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◇◆ Gelosia 4 ◇◆
 明日がイタリア最終日という日に、いきなり新月が心配そうに切り出した。
「寛兄、いい加減にしないと、満月よりも寛兄の方がおかしくなっちゃうよ?」
「新月さん、一体それは何のお話でしょうか?」
「武頼とのことで、寛兄が私の傍にわざと居るのは分かっていたけど、それだけじゃないでしょ?」

 相変わらず新月は鋭い。
 この数日、俺が新月の隣に居る理由をきっちりと把握している。
 満月にもこのくらいの能力があれば、俺はここまで苛々せずに済んだものを。
 ところがそこで、小さな悲鳴が後ろから放たれた。
 満月だ。あの悲鳴とこの状況からして、絶対に満月が転んだはず。

 咄嗟に振り返れば、数メートル後ろで地面に膝をつく満月の姿が目に入る。
 けれど武頼がそんな満月に歩み寄り、何やら文句を言いながら泣き始めた満月の腕を引っ張った。
 甘いぞ武頼。俺なら、転ぶ前に手を差し伸べているはずだ。
 そんなことを心の中で唱えながらその光景を眺めていたが、それ以上見続けたら余計に苛々するから、振り返って新月を促し先を進む。

「頼むよ寛兄、顔が真っ青だよ? 満月が心配でたまらないんでしょ?」
「武頼が傍に居てくれますから、大丈夫ですよ」
「とかなんとか言っちゃって、心の中では『俺なら転ぶ前に助けている!』って文句を言ってるでしょ?」
 新月は鋭過ぎる。
 ここまで鋭くなくていい。俺のドス黒い心の中全てを、読まれてしまいそうで逆に怖い。
 けれど満月ほど鈍感なのも、困りものだ。
 なぜこうも、この二人は両極端な性格なのだろう……

 そこに訳知り顔の武頼が、会話に割り込んで言い放つ。
「そんなこったろうと思ったよ。だけどあいつ、違う方向に激しく自分を追い詰めてるぞ?」
「どうせまた、『捨てられちゃうんだ!』でしょ? まったくこんなに愛されているのに、なんでそんな風に思うのか……」
 武頼の申し出を拒んで一人ヴィラへ戻った満月を想い、気を違えるほど青ざめる俺を尻目に、武頼と新月の言い合いは続く。
「なんであんなに自分に自信がないんだろ?」
「そりゃ、お前と比べられて生きてきたからだろ?」
「は? 私と比べても、満月の方が充分上でしょ? あの子は昔から優等生じゃない!」

「自分のことは、意外と見えないものなんですよ」
 どうやら俺は、完全に戦略を読み違えたらしい。
 新月につぶやいた言葉は本当で、満月のことになると、どうも自分を見失う傾向にある俺は、 自己の欲求を晴らすためだけに実行した戦略に、自ら嵌って身動きが取れなくなっている。

 はじまりは、祖母の一言からだった。
 武頼が満月に好意を抱いていると疑わない新月が、そんな二人を見ていることに耐え切れず、武頼との関係に終止符を打ったらしいと言い出した。
 確かに昔は一時、そんな想いが武頼にあったと思う。
 だがいつ頃からだろう? 武頼は新月を、真っ直ぐに見つめはじめた。
 満月の方もそれを直感で感じ取っていて、新月の未来の花婿は武頼だと信じて疑わない。
 つまりあの二人は、新月が不安を抱くような感情を、持ち合わせていないということだ。

 ただ、新月の言うこともなんとなく分かる。
 圧倒的に違うのは、武頼の物言いに対して、満月は自己を責めて黙りこくるが、新月はこれ幸いと言い返す。
 だから武頼は、そんな満月に物足りなさと自責の念を感じてそれ以上は突っ込まないが、新月に対しては、どこまでも熱く喧嘩腰になる。
 傍から見れば、それがあの二人のコミュニケーション方法なのだと笑っていられるが、当の新月からしてみれば、 満月と自分に対する武頼の対応の違いを比較してしまうのだろう。

 だから祖母は、そんなことはないと新月に自覚をさせるため、満月を山車に使うと言い出した。
 武頼と満月をわざと傍に居させて、それを新月に傍観させるのだと。
 頭の良い新月ならば、それだけできっとわかるはずだと。
 祖母のお節介は今に始まったことではないが、相手が武頼と新月なだけに、手を貸さないわけにはいかない。
 そしてそれを全て理解した上で、三人の様子を見ることにしたのだが……

