短編まとめ

幸運の坩堝P

一話完結系

封印の塔

ランスの両親捏造◇2006/02/11初出 2010/05/01改稿  過去捏造 冒険譚

「アンデッド退治なんて教会の管轄ではないか、何で冒険者にお鉢が回ってくるんだ」
仕事の依頼で呼び出しを食らったランスが、不満を隠さず吐き捨てる。 呼び出した本人であるキースは、いつもの事と気にせず、仕事内容の説明を続けた。
「その担当神官からの要請だよ、何でも、通常ではあり得ない数のモンスターが発生しているそうだ」
「けっ、めんどくせー、そんな依頼引き受けられっか、帰るぞシィル!」
「えっ、あ……はい」
元々少ない忍耐力が尽きたランスは、シィルの腕を引っ張ってキースに背を向けた。
「そうか、残念だな、美人神官からの依頼なんだが」
帰りかけたランスの足が、扉の前でぴたりと止まる。
「……ふん、神官は美人でも、護衛はテンプルナイト崩れのごついおっさんだろ?」
「それが護衛も若い女戦士なんだが……まあお前さんは、やる気無いらしいから ジャニスあたりに連絡して……」
「待て待て待てえっ!」
扉からキースのデスクまで一足飛びに戻ってくるランス。
「それを先に言わんか、そういうことなら俺様に任せろ!」
キースの策略にまんまと乗せられた事に気付いているのかいないのか、 ランスはニヤニヤしながら神官と女戦士の妄想に夢中になっている。
「くくく、わかりやすい奴め、これが地図と依頼書だ、ランスは頼りにならないからシィルに預けておくよ」
受け取った書類をざっと確認したシィルは、キースに小声で尋ねる。
「このお仕事、本当にランス様でよろしいんですか?」
「ああ、あちらさんからの名指し依頼だ、レッドの街の神官セル、あんた達の知り合いなんだろう?」
「そうなんですけど……」
依頼主のセル、その護衛に当たっているサーナキア。 確かに二人とも知人ではあるけれど、知人だからこそ、向こうからランスに仕事を頼んで来るというのが、 シィルには信じられなかった。
「AL教絡みの仕事は金払いがいいからな、頑張って任務遂行してくれよ」

「お待ちしてました、ランスさん、シィルさん」
さっそくサム村に向かったランスとシィルを、にこやかなセルとふくれっ面のサーナキアが出迎えた。
「美人神官に美人戦士……まあ間違ってはいないが……」
確かにキースの説明は間違ってはいない。セルもサーナキアも、美女と呼ばれるにふさわしい容姿だ。 だが、新規開拓を楽しみにしていたランスは、当てが外れて少々むくれている。
「何の事ですか?」
「あっ、いえ、何でもないんです」
アイスからサム村へ向かう途中、ランスが一度でも依頼書に目を通していれば解った事なのに、 と心の中でため息をつきながら、シィルが慌てて取り繕う。
「えっと、お仕事の説明を聞かせていただいてもよろしいですか?」

十数年前、それは、年号がまだGIだった頃。
烈火鉱山の西に、サム村という名の村があった。 当時、烈火鉱山西部の副脈に良質のヒララ鉱石が見つかった事もあり、 一攫千金を狙った者達が、その小さな村に集まっていた。
荒っぽい者が多かった事、自然発生的な成り立ちの村である事、 一夜にして財を為す者も多かった事。近くあるであろう魔王交代に伴う大陸全体を覆う不穏な空気など、 様々な要因が絡み合い、喧嘩・暴行は日常茶飯事な村だった。
そのサム村も、今では地図に載っていない。 村近辺の鉱脈をほぼ掘り尽くしてしまった、というのも原因の一つだが、全てはあの、月のない夜の事。
当時の住人は散り散りになり今では詳しいことは解らないが、村人の一人が豹変した。 ごく普通の、むしろ荒くれ者の多かったサム村では珍しいほどの温厚さだったその男が、 老若男女の区別無く村人達を殺害した。最終的な犠牲者は数十人にも及んだろうか。 狂戦士と化した彼は、死してなお、血を求めてさまよい歩く怨霊となる。
狂戦士の霊はAL教の高位神官数人掛かりによる浄化も受け付けなかった。 教会は浄化を諦め、彼の霊を封印することにした。 人の住まなくなったサム村の中心部に五階建ての塔を建て、各階毎に厳重な封印を施す。 それ以来、狂戦士の霊は村跡に現れることはなかった。
なかった──はずだったが。

