短編まとめ

幸運の坩堝P

一話完結系

翻る反旗

ザナゲス×グロスの捏造BL風味◇2008/04/01初出 2010/05/05改稿  ♂♂

僅かな期間とはいえ、そのほとんどが聖魔教団の支配下に置かれた人類圏。 その聖魔教団が内部分裂によって壊滅した後、大陸には雨後の竹の子の如く小国家が乱立した。 魔人の脅威がなくなったと思ったとたん、人間同士で繰り返される戦乱。そのたびに小国家が生まれては滅びていく。 そんな時代が100年も続いた頃。
大陸の北部に、一人の男が現れた。その男の名はザナゲス・ヘルマン。 有象無象の小国家に戦いを挑み、倒し、従わせていく。やがて、大陸北部をほぼ制圧したザナゲスは、 後の大国であるヘルマン共和国を建国した。しかしその直後より、ザナゲスは床に伏すことが多くなる。 その機に乗じて謀反を起こした小国家の元領主達を鮮やかな手腕で制圧し混乱を収めたのは、 『ザナゲスの懐刀』と呼ばれたグロス・リーザスだった。
「陛下、西部地域の再制圧完了いたしました」
「大儀であった、そなたには手間をかけるな」
「お気になさらずに、陛下は御身の回復に専念なさってください」
常に苦虫をかみつぶしたような表情のザナゲスが、グロスの言葉に不器用そうに笑みを浮かべ肯く。
「そなたさえおれば、我がヘルマンは安泰よ」

大陸東部の小国で傭兵をしていたグロスは、彼が雇われていた国がザナゲスに敗北した際、 捕虜の一人としてザナゲスの目前に引き出された。縄を解かれ模擬戦用の剣を与えられ、 ザナゲスの近衛との仕合を申し渡されたグロスは難なく勝利を収めた。
「お主は傭兵であったな、どうだ、我が軍の一員となる気はないか?」
傭兵ではなく騎士として。提示された傭兵生活の時とは桁違いの給金や地位よりも、 覇王ザナゲスの強い瞳が、グロスにとって魅力的に映る。
「御意、我が身は陛下の栄光と共に」

「グロスよ、そなたにだけは伝えておきたい事がある」
ザナゲスは一枚の地図を広げ一点を指す。以前グロスが雇われていた今は亡き小国の近くに、 何人たりとも近寄ってはならぬと言われている祠がある。ザナゲスが示しているのはその祠だった。
「この地には災いが封印されているという話を、そなたは聞いた事があるか?」
「はい、あくまで噂ですが、そのような事を耳にした事がございます」
世界を滅ぼすやもしれぬ大いなる災いを封じるために、500年以上も前にあの祠は建てられたのだと。 傭兵時代、仲間達の戯れ言に上がった噂を、グロスは思い出した。
「ふむ……ではやはり、あの少女の言葉は真実であったか」
人類統一のため挙兵したあの頃、赤い頭巾の少女がザナゲスの前に現れ、 平和を求めるのなら封印を守るようにと言われたのだという。
「一降りの黒い剣によって封印されし災い、その封印をどうかそなたの手によって守り抜いて欲しい」
「陛下の勅命とあらば、この身に変えましても守りましょう」
グロスは差し出されたザナゲスの手を握る。かつては大剣を振り回し刃向かうもの全てを薙ぎ倒してきた手が、 今では驚く程細く乾き、握り返す力は弱々しい。 グロスが憧れ魅入られた瞳は濁り、ただぼんやりとランプの光を映している。
「グロス、そなたは良くやってくれた」
「陛下……?」
「そなたがいなければ、ヘルマン建国は儂が生きているうちには成し得なかっただろう」
あまりにも弱気なザナゲスの言葉に、グロスは目を背けたくなる気持ちを必死で押さえる。 覇王の光は、今のザナゲスからは欠片たりとも感じられない。それでも。
「陛下、私は陛下の忠実な剣にございます」
ヘルマン共和国の騎士ではなくザナゲスの懐刀として、従うべきは。
「私が忠誠を誓うのは、後にも先にも陛下、ただお一人のみです」
グロスの言葉の外にある真意を、ザナゲスは感じ取ったのだろうか。 ザナゲスの瞳にかつての光が一瞬戻ったような気がして、グロスは強くザナゲスの手を握った。
「……よかろう、そなたの思う様進むがいい」
そう言って満足そうに笑い、ザナゲスは瞼を閉じた。

──ザナゲス・ヘルマン崩御。
ザナゲスの最期を見取ったグロス・リーザスは、ザナゲスの葬儀を終えた後、忽然と姿を消した。 その後のグロスを、あるものは北の塔で見たといい、あるものは東部の祠で見たという。
そして、東より起こる反乱。
かつて『ザナゲスの懐刀』と呼ばれたグロス・リーザス率いる反乱軍は、バラオ山脈の東側を瞬く間に制圧した。
「グロス様、本当にここに築城されるのですか?」
リーザス建国を宣言したグロスが拠点となる城を造るよう指示した場所は、 災いが封印されていると言われる祠の上であった。祠の噂を知っていた重臣はグロスに翻意を促そうとするが、 グロスは首を縦には振らなかった。
「我が国、リーザスの基盤はここでなければならぬ」
「ですが……」
「リーザスが存在する限り、この地に封印された災いが世に放たれる事はないのだ」
グロスの言葉を、リーザス国が永久に繁栄する暗喩だと重臣は受け取り、リーザス城築城の計画を進める事にした。

いまわの際にザナゲスと交わした約束は、グロス以外の誰も知らない。それでも。
──ザナゲス・ヘルマン、私は陛下ただお一人に永遠の忠誠を誓います。