 頭では分かっていても、やはり俺も気にならないといえば嘘になる。
 武頼と満月が、どうにかなってしまうのではないかといった不安ではなく、満月に愛されているのかという不安だ。
 元々満月は相当な人見知りで、話す相手は限られているけれど、一旦打ち解けてしまえば誰に対してもあの調子だ。
 誰に取られてしまうだとか、誰かに余所見をしてしまうだとか、そんなことは露も思わないけれど、 結婚に至るまでの経緯全てを俺が強引に展開させてしまっただけに、今でも俺の想いのほうが遥かに強い。
 だから満月に、やきもちを妬いたことがないなどと断言されてしまうと、俺の心は荒む。
 せめて俺の半分でいいから、俺を愛して欲しいと願うんだ……

 そこで考え付いたのがこの方法で、双子たち両方の気持ちを試す最善策だと思い、それを実行した。
 案の定、いつも満月を扱うように新月を扱えば、武頼にこんな対応を望んでいたはずなのに
「満月は、いつもこんな目に合っているのか……」
 などと、新月がその過保護さに文句を言い出しはじめた。
 双子といえど新月は自立心が強く、満月はその反対だ。
 だから俺のような愛し方をする男に、新月は束縛を感じて嫌気を差すし、いつものように自己主張を繰り広げたところで、俺に丸め込まれてしまうのが許せないのだろう。

 なんだかんだ言っても、武頼と新月はお似合いだ。
 お互いの足りない部分を補い、うまくキャッチボールができている。
 現に機転の利く新月は、俺の行動の意味を理解し、武頼の良さと自分の気持ちを再確認したようで、 祖母の目論見通りあの二人は元の鞘に納まった。

 けれどこっちは問題続出だ。
 新月の言う通り、なぜか満月は、いつか俺に捨てられてしまうと恐れている。
 どう考えても、誰が見ても、俺の方が愛する気持ちが強いのに、どうしてそういう思考回路を踏まえるのかが分からない。
 自分に自信の無い、そういう性格だと言い切ってしまえば簡単だが、結局俺の愛は、何一つ満月に届いていないことになる。
 まるで俺たちは、バッティングセンターだ。
 俺が一方的に球を投げ続け、満月はバットを構えたまま突っ立っているだけ。
 振っても振っても球がバットに当たらないから、もう自分は駄目なんだとバットを振ることすら諦める。
 球を投げ続けることに苦はないけれど、たまには投げ返して欲しいと思うことは、ただの俺の我が侭なのか……

 気が狂いそうだ。自分から始めたことなのに、隣で眠る満月に触れられない。
 俺に対してやきもちを妬いて、ちょっと拗ねた顔を見たかった。
『私のことを愛しているはずでしょ? 私だけを愛してよ』
 そんな独占欲を、満月の中に見出したかった。
 俺の半分でも、俺を想っていてくれるならば、そのくらい……

「寛ちゃん、新月ちゃんのことは確かにお願いしたけれど、満月ちゃんの気持ちを試すようなことをするのは、少し卑怯ではないかしら?」
 歪んだ想いを抱いたままヴィラに戻れば、着いた早々、祖母に切り出された。
 なんのことかと惚けたところで、祖母には簡単に見抜かれてしまうだろう。
 だからだんまりを決め込んでその場に立ち竦めば、溜息混じりに祖母がつぶやく。
「どちらがどれだけ想っているかなど、どんな定規でも測れませんよ?」

 確かに祖母の言う通りだ。そんな定規があるのなら、即様購入しているだろう。
 それでも測りたい。目に見えぬものだからこそ、確かめたいんだ。
「本当にあなたたちはそっくりね。どちらも自分に自信がなく、どちらも壊れるほど相手を想っている……」
「それは違いますよ。いつまで経っても、私の一方通行です」
 祖母の確信めいた言葉に反応し、咄嗟に言い返してから後悔した。
 けれど祖母は、そんな俺の言葉に含み笑いを漏らす。
「ほら、そういうところがそっくりなのよ。寛ちゃんが気付かないだけ。自分のことは見えないものね」
 そしてそんな捨て台詞を残し、優雅に自室へと引き上げた。

 それじゃまるで、俺も満月も、互いに互いの方が強く愛していると思い込んでいるみたいだ。
 そんな筈がない。あるわけがない。現にこうやって……
「い、いや! 愛してないのに抱かないで!」
 満月が、泣きながらそう叫ぶ。
 やりすぎた感は否めないけれど、この言葉で、俺の想いは満月に届いていないことが分かる。
 だから誰が誰を愛していないのだと満月に問うけれど、満月は頑なに抵抗し、その問いに答えようとはしない。

「愛しているから抱くよ」
 泣き震える満月の肌に、そう囁きながら唇を這わす。
「う、嘘だもん。そんな言葉、全部嘘だもん!」
 そう言いながら身体の全てで抵抗する満月を力ずくで押さえつけ、甘い香りを放つ胸の突起を舌で転がした。
「いやっ! やめっ…くぅっ…んっ!」