「先日の落雷で、塔の一部が欠損し、封印が弱まってしまったらしいのです」
塔から漏れ出す瘴気が濃い霧とモンスターを招き寄せ、廃村となったサム村の横に新しく出来た 『ノイエサム村』にまでその被害が及ぶようになったという。
「最初は、サーナキアさんに護衛をお願いして再封印をしようと思ったのですけれど」
「手に負えなくなって冒険者に護衛依頼を出したのか」
湧いてくるモンスターがアンデッドだけならテンプルナイトの応援を要請しても良かったのだが、 それ以外のモンスターが多数出現するため、対応に慣れている冒険者の手を借りるようにと、 教会から指示されたとセルは説明した。
「ふん、モンスター退治など低俗な仕事は教会の奴らはやりたくないってことか」
「そんなことは……」
「ランス様、モンスター退治は低俗じゃないですよ、付近住民を守る大事な仕事じゃないですか」
シィルが慌てて宥めるが、ランスの不機嫌面は変わらない。
「住民の中にはかわいい女の子もきっといますし、彼女達に感謝されるやりがいのある仕事ですよ」
「ん、そうか、そうだな、感謝の印に……ふふふ」
シィルの最終兵器に、ようやっとランスは表情を緩める。 対してシィルの表情は暗くなるが、それはランスの知ったこっちゃない。
「まあ、報酬も悪くないし、ぱぱっと片付けちまうか」

「だーっ、倒しても倒してもモンスターが湧いてきやがる」
「セルさんの封印術が完成するまでは仕方ないですよ、頑張りましょう、ランス様」
「黙れシィル、俺様に意見するな……ちょっと休憩するか」
「休憩などしている余裕はない、次が来るぞ」
「知らん、後は任せた」
「なんだとーっ!」
「あ、サーナキアさん、フリーダムが……」
『封印の塔』と呼ばれている塔の前、村中でも特に霧が濃い場所で、ランス、シィル、 そしてサーナキアが、続々と現れるモンスターを相手にしていた。 塔の入り口には祭壇が組まれ、その中央ではセルが一心に祈りを捧げていた。 ランス達は昼前からほぼ休み無しで戦い続けている。太陽は既に西の空にかかっていた。

「──!」
封印呪文の詠唱が一段と大きくなり、辺りがぱあっと明るくなる。 その光が薄れると共に、霧がだんだんと薄くなり、そして消えた。 気が付くと、あれだけたくさん居たモンスター達も、周囲の森に逃げ帰ってしまったようだ。
「扉の封印、終わりました」
「お疲れ様です、セルさん」
それに気付いたシィルは、振り返ってセルをねぎらう。 戦っていた三人も疲労が溜まっているが、封印術を施していたセルの消耗も激しかった。
「本日の作業終了だな、ノイエサム村に戻るか」
ランスは剣を鞘に納めると、皆を促して村跡を後にした。

「数は多いが、今のところ弱いモンスターばかりだから何とかなりそうだな」
「そうですね、アンデッドの数も少ないですし」
ノイエサム村の宿に戻り、食事と入浴を済ませたランスとシィルが、部屋でのんびりと体を休めている。
「腐りきった死体とか出てこなくて、ホント良かったですう」
シィルはアンデッド系モンスターが苦手だ。生理的に受け付けないらしいのだが、 神魔法を使うくせに変なヤツだと、ランスはいつも思う。
「浄化の魔法、覚えられるといいんですけど」
「ん、ダメだダメだ、アレを覚えるには修道院で何年か修行しなくてはいかんのだろう?」
「私AL教徒じゃないし、やっぱり無理かなあ」
「うむ、お前の神は俺様一人でいい、他の神を崇めるなど断じて許さん」
「はい、ランス様」
なんの衒いもなく不遜なことを言ってのけるランスに、シィルは微笑みで答える。
「解ればよろしい、では褒美に神の慈愛をくれてやろう」
「えっ、あっ、きゃう!」

