の熱いひだは、きついほどに俺を締め付けた。 思わぬ快楽に、俺の息が詰まる。それでも、欲望の満足感は得られそうにない。 「Ti amo…da impazzire……」 シャワー音に消されてしまうほどの小さい囁きを漏らし、 邪魔なブラを、レースの下着同様に引きちぎる。 纏うもののなくなった胸を、痛いほどきつく鷲づかみ、先端を口に含んで音を立てて吸い上げた。 涙なのか、水滴なのかわからない雫が、満月の頬を流れる。 喘ぎ声を漏らすこともなく、苦痛の呻き声を漏らすわけでもなく、ただ唇をきつく噛み締めて耐えていた。 満月を傷つけたい訳じゃない。それでも、止める事のできない感情が先に立つ。 怖いんだ。お前を失うことが、何よりも怖いんだ。 なのにそれを、どう伝えていいのかが解らないんだ…… 小さな雫を乗せたままの長い睫毛が震え、ゆっくりと満月の瞼が開かれていく。 責めるような瞳で、俺を覗き込むのだろう。だからその瞳から逃れるように、歯を食いしばり目を閉じた。 けれどそんな俺の頬を両手で包み、途切れがちな声で満月が囁く。 「…Mi…veda……」 見れるわけがない。こんな自分を、見せられるわけがない。 だから目を合わせることなく、力ずくで満月を後ろ向きにさせる。 壁に両手を押し付けて、必死で抵抗する満月をねじ伏せ、腰だけを強引に引き寄せ犯す。 「い、いやっ! お、お願い……ああっ!」 タオルハンガーにしがみつき、悲痛の叫び声を上げる満月。 「寛……お願い…顔を、顔を見せ……いやぁっ!」 そんな満月の腰を掴み、狂ったように反り起つ塊を打ち付けた。 「いやあ〜っ!」 満月の手がハンガーから滑り落ち、上体を保つことができずに崩れ落ちていく。 腰から手を離し、崩れる満月の身体を受け止めて、バスタブの縁に下ろす。 そして息を弾ませながら、差し込んでいた自分自身を引き抜いて、溢れ出す粘液を指で絡めとる。 頬を紅潮させ屈み込む満月に、糸を引く指をわざと見せつけて 「抵抗しながらも、感じてるだろ……」 耳たぶを噛みながら、後ろから囁いた。 「ち…ちがっ……やめっ…」 膝が笑うほど力など入らない状態なくせに、それでも尚抵抗する満月。 命いっぱい震える腕をつっぱって、すぐにでも崩れそうな加減で立ち上がり 「…Mi…veda……」 それだけつぶやくと、唇を噛みながらスカートのホックに手をかけた。 満月のその行動に呆然としながら佇んで、ゆっくりと滑り落ちていくスカートを見下ろしていた。 そんな俺の頬を両手で包み、目を覗き込む満月。 そして、何かを確信したように、そっと囁いた。 「大丈夫よ。ずっと一緒にいるから。だから死ぬときも一緒なの」 頬を両手で包んだまま、柔らかい唇を俺の唇に押し当てて、自ら足を持ち上げた。 「寛弥、抱いて……」 促す言葉をそっと吐き、薄い舌を滑り込ませる満月に、欲望だけではない何かがこみ上げる。 見つめ合ったまま、どちらも目を閉じることのないまま、ゆっくりと繋がった。 「Sono sempre accanto a te.」 搾り出すように吐き出した俺の言葉に、力強く何度も頷きながら 「死んでも一緒」 大きな涙が、音をたてるように満月の瞳からこぼれ落ちる。 愛しさと、消えていく不安と、優しく包み込む身体と…… 満月の全てに溺れながら、全ての想いと一緒に満月の中へと注ぎ込んだ―― 満月、俺はお前を失わない。あの日の約束通り、ずっと傍にいればいい。 死ぬまで。死んでも…… ぬるいお湯に浸かりながら、俺に寄りかかる満月の額へキスをする。 満面の笑みを浮かべる満月が、突然自慢げに言い出した。 「なんか今日は、勝った気分!」 「え?」 何を指してそう言ったのかが解らず本心から聞き返せば 「なんだかとっても優越感!」 両手を合わせ、ニヤける満月。 ようやく意味が解り、片眉を上げて満月を見下ろしながら言い放った。 「ほほぉ、それは聞き捨てなりませんね」 「あ、じゃ、じゃあ、引き分け?」 「まだ21時ですね。あと3時間ありますが……」 「ま、負けでいいです……んっ!」 ※ Luna piena(満月・マツキの愛称) / Rilassa(寛ぐ・寛弥の愛称) Ti amo(愛してるよ) / Mi veda(私を見て) Sono sempre accanto a te(ずっと君の傍にいるよ) |
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