短編まとめ

幸運の坩堝P

一話完結系

必要な経費

奴隷税のこと シィル視点◇2010/10/11  日常

この家に買い取られてきた頃に比べると、我ながら手際が良くなったと思う。 はじめの頃は、ご飯を作って選択してご飯を作って掃除してご飯を作ってえっちの相手をして、と、 やらなければいけないことだけで一日が終わっていたように思う。 そしてひとたび冒険者であるランスと共に冒険に出ると、家に帰ってから、 収支計算とそれに伴うギルドや役所への支払いの手続きもしなくてはならない。
本日の家事をほぼ終えて、ランスの居ぬ間にわずかな自由時間。 シィルはへそくりで買ったとっておきのお茶を飲みながら、掃除の合間に見つけた古い家計簿をぱらりとめくる。
「あー……懐かしいなあ」
家計簿といってもお小遣い帳に毛が生えた程度のものでしかなかったが、 裕福な家庭の子女から一転、攫われ売り飛ばされて奴隷となったシィルのめまぐるしく変化する価値観が、 淡々とした数字の列とそこに付記した簡単なメモから見て取れる。 食材の値段が高いの安いのとか、ゼスでは原則自給するものだった魔池の充填代にびっくりとか。
そんな中、ひときわ目を引くまとまった支出。
「これは……うん」
シィルは、当時のことを思い出す。

まだ、絶対服従魔法も切れていないあのころ。
税金だのツケだのの面倒な支払いすべてをシィルに任せていたランスが、 初めて、何も言わずに大金をつかんで家を出て行こうとしたのだ。 もちろんそれまでにも、お金を持ってランス一人で外出することはあった。 それは娼館通いだったり(主に綺麗な女性に)騙されてくだらないものを買わされたりという さほど金額が張らないものであったし、後々ランスの自慢話だの八つ当たりだのから使い道が解るお金だったので、 複雑な思いはあったもののシィルも特に気にしてはいなかったのだが。
「ランス様、そのお金、何に使うんですか」
「おまえに教える義理はない」
「だってその金額、一年間の税金よりも高……ひんっ」
「うるさい、おまえはおとなしく留守番していろ、命令だ」
食い下がろうとするシィルをぽかりと殴ると、ランスは足早に家を出て行ってしまった。 絶対服従魔法のせいで、それ以上問いただすこともランスの後を追うことも出来ずに、シィルは仕方なく部屋に戻った。
「それにしても、何に使うんだろう」
はふ、とため息をついたシィルは、居間のテーブルの上に放り出された冊子を見つけた。 ランスがさっきまでいつになく真剣な表情でにらんでいた冊子は『アイス市民憲章』と題されている。 ゴミの捨て方から役人試験の受け方まで、アイス市民として暮らしていくために必要な情報が網羅されている冊子だ。 ランスの奴隷であり市民権を持たないシィルも、必要な部分だけ目を通していたのだが。
「これを読んでいたのだから、税金とかそういう公的なものだとは思うけど……」
今まで見たことがない税金関連のページを開いてみる。国民税、うし車税、家屋税…… お酒やタハコは購入金額に税金が含まれているなど、のほほんとお嬢様していたシィルには知らなかったことも多い。 新しい知識を得ることは嫌いではない、シィルは興味深くページを読み進めた。
「奴隷税?」
シィルが生まれ育ったゼスには、奴隷的な身分である二級市民という階級があった。 市民権を持たない彼らは一級市民に雇われることで生活していたが、 「奴隷ではなく権利を行使できない市民」という言葉遊びのような理屈で、奴隷税がかかることはなかったのだ。 ゼス以外の多くの国で奴隷税という制度があることは知っていたが、シィルは今ひとつぴんとこない。
「私は国民税を払ってないから、奴隷税を払わなきゃいけないのかしら?」
奴隷税を払うのは奴隷本人ではなく所有者、つまりランスなのだが。
奴隷税の項目に記された金額は、それは高額なものであった。 そして、ゼスの二級市民制度が税金逃れの手段である事に、シィルは気づく。 そして、先ほどランスが持って出たお金が、ちょうどシィルのランクに当てはまる奴隷税の額だったことにも。
「でもこれじゃあ、国民税払った方が安いじゃない」

「お帰りなさいランス様、奴隷税納めてきたんですよね?」
そう言って出迎えると、帰ってきたランスは不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「税金の手続き、面倒だったでしょう?言ってくだされば私が払いに行ったのに」
「奴隷税を払うのは所有者の義務だ、奴隷本人が払ってどうする」
「まあそうですけど、そのお金を稼いできたのはランス様なんだから、問題ないんじゃないですか?」
この頃はまだ家事に手一杯でシィルも内職をする余裕がなかったため、 生活費はモンスター狩りかギルドの報酬のみで、確かにランスの稼ぎといえなくもなかった。
「それにしても、奴隷税って高いんですね」
「まあ究極の贅沢品だからな、一流の冒険者である俺様だからこそ払える高級税だ」
「でも、もったいないですよ?」
「脱税しろとでも言うのか、おまえは」
金を借りては踏み倒すランスにしてはずいぶんと生真面目な発言だと思ったが、 シィルはそこには特に触れないことにする。
「脱税じゃなくて節税ですよ、ゼスでは奴隷ではなく雇い人という形をとって奴隷税を払わない方法があるんです」
「奴隷と雇い人は違うだろう」
「そうですか?でもほとんどの家では、ランス様みたいな感じですよ?」
シィルの実家では殴ったり蹴ったりえっちの相手をさせたりということはなかったが、 それに近いことをしている家はいくらでもある。家事をさせたり仕事を手伝わせたりというのは普通の待遇だ。 ひどい家では、売春をさせたり、モンスターや他の二級市民と闘技場で戦わせて金を賭けて楽しんでいるという噂もある。 奴隷として買われた時に最悪の事態を想定していたシィルは、 それらに比べればランスの扱いはまだましな方だと本気で思っている。
「だが、奴隷と雇い人は違う」
さらに不機嫌さを増した表情で言い捨てたランスは、 それ以上シィルがとりつくしまも与えず書斎に引っ込んでしまった。

「そんなこともあったよね……」
あれから毎年、国民税は取り立てにくるまでしらばっくれているランスが、 奴隷税だけは期限内に自分で納めに行くこと。 シィルの奴隷契約を破棄して雇用契約にすればシィルの国民税を払ってもまだおつりが来るのに、 とキースがいくら勧めてもランスが絶対に首を縦に振らないこと。
「ランス様は、奴隷じゃない私には用がないって事なのかなあ」
どうせ絶対服従魔法は切れちゃっているし、 奴隷じゃなくてもよっぽどのことでなければランスの言うことを聞くのになあ、とシィルはため息をつく。 軽く落ち込みかけたところで、がちゃりと扉が開く音がした。シィルの自由時間終了の合図だ。
「お帰りなさいランス様!」