「……何をやっているんだ、あの二人は」
ランスとシィルの部屋の隣では、セルとサーナキアが明日以降の計画を練っていた。 壁を隔てて微かに聞こえてくる、なんだかんだいって楽しそうな二人の声に、サーナキアは眉を顰めた。
「ランスさんも、シィルさんとだけああいうことをするなら、まだいいんですけどね」
『ランスさんが真人間になりますように』と願いを込めた神ボールを、 暇さえあれば作っているセルもため息をつく。
「サーナキアさん、そろそろ休みましょう、明日も大変ですから」

上の階に上がる階段の前で、セルが封印術を行う。 封印術の完成には半日以上かかるので、その間、セルにモンスターを近づけないように、 ランス、シィル、サーナキアは溢れ出すモンスターと戦い続けなくてはいけない。
階層が上がると、敵モンスターも強くなってくる。五階に上がる階段の前では、 カイトクローンやぞうバンバラなどの、強力な打撃を持ったモンスターが、次々と現れる。
「ダメだ、セルさん、戦術的撤退だ!」
唯一の回復役だったシィルの気力が尽きたところで、ランスは決断した。 封印術は一度中断してしまうとまた最初からやり直しになってしまうが、命には代えられない。

「わかりました、仕方ありませんね」
祭壇を片付けようとセルが立ち上がった時、くたくたに疲れて座り込んでいたシィルが叫んだ。 真っ青な顔で震えているシィルに気付いたランスが、声をかける。
「どうした?シィル」
「い、今、あそこの通路の奥に、ゆ、幽霊が……」
ぶるぶる震えながら、シィルは薄暗い通路を指さす。ランスが目を凝らしてみても、何も見えない。
「何もいないようだが……」
「僕にも何も見えないけど」
サーナキアもランスと同じように首を傾げている。
「今はいないようですが、痕跡がありますね」
セルの呟きに、シィルがこくこくと頷く。
「お、斧を持っていて、それで、全身血まみれで……」
「この塔に封印されている悪霊か?」
「そ、そこまでは解りません……けど……」
シィルはそこで言葉を切った。それ以上言ってもいいものか、解らなかったからだ。 血まみれの幽霊が、どことなくランスに似ていたなどと。

だが、ランスはシィルの戸惑う様子には気付いていない。
「まあいい、宿に戻るぞ」
「あ……っ、待ってください、ランス様あ」
くるりと背を向けたランスに、シィルが情けない声で縋る。
「何をしてる、さっさと帰るぞ」
「そ、それが、腰が抜けて……」
ランスが振り返ると、必死に立ち上がろうとしてはぺたんとお尻を付いてしまうシィルがいた。
「ばっかでえ」
ランスは馬鹿にしたように鼻で笑いながら、シィルをひょいっと肩に担ぎあげた。
「全く、手のかかる奴隷だな」
「すみませんランス様」
しおらしく謝っているものの、ちょっとだけ幸せそうな表情のシィルを、セルは微笑ましく見ていた。

「このままの戦力では明日も同じ結果になるな」
食後のお茶を飲みながら、ランスは珍しく真面目な顔で言い切った。
「塔の奥にある森で少しレベルアップした方がいいだろう」
「そうですね、奥の森ならもう少し弱いモンスターがいるでしょうし」
シィルがランスに同意するが、サーナキアは不服そうだ。
「レベルアップなんて、悠長なことを……」
「サーナキアさん、ここはランスさんに従いましょう」
セルは、ランスの人間性はともかく冒険者としての実績は高く評価している。 だからこそ、自分の教会があるレッドの冒険者ギルドではなく、 わざわざランスが所属するアイスのキースギルドに仕事を依頼したのだ。 不満そうなサーナキアを押さえ、冒険者視点であるランスの提案を受け入れるのは当然のことだった。