「どうすれば伝わる? どうしたら伝わる?」
 満月の囁く抵抗をキスで口の中に飲み込みながら、指は満月の中を弄り続けた。
 愛撫に反応して溢れ出はじめた蜜が、小さな擬声語をたてながら俺の指に絡みつく。
 満月の心も、この身体ほど俺に感じて欲しい。
 この想いを伝えたい。たとえいつまでも一方通行だとしても。

「感じて満月。想いを感じて」
「くぅっ…んぁっ…あっ…やっ…やめっ……」
「やめない。伝わるまでやめないよ」
「んぁぁっ…ぐぁんっ!」
 満月の中に自分自身を沈め込む。
 吸い付くように俺を包み込む満月の胎内に、滑り気を纏う塊を擦りつけ、抵抗と言う名の囁きが 甘く屈するまで、一定のリズムを刻み続けた。

「私ばっかり…んぁっ…私ばっかり!」
 シーツをきつく握り締め、身を悶えながら満月が漏らす言葉。その言葉に面喰らい、俺の動きが傍と止まる。
 今、満月は何と言った? 私ばかり? 
 祖母の言葉が頭の中を廻る。
『どんな定規でも測れない。どちらも壊れるほど想っている。寛ちゃんが気付かないだけ……』

 満月、本当に君は、俺のことを愛している?
 壊れるほど深く、俺を想ってくれている?

 卑怯だとしても、試さずにはいられない。確かめずにはいられない。
 だから繋がったまま、満月をきつく抱きしめ耳元で囁いた。
「なら、他の人をこうやって抱いてもいいの?」
 満月の身体が、その言葉と同時に強張り固くなる。
「触れていいの? 感じていいの? 囁いていいの?」
 満月の髪に指を差し入れ頬をなぞれば、ようや目を開いた満月が、こぼれる涙を拭うことなく震え叫んだ。
「い、いやっ! ダメ…私だけ…私だけに……」
「俺を愛してる? 俺よりも愛してる?」
 解放された腕を振り上げて、俺の胸をこぶしで叩きながら満月が鳴く。
「ど、どうせ私ばっかりだもん!」

 満月を引き上げ、俺の上に乗せる。そして見つめ合いながら囁いた。
「俺は愛されていたんだね。満月は、ちゃんと愛してくれていたんだね」
「ひ、寛…弥……?」
「俺も愛してるよ。満月よりも愛してる」
 座ったまま満月を突き上げて、上に載る満月の身体が柔らかく舞う。
「だから気付いて。どれだけ俺が愛しているか。感じて。どれだけ愛されているか……」
「ひ、寛…弥っ…んっぁぁっ…あっ…んっ……」

「Ti voglio bene…Ti amo……」
「Rilassa!」
「Sono pazzo per te…Ti amo……」
「Io anche……んぁァァーッ!」

               ◆◇◆◇◆◇◆


「満月さんの旦那様は誰ですか?」
 裸のままベッドで抱き合って、俺の腕の中でモゾモゾと動き、まどろみかける満月へ問いかける。
 すると目を閉じたままで、満月がボソボソと答え始めた。
「それは寛兄です……」
「では、満月さんの愛する人は誰ですか?」
「それも寛兄です……」
「なのに、リコッタを半分個した人は誰ですか?」
「それは武頼くんかな……?」

 どうやら目を覚ましたらしい満月が、ガバッと飛び起きて
「寛兄、や、やっぱりやきもちを妬いて……」
 目を見開きながら、俺を見下ろし言い出した。
 そんな満月を引き寄せ、組み敷きながら問いただす。
「満月さんに、キスマークをつけていいのは誰ですか?」
「え? あ、いや、それは寛兄……ンッ」
「満月さんを、感じさせていいのは誰ですか?」
「んっ…んふっ…あっ……ん」
「満月さんを、いかせていいのは……」
「あっ…あっ…ンッ!!」

 愛しているよ満月。少しでも君の愛を疑った俺を、どうか許してくれ。
 どんな定規でも測れない。どちらも壊れるほど想っている。ちゃんとそれに気がついたから――

Fine


 〜 おまけ 〜

「ばあさん、今回の騒動は、全てあんたが仕組んだことだろ?」
「まぁ武頼ったら失礼ね。わたくしは、曾孫の顔が早く見たかっただけですよ」
「そ、そんなことまで謀ってたのかよ!」
「寛ちゃんと、満月ちゃんの赤ちゃんよ? それはもう、可愛らしい子になるわ……」
「お、恐ろしいババアだ……」
「あら武頼、それならあなたたちの赤ちゃんが先でもいいのよ?」
「やめろ……絶対にやめろよ!」



※ Luna piena(満月・マツキの愛称) / Rilassa(寛ぐ・寛弥の愛称)
  Gelosia(ジェラシー) / Ti voglio bene(強く君を想う)   Io anche(私もよ) / Ti amo(愛してるよ)
  Sono pazzo per te(狂ってるんだ)

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photo by ©clef