ヒミツのノート
ランスのヒミツ日記◇2008/11/11 日常
「んー、まずは寝室かな?」
ほうきとちりとり、そのほか細々した掃除用具を抱えて、シィルは寝室に入った。
「レベル下がってきたからちょっくらダンジョン潜ってくるわ」と言い残して、ランスが出かけた昼下がり。
ここのところランスがずっと家にいたため、掃除をしたい場所が増えている。
「あう、やっぱりお菓子のかすがシーツの下に……」
ベッドでごろごろするのは構わないのだが、最近ランスの中でブームが来ているらしいスナック菓子を持ち込んで
漫画を読みながらぽりぽり食べている事に、シィルは密かに頭を痛めていた。
ランスは繊細とはほど遠い性格だから、漫画に気をとられて細かい欠片をこぼす事が多い。
一昨日など背中でごろごろするスナック菓子のかすが気になって上の空だったシィルが、
「セックスの最中に余計な事に気をとられるな」とランスに殴られたほどなのだ。
シーツをはがしてカスを取り除こうとシィルは悪戦苦闘するが、
マットレスの縫い目の奥深く潜り込んだ欠片が綺麗に取れない。仕方なくマットレスをひっくり返したところ。
「……ノート?」
マットレスの下に隠すように置かれていたノート、表紙にはランスの汚い字で「ヒミツ日記」と書かれている。
「中、見たいなあ……見たら怒られるかな?」
シィルはノートを拾い上げて、ぱらぱらとページをめくる。本文を読まないようにちらちら見た感じでは、
ヒミツ日記はシィルがこの家に来る少し前から現在まで続いているようだった。
「き、気になる……」
ランスはダンジョンに潜ると言って出て行った。そういう時は夕飯まで帰ってこないのが常だ。
誘惑を振り切る事が出来ず、シィルは思い切ってヒミツ日記を開いた。
始まりは、ランスが引き受けた奴隷商人護衛任務から帰ってきた日のようだった。
可愛い女の子がいっぱい売られていた事、
全員買い取るのは無理だからピンク髪の魔法使いだけでも買おうと思った事、
そして、あまりのぼったくり値段にかなり危険な依頼を引き受けないと金が貯まらないというぼやき。
「へえ、ちゃんとお金貯めて買ってくれたんだ」
シィルは、ランスが奴隷商人を言いくるめて格安の値段で買いたたいたのだと思っていた。
何かと「お前は高かった」と言うのは、意地悪の一環だと考えていた。
むしろ、最近のランスだったら、奴隷商人を斬り殺してシィル他女の子全員を手に入れていたのではないか。
ランスが意外にもまっとうな手段でシィルを手に入れていた事に、シィルは少々驚いていた。
……奴隷として購入するのがまっとうな手段かどうかはともかく。
それからしばらくは、仕事がきついという愚痴と、シィルに対する主にえろい方面での妄想が続いている。
「うっ、この辺の妄想は今とあまり変わらないかも」
シィルを買ったらあんな事やこんな事をさせよう、そのためにも厳しい仕事だが成功させないと。
基本的には怠け者で働くのが嫌いだが、目的──主に女性を手に入れるためなら努力を惜しまないという、
現在のランスと変わらない思考回路。その目的が自分だったという事が、シィルには嬉しく思えた。
えろ妄想は適当に読み飛ばしながら、シィルはさらにページをめくる。
「あ、この日は私がここに来た……」
購入代金を貯め、シィルを買い取って家に帰ってきた日。
いつのまに書いていたのか、この家に来て不安そうなシィルの様子やはじめての夜の事などが、細かく書かれている。
お嬢様育ちらしいのに意外と家事が出来てお買い得だったとか、正真正銘紛れもなく処女だったとか。
絶対服従の魔法が効いているうちはいいけれど、魔法が切れたらきっと逃げられるのだろうとか。
「ふふっ、最初は逃げる気満々だったけどね」
タイミングを見て逃げ出すつもりで魔法の効果が無くなった事をランスに悟られ無いよう振る舞っていたシィルだったが、
ランスは全く気づいていないようで「いつまで魔法の効果が持つのか不安だ」等と書かれている。
奴隷商人は、絶対服従の魔法は三ヶ月ほどで切れるからその前に街の魔法使いにでもかけ直してもらえ、
と説明していた記憶がある。だが、自らも魔法を使うため魔法にやや耐性のあったシィルには、
その効果は一ヶ月と保たなかったのだ。
それでも一緒に過ごした日々、恐いだけだと思っていたランスが見せる気まぐれな優しさに、
いつしかシィルは逃げる気を無くしていた。奴隷商人に宣告された三ヶ月を過ぎた頃、ランスはヒミツ日記の中で
「きっとこいつは特異体質かなんかで、絶対服従の魔法が切れないのだ」と、なぜか非常に都合良く結論付けていた。
「うーん」
シィルが自分に惚れた、とは思わなかったのだろうか。あの自信過剰なランスが。それとも。
「私がランス様の事を嫌ってると思ってるから、ひどい事するのかしら?」
シィルにはよく解らない。解らない事を考えても仕方ないと諦め、シィルはヒミツ日記を読み進めた。
「そういえばシィルはまだ下の毛が生えていない」、唐突に現れた文章に、シィルは軽くめまいを覚える。
「いや、だって普通二十歳前後でしょう?」
ここに来て最初の頃は、ランスだって生えてなかったはずだ。
「そういえば、この頃からランス様も生えてきたんだっけ?」
特に観察していたつもりはなかったが、毎晩のように身体を重ねていれば、いやでも解ってしまう。
そもそもランスは多数の女性と関係を持ってるのだから、シィルが買われた頃には生えていない方が普通だと
知っていても良さそうなのに、とシィルは首をかしげる。
さらに先の日記を読むと、仕事や食事そしてシィルとの性生活の記録の合間に、
まだ生えないだのいつ生えるのか楽しみだだの、毛についての観察日記が混じり始める。
「……」
だんだん馬鹿らしくなってヒミツ日記を閉じようとしたシィルの目に、
大きな太文字でページいっぱいに書かれた一文が飛び込んだ。
「とうとうシィルに毛が生えたぞ!」
その下に、普通の大きさだが下に赤い線を引いた注釈には「シィルはまだ気づいていない」と書いてある。
そして次のページには、ふにゃふにゃの線で描かれた女性の陰部に矢印を引っ張って、「一本目はココ」。
「そこは自分じゃ見えないし気づかないよ……」
シィルは大きくため息をついて、ヒミツ日記をぱたりと閉じた。
「マットレス、ひっくり返したのか?」
その夜。えっちのために呼ばれて寝室に入ったシィルに、開口一番ランスが尋ねる。
「はい、昼間お掃除したので……何か違和感ありますか?」
「ヒミツ日記の位置が変わっている」
「へっ?」
マットレスのお菓子かすを綺麗に掃除した後、ヒミツ日記は元の場所に戻しておいたはずだ。
「読んだのか?」
「えっ、あの、その……」
しどろもどろになってランスから視線を外したのでは、読みましたといっているようなものだ。
正直すぎるシィルの反応に、ランスはにやりと笑みを浮かべた。
「人の日記を読むなんて、悪いシィルちゃんにはお仕置きが必要だな」
「あう、それはその、すみませ……きゃあっ!」
ランスに腕を強く掴まれ、引っ張り込まれたベッドの枕の下には、きちんと用意された数々のSMグッズ。
「さて、どこまで読んだのか楽しく尋問してやるぞー」
「私は楽しくないですう、というか、そのために日記を目につく場所に置いてたんですね……」
「がははははは、今頃気づいたか!」