奥の森では、シィルの予想通り、塔の三階と四階の中間程度のモンスターが出現した。 回復をセルに任せてシィルが攻撃魔法に専念できることもあり、 ざくざくとモンスターを経験値に換えていく。
「まあこんなもんだろうな」
相当数の戦闘をこなした所で、ランスは撤退を指示した。 最近では、担当レベル神のウィリスがたびたび呼び出されることを嫌い、 宿に戻らないとレベルアップ儀式をしてくれないのだ。
「どの位レベルが上がるかな……と、ん?」
森を出ようと歩き出したランスが、ふと足を止め、木立の向こうを見た。
「ランス様、どうなさったのですか?……きゃあっ」
ランスの視線を目で追っていたシィルは、その先に見えたものに対して小さく声をあげた。
「ゆ……ゆうれ……」
二日続きで幽霊を見てしまったシィルは、無意識にランスの腕にしがみつく。
「やはりそうか……しかし、血まみれの男ではないな」
木々の間をふわりと舞う燐光、その中心にいた幽霊は、若く美しい女性に見えた。 その女性は、ランス達には気付かないようで、黙って足下の地面を見ていた。
美女であれば幽霊だろうとモンスターであろうと見境無しのランスだが、妙な違和感を覚える。 どう見てもランス好みの容姿なのに、センサーが発動しない。

「浄化しましょうか」
「まあ待て、何か曰くありげだし、話を聞いてからでも遅くはない」
錫杖を振りかざそうとするセルを制し、ランスは腕にしがみついているシィルを引きずりながら、 女性に近付いた。
「あん、待ってください、ランス様」
「……ランス?」
シィルが呼んだ名前に反応し、女性が顔を上げた。不思議そうな顔で、じっとランスを見つめる。
「あなたの名前も……ランスというのですか?」
優しい声、柔らかで少し翳りを帯びた微笑みに、不意にランスの胸が高鳴る。 それはいつもの情欲ではなく、どこか懐かしい感覚だった。
「君は……」
「私はメィル、メィル・クリアと申します」

十数年前、メィルは鉱夫である夫のメイス・クリアと共に、在りし日のサム村で暮らしていた。 二人の間に産まれた男の子もすくすくと成長し、5才の誕生日を祝って数ヶ月の事だった。 夜を徹しての採掘でメイスが家を空けていたある夜、メィルは複数の男性に暴行され殺害された挙げ句、 この森に埋められたのだという。
「それからというもの、私はこの場所に縛られて、成仏することも出来ませんでした」
そして数日後の月のない夜、村の方から悲鳴や人々が逃げまどう気配を感じたが、 この森から動けないメィルには、何が起こったのかは解らなかった。

メィルの話を聞いていたランスは、漠然とした不安と焦燥に身を捩る。
「……これは想像だが、メイスが復讐のために手当たり次第村人を殺したのではないか?」
話の断片がサム村の惨劇と重なる。ランスは狂戦士の事を、かいつまんでメィルに説明した。
「確かに、いつもの彼はムシも殺せないほど温厚な人でした」
メィルは哀しそうに目を伏せた。
「もしも、彼が狂戦士となって今でも彷徨っているのなら……私は……」
「辛いかもしれないが、一緒に来て確認してくれないか?」
「でも、私はここから動けなくて……」
そこまで言って、メィルは顔を上げ、ランスの横に立っているシィルを見た。
「貴女……私と似ているのね」
「え、ええっ、に、似てます?」
いきなり話を振られシィルは慌てた。自分とメィルは、容姿が似通っているようには思えない。 セルとサーナキアも同じ意見のようだったが、ランスだけは、二人に共通する何かを感じていた。 それは目に見える何かではなく、二人が持っている空気ではあったが。
「貴女の身体、貸していただけないかしら」

「死者が生者を乗っ取るなど、神官として見過ごすわけにはいきません」
メィルの申し出に、シィルではなくセルが錫杖を突きつけて答えた。
「おとなしく神の元へお還りなさい!」
「落ち着けセルさん、たぶんメィルさんは悪い人じゃない」
浄化の呪文を唱えようとするセルを、ランスが慌てて止める。
「シィルに乗り移って悪さをするようなら、それから浄化したって遅くはないだろう」
「しかし……」
「それにシィルは、幽霊に乗り移られるのには慣れてるしな」
「うわーん、一回だけじゃないですか、それもランス様が」
「がははははは、あの時だって無事に済んだじゃないか、だから多分今回も大丈夫だ」
涙目で抗議するシィルを軽くあしらっているランス、見慣れたじゃれあいに、セルは肩の力を抜いた。
「わかりました、今は目を瞑りましょう、でも、少しでもおかしな事をしたら……」
「はい、初めて私の話を聞いてくださったあなた達を裏切るようなことはしません」

翌日。
レベルアップの甲斐もあって、難なく、五階へ上がる階段前の封印を成功させる。
意気込んで階段を上がったランス達の前に、血まみれの幽霊が現れた。 五階のモンスターは、全て息絶えている。血を求める幽霊に全て倒されたのだろうか。
「こいつが狂戦士か……」
斧を手にし返り血で真っ赤に染め上げられた男の幽霊。 それは一昨日、シィルが見た幽霊であった。
「……」
狂戦士の幽霊は無言で斧を振り上げた。その一撃を、ランスは剣で受け止めようとしたが、 手応え無く、その刃がランスに襲いかかってくる。
「……っ?」
払うことが出来ないなら大丈夫だろうと読んだランスだったが、 右肩に激痛を感じ、たまらず膝を折った。
「ランス様!」
ダメージの具合を確認しようと、シィルがランスの横に跪く。鎧には打撃の跡はない。 だが、継ぎ目からじわりと滲む血は、ランスが確実にダメージを負っていることを示していた。
「生者の肉体のみにダメージを与える、ってこと……?」
ヒーリングを施すシィルに向かって、再び斧が振り下ろされる。
「シィルっ!」
回避不可能と判断し、ランスは剣を捨て素手で斧を受けようと試みた。 柄を左手で握り止めると、掌の骨が砕ける音がした。更に肩まで痛みが走る。
「く……っ」
今度は読みが当たったようだ。痛みを堪え、ランスは狂戦士から斧を奪う。 腕一本を犠牲にしたが、後でヒーリングをかけさせれば大丈夫だろう。

「……ィル……?」
斧を奪われた狂戦士は、動きを止めた。禍々しい色が褪せた瞳で、シィルの背中をじっと見つめる。
「メィル……なのか……?」
狂戦士の言葉に、ランスの回復を終えたシィルがゆっくりと振り向いた。 先程までのランスを心配するシィルではなく、柔らかで少し翳りを帯びた微笑みが浮かべられている。 そして、奥の森で出会った、メィル・クリアの声が、狂戦士に答える。
「メイス……本当に、あなただったのね」

徹夜での採掘作業から戻ったメイスは、愛妻メィルが行方不明になっていたことに驚く。 幼い息子に尋ねてみても、「知らないおじさん達が母さんを呼びに来た」としか答えない。 不審に思って調査を開始したメイスは、メィルの身に降りかかった災難を知ることになる。 当時のサム村では、良くある種類の事件であり、闇から闇へと葬られる事が普通だった。 しかし、妻子を愛していたメイスにとって、それは許されるべき事件ではなかった。

そして月のない夜。
最初の犠牲者は、閉店で酒場を追い出された酔っぱらいだった。 明かりもない暗い道で、首を斧で一斬。おそらく、自分が死んだ事にも気付かなかっただろう。
メイスはその成果に満足し、愛用の斧を手に、次々と殺戮を繰り返す。 狂戦士と化したメイスは、まるで生まれながらの暗殺者のように、 老若男女の区別無く村人達の命を絶っていく。最終的な犠牲者は、数十人にも上っただろうか。 幸いにも惨劇を逃れた者達は隠れ逃げ出し、村にはもう、命のある者は残っていないだろうと思われた。
しかし、家では、幼い子供が外の惨劇も知らずに眠っていた。
父親が帰ってくる気配に目を覚ました少年は、返り血に染まった狂戦士と対面する事になる。

「そ、それで、その子供はどうなったんだ?」
ごくりと唾を飲み込みながら、サーナキアが狂戦士──メイスの回想の先を促そうとする。
「それが……私も良く覚えてはいない」
メイスは無表情で答える。血を見たことで我を忘れたメイスは、殺戮のことは覚えていても、 それ以外のことは全く記憶がないのだという。
「復讐だったとはいえ、私はとてつもない過ちを犯してしまった」
「メイス……」
シィルの躰を借りたメィルは痛ましそうにメイスを見ていた。
「セルさん……彼を、メイスを救ってはいただけませんか?」
「『救い』は神の領分です」
神官に出来ることは浄化してその魂を神に委ねることだけだ、とセルは答えた。
「よろしくお願いします、神官殿」
メイスがセルの前で膝を折り頭を垂れる。
「解りました」
セルは錫杖を高くかざし、しゃらりと鳴らした。

「高位の神官数人掛かりでも浄化出来なかったのに……」
メイス、そしてシィルに乗り移っていたメィルの魂が浄化され、日が傾いた空に消えていく。 封印の塔からは瘴気が失せ、モンスターの気配も無くなっていた。
「メィルさんの行方が解らなかったことが心残りだったのでしょう」
大役を終えたセルは、ほっと息をついた。
「メィルさんを連れてくるよう勧めたランスさんのお手柄ですね」
「ん……」
セルの褒め言葉、サーナキアの賞賛のまなざしにも、ランスの反応は悪い。 いつもなら「当然だ、俺様は天才だからな、がははははは!」と調子に乗る場面だというのに、 そしてシィルも「さすがです、ランス様!」と褒め称えるのが常なのに、こちらもまた言葉少なだ。
ランス達と行動を共にすることの少ないセルとサーナキアは、 その不自然な態度には全く気付いていなかった。

「ランスさん、シィルさん、ありがとうございました、謝礼はギルドの方に送りますね」
ノイエサム村を後にし、アイスの町とレッドの町、それぞれ帰るべき町へ向かう街道の分岐点で、 セルは改めて頭を下げた。
「また、何かあったらお願いします」
「面倒な仕事は勘弁してくれよな」

ランスとシィルが二人きり、黙りこくって街道を歩いている。 沈黙に耐えきれず、シィルが口を開いた。
「ランス様……」
泣きそうな顔でランスを見上げるシィル。口籠もるシィルを、ランスは軽く小突いた。
「どうした、言いたいことがあるなら言ってみろ」
「メィルさんとメイスさんのお子さん、ランス……って名前だったそうですね」
メィルが乗り移った時、その記憶の一部がシィルに伝わっていた。 メィルの記憶にある小さな少年、茶色の髪に茶色の瞳、元気でやんちゃそうなその面影が、 現在のランスと重なる。そして、狂気が抜けたメイスの顔もまた、ランスにどことなく似ていた。
「ふん……俺様はガキの頃の記憶がない、だから、メィルさんが本当に母親かどうかは知らん」
ランスはシィルから視線を逸らし、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「だが、一つだけ覚えていることがある、真夜中、血まみれの男が目の前に立っていた」
血に狂った男がほんの少しだけ躊躇したその隙に、台所に放置されていた包丁を手にした。 恐ろしくてその包丁をめったやたらに振り回したが、その後の記憶はやはり無い。
「まあ、子供が見るたわいもない怖い夢の一つかもしれんがな」
「ランス様……」
まだ痛みの残る左腕で、ランスはシィルを軽く抱き寄せる。 シィルはその腕に軽く身体を預け、細い腕をランスの腰に回した。 頼りないようでいて包み込むようなその温もりに、ランスは安堵を覚える。
「ランス・クリアか……変な名前だな」
「爽やかでいいお名前だと思いますけど」
「力強さが足りんな、やはりランス・スーパーキングの方が格好いい」
「ええー?」
「ん?俺様が考えた苗字に文句があるのか?」
ランスが右手で作った拳骨に気付き、シィルは慌てて頭をぶんぶんと振った。